17話-気味の悪い幼女に急所を殴られたんだけど!?-
迷子になりながらも、なんやかんやで
「
どこかにいるであろう部屋の主に、そう要件を伝えた。
深呼吸を繰り返しているとふと気づく。あれ? 臭いがマシになってる……? いや、これは──。
痛みや臭さを感じにくくなっている気が──。気の所為……かな? うんん、そんなわけないよね? だってあんなに臭かったし、目もすごく痛かった記憶があるもん! いつの間にか鼻と目が、刺すような異臭や刺激に順応していたらしい。自身の順応性の高さに驚きと感動を覚えていると、
「ふ〜ん」
どこから出てきたのかな? 目の前に幼女にしかみえない……、僕より頭一つ、二つ分ほど低い人物が現れ、僕を舐め回すように見つめる。
「ひゃっ──!」
いきなり現れた幼女に驚き変な声を出していると、幼女はそんな僕の反応に興味を示すことなく、
「おまえが今日、
容姿に似合わないくらい落ち着きのある、大人の女性の様な声で話しかけてきた。
多分、あの部屋で聞いた声、あれってこの人の声なんだと思う。でも声に似合わず容姿は……。僕はそう思いながらも幼女に視線を落とし気づいた。
あれ……? さっきは慣れたんだ! なんて歓喜してたのに、また強烈な臭いが……。あっ、違う! これあれだ! 強烈な異臭はこの幼女から発せられてるのかも!
だってこの幼女が現れてから、鼻が曲がりそうなほど痛い!
なんというか、化学薬品っていうのかな? ツンとくる独特な臭いが漂ってきて、吐き気を催しそうになる。あと涙がでそう……うぅ……。
なんでこんなに臭いの!? あっ、いやそんなこと思っちゃダメだよね……。もしかすると、長期的にお風呂に入っていないだけかもしれないし、臭すぎて脳が勝手に幻臭を創り出しているだけかもしれないし!
そんな幼女だけど、紫色の長髪をボサボサに伸ばし、科学者のようなブカブカの白衣を着ている。だけど萌え袖っていうのかな? 大きすぎて手はすっかり隠れてしまっている。
それに、白衣の裾が長くて床を引きずっているからか、ゴミなんかも巻き込んじゃって汚れてる。
まあ……。なんというか、外見にかなり無頓着でズボラそうな人。というのが第一印象かな?
そんな幼女と目が合った瞬間、幼女は、なぜか手に持っていたシャンズで僕の股間をペチペチと叩き始めた。
※シャンズ=扇子のようなもの※
「うっ……」
急所を叩かれた僕は、みぞおちをグッと押さえられるような、全身を駆け巡る痛みに、嗚咽しながら、息をするのも忘れ悶絶する。
この幼女、なにするんだよ!? どーして僕、急所を叩かれたの!? 僕は涙ぐみながらもその幼女を、キッと睨みつけた。
「もしかしてモルモット君の玉でも叩いてしまったのだわね?」
幼女は、僕の悶絶している姿を見て、面白そうにケラケラと笑い始める。
なにこの人!? 別に面白くもなんともないでしょ!? というか、普通、謝罪するよね!? そんな怒りと共に、なんとも言えない虚しさが込み上がってくる。
「あ……えっと……」
僕は涙目のまま、文句の一つや二つくらい、言ってやろうと思ったけど、痛みのあまり声を発することもままならなかった。
「それは事故なのだわね。我の手が丁度、届くところにそんなモノをぶら下げている、おまえが悪いのだわね! まあ、そんなことはどうでも良くて。サッサと本題にでも入るのだわね」
幼女は全く詫び入れることなく、色んなもので溢れ返り、ぐちゃぐちゃに散らかったテーブルの上に小さな体で上り、足を組んだあと本題に入ろうとする。
「え……?」
教会関係者って、謝罪もできない人たちが多いのかな? わざとじゃないなら、謝罪は必要でしょ! そう言いたいところだけど、まだ痛みが残り続けているせいで、僕はなにも言えなかった。
「
幼女は僕の痛みや困惑に関心なんて示さず、ただ要件だけを手短に話す。
それに、どうして三百と言いかけて、五百になったのかも気になる! だけど、この状態ではそこを指摘するのも難しい。
一時間ほど抉るような痛みに耐え、ようやく落ち着いた頃、僕は一度、深呼吸をしてから、
「今日します」
と答える。
「答えるのに時間がかかりすぎなのだわね!
そんなに強く叩いていないのに、おまえは貧弱すぎるのだわね!」
ど〜してこの幼女は、開き直った態度なのか。僕はイライラと、なんとも言えない虚しさで泣きそうになるのを必死に堪えた。
「
そんな僕のことなんて、ちっともお構いなしに幼女は、
ふと幼女の会話をちゃんと聞いてみると、さっきから『だわね』と、独特な語尾をつけながら話ていることに気がつく。
だわね? と頭の中が少し混乱しているけど、またアレを叩かれるのも困るし、素直に質問の答えを考えてみる。
リクカルトでは、自ら進んで
だけど、
そんなことを考えていると、幼女の質問に、少し寂しさを覚えてしまった。
「お金に困っているとか、そういうわけではないかな。
僕は、幼女の見た目に合わせて、敬語や丁寧語は使わず、軽い言葉でそう返した。
幼女は、そんな僕の態度を気に止めることなく、目を丸くしてなにかを考えたあと、
「珍しいこともあるものだわね〜。まさか
そうボソリと呟いた。
そんな話をしていると、幼女はテーブルから降り、慣れた手つきで淡々としゃ血の準備を始める。
そして数分後──。
「しゃ血の準備が出来たのだわね。早く片腕を出せなのだわね!」
幼女はかなり高圧的な態度で指示を出し、
「どっちの腕が良いのかな?」
「どっちでも良いのだわね。普段、自分が使わない腕を出せばいいのだわね! おまえなら──左腕の方が良さそうだわね!」
幼女は、この手の質問に慣れているのか、言い終わると同時に、僕の左腕を台に乗せ、駆血帯を巻き始めていた。
「グサッといくのだわね」
そう言うと、幼女はなんのためらいもなく、少し太めのチューブが付いた針を、僕の腕にグサッと刺した。
「……っ!」
鈍い痛みが肌から伝い、ピリピリとする感覚に僕は堪えられず眉間に皺を寄せる。そんな僕を見た幼女は、
「痛かったのだわね?」
僕の腕から流れていく血を見ながら、貧弱な。そう言いたげな目で蔑む。
「ははは。大丈夫です」
僕はそんな幼女に諦めを覚え、愛想笑いを浮かべて返した。
だけど幼女は、そんな僕には一切構わず、血を抜いている間、あれから一度も言葉を発することはなかった。
ただ無言で僕の血を愛らしそうに眺め、時々舌なめずりをしていた……。
も〜ヤダよ〜! 教会っまともな人がいなかったりする!? えっ、この幼女、今まで会ってきた人の中で、ダントツに不気味なんだけど!? いつ抜き終わるの!? もう一時間は抜いてない!? そんな焦りや不安が内から込み上げ始める。
「あの〜……。そう言えば……」
そんな感情を隠す様に、僕は幼女にそう話しかけた。
そんな僕の声掛けに面倒くさそうな態度で
「どうしたのだわね?」
そう返す幼女。
なんというか……、終始そんな態度でいられると、やりにくいというかなんというか……。そんな気持ちが泉のように湧き出てくる。
「そう言えば、君の名前を聞いていなかったなと思って……。血を抜いてもらってる間、少し暇だし……話し相手になってくれないかな? なんて……」
僕は不安げな態度で、幼女にお願いしてみた。
「はぁ──。そんなに時間も経っていないのに、待ても出来ない
はぁ──? えっ、ちょっと待って? えっ、どういうこと?
幼女はどう見ても、僕より年齢が若くみえるんだけど……? えっ、年上なの……? ていうか、さっきはなんも反応しなかったじゃん!
「ははは……。すみません」
そう思うけど、ここは謝罪が無難。
僕は謝罪したあと、「どう見ても幼女じゃん……」なんてボソリと本音を零す。
幸いなことに、この独り言は幼女には聞こえていなかったらしい。良かった〜。
でも、どう見たって幼女じゃん!? なのに僕より年上とかあり!? そんな納得できない気持ちが頭の中をぐるぐると巡る。
「我の名はマリアン・セラフィム。セラフィムとついているけど、この教会での役職は、セラフィムじゃないのだわね」
幼女は僕の謝罪に、及第点を与えるかのように頷いたあと、マリアンと名乗り、セラフィムではないと口にする。
まあ、
僕はそう思い、あえてその部分には触れず
「セラフィムじゃないのに、セラフィムってなんだか複雑ですね」
とだけ無難に答えておいた。
「最初は我も戸惑ったのだわね。だけど、言われるうちに、もう慣れたのだわね」
マリアンさんは溜め息混じりに、諦めた口振りで言う。そこにはきっと、たくさんの悩みや葛藤があったんだと思う。
まぁ、声色や表情からはなにも読み取れないけど。でも諦めや慣れで片付けちゃって良いのかな? それで本音を無理やり押し込めて、伝えたいことに蓋をするのはなんか違う気が。そう思うと同時に、
「慣れや諦めって大切なことかもしれませんけど、別にそう思う必要なんてないですよね? なのに周りが暗黙の了解っていうのかな……? そんな雰囲気を出して、仕方なくそう思わなきゃいけないみたいで……寂しいというか……なんか違うと僕は思います!」
そんな素直な気持ちを打ち明けていた。だけどそれを聞いたマリアンさんは、なにを言ってるの? そう訝しげるように眉間に皺を寄せるもんだから、僕はハッとして、
「あっ! あと僕の名前はリーウィン・ヴァンデルングです! なので、モルモット君──は、辞めてもらって良いですか?」
そう話を無理やり変えてしまった。
そんな僕に対しマリアンさんは、呆れを吐き出すような溜め息を一つ、
「おまえは十六にもなって、まだまだ考えがお子様なのだわね。それに面倒臭い。我は面倒臭いガキが一番、嫌いなのだわね!」
どこかイライラをはらんだ声色で、そう語気を強めた。
そこにはまだまだ子供じみた考えをしている。そう暗に言いたげで……。それが直球で来るもんだから僕はさすがに凹んでしまった。
そんな僕の態度なんて気にすることなくマリアンさんは、
「我のモルモットには変わりないのだから、我からすれば、おまえの名前なんてこれっぽっちも興味がないのだわね!」
なんて不満気たっぷりに追い討ちをかけてきた。
そんなマリアンさんの発言に、しょんぼりとしていると、さすがに言いすぎたと思ったのか、少しトーンを落とし、
「でも可哀想だから、おまえのことを名前で呼んであげても良いのだわね!」
感謝しろとでも言いたげな態度で続けた。
そんなたわいもない会話? をしているうちに、時間は過ぎていたらしい。
いつの間にか血が抜き終わり、危うく逆流しかけていたところをマリアンさんがササッと対処してくれた。
その手際の良さがなければ今頃……。そう思うと自然と鳥肌が立ち始める。
感覚的には無言の間が一時間以上、続いて、そのあと少しだけ会話をした気がする。でも実際には、十数分しか経っていなかった。時間感覚が狂う中、あの静まり返った環境は、拷問かなにかに近いのかもしれないんじゃ……。そんな危機感を覚えてしまった。
「この血を三日三晩、特殊な水につけ、血に混じる、魂力を高める儀式が必要があるのだわね。だから、やむを得ない事情がない限り、四日後。絶対に引取りに来いなのだわね! どうしても無理なら、面倒だけどおまえの元に送ってあげるのだわね」
マリアンさんは強い圧を感じさせながら、
そのあと、今日やることはもうないからと、「特殊な水ってなに?」なんかの質問をする間もなく、
急に追い出された僕は、一瞬だけ現状が理解できずに困惑する。
だけどすぐに、閉まりかけた扉を無理やり押さえ、
「最短で引取りに行きます!」
そう笑顔を浮かべた。
そんな僕の笑顔を見たマリアンさんは、
「当たり前なのだわね!」
と、ぶっきらぼうに答え、僕の手を扉から剥がし、そのまま中へ消えていった。
ようやく今日の用事が終わった! 朝から教会に来ていたはずなのに、色んなことがあったからか、空はすっかり夕暮れに変わっている。
「早く帰らなきゃ」
僕はアリエルとの取引なんてすっかり忘れ、母さんとの約束を思い出しながら、教会を足早にあとにした──。
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