33話-キミは本当に……-
「リーウィンちゃんはそう考えるのね。ならもし、自分か他人のどちらかしか助けられない状態になったら? 誰かに仕組まれた運命が、その人を救えと言えば、あなたは自分の命を捨ててでもその人を救うのかしら?」
そう意地悪な質問を投げかけてきた。
そんなの……解んないよ……。その時にならなきゃその答えなんて見えないし、どう動くかも想像できない……。死ぬのは怖い。でも、僕の命と引替えに、救える命があるならば──。
そう答えたくなる衝動をグッと堪え、もう一度じっくり考える。
だけど答えなんて解らない。この質問には答えが存在しない。どんな答えを出しても、それは個人の考え方の違いによるもの。他人からみれば、僕の出した答えは正解とは限らない。たとえ僕が、『これが正解だ!』と言っても、きっと母さんは『それは不正解よ』と返す。
そんな不安が支配し、僕はなにも言えず黙り込んでしまった。
そんな僕とは対照的に、母さんは
「リーウィンちゃん、もう
普段と異なる信念を貫き、強い想いを声に乗せてくる。
「………………」
母さんの気持ちは最初から変わらない。死にかけたんだから、辞めて欲しい。心配かけないで欲しい。そんな強い気持ちが瞳のおくから伝わってくる。
そんな母さんの信念とは対照的に、僕の気持ちははコロコロと変わりそうになる。だけど、
僕が言葉に詰まり、口を閉ざしていると母さんは、
「あなたの運命がなんなのか? 私には解らない。それに、理解するつもりもないわ」
そう言い、珍しく否定的な言葉を僕に向け、「あなたが危険にさらされてまで、やらなきゃいけないことじゃないと思うの」そう続けた。
母さんの言葉はもっともだ。我が子が危険に足を踏み入れて、理解できる親なんていないよね……。
母さんの気持ちは、痛いほど解るし、理解もできる。でも、僕はその道を選べない気がする。選ぶ権利すら奪われている。なぜか解らないけど、ばく然とそんな気がした。
そんな僕に気を留めることはせず、普段かなり感情を抑えているのか、追い打ちをかけるように母さんは、
「あなたはきっと
そう自分の意見をぶつけ続ける。
だって、誰かに運命なんかを決められて、強制されているなんて、誰も思わないし、自分の考えに疑問なんて感じないじゃん?
だけど……。もし僕たちの知らないうちに、誰かの意図や思惑によって操られていたら……? そう思った次の瞬間、心の奥でなにかが弾けるように、『その思考は危険だ』そう考えを改めさせられるような気持ち悪い感覚に陥る。
どうしてそんなことを思ったのか? なぜ急に、そんなことを考えたのか? まるで解らない。だけど、僕はやっぱり
僕がそんな感覚に揺れ、悶々と考えている間、母さんはなにも言わず、答えを待ってくれていた。
「ふぅ……。あのね、母さん……」
僕は、答えのない問いに囚われるのをやめ、一度、深く息を吸い込んだあと、今、感じている気持ちを素直に話すことにした。
「母さんの気持ちは痛いほど伝わってるよ。僕はまだ、死ぬ覚悟もできないし、泣き虫で臆病な子供だって自分でも思う。それに、母さんから見れば、僕はまだまだ子供だよね。
「うん」
「でもね……。僕はまだ、
そう本音を言葉にしたあと、僕は恐る恐る母さんに視線を向けた。
母さんは、色んな感情を渦巻くように唇を噛み、なにかを必死に堪えているように思えた。
もしかすると、 僕の答えで母さんを激怒させるかもしれない。今度こそ家を追い出されたり、口すら聞いて貰えなくなるかも……。そんな不安が胸中で駆け巡り、どんどん心細くなっていく。だけど、腹を割って話そうと最初に言われた。ここで僕が、母さんの意見を無視し、隠れて
「もしかすると、やっぱり辞めたい。なんて、思う時期が来るかもしれない。それに母さんからすると、僕の選択は、とても我儘だと思う。でも、
そんな母さんを見つめながら本当にこれが僕の意志なのか、そう自問自答を繰り返した。
だけど、考えたってなにひとつ判らない。最終的には、そんな解らないモノより、僕がどう思っているのか。今、どうしたいのか。それが重要じゃない? そんな答えをみつけ、胸の中にそっと落す。
「ふぅ……。正直なところ、解りたくはない……。そんな気持ちしかないわ。だけど解ったわ。あと一度だけ、あなたの背中を押してあげる。でも、辞めたくなったら、いつでも辞めて良いのよ? 私は、反対しないからね」
母さんはグッと歯を食いしばり、寂しげに笑う。
その笑みは諦めとも、哀れみとも違う。純粋に、僕を心配する暖かな優しさが満ちているように思えた。
そのあと母さんは、上手く作れていない笑顔を隠すようにカップを口につけ、クロムティーを飲み、心を落ち着けるように少しの間、天井を仰ぐ。
そして視線を僕に戻したあと、
「それと、なにも解らない運命に振り回されず、自分の気持ちを大切にすること。この次、またあなたが死にそうになれば、
母さんは二度目はない。そんな強い気持ちを持っているように言い切ったあと、力なく笑った。
本当は、自分の気持ちなんて変わらない。
そんな母さんの態度に、僕はやっぱりかける言葉が見つからなくて、
「ありがとう……。ワガママを言っちゃって……ごめんね」
そう無難なことしか言えなかった。
そんな僕の謝罪に、母さんは目を伏せ、ただ「うん」と頷くだけ。
複雑な心境をひた隠し、飲み込もうとしている母さんに、僕は
「母さん、カルマンとの、契約の話だけど……」
そう契約について話をする。
こんな状況で、伝える話じゃないことは理解している。だけど、今しかこの話はできない。そんな気がしたんだ……。
「うん」
「契約は、簡単には破棄できないらしい。だけどその代わり、カルマンが守ってくれるから、僕は死なないよ」
『僕は死なない。だってカルマンが守ってくれるから』そう自分に言い聞かせる様に、心の中で復唱し、力強く伝えた。
「そう……。カルマン様を信じるしか……ないわね……」
母さんは目を伏せたまま、そうポツリ。
「そんな顔しないで! 僕は絶対、大丈夫!」
その表情は寂しげで、憂いを帯びている。僕はそんな母さんに、無理やり笑顔を作り、明るく振る舞う。
そんな僕の笑顔を見た母さんは、瞳を軽く揺らしたあと、
「そう……ね……。あなたが決めたことだものね……。ちゃんと応援しなくちゃね!」
そう言ったあと、顔を両手でパンッと強く叩き、自身に喝を入れる。
そんな母さんの頬は真っ赤に染まり、痛々しい。大丈夫かな? そんな心配を内に零しつつも僕は、
「ありがとう」
そう一言、俯いた。
そんな僕の態度になにか言わなきゃと思ったのかも。母さんは急に、
「あっ!」
なんて大きな声を出す。僕はその声にビクッと体を跳ね上げたあと、恐る恐る母さんに視線を戻す。
そんな僕の態度に母さんは、『大丈夫よ』そう言いたげに、優しげな笑みを浮かべながら、
「
そう脈絡のないことを口にし始めた。
「えっ? 一生に一度って、大げさすぎないかな?」
そんな母さんの言葉に僕は、眉を下げ困り顔をしながら苦笑する。
「ううん。大げさなことじゃないわよ?」
「えっと……。一生に一度のお願いってなに?」
母さんはそんな僕の相槌のあと、
「絶対に死なないで。私より先に、
寂しさや葛藤を滲ませた笑みで僕に「約束よ?」なんて言った。
母さんは普段通りの態度を貫くけど、その願いは真剣そのもの。今、目の前にいる
どうしてそんな笑顔で言うんだろう? 母さんの心境が判らない。だけど、僕はそれを受け入れ心の中に沈めた──。
すると、
「もう話はおわったかガウ?」
いつからいたのか判らないけど、フェルがクッションの下からぷはぁっと顔を出し、僕たちに聞く。
「フェル!? いつからそこにいたの?」
そういえば今日は全然見かけないと思ってたけど……。そんなことを考えながら目を丸くし僕は驚いた。
「オレサマ、このクッションの下で、スヤ〜してたら、オマエたちがあとからやってきて、起こされたガウ! でも、めちゃくちゃ暗い話を始めたガウから、出るに出れなかったガウ!」
オレサマ、気を使ってやったんだぞ! と言わんばかりに、フェルはえっへんと鼻息を荒くし、二足で立ったあと、腰に手を当て誇らしげな顔をする。
多分これは、フェルなりに気を使ってくれた。ってことなんだと思う。そんなフェルの行動に、僕はプッと吹き出し、
「フェルは、ほんとブレないね。気を使ってくれてありがとう」
そう言いながらフェルの喉元を優しく撫でた。
「オレサマ、感謝されて当然ガウ! 本当に感謝しているなら、早く三十万セクトをオレサマに渡せガウ!」
フェルは喉を鳴らしながらも、いつもの調子で高額なセクトを要求し始める。
「フェル? それはそれ。これはこれだよ? それに──」
僕はそう言い、カルマンから盗んだ一億五千万を追求しようとフェルに詰め寄る。
「まぁ、まぁ」
そんな僕を母さんが穏やかな態度で仲裁に入る。
母さんのその態度から、僕はフェルの功労の大きさを理解した。フェルがいなきゃ、きっと普段通りに戻るまで、もう少し時間がかかっていたかもしれないし……。僕はフェルに感謝の念を抱くように、今日は追求するのをやめた。
この一ヶ月ちょっとで、色んなことがあった。
だけど、
まぁ、この話を第三者にした時、これは僕が悪い! なんて頭ごなしに怒られるかもしれない。逆に母さんが頭でっかちなだけだ。なんて僕を擁護してくれるかもしれない。
どちらにせよ今日話した内容には、
僕は普段通り明るくフェルと戯れる母さんを横目に、『ありがとう』そう心中で二人への感謝を零した──。
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