020 愛と青春のケモノたち
「それで? 何でこいつが
「ちょっと、指ささないでくれる? 気になるんならあんたがどっか行きなさいよ!」
ああ悪いな、公大。ババロアは食っていいから我慢してくれ。
この時間の不良どもは特別教室でテレビを見たりトランプをしたりしながら過ごすので席は空いている。センセイも教室にいないため生徒はクラスを越境してグループを作ることも珍しくない。それはいいとしても「あーん」はやめろ!
「いいじゃない、あたしたちつき合って……」
な・い・だ・ろ・う・が! そこははっきり言っておく。つき合いたいなら何かひとつでも
「ちぇっ、いじわる。ねえあんた、何か零一の苦手なものとか知らないの?」
晴子が矛先を変えて公大に訊く。
「タダで教えるかよ。それとオレはお前のダンナじゃねえ」
「あ、当たり前でしょ! 誰があんたなんかと」
「それのことだよ。せめて名前で呼べっての」
「わ、分かったわよ。ハムのひと」
「ハム? くっ……あー、やればできんじゃねえか、えらいぞ
「何よそれ!」「おあいこだろうが!」
いいコンビだな。頼むから静かに食わせてくれ……。
そんな賑やかな時間を過ごしていると、不良どもの
「赤井さんと緑川さんが呼んでるぜ。逃げんなよ」
そう言ってにやにや笑う児島だが、立ち上がって軽く【威圧】してやると逃げようと慌てて戸の角に足の小指をぶつけた。そういうキャラになったのか。
ちょうどいい。
呼ばれた屋上に行ってみると赤井敬五と緑川達郎は二人だけで
「そんなんじゃねえ。無駄に数を集めてもお前には勝てる気がしねえだけだ」
「ああ。それに格付けはこの前のでもう済んでるようなもんだ」
「おいおい、そこまで分かってて普通に一人でくるやついるかよ。笑うしかねえわ」
「むかつくより傷つくぜ。でもまあ……俺たちも仕事だからな」
そう言って二人はもたれていたフェンスから体を起こして近づいてくる。
傭兵コンビ、カップラブラザースは金で動く助っ人だ。腕っ節もだが息の合った連携や自分で動ける判断力が持ち味だ。
まあ待てよ。
「何だよ?」「命乞いじゃなさそうだが?」
丁字なんかより
「「なに?」」
赤井敬五と緑川達郎が助っ人をやって金を稼いでいるのにはわけがある。
そんな中で
三矢と麻里の二人がこうなってしまったのは麻里のプロデビューの話が持ち上がったことが発端だ。麻里は『さびしぐれ』として三矢と一緒に活動することにこだわったが、麻里の両親は欲に目がくらみ三矢の両親に金を握らせ三矢を説得させた。そして三矢は「麻里の歌う姿をテレビで見せてくれ。成功を祈っている」との手紙を残して街から消えた。
それなのに麻里のプロデビューは叶わなかった。芸能事務所の分裂騒動が起こり、引き抜かれたアイドルの卵が
しかし麻里はここでも再び絶望を味わうことになる。工事現場で働いていた三矢は転落事故で重体となり入院生活を送っていたのだ。自責の念に囚われた麻里は自傷行為を繰り返し、昼間は部屋に閉じこもり夜にはふらふらと出歩いて自販機で酒を買って酔い潰れた。
「私が馬鹿だった。なんであのとき……私は三矢がいてくれればそれでよかったのに……」
麻里は今も泣きながらただそう繰り返す日々だと聞いた。
次の日曜日、
「本当にお前がどうにかできるのか? 医者は待つしかないとしか言わなかったぜ」
断言はできないがなんとかなるだろう。
三矢さんの意識が戻ったとして、この後はどうする? 麻里さんはまだ音楽に未練はあるのか?
「たらればの話はしたくねえ。いや……俺は二人が幸せになってくれれば十分だ」
「未練か。まあ、あるだろうよ。でも今の姉貴には……」
訥々とそんな話をしながら小一時間ほどして、
「「えっ? 何で分かるんだよ!」」
看護師に廊下を走るのを怒られながら病室に急ぐ。戸を開けるとぼんやりと天井を見ていた三矢がこちらを向いた。
「……敬五、なのか? その、大阪のおばちゃん、みたいなデカい虎のダサT……やっぱり敬伍だな?」
か細い声で途切れ途切れにだが、そう言って三矢は
「う、うるせえよ! 心配かけといてはじめにそれかよ! もともと
叫びながら
赤井三矢は個室に移され検査やら何やらで病室はちょっとしたお祭り騒ぎだ。
そんな中に
「四葉さん、姉貴も連れてきてくれたのか。だけど何でフラフラしてるんだ? 大丈夫か」
「タクシーなんてタルいから単車でカッ飛んできたんだよ。みんな道を空けてくれたしよ」
彼女は地元の由緒あるレディース、
「そりゃあ
「ああ゛? そうやって人をザンネンな眼で見るんじゃねえ!」
おい、こんなところで姉弟ゲンカはやめろ。しかし三矢はそれを見て「懐かしいな」と笑う。これが赤井家では日常茶飯事だったのか?
「三矢……三矢! よかった、私……」
麻里が三矢の痩せた手を握りしめる。
「聞いたよ。でもまあ……また頑張ればいいじゃねえか。しかし麻里も痩せたな。ちゃんとメシ食ってんのか?」
三矢の飄々とした物言いに麻里の号泣が重なる。
ところで麻里さん、もう一度音楽をやる気はありますか? もしそうなら紹介したい仕事があるんですがどうでしょう。
再び皆が談話室に移動したところで
それとついででいいんですが、そこにいる
……まあ水上のおっさんにすればこっちが本命なんだがな(小声)。
実を言うと榎本橘花は水上錦次の
『アナザーモヒート』に行ったときに橘花たち『WBC』の演奏を聞かされたのだが、バンドがやりたいという熱意だけは買うが演奏は下手を通り越して壊滅的だった。特にギターが。そこでおっさんに「誰か教えてくれるやつとかいねーかよ。神様仏様ついでに
「でも……無理よ。私はもう……」
そう言って麻里は自分の傷だらけの右手を見た。例えるなら通り魔に何度も刺されたような傷だ。割れたビール瓶でやったのか? そのせいで指も動かなくなったということか。バカなことを。
「えっ、な、何?」
「おいコラ!」「姉貴に何してんだ!」
「ふざけんなよ、テメー! さっさとその手を……なな何だよそその殺気はよ!」
麻里の後ろに立っていた赤井四葉も
1分ほど経って
「えっ? 動く……動くよ! 何で?」
「えっ? 本当かよ、姉貴!」「は? どういうことだよ!」
「なっ、ちょ! おい、テメーがな何かしやがったのか?」
さあ、どうなんでしょうね。はっはっは。あとはリハビリを頑張ってくれ。
……後日談になるが、スリーピースバンド『WBC』(G・Vo:榎本橘花、B・Vo:
麻里と三矢の『さびしぐれ』もそれに遅れてだがアルバムを出す機会に恵まれる。曲はラジオや有線を通じて息の長いヒットとなった。
給食の時間は遊茶公大と上倉晴子だけじゃなく、赤井敬五と緑川達郎も加わってちょっと賑やかになった。クラスが最初ざわついたがそこはまあ、そのうち馴れるだろう。たぶん。
「それで零一よ……何でこんな大所帯になってるんだよ? 落ち着いて食えねえだろうが」
重ね重ね済まんな、公大。それでも食えないは嘘だろう? すでに
「もう、ため息とかやめてくれる? せっかくのナポリタンサンドがまずくなるでしょ。プリマハム先生」
晴子はコッペパンに器用にナポリタンを挟んでいる。
「プリマ? あーいい加減ハムから離れてくれないか、ハルキゲニア君」
「何よそれ!」「後で自分で調べろよ!」
カンブリア期の葉足動物だ。夢見心地というラテン語が語源だ。いずれにしろ晴子の怒りに火に油を注ぐことになるから今は言わないでおこう。
「イライラするとハゲるぞ。デブでハゲとか最悪だな。まあ飲めよ」
「そうやって牛乳を押しつけるな! それにハゲは家系じゃねえ。余計なお世話だ」
「そう怒んなよ。そのうち馴れるから気にすんな、豚カレー」
「やめろ! オレまでカップラブラザースに数えなくていいんだよ!」
あのあと二人は
それにカップラブラザースも3人になるとはいいことづくめだな。はっはっは。
ん? 公大が何か騒いでいる気がするがきっと空耳だろう。
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