32話-お互い譲れぬ意思-
母さんが自室から出てきたのは、それから一週間ほど経ってから。
その間に、一度だけカルマンが様子を見に来たけど、「まだ話し合いができていない」と伝えると「そうか」そう一言、直ぐに帰ってしまった。
一週間も、僕が
「おはよう! 身体は大丈夫?」
と普段通りの態度で接する。
だけど、普段通りなんてほど遠い、ぎこさが滲み出ていたのかも。母さんは少し間を置いたあと、なにかを飲み込み、
「リーウィンちゃん、部屋に籠っちゃってごめんなさいね〜! でも、もう大丈夫だから、そんなに心配しないで? リーウィンちゃんが買ってきてくれたご飯、と〜っても美味しかったわ〜♡」
そう言い、普段通り明るく振舞い始める。
でも、その態度は空元気にしか見えず、僕はこんな時、どうすればいいのか。解からなかった。
そんな僕の戸惑いを察してか、母さんはそう言ったあと、弱々しくぎゅっと抱きしめてきた。
「えっ……、えっと……」
どう話を切り出せばいいんだろ? どんな話題から始めればいいんだろ? 頭の中でグルグルと考えているうちに、僕はなにも言えなくなってしまった。
そんな僕に母さんは、
「リーウィンちゃん! あなたの気持ちも、解からなくはないのだけど〜、一度、腹を割ってお話しましょ〜」
なんて過剰なスキンシップを続ける。
真面目な話になるのは目に見えて解っているはずなのに、どうしてそんなことをするんだろ? なんだか……母さんの中で、僕と関わる時のルールがあるように感じちゃって、その言動に違和感を覚えてしまった。
だけど、そんな母さんの気持ちを汲み取り、僕はクロムティーを淹れ差し出した。きっと長話になるだろうから……ね。
「ありがとう〜! う〜ん。いい香りね〜。やっぱり、リーウィンちゃんが作ってくれるお茶が、世界で一番好きだわ〜」
母さんは香りを嗅いだあと、まるでクロムティーを初めて飲むようなに大袈裟に褒め始める。そのあと、そんな態度とは打って変わり、
「
母さんは軽くクロムティーを飲み、一度深呼吸をしてから、真剣な眼差しで僕に、
「う〜ん。そうだね……。心境と言うか……。一度あの化けモ……メテオリットに遭遇して、魂を貸して……。実際、僕は死んだものだと思ってたんだ。なんて言うか……、あんまり言いたくはないけど、カルマンに命を救われた? いや、殺されかけた? どっちだろ……? でも、こうやって生きてるのって、なんだか不思議だなって思う……かな?」
僕は、メテオリットに会った日のことを思い出しながら、どう伝えればいいのか解らなくて、まとまらない気持ちのまま本音を打ち明ける。
そんな僕に母さんは、カップに両手を添え、軽く目を伏せながら、
「魂を貸して、一度は死んだと思ったんでしょ? 次は死ぬかもっていう〔可能性〕があるのは解ってる?」
そんな可能性を口にし始める。
今、僕がやるべきことは、そんな母さんの言葉にしっかり耳を傾け、答えを探さなきゃいけない。だけど、普段は甘えた声で冗談ばかり言う母さんが真剣になると、この人は誰なんだろ? なんて他人の様に感じちゃって……どこか注意散漫になってしまう。
でも、真剣な表情になっているのは僕のため。いつだって僕のことを最優先に考えてくれていた。だから──
「そうだね……。可能性があると言っても、そうならない可能性もあるよね? それに、今の僕には死ぬ覚悟はないよ……。死ぬのはやっぱり怖いし……。でも……」
そう言い、僕は目を閉じる。
今でも目を閉じると、メテオリットが襲ってきた時のことを鮮明に蘇る。それほど恐ろしい体験だった。
僕は色んなことを思い返したあと目を開け、
『それと同時に、自分の魂で人を救える可能性や、クトロケシス神が言う運命に少なからず
そう言いかけ、無意識に辞めた。
今はクトロケシス神が言う、運命がなんなのか解らない。もし母さんに「その運命は一体なに?」そう聞かれても、答えられる自信がなかった。だから口を閉じた。
「でも……?」
「うーん……ごめん! 色んなことを考えてたら、なにを言おうとしてたか忘れちゃった! また思い出したら言うね!」
僕は子供のようにあえて明るく振る舞い、話を逸らすように愛想笑いをしたあと、クトロケシス神について考える。
僕が生死の狭間を彷徨っている時に出会った、クトロケシス神……。
今、そんな女神が僕の中に居る。どうして
「リーウィンちゃん、母さんが昔、話したことがあったでしょ? あなたのお兄さん、シルプのこと……」
母さんは、目まぐるしく変わる僕の表情に、クスッと笑みを浮かべ、躊躇いがちにで一拍。兄さんの名前を口にする。
「うん、あんまり……兄さんのこと、覚えてないというか……、思い出せないけど……。母さんから聞いた話は、よく覚えているよ」
どうしてか解らないけど、僕は双子の兄、シルプのことを思い出せずにいた。
兄さんが居なくなってから、もう十三年。
時が経つにつれて、曖昧になっていく兄さんの記憶。白い
夢に出て来ることもあるし、それが兄さんだと理解もできる。だけど、顔も声なんかの細かな特徴がなにひとつ思い出せない。無理やり思い出そうとすると、強い頭痛や眩暈に襲われるから、今じゃ兄さんのことは考えないようにしている。
だからって、兄さんの存在を否定するつもりは全くない。だけど、どこか空想の住人のようにふわふわしているから、兄さんの存在に期待もしていない。
ただ、本当に存在するなら一度でいいから会ってみたいけど……。
「あなたにも、誰にも……。話したことがないのだけど…………。シルプが神隠しに合った日の夜、夢でクトロケシス様にお会いしたの……」
「クトロケシス神に!?」
僕の考えを見透かしているみたいなタイミングで、『クトロケシス神』の名前が出た瞬間、僕は驚きを隠せず目を見開き、どういうことかと母さんに、食い気味で聞き返していた。
「リーウィンちゃん、気になる気持ちは解るのだけど〜、そんな風に食い気味に聞くのは良くないわよ? びっくりして、嫌われちゃうから」
母さんは僕の唇に人差し指を置き、「落ち着いて話を聞いてね?」と優しく諭す。
「うっ……うん。ごめんなさい」
「先に、謝っておくわね。シルプが神隠しに遭った、っていうのは嘘なの。本当は山羊の骨を被って、片手には、モルストリアナ神のような大きな鎌を持つ、不気味な化け物が連れ去ってしまったの」
「大丈夫だよ! 母さんなりに僕のことを思って、ついてくれた嘘なんでしょ?」
僕はそう言いながらも、多分、母さんが話そうとしている内容はかなり重たいもの。
あまり話したくない様子で苦しそうな表情を見せる母さんに、「休憩する?」そう不安げに聞いた。
ううん。本当は、僕が聞きたくなかったんだと思う。兄さんの存在を否定したいもう一人の僕が、この話を聞けば戻れなくなるかもなんて、そんな恐怖心があるのかも。
それに、もう十三年も前の話だ。生きている可能性は限りなく低い。そんな兄さんの話を、今更聞くこともない気がして……正直とても怖い。
僕の問いかけに、母さんは静かに首を横に振り、「大丈夫よ」そう、少しだけ口角を上げほほ笑んだ。
「その日の夜、クトロケシス様は、私に謝罪とお願いをしたの。『あなたの子供を護れずに申し訳ないです。だけど、私と契約を交わしたリーウィンの命と、なんの契りもない子供の命を天秤に掛けた時、契約者の命を守ることを優先しました。リーウィンは、これから運命の導き通りの人生を歩みます。あなたは、そんなリーウィンを時に、否定したくなる時が来るでしょう。ですが、あなたは静かにリーウィンの行く道を、見守って下さい』って言われたのよ」
「…………そんなことがあったんだね」
そう呟いた時の心情は、クトロケシス神って、温厚な喋り方しているのに、意外と人のことなんて考えていない様な……。ううん、この国を守るク神のことを、悪くいっちゃダメだよね! そんな感じの複雑なもの。母さんが語るクトロケシス神の話に、僕は少し複雑な気持ちを抱えながらも、それをグッと呑み込んだ。
「本当は、あなたがばく然とした気持ちを私に打ち明けてくれた時、なんとしてでも止めようと思ったわ。だけどね、ふと夢のことを思い出して……。だからあなたの気持ちを一度は受け入たの」
そう話す母さんの手は、小刻みに震え色んな感情を胸に、それでも話さなきゃいけない。そう言いたげに、ポツリ、ポツリと続ける。
「でもね。あなたが意識を失って家に帰ってきた時、何度呼びかけても目を覚まさなくて、呼吸も浅くて……本当に怖かったの……。いつ、目を覚ましてくれるのか、一生、目を覚ましてくれないんじゃ……。そんな不安が募って、気が気じゃなくて、本当にこれで良かったの? って色んなことをたくさん、たくさん考えたわ」
「母さんの気持ち、全部は解らないけど、少しだけ解った気がする。もし僕も、母さんの立場なら、同じことを言うかもしれない……」
「じゃあ
母さんはパッと表情を明るくしながら、僕に期待を込めた眼差しを向ける。そんな母さんの言葉と眼差しを無視しながら僕は、
「でもね……、僕も……眠っている間、クトロケシス神に会って、僕の運命のことは良く解らなかったけど、話してくれたんだ」
僕は母さんの言葉を遮りながら、クトロケシス神のことを伝えた。
「クトロケシス神が言うには、僕には運命があるらしいんだ。まあ、運命についてなにも教えてくれなかったけど……。あれはただの夢じゃなくて、神託だったのかもしれない。そう思ってる。少し、横暴な考えかもしれないけど……」
僕は、夢でどんな話をしたのか? 詳細に母さんに話した。
「そうね……。そうかもしれないわ。だけど……」
母さんはそう言うなり、その先を話すべきかどうするか悩むような間を置き、なにか決心したように、
「こんなことを言えば罰が降るかも知れないけれど……。あなたの人生は、クトロケシス様のモノでも、私や他の誰かのモノでもないのよ!? あなたの運命はあなたが決めるべきなのに、どうしてクトロケシス様に決められて、納得しちゃうの!?」
母さんは、誰かの決めた運命を歩むことに、納得できない様子で、僕の人権を否定されていると感じたのか、そう言いながら目に涙を浮かべて怒る。
僕は、その怒りにつられ、胸の内から熱いものを混み上げさせながらも、
「僕自身、運命とかそんなことなにひとつ解らないよ。母さんが言っていることも解るし、その通りだと思う。だけど、たとえ誰かの意図が深く絡みこんでいたとしても、僕はそうしなきゃいけないなら、そうするしかないと思う」
母さんが言っていた、「腹を割って話そう」という言葉を思い出し、今の自分の考えをしっかりと伝えた。
もしかすると、そう答えたのも僕の意思じゃないのかも。意思の決定権を奪われ、誰かの意志に操られているだけなのかも……。ううん。ただ単に、なにかの思惑に巻き込まれているだけかも。だけど……、だけど! それで救える命があるなら──そんな気持ちが強く溢れ、僕は、自分の意見を変えることはなかった。
でも母さんの意見を反対する気も全然ない。母さんの考えも間違いじゃないと思うから──
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