24話-変わった夢-


「………………」


 母さんとフェル部屋から出ていったとたん、僕の部屋に静寂が広がる。


 その静寂の中で耳を澄ますと、微かに小鳥たちのさえずりや、風のせせらぎが聴こえてくる。


 落ち着くな……。そう感じつつ、もう一度部屋を見渡す。


 誕生日当日となにも変わらない、整理が行き届いた部屋。こじんまりとして、派手さは特にない。


 昨日も見たなんの変哲もない部屋。だけど、ひと月も眠っていたのかと思うと、どこか懐かしい気持ちが湧いてくる。


「あれ?」


 ふとテーブルの片隅に視線を向けると、母さんが誕生品にくれた手のひらサイズの小箱が、ひっそりと置いてある。


 開けるタイミングをずっと逃し続けている。また開けなきゃな〜。そう思いながら、次は時計に目をやる。


 僕が起きたのは午後一時頃──。


 それほど時間は経っていないみたい。


「ふわぁ〜」


 この部屋が心地よいせいか、一ヶ月も眠っていたはずなのに、まだ寝足りないと言わんばかりに、欠伸が自然と出てしまう。


 そんな睡魔に逆らわず、僕は「お昼寝でもしようかな」なんて布団に潜り込む。


 ウトウトと眠りにつきかけた頃、僕は奇妙な夢を見始めた。


 ※※ ※ ※※ ※ ※※ ※ ※※ ※ ※※ ※ ※


「おまえの望みはなんだ?」


 真っ暗闇の中、女性のような──


 ハスキーボイスとまでは言い難いけど、どこか落ち着いた声が、僕に語り掛けてくる。


 望み……? 僕の望みは平凡な日常で、母さんたちと楽しく過ごすこと……かな〜?


「おまえの運命は、動き始めた」


 だけど、僕が望みを口にする前に、その声はまるで独り言のように話し続ける。


 運命……? また運命の話? どこか辟易へきえきとした気持ちが湧き上がる。


 クトロケシス神にも言われたんだよね……。でも運命とかよく解んないよ……、はぁ──。


「おまえは、これから重大な使命を受け入れ、進んでいくことになるだろう」


 淡々と要件だけを口にする声。でも、そんな言葉を受けても、ちっとも理解できるはずがない。


 運命だの使命だのと言われても、またか……。そう思っちゃうだけだよ……。


「あの……。重大な使命とか、運命とか言われても、僕にはさっぱり理解できないんですけど。クトロケシス神のように、あなたも教えてくれないんですか?」


 自然と漏れ出る不満。


 そんな僕の不満に、


「クトロケシスはまだ、おまえの運命や使命についても教えていないのか?」


 そう驚きの声をあげる誰か。


 どうやら声の主とは意思疎通ができるらしい。珍しい夢だ。僕はそう思いながら、


「まぁ、そうですね。まだその時じゃない。いずれ時が来れば自ずと解ると言っていましたね」


 僕は、クトロケシス神が話した内容を、それとなく伝えた。


「過保護だな」


 声の主がボソリと呟く。その反応から、クトロケシス神に良い感情を持っていないのが伺える。


「あなたは僕の運命や使命がなんなのか、知っているんですか?」


 僕的には、クトロケシス神が過保護だろうとどうでも良い。自分に向けられた運命や使命の方が気になる。


 それに、知っておくことで良い方向に進むかもしれない。まぁ、僕の運命なんて大袈裟なことを言っていても、世界を揺るがすほどの使命が──。とかそんなことはないと思うけど。


「あぁ。おまえの使命はこの世界の真実を暴くこと。そして、おまえの運命は──」


 ※※ ※ ※※ ※ ※※ ※ ※※ ※ ※※ ※ ※


 声の主が、僕の運命や使命を教えようとした瞬間、突然お腹の上に重みを感じ、僕は自然と目が覚めた。


「ふぁっ!? えっ、なに!? っていうか……変な夢だったな……」


 ベッドから飛び起きたものの、寝覚めはどこか最悪。


 僕の使命はこの世界の真実を暴く? どういうことだろ? 運命の方は、なんの手掛かりも得られなかったな……。声の主は、僕になにを伝えたかったんだろう? そんなことを考えるけど、頭が回っていないからか、答えが見つからない。


 ま、いっか。それよりお腹の重みは……? そんな疑問を抱え確認する。


 僕のお腹の上には、フェルが丸くなり、ズピズピと鼻を鳴らしながら眠っていた。


 だけど、どうやら狸寝入りをしているっぽい。フェルを動かしたと同時に、なにかが床にコロリと落ちた。


「ん?」


 音的には軽いモノっぽいだけど……。そんな疑問を抱え、床を覗き込む。


 床には油性のマジックペンが落ちていて、薄ら目を開けたフェルと目が合った。


フェルは、「ヤバい!」なんて言いたげに驚き、再び狸寝入りを決め込む。


 もしかして……。そんな嫌な予感に襲われ、フェルをポイッと床へ放り捨てたあと、僕は、慌てて鏡のある脱衣所へ駆け込んだ。


「フェル〜!!!!」


 そして、鏡に映る自分の顔を確認し瞬間、僕は驚がくし、絶叫した。


 顔には、ミミズが這ったような線が無数に描かれている。それに、所々とても汚い字で〔う○こ〕と読めそうな文字が──


 その下には、それらしきイラストも丁寧に描かれている。


「リーウィンちゃん、どう、し──」


 母さんはそんな僕の声に驚き、脱衣所までやってくるなり、一瞬、理解し難い様子でポカーンと口を開き、フッと顔を逸らした。


「違うよ、母さん! フェルにいたずらされたんだ!」


 僕は必死に弁明するけど、母さにはそれが面白かったらしい。笑いを堪えきれず、プッと吹き出し爆笑し始めた。


「笑わないでよ!」


 冷静に考えれば、顔の落書きはかなりおかしい。だから笑われるのも無理はない。だけど僕は今、絶賛怒り心頭中だ。


 ムスッとした顔で、一生懸命顔を洗う。


 だけど油性ペンで書かれているからか、落書きは簡単には落ちてくれない。


 ほんと、フェルはどうしてこんなバカげたいたずらをするのかな? それに、まだ会って数時間程度だよ!? 普通、ありえないじゃん! そんなことを考えると、余計に腹が立ってきた。


「リー……ウィン……ちゃん……こ、これを使って……頂戴……」


 そんな僕に哀れみを感じたんだと思う。


 母さんは、必死に笑いを堪えながら、目に涙を浮かべている。そして、言葉を詰まらせながらも、家庭用の魔水晶を僕に差し出してきた。


「これは?」


 魔水晶を渡されても、どうすればいいのか判らない。


 魔晶石は、もうこの世界に存在しない。廃れた能力の残り香みたいなモノ。


 魔力が〜。なんて話も聞くけど、そんなものを持たない僕からすれば、ただの石ころにしか見えない。


 僕は肩をすくめ、キョトリと首を傾げた。


「……どんな汚れも……落としてくれるらしいわよ」


 笑いを堪えるのに必死で、母さんは説明している最中でも、僕と目を合わせようとしない。


 そんな母さんの態度に不満を覚えながらも、感謝を伝え、魔水晶の先端を割る。


 中から、無色透明の液体が溢れ出てきた。水のようにも見えるけど、その正体は判らない。僕は少し緊張しながら、それを顔に塗りそっと洗い流す。


 どういう仕組みか全く判らない。だけど。水道水ではなかなか落ちなかった落書きが、見る見るうちに消えていく。


 しかも洗い流したあとの肌は、まるで保湿されたようにツヤツヤになっていた。


「母さん、ありがとう! これどうするの?」


 顔から落書きが消えると同時に、僕の怒りもスッと消え、心が平和を取り戻す。


 心に余裕ができたからかな? 僕はさっきと正反対の穏やかな態度で、空になった魔水晶の欠片を母さんに手渡した。


「持っていても使い物にならないけど……」


 母さんは魔水晶の欠片をしげしげと見つめ、少し悩む様子を見せる。この魔水晶は、一度使えばその効果は消えてしまう。だけど、リサイクルが可能だし、色や形状が唯一無二だから、コレクションとしても非常に人気が高い。


 母さんは考えた末、


「リサイクルもできるし、持っておきましょう」


 と、魔水晶の欠片それを僕から受け取った。


 そんなプチ事件が片付いたあと、僕は自室には戻らず、リビングで母さんの食事を心待ちにすることにした。



 

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