019 コワクナイ錬金術 合成偽薬JST

 トイレから上倉晴子が戻ってくる。結構遅かったな。

「仕方ないでしょ。はき替えてたんだから……って何言わせんのよ、馬鹿っ!」

 おれのせいだって言いたいのか? ま、まあ着替え持っててよかったな。勝負下着って何だ?


 今訊いたのは晴子が一服・・してきたのかと思ったからだ。実際一日にどのくらい吸うんだ? その問いに晴子がびくっと肩を震わせる。

「一日に5本、最近はもう少しかな。……10本くらい?」

 それはタバコのほうだろう。そのうちドラッグを一緒に使うのは?

「そ、そんなにじゃないのよ……勉強の前とか緊張したときとか、ここ一番の勝負ってときとか」

 今更嘘はいらん。その回数が増えて買う金が無くなったんだろうが。さっきの勝負の前も使ったな? そう言うと晴子は泣きそうになりながら頷いた。

「やめられるもんならあたしだってやめたいわよ! 何かきっかけがあれば」

 分かったから雨の中の捨て犬の目で見るんじゃない!

 だったらそのきっかけにおれがなればいいんだろう? 晴子にはモルモットになってもらうとするか。ふふふ……


「なんなの、これ? 禁煙グッズ?」

 おれが渡したものを上倉晴子が興味深そうに見る。まあ似たようなものだ。

 渡したのは2種類。パイプ状のものとタブレットだ。名前はJST(仮)。

「JST? 禁煙グッズなら試したことあるけど、すぐに飽きちゃったわよ」

 そうならないようにおれが試行錯誤したんだよ。試してみれば分かる。

「えっ、これ零一が作ったの? お腹壊さない?」

 おい、その失礼な持ち方はどうなんだ?

 おれは黙って別のタブレットを一錠つまんで口に入れてかみ砕いた。そこからもう一錠を渡す。晴子も口に含んだ。

「えっ……これ甘いんだけど?」

 ああ、JSTはそういうものだからな。味も気を使ったところだ。バニラの他にもレモンとコーラの3種類の味が用意してある。通販番組かよ。

「……あっ、だけどいつものドラッグとは違うけど……何かキてる感じがする。ヤバい……」

 晴子の表情がほわっと緩む。なるほど効くとこんな感じになるのか。


 ついでに一本吸ってみてくれ。タバコでもドラッグでもいいぞ。

「えっ……零一の前で吸いたくないよ。それにこれがドラッグなら過剰摂取になるんじゃ……」

 そこはおれを信じてくれ。人体実験が成功したらもう吸いたくなくなる・・・・・・・・はずだ。

「人体実験って……他に言い方があるでしょ? ……分かったわよ」

 晴子はドラッグ入りのシガーパイプをつけてタバコに火を着けた。

「……あれ? 何か違う。吸ったときのクラっとくる感じもない……」

 どうやら効果が出ているみたいだな。ちゃんと阻害・・しているようだ。


 JSTはドラッグじゃない。おれが錬金術の【親和】と【抗生】で作った合成偽薬だ。JSTは先に摂取することで代償となる快楽を与え同時にドラッグが作用する官能基をブロックする。ドラッグから快楽が得られなければ吸わなくなるだろうし、それが別の刺激で与えられるなら吸わないだろう。まあファッションで吸う奴らはこの際どうでもいい。おれは止められる方法を用意したというだけだ。

「でもドラッグを止めても今度はJSTが手放せなくなるんじゃないの? それにそうなったらあたし、もうお金が……」

 もじもじとしながら晴子がつぶやく。それも心配ないぞ。JSTは言ってみれば濃縮したジャンクフードだからな。お菓子・・・に何のお咎めがあるはずもない。

 原材料にしても砂糖と塩と油、小麦粉とポテト……そうだな、売るにしてもお友達価格で300円ぐらいか? 聞いた晴子が「ええ~!」と盛大に声を上げる。通販番組かよ。


 上倉晴子にはJSTのタブレットを50錠とパイプ20本を用意した。1ヶ月分ならとりあえずこんなもんだろう。パイプは不意に禁断症状が出たときや口寂しいときのタバコの代用だ。ガッコウで咎められてもお菓子だから問題はないが、人前で堂々と吸うのはやめておけ。

 それとJSTは食欲を刺激するからそこは注意が必要だ。過剰摂取は太るもとだぞ。用法用量を守って正しくお使い下さいというやつだ。

「うん、分かった。でもいいの? あたしにしかメリットがないじゃない」

 いやそんなことはない。これも丁字信伍を追い込む布石だからな。


 晴子がドラッグと手を切ればその分丁字に金が落ちなくなる。そして晴子が立ち直れば他の被害者・・・もJSTに興味を持つだろう。人前で吸うなと言ったが目立ちたがりの晴子にそんなことできるはずがない。逆にいい広告塔・・・になってくれるだろう。おっと、これは内緒だ。

 そしてそいつらもJSTにハマれば丁字をさらに追い込むことができる。その流通も晴子を前に出せばおれも隠れることができて丁度いい。Just like starting over, today!


 JSTを手渡すと晴子はおれの手を包むように握りそのまま体を預けてきた。

「ありがとう。本当は……ずっとこうしたかったのかも。あのときからずっと……」

 オトナに見られて噂が広まったら大事おおごとだ。ここでだけのことにしておいてくれ。上倉源一が聞いたらおれを撃ち殺そうとするかもな。 

「ねえ零一、今度のテストでもう一度勝負しましょうよ。勝てなかったらその次も。あたしが勝つまで」

 何でそうなる? だとしたら何を賭けるつもりだ。

「もう! あたしに決まってるじゃないの。受けてもらうわよ? うふふっ」

 それはどっちにしろつき合うってことになるんじゃないか? あっ、晴子は最初からそのつもりだな! 「ピンポーン」じゃねぇよ!

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