38話-突然の再来〔前半〕-


「ねぇ、リーウィン? やっぱりもう少し話さないかしら?」


「えっ? でも、もうすぐ日が沈んじゃうよ?」


「大丈夫よ!」


 本当は、お互い直ぐに帰る予定だった。だけどヘレナは、そう言い無理やり僕を引き止める。


 仕方ない。そんな諦めを覚え、大図書館の前で昔話に花を咲かせていた。


「──それでね〜!」


 基本的に、話すのはヘレナがメインで、僕は聞き役に徹する。そういえば昔もこんな感じだった気がする……。朧気に思い出してきたかも……。そんなことを思いながらヘレナの話に適当な相槌を打っていると、影の中からフェルが辺りを警戒しながらニョキッと顔を出す。


「フェル、どうしたの?」


「ナニカ来るガウ」


 僕が呆気にとられていると、フェルはそう一言、全身の毛を逆立てなにかに対し威嚇する。


「えっ? なにが来るの?」


 周りを見回しても特になにもない。早足で帰路へ着く人々が往来しているくらいだ。僕は、フェルの言っていることが理解できずにいた。


 今日はどうしたんだろ? なんて警戒態勢のフェルに小首を傾げる。


「アイツガウ」


 フェルは、雲と沈みかけの太陽しかない空を見上げ、上からなにか来ると言う。


 なんだろ? なんて目を凝らしてみると、なにやらこちら側に、凄まじいスピードで飛んでくるナニカに気づく。


 キューウウウウウウ。


 僕がそのナニカを認識したと同時に、鳴き声が頭上を通り過ぎる。


「あれ、なに!?」


「鳥──かしら……?」


 ヘレナは、「あれを焼いて食べれば美味しそうね」なんて、呑気に冗談を交え笑うけど、そんなことを言っている場合じゃない。


 急に現れた鳥に驚き、周りにいた人たちが、どこか避難できる場所はないかと、必死に逃げ惑う。


「あんなに大きな鳥はいないと思うけど……」


 僕はそんな人たちを横目に、ヘレナのことだ。頭上を飛ぶアレはなんなのか。と話つつも、アレを食べようとしている。きっと冗談ではないんだろう。なんて薄々気づき始め、逃げるよりも先に、無意識に溜め息を零していた。


「アイツは敵ガウ! 攻撃体勢に入ったガウから、自分の身は自分で護れガウ!」


 フェルがそう言うと、鳥に似たナニカは、緑色の羽根を羽ばたかせ、突風を生み出す。


 それと同時に、逃げ遅れた人たちが突風に巻き込まれ、体を宙に浮かせ悲鳴が響く。


「きゃぁぁぁ!」


 そして僕の近くでも……。


 なに!? そう思い辺りを見ると、ヘレナが強風で体を浮かせていた。


 このままでは、ヘレナも宙に巻き上げられることを理解し、慌てて大図書館の門の格子部分を掴み、ヘレナの手を強く握る。


 それと同時に、影からヘレナの魂を守護するモノツカイマらしき生き物が姿を現し、護る様に盾にな──れる大きさじゃなくて、強風に飛ばされそうになったところをヘレナが捕まえる。


 ヘレナの魂を守護するモノツカイマは、なにをしたかったの? 僕は意味が解らず一瞬、呆然としかけた。だけど、呆然としている暇はない。


 今はこの事態を収束させることが先決だ。


「フェル、どうすればいいの!?」


「オレサマに聞くなガウ! こういう時は魂を遣う者シシャを呼ぶのが早いんじゃないのかガウ?!」


 フェルはそう返しはするものの、攻撃体制に入らない。


 僕に力があるといっても、それは誰かを癒すモノ、なんの戦闘の役にも立たない。


「フェル! いつもみたいに、火を吹いて撃退してよ!」


 それを理解しているから、僕はフェルに必死に頼み込んだ。


「この風じゃこっちに飛んできて、オレサマが火傷するガウ!」


 だけどフェルは、状況を判断する能力が有るのか、火を使うことを頑なに拒否した。


魂を守護するモノツカイマが火を吹けるわけないじゃない!? って言っても、そう言えばあなたの魂を守護するモノツカイマは火を吹いてたわね……。まぁ、この状況じゃ火はまずいわ……。ロッテ! 教会に連絡取れるかしら?」


 ヘレナは一瞬、冗談を言うなと僕に怒りかけたけど、以前フェルがやらかしたことを思い出したらしい。溜め息をつくなり、ロッテと呼ばれる、フェニックスの様な、赤く燃え上がる被毛を持つ小さな魂を守護するモノツカイマに命令する。


「ピィィィ!」


 ヘレナの魂を守護するモノツカイマは、そう一声鳴くと動きを止める。


「ピピィ!ピピピピィ!」


 数分後、魂を守護するモノツカイマは、ヘレナにナニかを伝える様に、大きな鳴き声を発する。


 どうしてこの魂を守護するモノツカイマは、人語を話さないんだろう? 僕はそう思いつつも、今は聞ける雰囲気でもない。あとで聞こうと考え、鳥の様子を伺う。


「リーウィン大変よ……」


「どうしたの?」


「教会と連絡が取れないらしいわ!」


「え……どうすれば……」


 そう言えば……フェルは魂を遣う者シシャに連絡を取れと言っていたけど、ヘレナは教会に連絡を取ろうとした。


 教会と魂を遣う者シシャは、繋がりはあるものの魂を遣う者シシャに連絡する方が早いのに、どうしてそんな遠回りをしたんだろ? そんな考えが脳裏に過ぎるけど、そういえば僕も、カルマンとの連絡手段を持ちあわせていないことに気づく。


 僕は教会とも連絡が取れないのならばと、なにか打開策がないか? 頭を必死に回転させる。


「あっ! そうだわ! 良い事思いついたの! リーウィン、ちょっと協力してくれないかしら?」


「協力ってなにをすればいいの?」


「そこに転がっている、石や木の枝を取ってくれるかしら?」


 ヘレナは、僕の足元付近に転がる石や木の棒を取るように指示してきた。


「これをどうするの?」


 僕はヘレナに聞きながら、石や枝を風に飛ばされない様に渡した。


「そんなの決まっているじゃない!」


 そう言い、ヘレナは「私の体をしっかり支えておいてね」なんて、当たり前のように石や枝を投げる姿勢に入る。


「こんな向かい風じゃ男でも難しいのに、いくらヘレナが怪力だっていっても、無理なんじゃないの!?」


 僕の知っているヘレナは、かなりの怪力だ。過去、毎度その力の強さに泣かされていた。そして、今やろうとしていることを考えると、ヘレナの怪力は健在。そう仮定しても、この状況では分が悪いのは確かだ。


 僕たちに返ってこれば大怪我どころじゃ済まない。ヘレナに辞めた方がいいと必死に説得を試みた。


 だけどヘレナは、そんな僕の心配などお構いなしに、鳥に向かって石を投げつける。


 ブシャッ


 ヘレナが投げた石は、風の抵抗を受けることなく、とてつもないスピードとパワーで、強風を生み出している鳥の左目に命中した。


 ヘレナの人間離れした力は、これほどまでに凄まじい威力があったのか。なんて驚き、唖然としながらも昔、


「力加減しているわよ! リーウィンが弱すぎるのよ!」


 なんて言っていたことを思い出す。


 キュウウウウウウ──!


 鳥は、そんな悲鳴のような鳴き声を上げ、ヘレナの過去を思い出し、呆然と立ち尽くしている僕、目掛け勢いよく飛んでくる。


 ハッと我に返った時には、もう鳥は僕のすぐ側まで迫っていた。これはまずい! そう思って咄嗟に目を瞑った瞬間、ポケットの中が光り始める。


「えっ、なに!?」


 そう焦りを覚えながら僕は、咄嗟に眩く光るナニカをポケットから出し、ソレ目掛けて投げつける。


 鳥は、その眩い光に目を眩ませたのか独特な鳴き声を一声あげたあと、多分動きを止めたんだと思う。羽根の音が聞こえなくなった。


 それと同時にフェルが


「ソレ美味そうだなガウ! オレサマに寄越せ!」


 とかなんとか言い、僕が目を開けたと同時に、とても俊敏な動きでパクッと口に含み、なんの躊躇もなく呑み込んだ。


 虹色の玉を飲み込むと、フェル自身がキラキラと虹色に光り始める。


「オレサマ光ってて、めちゃくちゃカッコイイガウ!」


 フェルは虹色に輝く身体を見て、とても誇らしげにイケているだろう! なんて言い、自慢し始める。


「なんか……すごい光景だね……」


 それどころの騒ぎではない。そんなこと理解している。だけど僕は、そんなフェルを見て、冷静に気持ち悪いと思ってしまった。


 ピィィィィ!!


 でも自体は最悪なまま。そんなどうでも良い話をしている間に、鳥の目が戻ったのか、首をぶんぶんと大きく振り、咆哮に近い鳴き声とともに、僕たちに襲いかかろうとする。


 かなり怒っている……。 非常にまずい、殺られる!


 サッ──。


 そんなことを考え、この命もここまでか……。と、諦めかけた瞬間、なにかが僕の横を通り過ぎた。


 カキーン


「ったく。せっかくの休みに仕事させんなよ! この、メテオリットくそが」


 僕の危険に現れたのは、かなりご機嫌ナナメな様子のカルマンだった。


 カルマンは、文句を垂れながらも鳥に、大きな鎌を振るう。


「おいそこの女! 俺に魂を捧げろ」


 カルマンって、自前の鎌があったの? そう思うと同時に、前回メテオリットを討伐した時はどうしてもっていなかったの? そんな疑問が湧き上がってくる。


 だけどそんなことを聞けるタイミングはない。


「あなた誰よ!? 初対面のレディに向かって、命令口調なんて最低ね!」


 ヘレナはムスッとした態度を見せるけど、「緊急事態だし今回は貸すわ」と不服そうに承諾し、カルマンの名前を聞く。


 ちなみに、ヘレナは忘れていると思うけど、二人は以前、顔を合わせ言い合いをしていた。


 だから厳密に言うと、今回が初めてということは決してない。


「記憶の欠片に眠りしファヌエルよ。赤き鎧で、迷い子たちに希望のベールを」


 どういう原理なのかは解らないけど、カルマンは魂の貸し出し契約をしないまま、ヘレナの魂に命令を下す。


 ヘレナの魂はその命令通り、赤いゴツゴツとした鎧のようなベールを展開させ、僕たちの周りに広がった。


「どういうことかしら? 私、あなたの名前を聞いていないわよ?」


 ヘレナはとても驚いた口振りで、僕の方を見てくる。だけど僕も状況がいまいち掴めていない。


 僕はヘレナと同様に、キョトリと小首を傾げることしかできなかった。

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