19話-メテオリット襲来〔後編〕

「──記憶の欠片に眠りしゼレルよ、迷い子の鎧となれ」


 軽く息を整えたような呼吸音のあと、ナニカの呪文が耳に伝う。それと同時に、キイイィィン──と金属が擦れるような音が響く。


 なにが起こったのか解らない。だけど痛みが襲ってくる気配もない。僕は全身が緊張で強ばる中、恐る恐る腕を降ろし、周りを確認する。


 心臓がドクドクと鼓動を速め、街はかなりの被害を受けている。


 そして、目の前には顔の見えない誰か──。多分、魂を遣う者シシャに、間一髪のところで僕は助けられたんだと思う。


 だけど、僕を助けてくれた魂を遣う者シシャは、顔を見られたくないのか、深々とフードを被り、素性を隠そうとしている。


 助かった! という安堵と、どうしてこの魂を遣う者シシャは、顔を隠しているんだろ? それに、金属音はなんだったの? そんな疑問が泡のように湧き上がる。


 最初に理解できたのは、金属音。


 これは、半透明にほんのり薄翠色うすみどりいろのシールドと、化け物の鎌がぶつかり合った音だったらしい。


 そのシールドが僕を守るように囲んでくれたおかげか、僕に危害が及ばなかったと……?


 これは不幸中の幸いと言って良いのかな……? うん、よく解んないけど、そう思うことにしよう。


 化け物の力は凄まじく、シールドとぶつかった衝撃波で、まだ無傷だった建物を一瞬にして粉砕していく。


 グシャッ。


 それと同時に、ガラスが砕け散るような鈍い音が、僕の耳を刺激する。


 えっ、なに!? そう思い周りを確認すると、どうやら魂を遣う者シシャが、ボロボロな炎? を素手で砕き潰した音だったらしい。


「チッ。ゴミが」


 魂を遣う者シシャは苛立ちを含む声色で、暴言を吐き捨てる。


 どうして炎が砕けるのか? その砕くという行為に意味があるのか? なに一つ、僕には理解できない。でもその行動を見た瞬間、なにか嫌な悪寒に襲われ、背筋にヒヤッと冷たい汗が垂れる。


 だけど、そんな僕の疑念なんて誰も気に止めることはない。化け物は、自分の獲物を横取りされたと言いたげに「殺ス──」なんて物騒なことを叫びながら、魂を遣う者シシャに攻撃を続けている。


 魂を遣う者シシャは、そんな化け物の攻撃をスッとかわし、さっき砕き潰き潰した炎と同じモノを駆使しながら、反撃の隙を狙っている。


 その光景はどこか現実味が感じられない。


 僕はその光景に圧倒され、消えかけているシールドの中で、唖然と立ち尽くし、動けずにいた。


 そんな中、化け物が地に沿ってうねらせていた尻尾を持ち上げ、魂を遣う者シシャの不意を突こうとしている。


 僕はとっさに、「危ない!」そう大声で危険を知らせた。


 そんな僕の声に反応し、魂を遣う者シシャはハッとして振り返る。


 その瞬間、化け物の鎌が魂を遣う者シシャのフードをかすめ、深々と被っていたフードがスルリと落ち、頭上で一つに束ねられた奇麗な黒髪が現れた。


 その姿に僕は、見覚えがある──。


 そう感じながらもなぜか、その人物が誰なのか思い出せない。まるで深い霧に覆われているような気持ち悪い感覚──。


 喉元まで出かかっているのに突っかえて出てこない。そんな魂を遣う者シシャを警戒していると、


「他の連中は皆、教会に避難したはずだ。おまえはなぜここにいる?」


 責め立てるような態度で僕を横目で捕え、状況説明を求めてきた。


「えっと……それは……」


 流石に死人の魂を天へ還していた。なんて、口が裂けても言えない。どう答えるべき? 僕は無言で目を泳がせる。


 そんな僕の思考なんて本当はどうでも良かったのかもしれない。なんなら僕が死のうが生きようが、この魂を遣う者シシャにはなんら関係ないと思っているのかも。


 そんな態度のまま魂を遣う者シシャは、


「大かた初めて見る化け物に、腰が抜けて動けなくなった、といったところか。それよりもおまえ、魂の使命こん願者ドナー登録は済んでいるんだよな?」


 そんな推測を口にし、魂の使命こん願者ドナー登録の有無を確認し始めた。


 一瞬、良かった……。勘違いしてくれた。なんて僕はホッとするけど、どうして僕が魂の使命こん願者ドナーの仮登録をしたことを知っているんだろ? やっぱり知り合いってこと……? そんな疑問に変わっていく。


「えっ……?」


 知り合いだと判断しても、誰か解らないと身構えてしまうもの。僕も例に漏れず、そう声を捻りだし、身構えてしまった。


 そんな僕に、魂を遣う者シシャは、


魂の使命こん願者ドナー登録が終わったのか、どうかを答えろ!」


 怒りを覚えるような態度で声を荒らげる。


「えっと……。登録は済みましたけど……。まだ、魂を守護するモノツカイマが居ないので、正式な魂の使命こん願者ドナーじゃないです」


 僕は、そんな魂を遣う者シシャの迫力に押し負け、オドオドとした態度で仮登録中だということを伝えた。


「チッ。声が小さい。人に物を伝える時は、ハッキリと言え! 仮だろうが魂の使命こん願者ドナーに変わりないだろ! その魂を俺に捧げろ」


「えっ……?」


 僕は、魂を遣う者シシャの言っていることが理解できず、キョトンと首を傾げ呆然とする。


 この人は、なにを言っているの? だって僕、まだ仮登録中だよ? 仮登録中は、魂の使命こん願者ドナーとしてまだ認められないはず……。それに、魂を捧げろってどういうこと? 色々な疑問が頭の中で渦巻いていく。


魂の使命こん願者ドナー要請ブックを読んでいないのか?!」


 そんな僕の態度に、魂を遣う者シシャは荒っぽい口調のまま、呆れたように溜め息を吐き捨てる。


「えっ、えっと……い、今から読みます! あっ、えーと、魂の使命こん願者ドナーに要請できる条件その一、魂を守護するモノツカイマを持っていなと、えっと……? 魂の使命こん願者ドナーとして認められないって書いてますけど……?」


 さっき登録が終わったばっかりで、読めなかったんだから仕方ないじゃん! そんな不満を押し殺しながら、僕は今日受け取ったばかりの魂の使命こん願者ドナー要請ブックを手に取り、声を震わせ一つ一つ読み上げようとする。


 そんな僕の態度に魂を遣う者シシャは、


「おまえはバカか!? 命の危機ってモノはないのか? バカを晒さず、五をサッサと読め!」


 そうイライラとした態度で、僕を怒鳴りつける。


 なんでそんなに怒られなきゃいけないの!? もうヤダ! 絶対、この人とはなにがあっても仲良くできない! 嫌い! そん不満を内の中でぶつけながら涙声で、


「……。えっと……、その五……緊急事態に陥り、魂を遣う者シシャが持つ魂が不足している場合に限り、その一の効力は無効とし、速やかに魂を遣う者シシャに、魂を貸し出すこ──あっ!」


 僕は要請ルールその五を読み上げ、魂を遣う者シシャがなにを言いたいのか理解した。


 そして、この魂を遣う者シシャが誰なのかも。でもどうしてこの人のことを忘れていたんだろ? 初対面で最低な言動をしてきたから、脳が記憶ごと抹消したとか……? そんな困惑を抱えながらも、


「えっ……でも、君が言ったよね? 僕の魂は脆いって!? 魂の使命こん願者ドナーになるのは諦めろって! なんか矛盾してるじゃん……」


 僕は緊急事態だという現実から目を逸らし、感情的になってカルマンの矛盾を指摘してしまった。


「おまえは俺になんて言ったんだ? その程度の覚悟なら、魂の使命こん願者ドナーなんておまえには向いていない! 温室育ちのおまえは家で、シコッて寝てろ!」


 緊迫した空気の中、僕が幼稚なことを言ったからか、カルマンの鋭い言葉が胸を突き抉る。


 カルマンの言うことは正論だ。色々と思うことはあるけど、今は魂を貸すのが得策……。


 だけど問題もある──。


「言っていることは理解できます。でも……仮なだけで、正式な魂の使命こん願者ドナーじゃない……。だから、貸し方を教わっていません!」


 仮登録中は、今回のような例外を除き、魂を守護するモノツカイマが居なければ命の危険にさらされるおそれがある。だから正式な魂の使命こん願者ドナーになるまでは、魂を貸し出す方法を教えてもらえない。


 僕は苛立ちを覚えるカルマンに恐怖し、涙を浮かべながら必死にやり方がわからないと訴えた。


「チッ。おまえは、おん──。あー!!!! そんなことでいちいち泣くな! うっとうしい」


 カルマンはめんどくさそうに溜め息を漏らし、苛立ちを発散するかのように激しく頭をぐしゃりとかきむしったあと、


「俺に貸すと言えば、一時的におまえと魂の契約を結べる」


 そう言い、早くしろと睨みつけてきた。

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