16話-ツカイマの間に隠された部屋-


「おい! 教会内に、凶器を持って暴れている男がいるらしいぞ!」


「なぜだ!?」


「そんなこと、解るわけないだろ! 一先ず身を隠すぞ!」


 登録の部屋をあとにし、僕が一人で教会の廊下を彷徨っていると、遠くの方からそんな声が聞こえてきた。


 なにがあったんだろ? 〔甘ったるい香り〕……? 


 ……いや、それよりも魂を守護するモノツカイマの間って、どこ!? 僕はそんなことを考えながら、歩き回る。


 迷路のような教会内。


 沢山の人々が居たはずなのに、なぜか今は一人も見当たらない。


 どうしよう……。もしかして、一般開放されていない場所に来ちゃった? なんて不安を覚えながらも、『──3階にある魂を守護するモノツカイマの間で〜』なんてあの聖職者もどきが確かに言ってた気がする! 僕は、そんな記憶を頼りに、近くにあった階段を登り始めた。


「おい貴様! ここでなにをしている!?」


 階段を登り終えると、聞き馴染みのある声が僕の背中を刺す。


「えっと──」


 僕はその声に嫌な予感を覚え、無意識に体をビクリと跳ね上げながら恐る恐る振り返る。


「って、またおまえか! 案内役の魂を導く者セイトはどうしたんだ!」


「案内役の魂を導く者セイト……?」


 ん? もしかして、どこかに行く時は絶対、魂を導く者セイトの案内が必要だったとか? だけどあの魂を導く者セイトは、なにも言わなかったし……。僕はそう思いながら小首を傾げていると、


「ぎゃああああああああ!」


 恐怖を滲ませたような叫び声が遠くの方から飛んできた。


 その叫び声にケルヴィムは眉をピクリと動かし、なにか思い当たったんだと思う。


 見当違いも甚だしい解釈をしたらしく、


「なるほど。凶器を持った男から逃げている道中、魂を導く者セイトとはぐれてしまった口か?」


 よく解らないことを言い始めた。


「……?」


 だけど僕は、ケルヴィムが言いたいとする事柄がなんなのか知らないし、心当たりもない。首を斜めにして目を瞬かせるので精一杯だった。


 そんな僕の戸惑いなんてこのケルヴィムは知るはずもなく、


「今回は見逃してやるが、次回からは魂を導く者セイトから離れるんじゃないぞ!」


 なんて僕に偉そうな態度で注意したあと、なぜか魂を守護するモノツカイマの間まで案内してくれた。


 なんか不幸中の幸いで怒られなかったけど、凶器を持った男って誰? そういえば、魂を守護するモノツカイマの間を探している時に、『甘ったるい香りを口から漂わせ、凶器を持った男が──』なんて誰かが言ってたっけ? なんか判んないけどまぁ、無事に着けたってことで一件落着! といきたかったけど……。僕は大きな深呼吸をひとつ。


 だって目的地である魂を守護するモノツカイマの間は、扉を開ける前から錆びた鉄の様な臭いや、ナニカが腐った様な異臭を放っていて、覚悟を決めなきゃとてもじゃないけど入ることができなそうなんだもん!

 

 なにこの臭い……。錆びた鉄のような臭いは、『魂を守護するモノツカイマを創るには、ある程度の血液が必要』だって、あの聖職者もどきのセラフィムが言ってたからきっと血液なんだと思う。


 だけど腐敗臭に似た異臭は一体なに? もしかして、魂を守護するモノツカイマって創るのに失敗したりする……? 僕はそんなドギマギした感情を覚えながらも、袖で鼻を覆い扉を軽く押してみた、


 だけど扉は、想像以上に重く、軽く押すだけじゃびくともしなくて内心、驚いてしまう。


 気を取り直し、扉を力強く押すと、ギィィィィ。と恐怖をあおる様な不快音を立て、扉自体が錆びているのか、ゆっくりと開き始めた。


 開いた扉の中へ一歩踏み出すと、これまた目を刺し抉る様な異臭が僕を襲い、立っているのもままならない。


 えっ、こんなところで魂を守護するモノツカイマを創るの? そんな不安が胸を渦巻く。


 だけど、魂の使命こん願者ドナーになるには魂を守護するモノツカイマは必須。僕は突き刺すような目の痛みに耐え、ビクビクしながらも中を覗き込み後悔した。


 魂を守護するモノツカイマの間の内部は、大量の血液を保管するためか、試験管が乱雑に並べられ、ずさんな管理をしているのか、床にはなにかの書類や血液だと思われる赤いシミがこびりついている。


 えっ、もしかして、魔境にでも迷い込んでしまった……? そんな勘違いをしてしまいそうなほど、僕の目の前には、殺伐とした空間が広がっていた。


「あ、あの……こんにちは……。魂を守護するモノツカイマ契約をしに来たのですが……」


 早くこんな場所から立ち去りたい。そんな気持ちを強く抱きながらも僕は、恐る恐る声を発する。


 でも、ここの主である人間は不在みたい……。返事も人の気配すらも感じられない。


 この状況なら、出直した方が良いかな? そんな考えが一瞬、過ぎったけど、再度こんな魔境に──。そう考えるだけで、ゾッとする。


 少しくらいなら待つか。そんな気持ちで扉の近くをウロウロしながら、誰かが来るのをひたすらに待ち続ける。だけど人なんて全然来なくて……僕の不安は募って行くばかり。


「ねぇ、こっち! こっちにおいでよ!」


 誰か来ないかな〜。なんてウロウロしていると、無邪気そうな子供の声が微かに聴こえてきた。


 こんなところに子供が? あっ、もしかしてここの主の孫とか? 一瞬、そんな思考を過ぎらせたけど、ここに子供を置いて主、不在なんて普通に考えて有り得ない。だから気の所為だと思い込むようにしていたんだけど、何度かそんな声が聴こえ、僕は気の所為じゃないと確信する。


 子供が迷い込んでしまったのかな? 探してあげるべき? でも、勝手に入るのは……。そんな正義感と常識を胸中で反発させながらも僕は、熟考の末、ダメだと理解しつつ恐る恐る魔境の奥へと足を踏み入れた。


 ──魔境の奥へと続く扉を開くと、ナニカの実験所……いや、研究所? の様な場所が広がり、腐敗した肉片や、ナニカの目玉なんかがあちこちに散乱していた。


 多分、強烈な臭いの元凶は、これらの腐敗物で間違いないと思う。


「こっちよ」


 ここは一体、なにに使われているんだろ? そんな疑問を抱きながら魔境の奥へと進んでいくと、再度、誰かの声が微かに頭の中・・・で響く。


 僕はその声に引き寄せられ、まるで操られているように奥へ、奥へと進んで行った。


 ──この魂を守護するモノツカイマの間は、想像していた以上に広大で、奥へと進むにつれ、魔境という言葉がピッタリ当てはまる空間が広がり続けている……。


 ん? あれ……? ちょっと待って!? 確か、魂を守護するモノツカイマの間は教会の三階にあったよね!? なのに、地下へ続く階段があったり、素人目でも判る仕掛け扉があったり、用途不明なモノが多く存在するのはどうして? えっ、ここって教会の中であってるよね!? それに気づいた瞬間、不安の波が僕を呑み込まんばかりの勢いで、一気に押し寄せ始めた。


 だけどそんな不安とは裏腹に、僕はどうやら、初めて訪れたツカイマの間この場所再奥部さいおうぶに、迷うことなく辿り着いちゃったみたい。


 ちなみに自慢じゃないけど、僕って多分、少しだけ方向音痴なんだと思う。かなりの方向音痴とは言わないけど、この前だって母さんからお使いを頼まれて、十分くらいで着くって言われたのに、二時間くらい迷子になっちゃったし。


 だから迷子になって当然! なのに、どうして迷わずに来れたんだろ? ていうか、どうやってここまで来たんだっけ? 偶然ここまで来れた。にしては、かなり入り組んでいた気がするけど……。うーん。まぁ、考えても判んないし気にしても無駄か!


 そう気を取り直し僕は、厳重な趣きのある、白い扉の前で何度か深呼吸をしたあと、そっと扉を押した。


 もしかすると、最奥部に来れたのも、扉を開けたのも、僕の意思じゃないのかも。そんな感覚を覚えながら、僕は白い扉を開け、吸い込まれるように中へ。


 この最奥部に位置する部屋は、なにかを生み出す実験室なんだと思う。透明の培養ポッドや見たこともないような機械が乱雑に並べられている。


 機械のことはさっぱり解んないけど、培養ポッドの方は、ほとんど空っぽ。だけど、沢山あるうちの一つだけ、異様なほど大量の管が取り付けられていた。


 その培養ポッドには様々な色の液体が、一定の間隔で注入されているのが見て判る。


 なにが入っているのかな〜。なんて思いながら、液体が注入されている培養ポッドを覗くと、中でぷくぷく、コポコポと、音を立てながら、ぐにゃぐにゃしたナニカ──。


 まだ形すら存在しない半透明なナニカが浮遊していた。そのナニカの中心部には、心臓のような赤々としたひし形が鼓動している。


「僕を呼んだのは、もしかして君?」


 冗談半分で声を掛けるけど、返事なんてあるはずもない。


 だけど、あの声は一体なんだったんだろ? そんな疑問を抱えながらも僕は、なんとなく培養ポッドに軽く手を添える。


 ビリッ


「いっ──!」


 培養ポッドに手を添えた瞬間、電気が身体中に走った様な──、ナニカに噛み付かれた様な鈍い痛みが走り、僕はびっくりしながら悶絶する。


 なんなんだよ! そんな苛立ちを覚えながら目を凝らすと、僕が触れた培養ポッドには、なぜか小さな針のようなモノが等間隔についていた。


 これに指を刺したのは解る。だって針で刺したように血が少し滲んでいたから。そんな指を口にくわえながら僕は、どうしてこんなところに来ようと思ったんだっけ? なんて自問する。


 確か、突然、子供の声が聴こえてきたんだよね……。でもどこにも子供なんていなかった。


 今まで誰かに思考を止められていたような、支配されていたような感覚がなくなると同時に、この部屋に違和感を覚え無意識に背筋がゾッとし、冷や汗が垂れ始める。


 もしかして僕は、この部屋に呼ばれた? いや、そんな……まさか……ね。そう思い込もうとしても、心の奥底では拭えない不安が渦巻き、息が詰まっていく。


 ドッドと鼓動が速まり、頬に一筋の汗が垂れると同時に、


「誰かいるのだわね?」


 落ち着きのある女性の声が、どこからともなく部屋に響く。


 そんな声にハッとし、もしかするとここは見ちゃダメな場所だったのかも!? もし見ちゃダメな場所だったら、怒られるだけでは済まないんじゃ……。そんな焦りや不安を覚え、僕は慌てて魔境の最奥部をあとにした。


「ご馳走様」


 そんな声が発せられていたことなんて僕は気づかずに──。

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