007 真夜中のアンチヒーロー

 夜は錬金術に使う素材を集めに行く。不法投棄の家電や廃車、つぶれた工場の作業機械とかを狙う。スクラップ屋は宝の山だが止めておく。商売敵だが後で世話になることもあるだろう。

 町内だけでなく遠征もする。そのために自転車も作った。『ナイトゥジャー』はチェーンでなくロスを低減したシャフトドライブで、おれの身体機能も上がっているから一晩で100キロの距離でも走破可能だ。そこまでやる気は無いが。

 ついでにプルバックモーターを追加装備して漕いだ余力を貯めておけるようにした。バッテリーアシストは余計重くなるし、充電の手間と費用がかかるのを考えるとこっちのほうが上だ。


 ある夜その遠征中に暴走族が絡んできた。

 大抵は追いつかれる前にぶっち切って逃げるのだが、その日の暗黒武闘団シャドーダンサーは峠のドライブイン『からしの』で数を頼んでおれを待ち伏せしていたのだ。

 何でそこまでするのかとも思ったがおれは口裂け女のような都市伝説的な存在になっていたらしく、奴らはその噂を暴く肝試しのつもりだったらしい。しかし『夜走り百姓』ってそのまんまの名前なのはどうなんだ?

 

 そのときのおれは農機具メーカーのツナギにジャングルハット、首に手ぬぐいといういかにもな格好だった。普通に考えれば真夜中にそんなのが走っていたら気味悪がって誰も近づいてこないだろうと思ったのだが裏目に出たらしい。

「ヒャッハ~、もう逃げられねえぜ!」

「フクロにされたくなかったらパンイチで土下座しろや!」

 月並みのセリフを吐いて30人近いの特攻服のヤンキーがおれを取り囲む。手にはそれぞれ木刀や鉄パイプを持っていて、その外側には何台ものバイクが周回している。ドラッグをキメているやつもいるようだな。

 それを見て私おれは『ナイトゥジャー』を【収納】して十字架型のトンファー、鉄格子アイアングリットを【現出】させて構える。トンファーは攻防一体の武器だ。さらに持ち方で警棒や鎌のようにも使える。

 ヤンキーどもは『ナイトゥジャー』が消えたことに一瞬驚いたようだったが、おれが挑発して手招きすると奇声をあげて飛び込んで来る。

「調子にのってんじゃねえぞ! とっととくたばりやが、へぶばっ!」

 左手の鉄格子アイアングリットで木刀を外に受け流し、右手のそれを相手の顎にたたき込む。じゃあ戦闘開始だ。


「ビビってんじゃねえ! 相手は一人だ。囲め!」

 それを待つわけが無いだろう。おれはそう指示したリーダーに向かって走る。リーダーが前に出れば士気は高まるが、頭を潰せば有象無象に成り下がる。どんなに数がいてもそこはしょせんヤンキーだ。

 親衛隊らしき2人が前を塞ぐ。そして後ろからも2人。前は木刀にメリケン、後ろは鉄パイプにヌンチャクか。使えるのか?

 木刀が片手で振りかぶって袈裟切り。おれは踏み込んで手首を目がけて鉄格子アイアングリットを振り抜く。多分折れたな。


 後ろから鉄パイプがそれを槍のように突いてくる。脇に抱えてそのまま後ろに下がり背中が当たった所でそのまま振り返らずに顔を打つ。瞑想と聴頸の訓練の成果だ。今のおれは目隠しのままで吊した障害物を避けて歩いたり木人と推手シャドーができる。

 ヌンチャクが八の字に大きく棍を振り回しながら近づいてくる。おれ鉄格子アイアングリットを持ち替えて顔に向かって投げた。それを振り払おうとして無理に軌道を変えたため棍が自分を直撃する。練習不足だ。

 振り返るとしかしそこにリーダーとメリケンはいなかった。走り去るバイクの音が響く。我先にとヤンキーどもがリーダーを追って逃げていく。

 残ったのは20人足らず。お前らはどうするんだ? 今なら見逃すぞ。


 その後10人ばかりを戦闘不能にしたところで残りの奴らは逃げていった。正常な判断だ。つまり最後まで向かってきたのはドラッグで脳が程よくとろけた連中ということだ。

 そいつらは足を折ってやった。恐怖や痛みを感じなくなってる奴にはこれが簡単で確実な対処法だ。急に復活して襲ってくることがあるからな。

 折るときは「因果応報」「自業自得」「生きているだけ儲けもの」と引導を渡してやった。正義の味方を気取るつもりは無い。敵として向かってくる相手におれが退いてやる道理が無いというだけだ。

 置き去りにされたバイクは戦利品としてもらっておこう。どうせ盗難車だろうしな。


 それでも挑んでくる暴走族は次第に増えていった。騎馬男爵キバだんしゃくに引導を渡すとき「百姓に負ける貴族って何?」とつい言ったのを聞かれたらしい。

 胸に百姓と書かれたジョークTシャツを着たのも火に油を注いだようだ。無駄な争いを避けたかっただけで私おれに煽るつもりは全然無かったんだがな。本当だとも。

 結局夏休みの間暴走族との抗争は続いて、餓狼々々ガルルル乱愚闘者ラングドシャ覇多離露パタリロなどを軒並み返り討ちにした。おかげで亜空間収納庫も潤った。


 その後事態は急転直下に終息する。ドライブイン『からしの』に広域暴走族、魔騎士魔武マキシマムの支部長、水上錦次みずのえきんじが現れ合同集会を開いた。集会では水上錦次がおれに向けて停戦の声明文を読み上げた。椿事と言うほか無い。

 当然その場におれはいなかったのだが、停戦を表明したことでこの辺りの暴走族との抗争は無くなった。今後はどこかでおれを見かけても無視シカトすることにしたらしい。

 ただこのとき水上のオッサン(25)が「しょうがねぇだろ。ありゃあ人じゃねえ、鬼だ。鬼百姓に勝てるやつなんていねーよ」と言ったせいでおれには鬼百キヒャクのあだ名がついた。

 しかし「やりすぎると鬼百キヒャクが出る」「オレらのバックには鬼百キヒャクがついてる」と言われるのはいささか納得できない。おれはゴジラとか大魔神とかなのか。 

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