010 不幸自慢からはじまるそんな友情

 遊茶兄妹は父親と絶縁して母方の親戚を頼って近所のボロアパートに引っ越してきたのだった。母親も仕事で遠くにいると聞いた。おれはその親戚にこの街で一度も会ったことも無いし、母親も父親を刺した殺人未遂で服役中だと後で知るがそんなことは何の関係も無いことだ。


 大怪我の後も遊茶公大は廃品回収や探偵の真似事をして金を稼いでいた。

 前におれが金を出すと言ったら「そんなことをされたらオレのほうが不幸だと認めることになるだろうがよ」と断られた。

 それからは情報を仕入れてもらったり頼み事をしたりしたときに報酬・・を支払うようになった。ビジネスのお得意様だ。これなら文句あるまい。


 ところで午後にアパートに行っていいか? 今日は半ドンだし。

「おいおい、仕返しがこわくなって雲隠れかよ。早すぎだろ」

 そんなんじゃない。小枝さえちゃんの見舞いだよ。

 夏休みに遊茶小枝子はやっと手術を受けることができた。手術は成功したらしいがそれでも聴覚を取り戻すには至っていない。医者は「何かきっかけがあれば」と言ったらしい。

 ついでに公大の誕生日も祝っておくか。少し早いけどな。

「ついでって何だよ。じゃあ後から来いよ。巻き添えになったらオレは走れないからな」

 ああ分かった。……ん? ゼロワンは半ドンって知らないか? 週休二日制? マジか。


 おれはアパートで着替えたあと秘密基地ガレージに寄って目的の物をリュックに【収納】する。2学期に間に合ってよかった。

 何で学校で渡さなかったのかって? 誕生日なら特別なイベントにしたいだろう?


 アパートに行くと二人がおれを待っていた。途中で買ったスイスロールを遊茶小枝子に渡す。「あいあおう」と応えて台所に持って行く。発音や抑揚はおぼつかないが声を発することはできる。聞こえなくても相手の唇を読んで理解することはできる。筆談もあるしな。


 小枝子がケーキを切り分けている間に、おれは【現出】させたものをリュックから取り出したようにして遊茶公大に渡す。ハッピーバースデー。

「これは……義足か?」

 公大が驚いて目を丸くする。

 良ければいま装着つけてみてくれ。調整したいからな。強度は大丈夫のはずだ。

 椅子に座って装着する。台所から戻ってきた小枝子が義足を見て目を輝かせる。

 小枝ちゃん、この良さが分かるのかい? さすが同志モデラーだ。


 調整が終わって立ち上がった公大が部屋の中を歩く。左足に体重をかけてみる。

「……今のやつより軽いし確かにしっくりくるな。よく作ったな、こんなの」

 前にガントレットを作ったことがあっただろう? その応用だよ。

 おれが作った義足は強化プラスチックの板を重ねたもので、芯にカーボンファイバーを板バネにして仕込んである。そして魔子マミを吸収する機能も装着の一体感を高めるのに一役買っている。


 生きている動植物は呼吸とともに魔子マミを取り込んでいる。その結果、魔子マミ薄い膜状オーラとなって体を覆っているのだという。さらに体に欠損が生じてもしばらくはその形を保とうとするらしい。だから補う部分にもそういう仕掛けを作れば義足も体の一部と錯覚・・させることができるはずだ。


「靴もあるのか。ちょっと外歩いてきてもいいか?」

 いいとも。飾ってもらうために作ったんじゃないからな。

 義足用の靴をマジックテープで止めて遊茶公大がいそいそと玄関に向かう。

 おい、ケーキを食べてからでも……って、聞いてないか。雪が降った日の子供かよ。遊茶小枝子もそれを見て笑っている。

 小枝ちゃん、小枝ちゃんにもプレゼントがあるんだよ。じゃーん。

 注意をこちらに向けさせておれはリュックの中に【現出】させたカチューシャを取り出す。小枝子が目を輝かせて拍手する。いいリアクションだ。

 こちらもカーボンファイバー製で色は黒と深みのある赤と青の三種類だ。通販番組かよ。プレゼントには地味だって? 普段使いならこんなもんだろう。だったら後でティアラでも作るか。

 赤を選んで頭に着けてやる。我ながらいいじゃないか。喜んでもらえてよかった。このカチューシャにも義足と同じ魔子マミを吸収する機能が仕込んであるのだ。これを着けて小枝子が外に出る機会が増えればと思う。


 人間は朝起きて目が覚めたときに五感も同時に立ち上がる。たとえればそれはエンジンのクランキングのようなものだ。初動を与えてやればエンジンは回り出す。ただし人によっては調子が悪かったり時間がかかる日もある。

 手術した小枝子の耳はまだ試運転もしていないまっさらのエンジンと同じだ。そしてクランキングのコツは自分で掴む必要がある。そしておれ魔子マミがその手助けになればと考えたのだ。バイクにキックスターターの負担を軽減するデコンプレバーがあるように、それと同じことが魔子マミを使ってできるはずだと。


 遊茶公大が外から帰ってくる。おれがどうだったと聞くと「おお、それなりに使えるようだぞ」との辛口コメントだ。にやけた顔はそうは思ってないようだが。

 その後は3人でケーキを食べたり遊茶小枝子の作ったプラモを見せてもらったりする。また腕を上げたな。よろしい印可を授けよう。

 夕方になり二人にそろそろ帰ると告げる。

「おお、明日学校でな。逃げないでちゃんと来いよ」

 余計なお世話だよ。片付けをしていた小枝子も振り返って・・・・・軽く頭を下げた。


 アパートを出て5分ぐらい歩いたところで、追いかけてきた公大が後ろからおれに声をかける。息があがっているな。運動不足のくせにいきなり走ったり・・・・するからだ。

「えっ……オレ走ってた? 気がつかなかった……そ、そんなことより……大変なんだよ! 小枝が……小枝がテレビの『すてきな魔法使いGOGOクロワさん』の歌を一緒に歌ったんだよ!」

 本当か? だがうれしいのは分かるが往来で少女アニメのタイトルを叫ぶのはどうかと思うぞ。

「そ、そんなことはどうでもいいんだよ! 小枝の……小枝の耳……くそっ、息があがってうまく喋れねえ!」

 分かったから落ち着け。でもよかったじゃないか。神様って本当にいるんだな。はっはっは。

「何で少し棒読みなんだよ! あっ、ひょっとして零一が何かしたのか? 義足のこともそうだが……」

 いや、そんなわけないだろう。おれはクロワさんじゃないんだぜ。……まあ、錬金術師だがな(小声)。

「そ、そうか……うん、でもまあなんだ。零一には感謝してるんだ。オレにできることなら何でも言ってくれ」

 ほう? 言ったからには守れよ。まず朝に小枝ちゃんと一緒に散歩しろ。刺激や感動は大事だからな。公大も痩せられれば一石二鳥だろう? それとたまに母親に手紙を書いてやれ。あとは……

「まだあるのかよ!」

 ああ、一番大事なことを言って無かったな。おれが買い物して来るまでにご飯を炊いておいてくれ。お祝いに3人で夕飯を食おう。カレーでいいよな。ハンバーグもつけるか?

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