37話-幼なじみとの再開-



 大図書館での騒ぎから少し経ったある日、ただいま僕は、大図書館の管理者に呼び出されて誓約書を書かされている最中だ。


 契約書にサインを求められるだけかと思ったけど、どうやら新たなルールが設けられ、その説明も一緒に受けることになった。


 追加された内容は無償・・魂を守護するモノツカイマエリアの撤去と、魂を守護するモノツカイマを影の中に入れておくことが義務付けられた。その中には、影に入るのを嫌がる魂を守護するモノツカイマもいるから、一時間一万セクトで預かるサービスに切り替える。


 また、館内での魂力こんりきの使用が禁止された。魂力がなにかは判らない。だけど多分、カルマン絡みだと思う。


 最後に、問題行動を起こせばその日の入館は認めず、退館させられると。


 この追加は、完全にフェルたちのせいだ。


 そんな説明を受け、最初は家に帰ろうと思った。だけど、なぜか行かないとダメな気がしてフェルを影に入れ、大図書館の中へ。


 大図書館に入るや否や、「魂を守護するモノツカイマを使って騒ぎを起こした魂の使命こん願者ドナーだ!」という噂が広まっていて、僕は白い目で見られる羽目に。


 僕はただ巻き込まれただけなのに! もうあの二人には関わらないんだから! そんな不満を胸の内で垂れ流しつつも、今日は魂の使命こん願者ドナーエリアか共同エリアのどちらに入ろうか悩む。


「よし決めた!」


 僕は魂の使命こん願者ドナーエリアの扉をくぐりすぐ、異様な雰囲気を放つ本棚を見つけ、自然と足を止めた。


「こんな本棚あったっけ?」


 他の本棚は木製なのに、この本棚は鉄製で白く塗られている。にも拘わらず、誰もその本棚に気づいていないかのように通り過ぎていく。


 僕はそれが不思議でたまらなく、その本棚へ。


 本棚には『魂の輪廻転生』・『業と罪』・『繰り返すモノ』・『力を持つモノ』・『死の運命への導き』など、魂の使命こん願者ドナーとなんの関係があるのか? 疑わしい本が九冊ほど並んでいた。


 なぜこんな大きな本棚に九冊しかないのか疑問に思いつつ、手が勝手に『魂の輪廻転生』という本に伸びていた。


 内容は


『全てが白に覆われた部屋で、その子供は生を為した。

 その子供を白と名付けよう。

 本来、その白には兄も弟も存在しなかった。なのに、生を為した子供の傍らには、おぞましい力をまとう子供──黒がいた。白と黒は本来兄弟でもなんでもなかろう。

 にも拘わらず、なぜかとても仲が良かった。

 白は、光をまとう様に眩い存在だったのだが、黒はおぞましい雰囲気を漂わせているのになぜか、影が非常に薄かった。

 影が薄いといっても、存在感が薄いというわけではない。本当に人間の影よりも薄く、この世に本来生まれる予定ではなかった。そう言わんばかりに影が薄かったのだ。

 元来、人の影とは、光が当たることにより陰影を刻み込む。が、その子供の影はその明かりにすら左右されなかったのだ──』


 こんな感じから始まる、少し古臭い文章だった。そこに専門知識なんかが組み込まれていて、かなり難しい。


 まぁ僕自身が、専門知識を持ち合わせてないから。っていう理由に尽きると思うけど……。


 なのにどこか親しみを感じ、ページを捲る手が止められず、引き込まれていく。


 ただ、可笑しなことに、物語の主人公が十六歳になった辺りから余白のページが続き、その先がなにもない。


「うーん……」


 そして本のどこにも、作者の名前や製造年日は記されていない。僕は訝しげながらじっと本を見つめていた。


「ちょっと、そこのあなた! こんな場所で突っ立ってられると困るのだけど!」


 僕が訝しげていると、苛立ちを含む声色が背中にぶつけられる。


 そんなに長く考え込んでいたわけじゃない。それに本棚の傍らで読んでいたのだから……。そう思いながらも驚き振り返ると、目の前には僕より十数センチほど身長の低い少女がいた。


 少女は緑色の瞳に、奇麗なブロンズの髪を三つ編みにしていて、第一印象は人形のような人だな。だった。


「ごめんなさい」


 だけど、声色からして気が強いのが解る。僕は少女に謝罪しつつ、本棚に視線を向けるけど、いつの間にか本棚は消えていた。


 どうして? そう思うけど、手元には本がしっかりと握られている。ということは、考えている最中、無意識に動いてしまったのかも。


 僕は不思議な感覚に囚われながらもその場を離れようと背を向ける。


「ちょっと待ちなさい!」


 だけど少女はそんな僕を呼び止める。


「えっ……?」


 邪魔と言ったり、待てと言ったり、この少女はなんなの? 少しムッとしながらも、僕は問題行動に発展させない為に、少女の言う通り足を止めた。


「あなた、名前は?」


 少女は、「管理者に言いつけてやるんだから!」なんて僕を脅しながら、名前を確認し始める。


「えっと……リーウィンです、けど……」


 特に、問題行動を起こしたつもりはないんだけど……。出禁になるのかな。なんて不安を覚えながら、僕は小声で名乗った。


「えっ? もう一度、名前を伺っても?」


「は? えっと……リーウィン・ヴァンデルングですけど?」


 なぜ僕は、名前を二回も聞かれたのか? 僕の名前を勝手に使って悪さをした人でも……? いや、フォルトゥナ十戒に反するし……それはないか。ならどうして僕は名前を二度も? そんな疑問を抱きながらも、少女をしげしげと見つめた。


「……リーウィン……リーウィン……。どこかで聞き覚えが……。あっ! もしかして、リーウィン・ヴァンデルングかしら?」


 少女は僕の名前を聞き、顎に手を添え考え始める。そしてなにかを思い出したように、二度目に名乗ったフルネームをオウム返しする。


「えっと……そうですけど……?」


「本当に!? 私、ヘレナ! 私のこと、覚えていないかしら?」


 ヘレナと名乗る少女は、僕の顔を釘を打つように凝視したあと、僕の名前が〔リーウィン・ヴァンデルング〕と知るや否や、とても嬉しそうな顔で自分の名前を口にした。


「えっと……ごめんなさい……」


「はぁ──、リーウィン。あなた、記憶力が低くないかしら? 昔、よく遊んでいたのに──っ!」


 自分のことを知らないか? と聞かれても、特に心当たりはない。だけど、昔……? 僕はその言葉で、昔よく遊んでいた『ヘレナ・スローウィン』を思い出す。


 ヘレナは僕が兄さんを探している最中に出会った女の子。やんちゃな男の子たちに絡まれているところを救い出してくれた、僕のヒーロー。


 だけどある日、遊ぶ約束をしていたのに、夕方まで待っても現れなかった。それ以降、彼女と会うことは二度となかった。そんな甘酸っぱい思い出の女の子。


 もしこの子があのヘレナだとすれば、かなりおしとやかになっている気がする……。あの時は、かなりガサツというか……うん。こんなに、上品なオーラをまとい、所作も綺麗な少女をあの・・ヘレナと仮定していいのか? 否、それは流石に申し訳ない。僕は結論を出す。


「えっと……、すみません。考えてみましたが、やっぱり心当たりがないですね……。あるとすれば、前回の討伐戦の時くらいですかね……?」


 愛想笑いで答える僕に、ヘレナはムッとし、


「私の名前はヘレナ・スローウィン! 本当に覚えていないかしら?」


 そう自己紹介したあと、近くの本棚にもたれかかり、腕組みをする。


「ええっ!? えっ?」


〔スローウィン〕というラストネームはこのリクカルトに一家族しか存在しないはず……。


 僕は驚きのあまり目を点にして、『あのヘレナ!? 嘘でしょ!?』なんて、でかかった言葉をグッと飲み込んだ。


 危ない、危ない。もう少しで言っちゃうところだったよ。よく耐えた僕の口。そう自賛していると、


「なにかしら? その反応。私はヘレナ・スローウィン。あなたがよ〜く知っているヘレナよ? 思い出せない?」


 ヘレナは腕組みを解き、かなり偉そうな態度で後ろ髪を片手でなびかせそう言う。


 いや……だって……あのヘレナが? そう思うと同時に「嘘でしょ?」なんて無意識に、ポツリと呟いていた。


 ハッと口に手を当てても、もう遅い。


「嘘とはなによ!? 昔っから私は美少女よ!? 本当にあなたは女の子の扱い方が下手なんだから!」


 ヘレナは声のボリュームを下げ、プンスカと怒ったような、拗ねたように唇を曲げる。


 でも、美少女云々は知らない。人形の様に可愛らしい容姿をしているけど、自分で言うあたりこの子はフェルと同族なのかもしれない。


「いやだって……! 僕の知っているヘレナは、とてもわんぱくで、こんなにも上品じゃなかったし!」


 僕はもう口にしてしまった以上、遠慮する必要もないと考え、思ったことを口にする。


「あなた失礼よ! 私のこと、なんだと思ってるのかしら!?」


「えっと……。僕が知っているヘレナのことならば、男も泣かせる鬼のヘレナ様……?」


「レディに向かってそのイメージは、あまりにも酷すぎじゃないかしら? ほっんと最低ね!」


「いや、だって……」


「なにを言いたいのかは判らないけど、あなたが虐められて泣きべそかいていたから、私がしょうがなく追い返してあげただけじゃない!」


 ……。どうやらこの少女は僕の想定するヘレナで間違いないようだ。人って成長するんだな。そんなことを考えながらも、


「いやでも……〔普通〕の女の子は、そんなことしないと思うけど……?」


 と事実を口にしてみた。


「失礼すぎるわ! 私が普通じゃない。って言うのかしら?」


 そんな怒っているヘレナをマジマジと見つめていると、とても綺麗な女性へと変わったんだな。なんて驚く僕がいる。


 まぁ昔も可愛いとか奇麗だったのかもしれないけど、僕の記憶のヘレナは……うん。ただのわんぱく少女で、近所の公園のボス的存在だったことしか記憶にない。


 だから容姿のことなんてなにひとつ覚えていない。


 少し、強気なところは変わってなさそうだけど、以前よりかなりおしとやかになっている。なにかあったのかな? そう思いながらも過去に何度、ヘレナに泣かされたことか。なんて思い出し、次は感心する。


 そんなたわいもない昔話に花を咲かせていると、なにかを思い出したようにヘレナは目を伏せ、口をもごもごとさせ始める。


 なにか言いたいことでもあるのかな? まぁ、時間はあるし待ってみるか……。僕はそう思いながら持っていた本を一時的に棚の上に置き、別の本を取ろうと腕を伸ばす。


「あの時は……その、ごめんなさいね……」


 ここの本棚は高すぎる。僕は必死に背伸びをしながら、取れないな〜。なんて悪戦苦闘していると、ヘレナは、覚悟を決めたように小さく息を吐き、身に覚えのない謝罪をしてきた。


「あてっ──。あの時……?」


 それと同時に僕の指が本を掠め、本が盛大に頭上に落ちてくる。


 僕は間抜けな声をあげながらも頭をさすり、本を拾いながらポカンとする。


「──っ! 遊ぶ約束をしたのに、すっぽかしちゃったことよ!」


 一瞬、言わなくても判りなさいよ! って聴こえてきたような……。いや、幻聴か。ヘレナは目を吊り上げ、ムスりと頬を膨らませながらもそう説明してくれた。


「──あ〜! 大丈夫だよ! 当日になって、やっぱり泣き虫な僕と遊ぶのは嫌になっちゃったのかな? なんて、少し考えた時期もあるけど……。 どうしても、外せない用事があったんだろうな。って今では思ってるから!」


「あなたと遊ぶのが、嫌になったことなんて一度もないわ! 約束の日の前日、急遽お父様の仕事に着いて行くことになったのよ!」


 ヘレナは「風邪を引いても行くつもりだった」と怒ったように後悔を口にする。


 後悔するか、怒るかどちらかにして欲しい。なんて言えば、きっともっと怒らせてしまうんだろうな。そう思いながらも、


「ははは……。風邪の場合は、悪化する恐れもあるし、安静にしてた方がいいよ! それに、そういう事情なら仕方ないと思うよ? まぁでも、またヘレナに会えてよかったよ!」


 なんて困惑交じりの愛想笑いで乗り切ろうとする。


「私もよ!」


 そんな僕の愛想笑いに気づく様子もなくヘレナは、目をキラキラと輝かせ、満面の笑みを浮かべた。


 そんな会話をしていると、なぜヘレナがここに? そんな疑問を覚え、


「ところで……。どうしてヘレナは魂の使命こん願者ドナーになったの?」


 なんて何気なく確認してみた。


 ここにヘレナがいるということは、魂の使命こん願者ドナーなのは間違いない。


 だけど僕が知る限り、ヘレナの親御さんはお金に困る様な生活はしていなかったと思う。それに僕と違い、魂の使命こん願者ドナーになりたいという夢もなかったはず……。もしかして無作為に選ばれたのかな? そんなことを考えていると、


「聞きたい?」


 ヘレナは勿体ぶりながら、ニマッとなにかを企むような笑みを浮かべる。


「まぁ……。そりゃ聞きたくないと言えば嘘になるけど、嫌なら答えなくても──」


「説得するのはとても大変だったわ!」


 そういいヘレナは、親御さんにどうやって、魂の使命こん願者ドナーになることを認めさせたのか? 自伝を口にし始めた。


 何日も、家に帰らなかったり魂の使命こん願者ドナーになれなかったら死ぬ! と騒ぎ立てて家を半壊させかけたり……。あ、うん。ここは別に聞かせなくて良かったと思う。


 本当にこの子は女の子なのだろうか? そんな疑問と同時に、多分だけど、以前より手がつけれなくなったニューヘレナ様へと、変貌を遂げていると思う。


 それを理解した瞬間、嫌な悪寒が背筋をスっと通り抜けていった。


「ははは──。親御さんを説得して魂の使命こん願者ドナーになったのは解ったけど、どうして魂の使命こん願者ドナーになろうと思ったの?」


 僕は苦笑を浮かべ、親御さんはかなり不憫ふびんな思いをしたんだろうな。なんて同情してしまった。

 

「それはね! あなたがずっと、魂の使命こん願者ドナーになりたい。そう言ってたから! って言いたいんだけど……。夢を話してくれた日の夜、私、夢を見たの。よく解らないけど、おまえも魂の使命こん願者ドナーになれって。なんでも、運命の導きがあるから……と」


「……。どんな人だったの?」


 僕はヘレナの所にも、クトロケシス神が? なんてことを考えながら、内容を確認した。


「うーん──。知っている人の様な気がしたのだけど、よく覚えてないわ! その時の夢は、赤い霧で覆われていた気がするわね!」


 クトロケシス神は、この世に存在する全ての生き物に、姿を変えることが出来るとされている。


 まぁ僕と会った時は写鏡うつしかがみみたいになってたけど……。


 だから、誰かに成りすますことは可能だろう。


 だけど、ヘレナが魂の使命こん願者ドナーになった件に、クトロケシス神が関わっている様には思えなかった。


 特に、赤い霧という部分。僕の時は真っ白い空間で出会ったから、もしヘレナもクトロケシス神に会っていれば、僕と同じ空間になるはず。


 僕は悩んだ末、


魂の使命こん願者ドナーになることを言ったのは、一体だれなんだろうね?」


 なんて無難な返しをしておいた。


 そんな話をしていると、あっという間に時間は流れ、退館時間が迫っていた。


「もうこんな時間なのね……。あっという間ね……」


 楽しい時間はなんとやら。本当にその通りで、ヘレナは寂しそうにほほ笑む。


「本当、時間が経つ速さにびっくりしちゃうよ!」


「またこうして、一緒にお話したいわ!」


「ヘレナが嫌じゃなければ、また話そう!」


 そんな会話をし、僕はヘレナと一緒に大図書館をあとにして、別れる──はずだった。

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