012 青春金網デスマッチ VS.【荒れ狂うダンプカー】井ノ上琢郎

「逃げずによく来たな。度胸だけは認めてやるぜ」

 次の日の放課後、おれは柔道着を着た井ノ上琢郎と対峙していた。畳と汗の入り混じった独特の匂いが第2体育館に充満している。

 井之上のあだ名リングネームは【荒れ狂うダンプカー】だ。フランケンシュタインを思わせる怪力で相手を押し崩し、四角い巨体で強引に押さえ込む。試合でなければ強引な絞め技や関節技も使ってくる。部活なら事故だからな。そのためおれも上だけ柔道着を着せられている。


鹿目シカがクソ雑魚にやられたとはまだ信じられねえが、どうせ何か卑怯な手を使ったんだろう? ここでそれは許さねえぞ」

 卑怯な手を使ったのは鹿目のほうだ。それにこの状況はどう違うんだ?

 おれと井ノ上の周りを10人ほどの柔道部員が囲んでいる。場外に逃げることを許さないランバージャックデスマッチということか。休もうとしてもこいつらが数で追い打ちをかけてくるのだろう。

 囲んでいる中には竹刀を持った奴もいる。児島草平も竹刀を持っておれをいたぶる気満々だ。だがニヤニヤ笑っていられるのも今のうちだぞ。


「ハンデだ。ほれ、好きに組ませてやるよ」

 井之上が腕を下げたまま近づいてくる。組んだらお得意の怪力で振り回すつもりだろう。そして組むのを嫌がって退がれば周りの奴らの的になるという二段構えの仕掛けだ。

 それでハンデのつもりかよ。ブヒブヒ言いながら近づいてくるなよ、ブタ郎。

「ブタじゃねぇ! ぶっ殺されてぇのか、クソ雑魚が!」

 私おれはさらに後ずさるふりをする。しかしそこから急反転して児島に突撃する。竹刀を奪い取りそのまま頭に二度三度と打ち下ろす。油断大敵だな、小物オブ小物。

「何やってんだ、コラ!」

 それには応えず井之上に向き直り竹刀を構える。上段に取るとやつも身構える。

 だがおれはそれを無視して今度は横にいる別の竹刀を持ったやつを襲う。半端に中段に構えるのを打ち落として胸板に突きを食らわしふっ飛ばす。

 さあ、つぎはどいつだ? そう目で訴えると皆が竹刀を放り出す。かしこい判断だな。そうやっておとなしく見ていろ。これでようやく井之上と1対1タイマンだ。


「卑怯だぞ、てめえ! 竹刀を捨てろ!」

 お前もブーメランか。またブーメランの説明が必要か? ブーメランとは……

「うるせえ! いいから柔道で来いって言ってんだよ!」

 いいだろう。反則勝ちじゃお前も納得しないだろうからな。

 おれは竹刀を捨ててじりじりと間合いを詰める。

 しかし井之上琢郎は組むと見せかけておれの髪をつかんで膝蹴りを見舞ってくる。全然柔道じゃ無いな。だったらこっちも好きにさせてもらうぞ。

 続けて蹴りにきた膝を下から抱えて後ろに居反りで放り投げる。そのまま抑え込もうとしたが井之上は反応よく起き上がって追撃を許さなかった。

「キャプチュードだと! てめえ……そのパワー、鹿目シカをやったのもまぐれじゃないってことか?」

 気付いたか。お前の力を見積もって【強化】をかけたんだ。これでハンデは無しだ。もちろんやりすぎないように十分加減しているぞ。イジメカッコワルイ。


 気合いを入れ直し井之上が組んでくる。やっと柔道で勝負する気になったのか。しかしおれはもうそれに付き合う気は無い。

 井之上が引き寄せようとするタイミングで道着を掴んだ手を一直線に矢のように突き出す。腰を落とし刹那に打撃を重ねる。

 食らった井之上の動きが止まり、おれにもたれ掛かりながら膝をつく。

「な、なんだ、これ? おぶっ、気持ち悪りぃ……」

 重ね打ちはやりすぎだったか? 頼むから吐くなよ。

 おれの重ね打ちは錬金術と浸透勁をミックスしたものだ。一撃目に体を覆っている魔子マミを揺らす。石を投げた水面がくぼんで波が立つイメージだ。そのガードが薄くなった弱い部分に勁を乗せた二撃目を撃つ。伝わる波動が増幅して内蔵なかから外まで揺らす。


 お約束だから言っておくか。井之上、お前の負けだ。ワン・ツー・スリー。

 その場に井ノ上琢郎を寝かせて気を送ってやる。やりすぎた分サービスしておくか。それでもぶり返すことがあるからしばらくはおとなしくしてるんだな。

 あとは後輩の部員どもがなんとかするだろう。そう思って立ち上がったときに児島草平と目が合った。いいとも相手になるぞ。

「いやそれは……お、おい! お前らやっちま……な、何だよ、やれよ!」

 そう言って児島は辺りを見るが、誰も動こうとはしない。賢明だな。おれも無駄な殺生はしたく無いからな。


 それで児島、お前はどうするんだ? ハンデなら竹刀を使ってもいいぞ。それとも今度は丁字を呼んでくるか? お前はあいつにケツ持ち代が払えるのか?

 丁字信伍のあだ名は【手を汚さない暴君】だ。上納金で高校生をバックにつけ不良どもを従え、もめ事に首を突っ込み解決料という名目で弱い人間から金を巻き上げる。手は汚さないが心は金に汚れたハゲタカだ。大喜利か。

「くそてめぇ……覚えてろよ!」

 児島は見事な逃げっぷりで第2体育館を飛び出していく。それを冷ややかな目で追う後輩部員たち。またひとつ居場所を失くしたな。

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