18話-メテオリット襲来-
ゴオオォォォォ。
教会をあとにして数分後。
地面が大きな音を轟かせ、激しく揺れ始める。
このレベルの激しい揺れは、僕が産まれてからは初めてで、ナダイムに住んでいる多くの人々は一瞬にして、パニックに包まれていく。
だけど年配の大人たちが、冷静に避難誘導を始める。
多分、口の動きからして「大丈夫だ」と言ってるのかな? 年配の人たちに声をかけられた人々が、少し安堵した表情を浮かべているのが判った。
大きな揺れと轟音は、数分ほどで収まったものの、どこか不安が残る。
そんな僕の不安同様に、街の人々も『なにかよからぬことが起こる前触れでは?』そんな警戒心を高め、このまま日常に戻るべきか、それとも避難しておくべきか。迷いながらも周囲の様子を伺っているように思える。
ある人は、貴重品だと思われる物を荷車に詰め込み、逃げる準備を始め、ある人は、大丈夫だ。そう自分に言い聞かせるように店へ戻り仕事を再開させる。そしてある人は、なにかを叫びながら誘導している。
「ふぅ──」
僕は、きっと大丈夫! そう思い込みたい一心で、緊張を吐き出すような息をひとつ。再び帰路へ戻った。
だけど、そんなおまじないになんの意味もなくて。太陽も沈みきっていなかったにも拘わらず、急に空が真っ暗闇に覆われ、確認する間もなく巨大な隕石が、こちらに向かって落ちてくるのが解った。
「なんだあれは!」
「隕石か……?!」
「あんなモノが落ちて来ればひとたまりもないぞ!」
「おまえたち、なにを呑気なことを言っているんだ! 皆んな急いで教会へ避難しろ!」
ナダイムの街がさらに騒然となり、誰もが我先にとフォルトゥナ教会へ向かって避難を急いだ。
「ママァ〜!」
混乱のさなか、親とはぐれた子供の泣き声が微かに僕の耳に伝う。
遠目には、その子供の母親らしき人物が近くにいて、同じように悲壮感を漂わせながら探している。だけど、人混みの中で再会できないもどかしさが漂うだけ。
そんな親子を目にし、僕は一瞬、助けに入ろうかと、なんて悩むけど、誰もそんな親子には目もくれず、自分の命を守ることに手一杯な様子で教会を目指して走っている。
そんな混乱の中、僕が助けに行ったところで人混みに流されてしまうだけ。そんな本末転倒な結果が簡単に想像できてしまう。だから動かなかった。ううん、自分の意思で動かなかった。
そのくせ、誰かあの親子を助けてあげて! そんな他力本願な祈りを捧げる。
だけど、なにかの物語のようにここでヒーロー登場! なんてご都合展開が訪れる訳もなく──。
最悪なことに、まだ多くの人々が避難しきれていない中、隕石が地上に落下した。
隕石の落下による衝撃波は、かなり凄まじく、地響きを立てながら、街の建物やガラスを粉砕し、土の津波のように、瞬く間に全てを飲み込でいった。
僕は少し離れていたから、直接の被害はなかったけれど、無傷でもない。
そして、それだけでは終わらない悪夢のように、隕石は地上へ落下したと同時に、ひし形の中心部にある赤々とした突起物からエネルギーの塊を放出し始めた。その光線は、街のあちこちに放たれ、まるで生き物のように動きながら破壊をもたらしていく。
一瞬、メテオリットの欠片を連想したけど、これは違う! だって、欠片はこんな隕石みたいな見た目をしていない。
ガラス片のちょうど真ん中くらいに、赤い心臓のようなモノは存在しているけど、それが吐出していることはまず有り得ない。だからこれは、全く別の生物……。
目の前で繰り広げられる光景に、これは現実? 夢……じゃないよね……? そんな疑念と恐怖が次第に胸の奥を締め付け、息が詰まっていく。呑み込む息も固形物のように、上手く吸い込めない。
そのあと、逃げなきゃ! そんな本能的衝動が警鐘を鳴らし、僕の脳裏で暴れ始める。でもそれと同時に、逃げても遅いんじゃ……? そんな相反する感情が僕の中で渦巻き始めた。
※※ ※ ※※ ※ ※※ ※ ※※ ※ ※※ ※ ※
「安らかに眠ってください」
異常な空間が広がっていたせいか、隕石が放つ光線に巻き込まれ、命を失った人々の体に、僕は手を触れていた。
別に追い剥ぎをしようとしているわけじゃない。強いて言うなら救済。
僕が触れることで、そんな人々の体にあった火傷や切り傷が奇麗に再生され、小さな光を放ちながらぽわっっと空へ登っていく。
どうしてそんなことをしているのか? と聞かれても、僕自身、無意識の行動だから答えられない。
ならどうしてそんなことができるのか? そう聞かれても、正確に答えることはできない。
ただ、物心がついた時から、僕は他人の怪我を治したり、寿命を好きに操ることができた。
まあ、人間や動物の寿命なんかは操れない。せいぜい、植物を早く咲かせたり、枯らしたりできる程度。
他人にはない特別な力だけど、制約が多すぎて憧れの対象にもならない。本当に地味であんまり役に立たない。
本当は、こんなことをしている暇なんてないのに、僕の意志とは無関係に体が勝手に動き、傷を癒していく。その心根には、亡くなった人たちが、死後の世界で幸せに過ごせますように。そんな祈りを捧げながら、できる限り多くの魂を空へ導いた。
こんな非常時に、なにを呑気なことをしているんだ! そう思われるかもしれない。実際、僕もそう思っているから。
でもね、僕の良心が『それはいけない。あなたは人々を救うのが使命なのよ』そう言いたげに僕の行動を否定してくれない。
まるで、誰かに意志を奪われたかのように、僕は他者の魂を天へ導き続けた。
だけど、それが間違いだったと気づくのに、それほど時間はかからなかった。気づけば僕は、隕石が放つ光線の射程圏内に入っていたらしい。
「あ〜! さっきのお兄さんだ〜。さっきは、ご馳走様だったよ〜。こ〜して上手く動ける様になったのも、お兄さんのお・か・げだね〜! お兄さんを食べれば、もっ〜〜と強くなれるかな〜?」
隕石は、僕を見つけるや否や、どこからか目玉のようなモノをだし、それをギョロギョロと動かしながら、理解し難いことを口にする。
この隕石がなにを言いたいのか、まるで解らない。でも、これだけは解る。僕はこの隕石と知り合いじゃない。こんな隕石に一度たりとも遭遇したことはない。
さっきって、いつ? こんな化け物に一度でも遭っていれば、絶対に忘れるわけがない! 記憶にないっていうことは、でたらめ……? あれ……? えっ、ていうか、この隕石は、人語を理解している……!? まずいっ! 隕石がどうして喋るんだ! そんなことを考えている暇なんてない。僕の頭の中で『逃げろ』と警鐘が鳴り響く。
「いっただきま〜〜す」
そんな警鐘と同時に、隕石は無邪気で機械質な子供のような声を発し、どこからともなく僕目掛け、触手の様なモノを勢いよく伸ばし始める。
逃げなきゃ! そう思ったと同時に体を動かすけど、脳と体が上手くかみ合わない。逃げたいのに足取りが覚束なく、鉛が張り付いているみたいに動かせない。
そんな状態の僕は、逃げることもままならず、足がもつれ盛大に転んでしまった。
隕石は、その瞬間を見逃すわけがない。当たり前だ。獲物が目の前で動けずにいれば、好機とばかりに襲ってくるに決まっている。
触手は僕をかすめ捕らえ、転んだ拍子にできた傷口に群がり、舐めるように吸い付き始める。
「お兄さんの血、やっぱり美味しいね〜」
一瞬、僕の目の前でなにが起こっているのか理解できず、反応が遅れてしまった。だけどその言葉にハッとしても、もう遅い。
どうやら隕石は、傷口から僕の血を飲んでいるらしい。
気持ち悪い。そんな嫌悪感を抱きながらも僕は、ドクドクと脈打つ触手を無理やり引きちぎり、逃げようとした時には遅かったらしい。
隕石は、ギシギシと軋むような音を立たせながらぶくぶくと膨らみ、徐々に別のナニカへと姿を変えていく。
左右の角からは、腕に似たものが生え、先端はカマキリのような大鎌へ。空に伸びる角は、人間の頭部に近い形へと変化していき、地に向かう角は、蛇のように長く地に沿ってうねっていく。
その姿は、この世の有象無象をかき集めた、未完成なキメラのようにみえた。
僕は、そんな隕石……、いや化け物を目の当たりにし、情けないけど恐怖で腰を抜かし、動けなくなってしまった。
まずい。理解しているのに動かない下半身。段々と体全身が硬直していき、血の気が引いていくのが解る。
そんな僕とは裏腹に、化け物は大きな二つの鎌を振り上げ
「もっと頂戴!」
と僕の血を求め、襲いかかろうとする。
あ、死ぬ。そう理解した瞬間、体が反射的に動き、両腕で顔を覆い、目をぎゅっと瞑る。
可笑しいよね。下半身は死を受け入れる準備をしているみたいにビクリとも動かないのに、それに相反するように上半身は、生きることを望む様に、防御の体制を取っている。
僕は死ぬのかな……? 母さんごめんね……。
そんな不安や懺悔しながら、僕はいつ来るかも解らない死に怯え──
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