020 愛と青春のケモノたち

「それで? 何でこいつがB組ここに来て給食食ってるんだ?」

「ちょっと、指ささないでくれる? 気になるんならあんたがどっか行きなさいよ!」

 ああ悪いな、公大。ババロアは食っていいから我慢してくれ。

 おれは机を会わせて遊茶公大と上倉晴子と一緒に給食を食べている。

 この時間の不良どもは特別教室でテレビを見たりトランプをしたりしながら過ごすので席は空いている。センセイも教室にいないため生徒はクラスを越境してグループを作ることも珍しくない。それはいいとしても「あーん」はやめろ!

「いいじゃない、あたしたちつき合って……」

 な・い・だ・ろ・う・が! そこははっきり言っておく。つき合いたいなら何かひとつでもおれに勝ってからにしろ。

「ちぇっ、いじわる。ねえあんた、何か零一の苦手なものとか知らないの?」

 晴子が矛先を変えて公大に訊く。

「タダで教えるかよ。それとオレはお前のダンナじゃねえ」

「あ、当たり前でしょ! 誰があんたなんかと」

「それのことだよ。せめて名前で呼べっての」

「わ、分かったわよ。ハムのひと」

「ハム? くっ……あー、やればできんじゃねえか、えらいぞハルキチ・・・・

「何よそれ!」「おあいこだろうが!」

 いいコンビだな。頼むから静かに食わせてくれ……。


 そんな賑やかな時間を過ごしていると、不良どもの茶坊主パシリになった児島草平がおれを呼びに来る。

「赤井さんと緑川さんが呼んでるぜ。逃げんなよ」

 そう言ってにやにや笑う児島だが、立ち上がって軽く【威圧】してやると逃げようと慌てて戸の角に足の小指をぶつけた。そういうキャラになったのか。

 ちょうどいい。赤井きつね緑川たぬきも仲間に引きずりこもうと思っていたからな。晴子の親衛隊になってもらおう。おれ一人じゃ何かあったときに晴子や公大を守れない。 


 呼ばれた屋上に行ってみると赤井敬五と緑川達郎は二人だけでおれを待っていた。数を頼んでくるかと思ったがそこはさすがだな。カップラブラザースのプライドか?

「そんなんじゃねえ。無駄に数を集めてもお前には勝てる気がしねえだけだ」

「ああ。それに格付けはこの前のでもう済んでるようなもんだ」

 赤井きつね緑川たぬきは自嘲するように言った。何だかやり合う雰囲気じゃないな。丁字におれをぶちのめしてこいと依頼いわれたんじゃないのか。

「おいおい、そこまで分かってて普通に一人でくるやついるかよ。笑うしかねえわ」

「むかつくより傷つくぜ。でもまあ……俺たちも仕事だからな」

 そう言って二人はもたれていたフェンスから体を起こして近づいてくる。

 傭兵コンビ、カップラブラザースは金で動く助っ人だ。腕っ節もだが息の合った連携や自分で動ける判断力が持ち味だ。おれが二人を味方に引き込みたいと思ったのもそのためだ。

 まあ待てよ。おれからひとつ提案があるんだが聞く気はないか? お互いにメリットのある話だ。

「何だよ?」「命乞いじゃなさそうだが?」

 丁字なんかよりおれにつかないか? おれなら2人を本当の兄弟・・・・・にしてやれるぞ。

「「なに?」」 


 赤井敬五と緑川達郎が助っ人をやって金を稼いでいるのにはわけがある。

 赤井きつねの兄の赤井三矢あかいさんや緑川たぬきの姉の緑川麻里みどりかわまりはかつて『さびしぐれ』というデュオを組んで音楽活動をしていた。しかし赤井三矢は現在病院で昏睡状態となっており、緑川麻里は仕事もせず酒浸りの毎日だ。

 そんな中で赤井きつね緑川たぬきは「自分の食い扶持は自分で稼ぐ」と半ば強引に家を出てボロアパートで共同生活を始めたのだ。そこには親との不和も理由にあったんだろう。


 三矢と麻里の二人がこうなってしまったのは麻里のプロデビューの話が持ち上がったことが発端だ。麻里は『さびしぐれ』として三矢と一緒に活動することにこだわったが、麻里の両親は欲に目がくらみ三矢の両親に金を握らせ三矢を説得させた。そして三矢は「麻里の歌う姿をテレビで見せてくれ。成功を祈っている」との手紙を残して街から消えた。

 それなのに麻里のプロデビューは叶わなかった。芸能事務所の分裂騒動が起こり、引き抜かれたアイドルの卵が麻里の歌を歌って・・・・・・・・先にデビューしてしまったのだ。盗作だと騒いでも売れたもの勝ちの世界ではあとの祭りで、麻里は失意のまま帰郷することになる。

 しかし麻里はここでも再び絶望を味わうことになる。工事現場で働いていた三矢は転落事故で重体となり入院生活を送っていたのだ。自責の念に囚われた麻里は自傷行為を繰り返し、昼間は部屋に閉じこもり夜にはふらふらと出歩いて自販機で酒を買って酔い潰れた。

「私が馬鹿だった。なんであのとき……私は三矢がいてくれればそれでよかったのに……」

 麻里は今も泣きながらただそう繰り返す日々だと聞いた。


 次の日曜日、おれは赤井敬五と緑川達郎と一緒に病院を訪れ、赤井三矢の病室に足を運んだ。三矢には栄養剤の点滴が繋がれ酸素吸入器がつけられ、ベッドサイドモニタのバイタルが静かに時の流れを刻んでいる。

「本当にお前がどうにかできるのか? 医者は待つしかないとしか言わなかったぜ」

 断言はできないがなんとかなるだろう。魔子マミに乱れは見られないから、あとは何かきっかけがあればいいだけだ。遊茶小枝子のときと同じように。

 おれは眠り続ける赤井三矢に近づき眼を開けてみたり喉に手をやって脈動を確かめてみたりした。それ自体に深い意味はない。三矢に触れる機会が欲しかっただけだ。


 おれは二人を促し、談話室に移動した。

 三矢さんの意識が戻ったとして、この後はどうする? 麻里さんはまだ音楽に未練はあるのか?

「たらればの話はしたくねえ。いや……俺は二人が幸せになってくれれば十分だ」

「未練か。まあ、あるだろうよ。でも今の姉貴には……」

 訥々とそんな話をしながら小一時間ほどして、本体・・おれに反応があった。

 目が覚めた・・・・・ようだな。行ってみるか?

「「えっ? 何で分かるんだよ!」」

 看護師に廊下を走るのを怒られながら病室に急ぐ。戸を開けるとぼんやりと天井を見ていた三矢がこちらを向いた。

「……敬五、なのか? その、大阪のおばちゃん、みたいなデカい虎のダサT……やっぱり敬伍だな?」

 か細い声で途切れ途切れにだが、そう言って三矢は赤井きつねをからかって笑った。

「う、うるせえよ! 心配かけといてはじめにそれかよ! もともとさん兄ちゃんの着てたやつじゃねえか!」

 叫びながら赤井きつねは泣いていた。うれし泣きだよな?

 おれは赤井三矢に培養コピーしたナノマシンを送り込んだ。それが遊茶小枝子のカチューシャの代わりだ。ナノマシンを通じての他人への【最適化】だ。【遠隔】とでも呼ぼうか。何、【遠隔治療】と言え? パチンコ屋のようで人聞きが悪い? 


 赤井三矢は個室に移され検査やら何やらで病室はちょっとしたお祭り騒ぎだ。

 そんな中に赤井四葉あかいよつばが病室に現れた。赤井敬五が彼女のバイト先のラーメン屋『五代十国』に電話をかけたのだ。その後ろには緑川麻里を連れている。緑川達郎が2人に駆け寄る。

「四葉さん、姉貴も連れてきてくれたのか。だけど何でフラフラしてるんだ? 大丈夫か」

「タクシーなんてタルいから単車でカッ飛んできたんだよ。みんな道を空けてくれたしよ」

 彼女は地元の由緒あるレディース、血紅師ちべにしの現リーダーだ。ニヤッと笑う四葉に赤井きつねはあきれ顔になる。

「そりゃあ血まみれレッドクローバーの前をふさぐ奴なんているわけねえけどよ。もうちょっとなんかこう……配慮とか」

「ああ゛? そうやって人をザンネンな眼で見るんじゃねえ!」

 おい、こんなところで姉弟ゲンカはやめろ。しかし三矢はそれを見て「懐かしいな」と笑う。これが赤井家では日常茶飯事だったのか?

「三矢……三矢! よかった、私……」

 麻里が三矢の痩せた手を握りしめる。

「聞いたよ。でもまあ……また頑張ればいいじゃねえか。しかし麻里も痩せたな。ちゃんとメシ食ってんのか?」

 三矢の飄々とした物言いに麻里の号泣が重なる。


 ところで麻里さん、もう一度音楽をやる気はありますか? もしそうなら紹介したい仕事があるんですがどうでしょう。

 再び皆が談話室に移動したところでおれは緑川麻里に持ちかけた。赤井三矢のことだけでなく彼女も救ってやらなければ片手落ちというものだ。

 おれが紹介したのは『アナザーモヒート』というライブハウスのスタッフの仕事だ。基本的には裏方だが、併設したカフェバーにもステージがあってそこで歌うこともできる。こちらの客層は『さびしぐれ』にも合うと思う。

 それとついででいいんですが、そこにいる榎本橘花えのもときっかという子にギターを教えてやってほしいんです。お願いします。

 ……まあ水上のおっさんにすればこっちが本命なんだがな(小声)。


 実を言うと榎本橘花は水上錦次の従妹いとこだ。丁字信伍の扱うドラッグの背景を探っているうちに水上のおっさんに繋がったのだ。ただし魔騎士魔武マキシマムとは敵対関係のグループだった。やり合わなくてよかったな。

 『アナザーモヒート』に行ったときに橘花たち『WBC』の演奏を聞かされたのだが、バンドがやりたいという熱意だけは買うが演奏は下手を通り越して壊滅的だった。特にギターが。そこでおっさんに「誰か教えてくれるやつとかいねーかよ。神様仏様ついでに鬼百キヒャク様」と拝まれたときに『さみしぐれ』のことが頭に浮かんだのだ。拝んでみるもんだな。

「でも……無理よ。私はもう……」

 そう言って麻里は自分の傷だらけの右手を見た。例えるなら通り魔に何度も刺されたような傷だ。割れたビール瓶でやったのか? そのせいで指も動かなくなったということか。バカなことを。

 おれは引っ込めようとする麻里の手を掴んだ。

「えっ、な、何?」

「おいコラ!」「姉貴に何してんだ!」

 おれの行動に赤井きつね緑川たぬきも気色ばむ。

「ふざけんなよ、テメー! さっさとその手を……なな何だよそその殺気はよ!」

 麻里の後ろに立っていた赤井四葉もおれの手を払おうとするが、【威圧】を向けると動けなくなる。ああ、やり過ぎたか。でもおれも殴られたくないんでな。ちょっと辛抱してください。

 1分ほど経っておれは麻里の手を解放した。そのとき彼女の顔に驚きが広がる。

「えっ? 動く……動くよ! 何で?」

「えっ? 本当かよ、姉貴!」「は? どういうことだよ!」

「なっ、ちょ! おい、テメーがな何かしやがったのか?」

 さあ、どうなんでしょうね。はっはっは。あとはリハビリを頑張ってくれ。

 

 ……後日談になるが、スリーピースバンド『WBC』(G・Vo:榎本橘花、B・Vo:木黒勝平きぐろかっぺい、D:風尾烈雄かぜおれお)は『わがままマンディとはらぺこビリー』でチャートを賑わすことになる。

 麻里と三矢の『さびしぐれ』もそれに遅れてだがアルバムを出す機会に恵まれる。曲はラジオや有線を通じて息の長いヒットとなった。


 給食の時間は遊茶公大と上倉晴子だけじゃなく、赤井敬五と緑川達郎も加わってちょっと賑やかになった。クラスが最初ざわついたがそこはまあ、そのうち馴れるだろう。たぶん。

「それで零一よ……何でこんな大所帯になってるんだよ? 落ち着いて食えねえだろうが」

 重ね重ね済まんな、公大。それでも食えないは嘘だろう? すでにおれの杏仁プリンを食べはじめているようだが?

「もう、ため息とかやめてくれる? せっかくのナポリタンサンドがまずくなるでしょ。プリマハム先生」

 晴子はコッペパンに器用にナポリタンを挟んでいる。おれも真似してみるか。

「プリマ? あーいい加減ハムから離れてくれないか、ハルキゲニア君」

「何よそれ!」「後で自分で調べろよ!」

 カンブリア期の葉足動物だ。夢見心地というラテン語が語源だ。いずれにしろ晴子の怒りに火に油を注ぐことになるから今は言わないでおこう。

「イライラするとハゲるぞ。デブでハゲとか最悪だな。まあ飲めよ」

「そうやって牛乳を押しつけるな! それにハゲは家系じゃねえ。余計なお世話だ」

 緑川たぬきは牛乳が嫌いなのか。その身長は何で培ったんだ。好物の牛スジ? 渋いな。

「そう怒んなよ。そのうち馴れるから気にすんな、豚カレー」

「やめろ! オレまでカップラブラザースに数えなくていいんだよ!」

 赤井きつねはギャグセンスあるな。兄姉に口ゲンカで鍛えられたのか?

 あのあと二人はおれにつくと言ってくれた。赤井三矢と緑川麻里が結婚すれば2人は義兄弟だ。これで約束は守れたか。

 それにカップラブラザースも3人になるとはいいことづくめだな。はっはっは。

 ん? 公大が何か騒いでいる気がするがきっと空耳だろう。

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