008 取り戻せと言われても最初から無い
夏休みも終盤近く、夕方アパートに帰るとドアに張り紙がしてあった。そこに「生活費を受け取りに来い」と日妹慶子の字で書いてあった。
いつもなら20日に必ず
その足で日妹家に向かいチャイムを鳴らす。二度鳴らしても反応は無い。いつもの嫌がらせだ。勝手口に回って声を掛けるのがいつものお約束になっている。
それをしないで踵を返し帰ろうとすると、門まであと少しというところで玄関が開いて日妹恭太郎が
食堂に入ると私おれを見たせんべい(本名クッキー、ヨークシャテリア)がけたたましく吠える。その横の食卓で日妹慶子と日妹秋試が夕飯を食べている。
日妹恭太郎は部屋に戻ったらしい。また隠れて酒を飲んでいるんだろう。
日妹秋試は私おれを無視するように食事を続けている。トンカツにマヨネーズか。体によくないぞ。目にもな。
「零一、何でさっさとお金を受け取りにこないの! それにドアの鍵を変えたわね。勝手なことばかりして!」
留守に勝手に人の部屋に入る誰かさんがいるからだよ。よく物を壊されるしな。
「何言ってるの! 親が子の心配をするのは当然でしょう」
悪びれもせずそう言う日妹慶子が10万円の入った封筒を私おれの足元に投げ捨てる。これが親だというオトナの仕打ちかよ。いつもなら礼を言わされてそれを拾うのだが
「どうしたの? さっさと拾いなさいよ」
不審げな顔の日妹慶子に私おれは宣言する。
これは受け取らない。近々アパートも出て行くつもりだ。今日はそれを言いにきた。
一瞬呆けたような顔をしたあと日妹慶子が声を荒げる。
「何言ってるの! ふざけてないでいつものように頭を下げなさい! そのお金がないと暮らしていけないくせに」
何だ、理解できなかったか? 大学出が自慢のくせに。だったらもう一度言うぞ。
「そ、そんなの認めるわけないでしょ! 零一はまだ中学生なのよ」
おかしなことを言うんだな。そのための自活訓練だったんだろう? それに何の権利があってあんたは
「あ、あたしは零一の親でしょうが!」
都合のいいときだけ親のふりをされてもな。あんたと
「えっ、戸籍?」
あんたらは
「ちょっと! 何で相談もなしにそんなもの見てるのよ!」
逆ギレか。話にならないな。とにかく
そう言えば日妹秋試の箸が止まり、そしてようやくこちらを見る。だがその目に
「駄目よ、そんなの許さないわ! 同意書もあるんだから手術は絶対受けてもらうわよ!」
ここぞとばかりに日妹慶子が同意書の存在を持ち出してくる。
角膜移植の同意書か、確かにそんなものも書いたな。まあそれも卑怯なやり方で無理矢理書かされたものだがな。
だったら
「お金が欲しくない? そんなの冗談よね? 零一、急にどうしたのよ。まさか頭でも打ったんじゃ……」
欲ボケしたあんたには信じられないか? だが実際に
「ばっ、馬鹿なこと言わないでちょうだい!」
途端に日妹慶子の目が泳ぐ。図星だったみたいだな。はっはっは。
「調子に乗るなよ零一ィ、底辺のくせに囀さえずってんじゃねぇ!」
突然日妹秋試が立ち上がり、激昂してテーブルをひっくり返した。食器や残った夕飯が床にぶちまけられる。怒声に日妹慶子の悲鳴が重なる。
身長168cm体重80kgローレル指数160以上の巨漢がその場で息荒く仁王立ちになる。しかし
「フン! どうせお前ら底辺の一生なんてたかが知れてる。地元の高校を出て日雇いになって汗水たらして砂やセメント運んで年取ってくたばるだけだ! だがな、オレはお前らとは違うんだ。大学に行って大企業に就職して、お前らをあごで使う側の人間、エリートになるんだからな!」
漠然としてよく分からないがとにかくすごい自信だな。だったらその方法を
「くっ! この野郎ォ!」
「秋試、やめなさい! 零一も何言い出すの!」
もみ消して
「いいからゴミクズは黙って優秀なオレの踏み台になってればいいんだよォ! アホ犬もさっきからうぜえよ!」
床のトンカツを食べているせんべいを蹴りとばす。日妹慶子が日妹秋試をなだめて椅子に座らせる。
優秀ならいいのか? だったら
「なに?」「えっ?」
「ギャンブル? 何を言ってるの?」
簡単なことだ。
私おれの言葉に二人は沈黙する。頭で損得勘定の電卓を叩いてる音がこっちまで聞こえてくるようだ。
黒天寺高校は県庁所在地にある県内トップの学校だ。
隣町の私立中学はエスカレーター式で大学まで行ける。日妹秋試に何のデメリットがないというのもミソだ。今までの
「いいぜ。そのギャンブルに乗ってやろうじゃねえか」
翌日に
アパートを出ることは中学を卒業するまで保留になった。生活費も12万円(家賃なし)に値上げするという。世間体とか言うがご機嫌取りのつもりか。それでも
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