23話-キミは本当に……-〔序章・完〕



「リーウィンちゃんはそう考えるのね。ならもし、自分か他人、どちらかしか助けられない事態に陥ったとして、誰かが仕組んだ運命がその人を救えと言えば、あなたは自身の命を捨ててでも救うのかしら?」


 母さんの質問は僕にはとても、意地悪に感じるものだった。


 そんなの……。その時にならなきゃ、解んないよ……。死ぬのは怖い。でも、僕の命と引替えに、救える命があるならば──。


 そう答えそうになったのをグッと堪え、もう一度よく考える。

 

 答えなんて解らない。この質問には答えがまるでない。どう答えても、それは個人の考え方の違いによるものが大きすぎるから、僕の答えは正解にはならない。


 僕の見出した答えを、僕がいくら正解だ。と論じても、母さんはそれは不正解だと返す。


 そんな気がしたから僕は、黙り込むしかなかった。


「もう魂の使命こん願者ドナーになるのは、辞めないかしら?」


 母さんは、僕が魂魂の使命こん願者ドナーを続けることを全力で、否定する。


「………………」


「あなたの運命というのが、なんなのか? 私には解らない。それに、理解するつもりもないわ」


 母さんは珍しく、否定的な言葉を僕に投げかけながらも話し続ける。


「あなたが、危険にさらされてまで、やらなきゃいけないことじゃないと思うの」


 それはそうだ。母さんの言葉は最もだし、自分の子供が危険に足を踏み入れて、理解できる親なんていないよね……。


「母さん……」


 母さんの気持ちは、痛いほど解るし、理解もできる。


 でも、僕はその道を選べない気がする。選ぶ権利すらない。なぜか解らないけど、ばく然とそんな気がした。


「あなたはきっと魂の使命こん願者ドナーになりたい。そう、思わされてるだけだと思うの」


 母さんは、普段かなり我慢しているのか、追い打ちをかける様に、自分の意見をズバズバと僕にぶつけてくる。


 魂の使命こん願者ドナーになりたいと言う気持ちは、僕自身が、本当に思っていることだと、今まで信じて疑いすら持たなかった。


 そりゃ、誰かにしたいこと、することを無意識に強制され、決められているなんて考える人間は殆どいないはず。


 そもそも、誰かに強制されている人間がいたとして、それは気づくまでに時間がかかる。


 自分の考えを疑問に思わないのが普通の人間だけど、もしかすると僕たちは、知らぬ間に洗脳されているだけかもしれない。


 きっと、僕もそのうちの一人だと思う。


 そう思った次の瞬間、なぜかは判らないけど、そう考えるのは可笑しい。と誰かに感情を支配されている感覚に陥る。


 どうしてそんなことを思ったのか? そんなことを考えたのか? まるで解らない。だけど、僕はやはり魂の使命こん願者ドナーを続けることしかできないらしい。


 そんな答えを提示された気がする。


 僕がそんな感覚に陥りながらも悶々と考えている間、母さんはずっとなにも言わず、答えを待ってくれていた。


「ふぅ……。あのね、母さん……」


 僕は答えのない問いのことは考えず、一度、大きく深呼吸をしたあと、今、感じている気持ちを素直に話すことにした。


「母さんの気持ちは、痛いほどに伝わってるよ。僕はまだ、死ぬ覚悟もできていないし、泣き虫で、臆病な子供だ。そう自分でも思う。それに僕以上に母さんから見れば、まだまだ子供だよね。魂の使命こん願者ドナーにならなくても、生きていけるし、魂の使命こん願者ドナーにならない方がきっと、幸せになれる」


「うん」


 母さんは、複雑な表情で、静かに相槌を打ち、次の言葉を待つ。


「でもね……。僕はまだ魂の使命こん願者ドナーを続けたいと思ってる。これが仮に、クトロケシス神の思惑や、意図だとしても辞める。という選択肢は今の僕にはないかな……」


 そう言ったあと、僕は恐る恐る母さんを見る。


 母さんは、なにかをグッと堪える様な表情で、唇を噛んでいた。


 もしかすると、今回は勢い余って叩かれるかもしれない。だけど、母さんが腹を割って話そうと言ってくれた。ここで僕が母さんの意見を聞き、隠れて魂の使命こん願者ドナーをしたところで、母さんは裏切られたと感じて怒るだろう。


 それが解っていたから、


「もしかすると、急にやっぱり辞めたい。なんて、思う時期が来るかもしれない。それに、母さんからすると、僕の選択は、とても我儘だと思う。でも、魂の使命こん願者ドナーにならないと、なにも解決しない。そんなばく然としたなにかが僕の中で渦巻いている。そんな気がするんだ」


 僕は、そんな母さんを見つめながら、本当にこれが僕の意志なのか? 考えていた。


 でも、そんな解らないモノより、僕がどう思っているのか。


 今、どうしたいのか。それが重要だと思い、そのまま伝えた。


「ふぅ──。正直なところ、解りたくはない……。そんな気持ちしかないわ。だけど、解ったわ。あと一度だけ。あなたの背中を押してあげる。でも、辞めたくなったら、いつでも辞めて良いのよ? 私は、反対しないからね」


 母さんはグッと歯を食いしばりながらもそう言い、寂しげに笑う。


 その笑みは諦めとも言えないし、哀れみなんてものも感じない。ただただ僕を心配するような、そんな暖かな眼差しだった。


 そのあと母さんは、上手く作れていない笑顔を隠すように一口だけ、クロムティーを口に含む。


「それと、なんなのかも解らない運命に振り回されず、自分の気持ちを大切にすること。この次、また同じようにあなたが死にそうになれば、魂の使命こん願者ドナーを続けることは絶対に認めないわ」


 母さんはそう言い切り、やはり力なく笑う。


 本当は、拒否したい。魂の使命こん願者ドナーなんて辞めて欲しい。そう言いたいのが母さんの小刻みに震える体から、ヒシヒシと、伝わってくる。


「ありがとう……。ごめんね、母さん、我儘を言っちゃって……」


 母さんは、僕のその謝罪に目を伏せ、ただ「うん」と頷くだけだった。


「母さん、カルマンとの、契約の話だけど……」


 こんな状況で、伝える話じゃないかも知れない。だけど、今しか、この話はできない気がして、僕はとっさに、明るく言う。


「うん」


「契約は、簡単には、破棄できなみたい。だけどその変わり、カルマンが守ってくれるから、僕は死なないよ」


 僕は死なない。だってカルマンが守ってくれるから。自分自身に言い聞かせる様に、心の中で復唱しなが母さんに力強く伝えた。


「そう……。カルマン様を信じるしか……ないわね……」


「そんな顔しないで! 僕は絶対、大丈夫!」


「そう……ね……。あなたが決めたことだものね……。ちゃんと応援しなくちゃね!」


 母さんはそう言ったあと、顔を両手でパンッと強く叩き、自分自身を鼓舞する。


「ありがとう」


 僕は、真っ赤に染まる母さんの頬を見て内心、心配しながらも感謝する。


「あ! 魂の使命こん願者ドナーを続けるなら、私の一生に一度のお願いも聞いて欲しいわ!」


「一生に一度って、大げさすぎないかな?」


 僕は眉を下げ、困り顔をしながら、苦笑する。


「ううん。大げさなことじゃないわよ」


 母さんは、そんな僕の返答に首を横に振りながらそう答える。


「えっと……。一生に一度のお願いってなに?」


 僕はドギマギした態度で母さんの口から紡がれるであろう、次の言葉を待った。


「絶対に死なないで。私より先に、あっちの世界へは行かないでね」


 母さんはそう言い、ほほ笑む。


 母さんの一生に一度のお願いは、真剣そのモノで、今目の前にいる母さんじょせいの表情からは予想だにできない様な、とても重い錘だった。


 なぜそんな笑顔で言うんだろう? 母さんの心境が判らないけど、僕はそれを呑み込み心の中に沈めた。


「もう話はおわったかガウ?」


 いつからいたのか解らないけど、フェルがクッションの下から、ぷはぁっと顔を出し、僕たちに聞く。


「フェル!? いつからそこにいたの?」


 そういえば今日、全然見かけないと思ってたけど……。なんて、考えながら、驚いた表情をみせる。


「オレサマ、このクッションの下で、スヤスヤ寝ていたら、オマエたちがあとからやってきて、目が覚めたガウ! でも、めちゃくちゃ暗くて重い話しだしたガウから、下手に出れなかったガウ!」


 オレサマ、気を使ってやったんだぞ! と言わんばかりに、フェルはえっへんと鼻息を荒くし、二足で立ったあと、腰に手を当て誇らしげな顔をする。


 フェルなりに気を使い、話が終わるまで寝たフリをしてくれたらしいけど、フェルはフェルだな。と思い、プッと吹き出してしまった。


「フェルは、ほんとブレないね。気を使ってくれてありがとう」


 僕はそう言いながらフェルの喉元を優しく撫でる。


「オレサマは感謝されて当然ガウ! 本当に感謝しているなら、早く三十万セクトをオレサマに渡せガウ!」


 フェルは僕に喉元を撫でられ、嬉しそうにゴロゴゴロと喉を鳴らしながら、ブレない態度で高額なセクトを要求する。


「フェル? それはそれ。これはこれだよ? この前、カルマンから盗んだお金も返せていないのに、フェルに渡せるお金はないよ?」


「盗んだ……?」


 母さんがえっ? と、驚いた顔をしながら僕たちの方を見る。


 あっ、僕に借金ができたことはまだ言ってなかったんだ……


 こんなこと知られちゃうと幻滅されちゃう! そう思ったと同時に


「あっ! 気にしないで母さん!」


 僕は苦笑して誤魔化したあと、フェルを思いっきり睨んだ。


「オレサマ、盗みなんて働いたことないガウ! そのカルマンって言うヤツが、嘘ついているんだガウ!」


 僕は母さんにバレまいと、慌てて話を変えようとしたけど、フェルはお構いなしに話を続ける。


 フェルは、全く詫びる気配がないな。と思いつつ、普段通りか。なんて諦める。


「あっ! もしかして〜。フェルちゃんが、おうちにやってきた時に持っていた、セクトが沢山入った袋のことだったりする?」


 フェルが場を和ませてくれたおかげか、母さんはいつも通りの口調で、なにかを思い出した様子で僕に聞く。


「それは、オレサマのものだガウ!」


 フェルは、オレサマは盗みを働くような、そんな下賎な魂を守護するモノツカイマじゃない! と、言いながら、カルマンから盗んだであろうお金は、自分のモノと言い張る。


「じゃあ、そのお金はどこから出てきたの?」


「拾ったガウ!」


「それを盗んだ。って、言うんじゃないの? どこから拾ったの?」


「違うガウ! 確か……ダイヤルみたいなのがついた箱から拾ったガウ!」


 フェルは、とても誇らしげに、盗んだことを自白した。


「その番号はどうして知っていたの?」


「番号……? なんだそれガウ。オレサマは、適当に、クルクル回して遊んでただけガウ! そしたら勝手に開いたガウ!」


 どういうことか解らないんだけど……。どうせまたカルマンに会うし、その時にそれとなく聞いてみよう。と、一先ずこの話は流して、母さんに、フェルが持っていたという、セクトの話を問いただす。


「あれ〜? 言ってなかったかしら〜?」


 母さんは、キョトンとした顔で、言ったと思ったのだけど……。なんて言ったあと、可笑しいわね。という態度で、頬に手を当て、考える。


「聞いてないから、こんなに驚いてるんだよ!?」


「あらあら〜。ごめんなさいね〜! 言ったつもりでいたわ〜」


 母さんは、さっきまでしていた魂の使命こん願者ドナーの話は、なかったかの様な態度で、僕にフェルが始めて家に来た時のことを覚えてる限り、詳しく話てくれた。


「はぁ……。そのお金ってどうなったか判る?」


 僕は、母さんの話を聞き、大きな溜め息をつく。


「ごめんなさいね〜。気づいた頃にはもう、なくなってたわ〜」


「一億五千万セクトを、そんなすぐに使うって……」


 僕はボソッと呟く。


「一億……?」


「うんん! なんでもないよ! こっちの話!」


 僕は、母さんに悟られない様、慌てて話を濁した。


 だけど、内心フェルはどうしてそんなことをしたのか……。なんて煮え切らない気持ちで悶々と考え込んでしまっていた。


「それより、オレサマ腹減ったガウ!」


「フェル、全然、反省してないでしょ?」


「ナニを反省するガウ! オレサマ、反省するようなことは、ナニもしていないガウ!」


「もう〜! リーウィンちゃん! よく解らないけれど、今日はその辺で、許してあげたらどうかしら? フェルちゃんのご飯は、今から用意するからまっててね〜」


 そう言うと、母さんは台所へ向かった。


 なんだかんだとあったけど、魂の使命こん願者ドナーを続けることを認めて貰えたし、これで一先ず、安心かな?


 まぁ、この話を第三者にした時、これは僕が悪い。なんて頭ごなしに怒られるかもしれない。


 逆に母さんが頭でっかちなだけだ。なんて僕を加護してくれるかもしれない。


 この魂の使命こん願者ドナーを続けるにあたって、母さんとした話は、確実な答えなんて存在しなくて、それはどちらかが折れて得た結果。


 それを理解した上で、僕は心の中で〔ありがとう〕と母さんの背中にお礼を伝えた。

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