009 ガッコウは弱肉強食のリング

 2学期が始まり、おれもガッコウに登校した。夏服はワイシャツだが学ランで登校する強者つわものもいる。

 ゼロワンは学生服を知らず軍人の学校なのかと訊いてきた。まあ発祥がそうだからな。女子のセーラー服はカミーリャに似合いそうだとも言った。

 修浄中学までは徒歩で25分。遅刻しそうになって自転車に乗ることもあるが滅多に使わない。帰りに駐輪場の屋根から下ろしたりサドルに巻かれたバラ線を外したりして無駄に時間を食う羽目になるからだ。

 これで分かるとおりガッコウもまた最悪でクソッタレな場所だった。コンクリートの四角い校舎はプロレスのリングと一緒だ。そこで繰り広げられる弱肉強食の世界は小学校も同じだったが、生徒の人数が増えた分だけ生存競争はより壮絶になった。


 そこにいるのは凶悪なリングネームを持ったヒールや言葉の通じない外人レスラーで、体も貧弱で何の決め技とりえもない以前のおれは前座ですら無かった。ゴングが鳴ったら即リングアウト、それが生き残る方法だった。


 だが場外でも油断はできない。他の小狡いトモダチや時にはレフェリー役のセンセイまでもが善意を装って猛獣どものいるリングにおれを押し戻そうとしてくるからだ。

 戦わなくてもいい場面でもトモダチに面倒を押しつけられたり身代わりにされることも普通ざらにあった。小学生のころは「ごめんね~」などと笑ってごまかされたこともあるが中学ではそれで済むはずがない。毎日トモダチに心を折られ体には生傷が絶えなかった。

 ガッコウという虎の穴を日曜日を待ちわびて過ごし、その日一日は秘密基地に籠もり蜘蛛の糸に救われる妄想にふけった……。


 だが今のおれは糸を登ったうえにいる。待ちに待った復讐の時間だ。


 おれは昇降口でリュックから取り出すふりをして上履きを【現出】させる。下駄箱に置かないのは自衛のためだ。そして外履きのスニーカーを【収納】。

 3Bの教室に入って廊下壁際の自分の席に向かう。机と椅子はあった。ただし皆と違う旧校舎時代の木製のボロいやつだが。天板に「日妹専用」と張り紙がしてある。

「気に入ったか? わざわざ持って来てやったんだぜ。大事に使えよ」

 隣の席の児島草平こじまそうへいが手を叩いてバカ笑いをしている。児島は柔道部所属の不良だ。ひょろりとしたやせ形で背が高くおまけに変に腕が長い。手長ザルのあだ名がある。


 よく見ると机と椅子には細工がしてあるのが分かる。暇なやつだな。

 私おれは児島の席に近づくと、机を持ち上げて中の教科書やらを床にぶちまけた。

「てめえ、何すんだよ!」

 立ち上がったところを喉輪突きにしておれの席に押しやると、児島が座った途端に机と椅子がバラバラになる。大・成・功ってやつだな。

「こ、このヤロー! クソ雑魚のくせに何のまねだコラ!」


 児島は立ち上がると得意の奥襟をとろうとする。上背があるのを利用して上から押しつぶそうとしてくる。おれはその手をくぐって体を潜らせ股間を殴りつけてやった。そのまま肩に乗せるようにして投げると児島は床に背中から落ちた。肩車で一本ってところか。ちゃんと受け身をとれよ、柔道部。


 児島、お前の負けだ。ワン・ツー・スリー。

 3つ数えても児島は動けなかった。この時点でおれの勝ちが確定する。

 これは不良どもが作った天頂テッペンルールだ。倒したほうが勝ちを宣言して3秒以内に反撃できなければ、敗者はこの日から3日間リベンジすることができない。

 おれは壊れた机と椅子を除けて児島の机と椅子を自分の場所に据えた。

 床に座りこんだままそれを見ていた児島が苦々しく口を開く。

「てめえ、正気か? 今から天頂テッペン獲りに参加するつもりかよ」

 そんな気はないがケンカなら買ってやるぞ。ただしお前は今日から3日間外野で見学だ。せいぜい笑われろ。

「うるせえ! クソ雑魚オタクがいきがってんじゃねえ! あとで後悔すんなよ」

 後で悔やむから後悔だ。二重表現ってやつだ。現国で習わなかったか?

 「き、強調してんだよ!」やれやれ、こんなときだけ詩人か?


 児島が机を交換しに教室を出ていくと、クラスの遊茶公大ゆさきみひろが話しかけてきた。でかい体を揺らしながら空いている前の席に座る。

「おいおい、派手にやらかしたじゃねえか。花札トリオが出てくるぜ」

 知ったことか。公大コーダイおれの近くにいると的にされるぞ。

「今さらクソ雑魚オタクがキモ豚オタクに何の遠慮だよ。しかしおれ《・・》ねえ……どんな風の吹き回しだ?」

 まあ色々だよ。それにもう誰に遠慮もしないと決めたからな。

 どうせガッコウにいる間はケンカは避けられない。私おれから仕掛けるつもりは無いが降りかかる火の粉は払うだけのことだ。


「まあ、気をつけるんだな。オレみたいになってからじゃ遅いぜ」

 そう言って遊茶公大は自分の脛を叩く。義足の硬質な音がする。

 2年生のとき公大はギャンブルで大勝ちしたせいで不良どもに逆恨みされ襲われ、左足を失う羽目になったのだ。

 公大がそんな無茶をしてまで大金を得ようとしたのは妹の遊茶小枝子ゆささえこのためだ。彼女は父親に暴力を振るわれ耳が聞こえなくなってしまった。検査や手術を受けるには当然金がいる。前に『つるみや食堂』でラーメンをすすりながら、「オレがもう少し頭が良けりゃ医者にでもなるんだがな」と公大がぼそっと言ったのを覚えている。


 公大とは修浄中学で出会った。お互いの不幸自慢をするうちに意気投合して、たまに一緒に飯を食ったりするようになった。小枝子はバイトで忙しい公大の代わりにおれが勉強を見てやったり一緒にプラモを作ったりするようになった。

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