31話-ドナーへの強い反対-
フェルの件だけど、納得しなきゃいけないのは解ってる。頭は納得しようとしているんだけど、心は全く追いつかない。
カルマンから渡された
だけど、
これがフェルなんて有り得ない! 何度でも断言できる自信はある。だけど、それがフェルじゃないとも言いきれない。
そんな相反する感情を抱えながら、窓に張り付き泣き喚いているフェルと見比べたけど、似ている要素はなにひとつない。
でも、カルマンの話を聞くからに──。そんな困惑はやがて、僕の思考を停止させた。
「だからたぬきだと言ってるだろ」
「えっ、いや……。産まれた姿から、多少変わる
「今実際に、おまえが目の当たりにしているだろ? 目も判らないとはおまえの目は節穴か? どう見てもここだろ」
カルマンは、困惑している僕とは裏腹に、冷静な態度を崩さない。フェルだと言われる生き物が写る証明写真を指さし、ここが目だと教えてくれた。
「なんで判るの!? こんな真っ黒な体毛に覆われた、糸目だよ!?」
「偶然とはいえ、たぬきの誕生を見ているからな」
「はあ……」
「そんなに驚くことか? 今とさほど変わらないだろ?」
「あっ……はい……」
僕は開いた口が塞がらなかった。
フェルの代名詞とも言える、ギザギザ耳も、こうもりの様な羽も、生意気そうにつり上がった目もなにもかもない! 証明書を上下、逆さにして見たって、ぷくぷくに肥えた体に丸い耳。尻尾も筒長で丸みを帯びていて、特徴的な目も、糸目でまるで意味が解らない。どう認識すれば、同じだと言えるの!? って小一時間問い詰めたいほど、似てる要素を見つける方が難しい!
きっと、カルマンは目が悪いんだと思う! それ以外、考えれないし、答えもみつけれない! そんな困惑を拭いきれずにいるとカルマンは、
「あとは、おまえと契約すれば俺の要件は終いだ。 とっとと済ましたいんだが、いつ空いている?」
なんて、僕の気持ちなんてちっとも考えず、勝手に話を進め始める。
「いや、ちょっと待って!? 契約は、不本意だけどするよ? (フェルの借金もあるし……) でもまず、フェルの! この! 証明書をどうにかしない? 名前もフェルじゃなくて、たぬきになってるし!」
僕は混乱した頭で、一生懸命カルマンに訴えた。
「はぁ──。おまえ、めんどくさいな。一々、気にすることか?」
カルマンは、呆れたように溜め息をつく。
はぁ──。じゃないんだよ! 溜め息をつきたいのは、僕の方だよ!
それに、カルマンが勝手なことをしなきゃ、こんなことにはなっていないんだよ!? そう言えれば、どれほど楽か……。そんな戸惑いや不安を内に溜めると同時に、
「カルマンが、気にしなさすぎなんだよ!? もう少し、気にしてくれてもいいと思うんだけど!」
僕はそう文句を並べ抗議の体制へ。
そんな僕に心底、面倒臭そうにカルマンは、
「はぁ──。俺がせっかく代行してやったのに、文句があるのか? ならば勝手に、手続きしろ」
なんて、八つ当たりのように文句を並べ始めた。
そんなの僕が知ったこっちゃない! そんな怒りが沸き上がり、
「カルマンが勝手にしたことなんだから、キミが責任取るべきだと思う!」
そう言いカルマンに
だけどカルマンは、それを受け取ったあと、机の上に投げ捨てるように置き、なにごともなかったかの様な態度を取り続けた。
はぁ……。本当、疲れる。
「あとは契約だが……」
カルマンは、おもむろに立ち上がり、どこかへ行ったと思ったら、いつの間にか服が乾いていたらしい。着替えを済ませたあと、なに食わぬ顔で部屋に戻って来るや、再び契約の話を進めようとする。
それと同時に僕の部屋の扉が開き、
「フェルちゃんが窓に張り付いて、大泣きしてたけど、どうしたの〜?」
母さんがフェルを抱え入ってくる。そのあと、机の上に乱雑に置かれた
「あら〜! これ、フェルちゃんの証明書〜? 今と違うけれど、とても可愛いらしいわね〜♪」
なんて続けながらふふっと笑った。
「どうして解るの!?」
「だって、姿形は違えど、可愛いのには変わりないもの♪」
母さんは、僕には理解できない言葉を発しながら、にこやかな顔を返す。そのあとカルマンの存在に気づいたのか、
「あら〜! カルマン様! 私、早く帰ってきすぎましたかしら〜?」
なんて明るい態度で接し始めた。
だけど、一瞬、色んな心情を滲ませるように母さんは顔を強ばらせる。それに気づきながらも僕は、見て見ぬふりを選択した。
その間に二人の会話は進んでいたらしい。
「……いや、大丈夫だ。あとはこいつと、専属契約をする日取りを決めれば、要件は終わる」
「えっ? 専属契約……?」
母さんは、不安を抱える瞳で〔なにの〕契約なのかとカルマンに尋ねた。
その表情は、この世の終わりを予感しているように、目が見開かれている。それは、
だけどそんな母さんの心情なんて、カルマンには関係ない。カルマンは、淡々とした態度で
「俺は
そう言い放ち、母さんを睨みつける。そんなカルマンの言葉に、母さんは息を浅くし胸に抱えていたモノを床に落とし座り込んだあと、なにか言いたげに僕を見上げる。
その瞳には、恐怖や不安なんかの色が宿っていて……。僕は、そんな母さんの態度なんかに動揺しながらも、平常心を装い、
「母さん……どうしたの? そんな、複雑そうな顔をして……」
本当はそんなことを言えばどうなるかも解っていた。だけど、平常心を装っていただけの僕には気の利いた一言すら言えず……。
母さんは、そんな僕の態度に怒りを爆発させるように、
「嫌よ! 今回は、目を覚ましてくれたから良かったものの、次はあなたが、死んでしまうかもしれないのよ!?」
そう声を荒らげ、泣き崩れながら、
まぁ、こうなることが目に見えていたから隠してたんだけど……。そこまで拒絶されると、僕の行動は正しかったのか? 自信が揺らぎ始めた。
カルマンは、そんな僕と母さんの態度を察してか、
「…………専属契約は元々、今日する予定ではなかった。後日また来る。それまでに、おまえの母親を説得して答えを出しておけ」
そう言い、そそくさと家をあとにする。
その夜から母さんは、
「今はまだ、リーウィンちゃんと上手く話せる自信がないわ」
そう一言、僕との会話を避けるように自室へ篭ってしまった──。
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