016 鴨女(かもめ)が泣いた日
校外模試の結果を見せ合ったときの上倉晴子はギャアギャアと本当に鴨のようだった。
「何よ275点って! あたしより45点も上ってどういうことよ!」
このぐらいの点数じゃないと黒天寺を狙うなんて言えないからな。当然の結果だ。晴子はカンニングだ誤判定だとまだ騒いでいるが、B組のトップは
各教科60点合計300点満点で、
対して晴子は国語55点数学42点理科45点社会43点英語45点で合計230点。以前の私おれなら200点行くかどうかだったから晴子は楽勝だと思ったんだろうがな。
晴子はテストもノリと勢いで受けるからムラが出たな。村瀬鍾子の協力も無かったしな。晴子は典型的な文系で暗記ものはそれなりだが応用と思考の積み重ねが苦手なタイプと見た。苦手科目克服が課題だな。それとたまに新聞読んだほうがいいぞ。日妹先生からのアドバイスだ。
賭けの約束でいうと45点差は4万5千円か。なかなかアツくなる金額だ。
「そ、そんなの無理よ。だって……」
親衛隊や取り巻きをつなぎ止めておくのに大分金を使っているだろうからな。ドラッグにもな。
それでも見逃す気は無いぞ。実際に私おれが負ければ容赦なく取り立てるつもりだったんだろう?
「だ、だったら今度はそれを賭けてソフトボールで勝負よ! 今度こそギャフンといわせてやるんだから!」
往生際って言葉知らないか? それこそ深みにはまるってやつだろう。自分の親父を見て何故そこに気がつかない。
それとギャフンって何だよ? 普通なら一生使わない言葉だろう。……ぎゃふん。なかなか楽しい響きだな。
その週の土曜日の午後、
ソフト部は練習試合で遠征に行っている。引退したが晴子は控えのピッチャーだった。ソフト部はここ何年か県大会でも優勝したりしているが選手の個人力頼みで強豪校という感じではない。たまたまいい選手が揃っていただけだ。
それで? 何をしてどうすれば
「ええと……そうね。どうしようかしら」
決めていなかったのかよ! 本当にノリと勢いなところは昔と変わらないな。
じゃあ晴子が投げて
「それってあたしが断然有利だけど、零一はそれでいいの? ま、まさかわざと負けて……」
いやそれはない。勝負は勝負だからな。それでも勝算はあるつもりだ。まあ錬金術を使うんだがな(小声)。
晴子がマウンドから何度かの投球練習のあと、バットを持って
1球目、晴子が投げたボールに合わせて
「何よそれ! 今のは打ったことにカウントしないわよ」
ああちょっとした確認だ。ソフトボールは野球より距離が近いから気になってな。ちゃんと
そして晴子が投げた2球目を
「い、今のはまぐれよ! そ、そうよ! ここからが本番なんだから! 何帰ろうとしてんのよ!」
呆然とボールを見送ったあとで気を取り直したように上倉晴子が言う。
まあそうなるとは思ったがな。仕方がない。籠のボールが無くなったら諦めるだろう。
その後も
【吸着】は【収納】の能力スキルの応用だ。【収納】の方法は物体を空間ごと削って亜空間に飲み込む【強奪】と、空間同士を入れ替える【与奪】に大別できるが、今使っているのは【与奪】のほうだ。
バットの前の空間を亜空間と入れ替えるとき、その空間を減圧しておくと吸引力が発生する。理科の実験で牛乳ビンにゆで卵がすっぽりと入ったり、飲みかけのコーラのペットボトルがへこんでいるのに栓を開けるとシュッと一瞬で膨らむのと同じ原理だ。
「何でよ! 何で……クソ雑魚オタクのくせに……零一のくせになまいきよ!」
肩で息をしている晴子が叫ぶ。籠のボールも無くなった。
気が済んだか? 賭けはどう見ても
「ばっ、馬鹿じゃないの! そんなの払うわけないじゃない! 大体どこに証拠があるのよ」
逆ギレか。ギャンブルは自分自身を賭けた口約束だから重いんだ。それが分からないならギャンブルなんて言うのは止めるんだな。もういい、金はいらん。
そうして立ち去ろうとする
「どうして……どうしてあたしのものにならないの? あんなに一緒だったじゃない……」
ん? 意味が分からないんだが?
「だったらあたしを……あたしを零一のものにしてよ!」
んん? どうしてそうなるんだ?
「もうどうしたらいいのか……分からないのよ……丁字からはあれ《・・》が欲しかったらお金を持ってこい、無かったら体を張ってでも作れって……」
そこまで追い込まれていたのかよ。本当にカモじゃねーか、バカ野郎が!
「だって……あたし、あたし……うわぁぁぁん!」
ああ、分かったから泣くなよ。どうせそのつもりだったからな。
「えっ? じゃああたしとつ、つき合ってくれるの?」
そっちじゃない! とりあえず帰って話を聞くか。……ああ、ボールを拾って道具を片付けてからな。
他に行く場所も無かったので
晴子をソファーに座らせ向かい側に
「ありがとう。でもここってこんなだった? もっと不気味な感じだったような」
晴子は昔に来たことがあったか? まあ頑張って改造つくったからな。ボロアパートより断然快適だ。
ここは2階建てで吹き抜けがあるし農業用のでかい換気扇を回せば熱が籠もらない。反対に冬は寒いがプレハブだけには断熱材を貼ってある。トイレも置いたぞ。汲み取りの仮設トイレだがな。
不気味と言われれば昔はまあ確かに。ここで鬼婆が死んでるし私おれも首を吊ろうと思ったぐらいだからな。……あれ? もしかして向こうから呼ばれてたのか?
それで? 実際のところどうなんだ。晴子は花札トリオの誰かとつき合ってると思ってたんだが。それとも児島とか?
「それだけはないから! っていうかそういう関係じゃないわよ。一緒に遊んでくれる仲間が欲しかっただけ。あいつらだってあたしがお金をぱっと使うから側にいるだけ。あたしには結局それしかないから……あいつらが利用してるのを分かってあたしも利用してたつもりだった」
そう言って晴子は自嘲気味に笑った。淋しかったと言えば陳腐に聞こえるが上倉家にいると上か下かでしか人を見ないように洗脳されるからな。しかも人別帳のころのカビの生えた肩書きのな。
「でも丁字は違ってた。あたしからむしり取れるだけむしる気だった……」
粋がってタバコを吸うようになった晴子に、ある日丁字が「これを付けて吸ってみろ」とシガーパイプを差し出した。スマートで指が汚れずタバコにメンソールの味が加わることでそれから愛用するようになったのだという。その時はドラッグのことは知らなかった。
常習性が増したのは部活を引退してから受験勉強のストレスのせいだと晴子は言った。そしてそれを見越して丁字は晴子にこれが違法なドラッグだと教えて逃げられないようにした上で「これ以上欲しかったら金を払え」と要求した。そして段々とその金額をつり上げていったのだという。そういう
「今ではもう緊張したときや気分を落ち着かせるのに一日に何本も吸うようになって、そのためのお金も……もう限界だったの」
そこまで言って上倉晴子は言葉を詰まらせた。これは家の金にも手を出しているかもな。だからと言って
「そんなつもりじゃ! 確かに最初はそうだったけど……零一ならまたあたしを守ってくれるって思ったのよ」
ん? またって前にそんなことしていたか?
「覚えてない? 遠足のときの……」
んん? もしかしてあのことか? ずいぶん昔だな……
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