018 かつて同志だった彼女のこと

 当時からすでに村瀬鍾子は頭のいい子という認識だったがグループの中ではそれだけだった。上倉晴子が自分より目立つことを許さなかったせいだ。

 お姫様に付き従う参謀役のナンバー2が鍾子に与えられた役どころであり、それを刷り込ませようとする晴子の理不尽な命令には彼女もよく振り回されていた。


 それはクリスマスの少し前、晴子たちが母さんの勤めるスーパーに立ち寄ったときのことだった。別のグループのトモダチと会った晴子はその子に自慢しようと思いついて「家から『ふしぎな魔法使いファニー』のステッキを持ってきて。30分以内よ」と鍾子に命令したのだ。

 遅れたら罰を与えられると焦った彼女は普段遠回りする交通量の多い県道を無理に渡ろうとした。それに気付いた母さんが轢かれそうになった彼女をかばって身代わりになったのだ。

 そのときおれはそこにいなかったのだが、いたとすればその役はきっとおれだったに違いない。だとすれば鍾子はおれの代わりになったのだ。

 しかしだからといっておれがそれに納得して母さんの死を飲み込めたわけではない。


 喪中のこともあり明けた正月をおれは部屋に閉じこもり家から出ることなく過ごした。それを幸いに思ってか上倉晴子たちはおれと距離を置いた。もし謝ったりすれば自分が悪いと認めることになる。そう親に言いくるめられていたのもあっただろう。

 その一方で村瀬鍾子は毎日のようにおれを訪ねてくるようになった。連絡のプリントを届けながら、今日はガッコウで何があったとかどこの犬が子犬を生んだとかおれに話しかけてくれた。

 しかしおれは彼女を無視し続けた。頭では許すべきだと分かっていてもかたくなに背を向けて過ごした時間のせいで言葉が出てこなかった。


 そんなある日、プリントを出そうとしたランドセルから一緒に中味が滑り落ちた。それをみておれは固まってしまう。鍾子の教科書は破られノートは落書きだらけだった。

 鍾子はガッコウで「人殺し」「死神」「目を合わすと呪われる」などと言われていじめを受けていたのだった。その中には見慣れた晴子の字もあった。彼女もかばうどころか自分が原因だったことを隠すためいじめる側に回ったのだと知って愕然とした。

 おれは鍾子が毎日会いに来てくれた理由の一端を知る。贖罪の気持ちもあっただろうが、彼女には他に話す相手も居場所のあてもなかったのだ。


 その日からおれと村瀬鍾子は同志になった。同病相憐れむというやつだ。宣言をしたわけでも約束事があったわけでもない。

 正義のふりをしたイジメなんかで鍾子を死なせたくなかった。言ってみれば鍾子だって被害者だ。墜落する飛行機に残された客室乗務員のようなものだ。本当に責任をとるべきは他にいると分かっていても乗客は彼女を責めたてるのだ。

 おれはガッコウに行くようになった。おれが鍾子を許したという意思を示したことで鍾子に対するいじめは沈静化していった。鍾子も毅然と反論するようになり、センセイも味方になった。そうなるともともと優秀だった鍾子には女子を中心にトモダチが増えていった。


 おれは勉強の遅れを取り戻すため図書館で鍾子に勉強を見てもらっていた。トモダチから「つき合ってる」とかはやし立てられたが無視した。そのせいでいじめの矛先がおれに向くことになるのだが、それは織り込み済みだったから甘んじて受け入れた。クソったれな日常が戻ってきただけのことだ。大したことじゃない。

 ただ勉強会にかこつけて鍾子を囲み込みたい女子に「弱みにつけ込んで鍾子につきまとうクソ雑魚オタク」と言われたのには少し落ち込んだが。ああ、思い出したらこのあだ名がついたのはこの時からだな。


 そうして村瀬鍾子は自分の居場所を作っていった。中学生になりトモダチが日に日に増えていく中でおれといる時間は減っていく。それでも鍾子を縛る気にはならなかった。自信を取り戻し魅力を開花させていく彼女を見るだけで満足していたのかもしれない。父兄目線かよ。

 愛とか恋とか口に出さなくても、繋がるものがあると当時のおれは信じていたのだろう。まあ後で独りよがりの妄想だと知るわけだがな。


 中学でもおれは生来の体質なのかイジメの的になった。それに乗っかって晴子も私おれに絡んでくるようになった。

 晴子はクラスで影響力を失っていった。上倉家の没落の影響も大きかったが、自分を磨いてこなかったツケが回ってきただけとも言える。

 庇ってくれる家来も当然離れていく。代わりに彼女を利用したいだけの取り巻きが増えてグループの質は落ちた。それでも幼なじみを盾にどうにか鍾子の隣は確保できていたようだが。


「あのとき、少し前に龍斗が鍾子に告白したって聞いたのよ。それで確かめたら鍾子もそうだって言うから……だったらこれはチャンスだと思ったの」

 聞けば晴子はずっとおれとの仲直りしたいと思っていたという。しかし距離感を掴めないまま今に至る。おれからも晴子に近づくことはなかった。面と向かって話せば事故のことを蒸し返してしまうと思ったからな。

 そして上倉晴子は村瀬鍾子とおれが別れれば、その後にショックを受けたおれに救いの手を差し伸べるつもりだったらしい。いやご都合主義もいいところだろう。本当なら私おれは死んでいたはずだった。それぐらいの絶望だったんだぞ。人の気も知らないで!


「でも休みが明けたら急に零一がかっこよくなっちゃって、予定が狂ったっていうか……本当に何があったの? 生まれ変わったみたいな」

 なかなか鋭いな。半分正解だ。人間じゃ無くなったとまでは思わないだろうけどな(小声)。

「鍾子のこと……か、かえって吹っ切れたんじゃない? はっ、もしかしてかっこよくなったのもあたしと釣り合うように……ひっ!」

 寝言は寝て言えよ。ああ、ちょっと【威圧】してしまったか。頼むから汚すなよ。トイレは外に出て右だ。


 しかし鍾子の手のひら返しとも取れる行動は確かに引っかかるものがある。おれの方から距離を取ったのはその通りだが、告白されたからとはいえ神崎龍斗にあっさり乗り換えたのも不自然だ。

 彼女にも何か理由があってのことなのか? それともおれが鍾子がまだ同志だという感情を捨てきれないでいるだけなのか?

 ん? 会って直接訊けばいい? それが出来るんなら苦労は無い。クソ雑魚オタクの豆腐メンタルは絹ごしなんだよ。 

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