011 青春金網デスマッチ VS.【足技の魔術師】鹿目康弘

 翌日の給食時間におれは屋上に呼び出された。給食をまだ食べていなかったが、遊茶公大に取って置いてくれと頼んだ。プリン? ああ、食べてもいいが太るぞ。

 屋上に行くと鹿目康弘と赤井敬五あかいけいご緑川達郎みどりかわたつろうが待っていた。通称カップラブラザースの赤井きつね緑川たぬきは立会人だと言うが最後は皆でボコボコにする気だろう。1対3か、まあ余裕だがな。やりすぎるな? 分かってるよ、イジメカッコワルイ。

「何で呼び出されたのか分かってるんだろうな、クソ雑魚オタク」

 どうせ昨日の児島のことだろう。子分のケツ持ちか、ご苦労なことだな。

 天頂テッペンの3日ルールはその間のリベンジを認めていないが抜け道がある。格上の仲間を頼んでの報復だ。人に頼ることで自分のランキングを下げることになるわけだが、おれにやられたのがよっぽど悔しかったのだろう。


 それに夏休み前のことがあるから鹿目はおれを完全に見下している。庭に生えてきた雑草ぐらいにしか思ってないだろう。まあその雑草に足を取られて転んだバカがお前の子分なわけだが。そしてその馬鹿を飼っているお前も同類だということを教えてやるよ。

「何笑ってんだ、コラ! タイマンだ。もう一度身の程ほどを分からせてやっからよ!」


「やるまえにこいつをつけてもらうぜ」と赤井が鎖を長くした手錠を取り出す。チェーンデスマッチか。土曜のプロレスを見たせいだな。

 鹿目のあだ名リングネームは【足技の魔術師】だ。それなら確かに手錠は不利にはならないだろう。そのキックはテコンドーを真似た連続蹴りだ。ただし速さにこだわっているせいで重さは無い。


 しかし錬金術師に対して魔術師か。当然別の意味だと分かっているが、本来の魔術師とは世の中のことわりや法則を魔術で解き明かそうとする人間のことだ。錬金術や導魔術、召喚術といった後に細分化した技術の根底にあるのが魔術だ。そもそも強くなりたいとか格闘技を極めようとかそういう気もないやつが気軽に魔術師とか名乗るなよ。おこがましいとは思わんかね?


 赤井が手錠を鹿目の左手に、もう一方をおれ右手・・に嵌めた。おい、こういうのはお互いに左手じゃないのかよ。セコさがだだ漏れだぞ。ヘイヘイ、どうしたどうした~クソ雑魚にビビってんのか~。

「うるせぇ! ナメた真似するやつは徹底的に潰す主義なんだよ!」

 鹿目が右のローキックを放ってくる。それと同時に腕を引かれる。前につんのめったところで蹴りを変化させて顔を狙うつもりだろう。しかしおれは引かれた力に逆らわず、そのまま捨て身に飛び込んで頭突きを食らわせてやった。鹿目が倒れ込んで驚いた顔でおれを見ている。

 おや鼻血が出ているぞ。踏ん張ると思ったか? 残念だったな。リハーサル不足なようだがケンカに筋書きは無いからな。


 「くっ、このヤロー!」

 言いながら倒れた鹿目が牽制に足払いをかけてくる。いいから早く立てよ。手を貸してほしいのか?

 ようやく立ち上がってリズムを取るように小刻みに体を揺らし出す。それに合わせて鎖がチャラチャラと音をたてる。

「余裕ぶりやがって。あとで後悔すんなよ」

 また二重表現か。と言うか児島の元凶ししょうはお前か。一緒に国語の補習を受けてこい。

「うるせえ! 今から取っておきを見せてやっからよ!」

 必殺技と言われて律儀に受ける義理は無いんだが? ヒーローショーの主役レッド気取りか。まあおれが悪役だというなら食らってやってもいいが、その結果の責任はとらないぞ。


 鹿目が中段蹴りを連続で放ってくる。そうして視線を引きつけておいて本命の上からのかかと落とし、ネリチャギか。それなりだな。何人その技の実験台にしたかは知らないが。


 おれはそれを肩口で受けてほんの少し前に踏み込んだ。

「がっ! あ、足が……くそ、何しやがったてめぇ!」

 突然鹿目が膝を抱えてうずくまる。何もしてないだろう? 外野にはそう見えたはずだがな。

 種明かしをすると踏み込む瞬間におれは内功と魔子マミで体を【強化】した。言ってみれば鹿目康弘はコンクリートの壁に向かって全力で蹴りを放ったようなものだ。その結果膝の靱帯が伸びて亜脱臼したのだろう。自滅とは何ともつまらない幕切れだな。鹿目、お前の負けだ。ワン・ツー・スリー。


「クソ雑魚が! なめやがって……おいお前ら! いいからやっちまえ!」

 鹿目康弘の言葉に赤井きつね緑川たぬきおれに向かってくる。おい、その前に手錠を外せよ。……仕方ない。自業自得だからな、バカ野郎が。

 2人がおれを前後に挟みこむ。鹿目康弘は足にしがみついて動きを妨害してくる。ほう? お前がそういうつもりならこれから何をされても文句は無いな?


 前から赤井が殴りかかってくる。おれは首をつかんで軽々と持ち上げた鹿目の顔面でそのパンチを受ける。

「がっ!」「えっ? 何で」

 後ろの緑川が蹴ってくる。おれがかわすとそのキックは鹿目の背中に突き刺さる。

「ぐあっ!」「あっ、わりい!」

 鹿目がコンクリートの上に這いつくばる。泣きっ面に蜂とはこのことだな。

「てめえ、汚えぞ! 俺を盾にしやがって!」

 それをお前が言うか。まさにブーメランだな。ブーメランとはアボリジニが得意とする投げると手許に戻ってくる武器だ。転じて自分の発言が……

「知ってるっつーの! くそったれ、今手錠外すからちょっと待て!」

 いや、私おれは構わないぞ。お前の操縦・・にも慣れてきたところだからな。

「は? 何言って、えっ? 体が……何で勝手に立ってるんだよ!」

 掴んだ首から流れるおれ魔子マミが鹿目のそれを浸食して【同調】しているからだ。鹿目は膝の痛みに顔を歪ませながら、ブルブル震えて直立不動になっている。即席の操り人形キョンシーの完成だ。お札ふだは貼って無いがな。


 意識してコントロールしていない魔子マミは簡単に他人の影響を受ける。いい方向ならカウンセリングや気功治療、悪ければ洗脳や邪眼の類いとなる。普通の人間同志でもそうなのだから錬金術師が他人の体に【同調】して操作することは容易だ。【同化】の下位互換の能力だ。


「何がどうなってんだ? なんで鹿目シカがクソ雑魚とタッグ組んでんだ!」

「……オレにも分かんねえ。おかしなことになってるのは確かだが」

 状況が飲み込めない赤井きつね緑川たぬきに話しかける。

 タッグじゃ無いぞ。おれは今回はセコンドだ。タッグマッチというよりは1対2の変則マッチだ。まあそれでも勝つのはスーパーストロング鹿目ロボだがな。

「人を変な名前で呼ぶんじゃねえ! 早く俺を自由にしろ、クソ雑魚が」

 おかしなことを言う。何の価値もないド底辺のゴミクズが何かできるわけがないだろう? はっはっは。

「わざとらしい笑いをやめろ! おい、いいからクソ雑魚をやっちまえ!」

 再び2人が私おれに向かってくる。

 よーし、こっちも迎撃だ。行くぞ我が下僕しもべ、鹿目ロボ! ……そこで「ま゛ー」とか言えよ、ノリが悪いな。


 2人の攻撃をおれはすべて鹿目ロボを盾にして防いだ。一瞬ひるんだ隙をついて鹿目キックや鹿目パンチで反撃する。その度に「痛え!」「やめろ!」と声が上がるが無視だ。因果応報の意味を身を持って味わったらいい。

 赤井きつねが疲れ果てて屋上に四つん這いになる。緑川たぬきはまだどうにか立っているが戦意喪失だ。

「やってらんねえ! おれは降りる。元は児島サルのことだしもう関係ねえ!」

鹿目シカ、お前ともこれっきりだ。もう友達ダチじゃねえから声かけんなよ」

 そう言って2人は屋上を後にする。しかしその絶交宣言は鹿目に届いてないぞ。とっくに気絶しているからな。 


 おれが【同調】を解くと鹿目康弘がコンクリートの床に崩れ落ちる。手錠を【分解】【収納】しておく。はじめからこうすればよかった? 錬金術を見せたくなかったんだよ。まあバレたときは手品を覚えたとでも言うことにするか。


 私おれは自分の教室に戻った。児島草平がケガも無く普通に戻ってきた私おれを見て声を上げる。

「えっ、どうなってんだ? 鹿目シカにやられたはずじゃ……」

 鹿目ならまだ屋上でぶっ倒れてるぞ。助けに行ってやったらどうなんだ。

「何でオレが! か、関係ねえよ」

 とっくにバレバレだ。そのくせじょうもないのか。報復を人に頼む時点で「自分は小心者です」って言ってるのと同じだが、損得だけで動いてると居場所を失くすぞ。

 おれは制服の内側にさっきの手錠を【現出】させると、取り出して児島の両手に嵌めてやった。

「おい、何だよこれ!」

 戦利品だ。鍵は鹿目が持っているはずだ。これで屋上に行く気になっただろう?

 児島が慌てて席を立つ。そんなに睨むなよ。サボる口実ができてよかったじゃないか。

「ふざけやがって! 覚えてろよ、井ノ上に言ってギタギタにしてもらうからな!」

 捨て台詞を残して教室を出て行く。どこのガキ大将だよ。しかし自分でリベンジしようとは思わないのか?


 遊茶公大が給食を持ってくる。プリンは無いがまあいいか。目当ては麻婆豆腐だからな。

「本当に鹿目を返り討ちにしたのか? すげえな、能ある鷹はというやつか」

 まあそういうことにしておくか。それに隠して研いでこその爪だろう?

 私おれは今度は制服の内側に小瓶を【現出】させる。蓋を開け中身の粉をパッパッと麻婆豆腐に振りかける。

「何だよそれ、カレー粉か?」

 花椒ホアジャオだよ。駅3つ向こうのデパートで買ってきた。

「オオトリデパートか? よく行ってきたな。……なあ、ちょっと俺にも食わせろよ」

 プリンをくれてやっただろう。おれも楽しみにしてたんだ。

「……おお、確かに違うな」

 だろう? ……って何で食べてる、公大! その先割れマイスプーンはいつも持ち歩いてるのか?

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