23話-毛玉の名前-

「なんでもいいガウ!」


 僕が名前をつけることを説明すると、毛玉はご機嫌ナナメな様子で、尻尾をパタパタと地面に叩きつける。


「じゃあ毛玉」


 そんな毛玉に呆れを覚え僕は、なんでも良いなら。と名前を提案した。


「拒否するガウ!」


 だけど毛玉は提案を即断する。はぁ……。ほんと意味が解らない。


「さっきなんでも良い。って言ったじゃん!」


「なんでもいいとはいったガウが、なんでも良いとは言ってないガウ!」


 毛玉は、よく判らない屁理屈を並べ、プイっと顔を背ける。


 なんていうか、この魂を守護するモノツカイマは、知れば知るほど僕の血が一滴も入っていない気がする。それに考え方も幼稚すぎるから、僕にはどうすることもできない。


 ほんと、ポンコツというか……もしかして、気性難きしょうなんだったりする? 気性に難がある魂を守護するモノツカイマとかほんと最悪すぎるんだけど……。はぁ──。


「ほらほら、喧嘩しないの〜」


 毛玉に対し、不満を募らせていく僕に気づいたのか、母さんは諭すように笑顔を向ける。


 はぁ──。毛玉で良いじゃん。そんな不満を胸中に抱きながらも僕は、渋々、毛玉を観察する。


 毛玉は猫の様な見た目だけど、耳は翼のような形状で、顔はとても憎たらしく、目つきも悪い。どこからどう見ても……カルマンっぽいんだよね〜。


 そう思いつつも、とりあえず毛玉を撫でる。


 意外にも、毛玉の毛並みは良好で、シルクのような肌触りにひんやりとした体が、なんとも言えない癒しを提供してくれる。


 そんな毛玉をモフりながら観察して気づいたことがいくつかある。


 その一、全体的に黒い絹の様な、モフモフな毛で覆われている。

  その二、口元からお腹にかけて、白い毛が薄らと生えている。

 その三、背中には、黒くて小さな……コウモリの様な羽が付いていて、尻尾は通常の猫とは違い、太くて、先端を尖らせたスプーンフォークのような形をしている。


 まぁ外見は翼や尻尾を除けば完璧猫のソレ。普通の猫同様に、喉を撫でると喜ぶし。


「う〜ん………そうだな〜……。ポンコツっぽいし、ポンタはどうかな?」


 かなり熟考したのち、僕はそう提案する。


「却下ガウ」


「却下って……うーん……。なら、お金に汚いし、お金に汚い強欲魂を守護するモノツカイマ!」


「オマエ、喧嘩売ってるだろガウ!」


 最後の方はもう適当になっちゃったけど、僕なりに色々と名前を提案してみた。だけど、ことごとく却下され続け──僕はもうなんの案もでてこない……。どうしよ……はぁ──。


 でもこの毛玉のことだ。考える素振りを見せておかないと、どこかに行きそうだし……。そう思いながら僕は、母さんをチラリと横目で捕え、助けを求めた。


「そうね〜。この子の第一印象は、なんだったの?」


 それに気づいた母さんは、すかさずフォローを入れる。


「う〜〜ん……。昔話にでてくる、悪魔みたいだな。って思ったかな?」


 実際のところ、カルマンのようにしか見えない。だけど、いくらカルマンに似ているとはいえ、魂を守護するモノツカイマに『カルマン』なんてつけたくない! それは僕が断固拒否する!


「悪魔ねぇ〜。う〜ん……そうね〜。あっ! ならヘルはどうかしら?」


「……フェル?」


「それで決定ガウ! オレサマ、それが気に入ったガウ!」


 僕は、母さんが言った〔ヘル〕を『フェル』と聞き間違え、口にだした瞬間、毛玉は嬉しそうに、尻尾をピンと立て、「それがいいガウ!」と即答した。


「まぁ、フェルちゃん! 可愛らしい名前ね! フェルちゃん、改めてよろしくね♪」


 母さんは、両手をパチンッと合わせて嬉しそうな顔で、黒い毛玉──改め、フェルの喉元を優しく撫でる。


「ふ、ふんっ。最初の毛玉や、ポンタよりマシな名前だったから、それでいいと思っただけガウ!」


 フェルは偉そうな物言いをしているけど、尻尾は素直で、名前を相当気に入ってくれたみたい。


 名前をつけるだけなのに、かなり時間がかかったのは予想外だったけど、ようやく肩の荷がおりた! 良かった! 僕はそう安堵の溜め息をもらした。


 フェルは名前も決まったことだし。と僕から奪い取った、二十万セクトを持って、


「カジノに行ってくるガウ!」


 なんてさっき開けた窓から飛び立とうとする。


「ちょっと待って!? 魂を守護するモノツカイマは、常に契約主と一緒の、空間にいなきゃいけないんでしょ!?」


 魂を守護するモノツカイマは原則、契約主と時間を共にしなきゃいけない。なんでも、共にすることで魂が護られ、主の危険を回避できる……。ハズなんだけど、どうしてこの毛玉はカジノに行こうとしているの!?


 あ、もう毛玉じゃないのか……。


「大丈夫ガウ! オマエが死んでる時に、何回か行ったけど問題なかったガウ!」


 毛だ──フェルは誇らしげに、えっへん!と両手を腰? にあて、威張るような態度を見せる。


「いや……。誇ることでもないし……。それに僕、死んでないし……」


 なにが大丈夫なんだ! それに、勝手に僕を殺さないでくれないかな? なんてボソッとツッコミを入れながら、今日、何度目か解らない溜め息が自然と漏れ出る。


 そんなフェルに呆れ返っていると、


「じゃあなガウ!」


 そう言い、なに食わぬ顔で窓から飛び出した。


 僕は急いでそんなフェルに手を伸ばしたけど……時すでに遅し。


 フェルは僕の手が届かないところまで、小さな羽を一生懸命バタつかせながら飛び去っていた。


「ほんと、好き勝手しすぎでしょ」


 そうポツリと呟く僕に、


「まぁまぁ〜! 好きにさせても問題がないなら、良いんじゃないかしら?」


 母さんは、魂を守護するモノツカイマとの関係性を理解していないのか、楽観的な口振りで、僕を慰めようとする。


「うん……。そうだね……」


 僕は、煮え切らない気持ちを抑えながら、そう無難に言葉を返した。


「──あっ、そうだわ! フェルちゃんが戻ってくる前に、ご飯の支度でもしましょうか!」


 少しの沈黙のあと母さんは、ハッとした表情でそう言い、とても張り切った様子で部屋を出ようとする。


「あまり無理しないでね」


 僕は、そんな母さんの目の下にある隈を見て苦笑する。


「無理なんてしないわよ〜! 誕生日の仕切り直しと、フェルちゃんの命名記念日をしましょうね!」


 だけど母さんは、上機嫌で満面な笑みを見せたあと、鼻歌を唄いながらリビングへと向かっていった。

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