26話-幼なじみとの再開-



 大図書館での騒ぎからちょっと経ったある日。


 僕は大図書館の管理者に呼び出されて誓約書を書かされている最中だ。


 契約書にサインを求められるだけかと思ったけど、どうやら新たなルールが設けられたからその説明もするとのことらしい。


 追加された内容は無償魂を魂を守護するモノツカイマエリアの撤去。魂を守護するモノツカイマは原則、影の中に入れておくことが義務付けられることになった。


 だけど、影の中に入るのを嫌がる魂を守護するモノツカイマ中にはいるから。ということで、万一の補償も兼ねて、一時間一万セクトで預かってくれるサービスを開始した。


 あとは館内での魂力こんりきの使用を禁止。


 多分魂力は、カルマン絡みだと思う。それから問題行動を起こせば、注意喚起もなしにその日の入館は認めない。見つけ次第、退館してもらう。といった、完全にフェルたちのせいで増えたと思わわれる、ルールばかりだ。


 最初はそのまま家に帰ろうかと思ったけど、どうせなら。とフェルを影にしまって、大図書館へ入る。


 あんな騒ぎのあとだからか、僕の顔を見るなり魂を守護するモノツカイマを使って騒ぎを起こした魂の使命こん願者ドナーだ! とかなんとか……。勘違いも甚だしい様な噂話を、至る所でされている。


 僕はただ、巻き込まれただけなのに! ほんと、もうあの二人には関わらないからね! 僕まで巻き込まれるもん! なんて思いながらも、今日は魂の使命こん願者ドナーエリアか共同エリアのどちらに入ろうか悩んでいる。


 僕は本を読むのが得意ではないと思っていたけど、そうじゃなくて、興味のある本は読めるらしい。


「よし決めた!」


 僕はそうボソリ、魂の使命こん願者ドナーエリアの扉を潜った。


 入って直ぐ、なぜか解らないけど異様な雰囲気を放っている本棚を見つけ、そこでピタッと足が止まる。


「こんな本棚あったっけ?」


 本棚は他の本棚と違い鉄製でできている。そして、塗料かなんかで白塗りに。


 他の本棚は木製だから異様すぎるその本棚に、普通なら皆足を止めると思うけど、見えていないように素通りを決め込む。


 そんな部分にも疑問を感じ、僕は不思議な雰囲気を漂わせる本棚に近づいた。


 本棚には〔魂の輪廻転生〕・〔業と罪〕・〔繰り返すモノ〕・〔力を持つモノ〕・〔死の運命への導き〕なんて、魂の使命こん願者ドナーと関係ある? そう聞きたくなるような本が並んでいる。


 それに本は全部で九冊しか置かれていない。なぜこんなにも大きな本棚に九冊しか? 新しい本を空いているスペースに置いて、場所を決めるのを忘れたとか? そんなことを思いながらも、僕はそのうちの一冊、〔魂の輪廻転生〕という本を手に取り読み始める。


 大雑把に説明するならば、なにかの専門書と、物語を混ぜ合わせた様な話で、物語の主人公の人生が描かれていた。


 内容としては


〔全てが白に覆われた部屋で、その子供は生を為した。


 その子供を白と名付けよう。


 本来、その白には兄も弟も存在しなかった。なのに、生を為した子供の傍らには、おぞましい力をまとう子供──黒がいた。白と黒は本来兄弟でもなんでもなかろう。


 なのにも関わらず、なぜかとても仲が良かった。


 白は、光をまとう様に眩い存在だったのだが、黒はおぞましい雰囲気を漂わせていたのにも関わらず、なぜか影が薄かった。


 影が薄いといっても、存在感が薄いということではない。本当に人間の影よりも薄く、この世に本来生まれる予定ではなかった。そう言われているほど影が薄かったのだ。


 元来、人の影とは、光が当たることにより陰影が深くなっていく。だがその子供の影はその明かりにすら左右されなかったのだ──〕


 こんな感じから始まる、少し古臭い文章だった。そこに専門知識なんかが組み込まれていて、かなり難しく感じる。


 まぁ僕自身が、専門知識を持ち合わせてないから。ということなんだけど、よく解らないのにどこか親しみを感じてしまう。不思議な作品だ。


 ただ、印刷ミスなのか? 物語の主人公が十六歳になった辺りから、余白のページが永遠と続いている。そして面白いことに、この作品のどこにも、作者の名前や、製造年日が記されていない。


「うーん……」


 僕はその本を手に、唸り声を小さくあげながら考え込む。


「ちょっと、そこのあなた! こんな場所で、突っ立ってられると困るのだけど!」


 そんなに長く考え込んでいたわけじゃない。それに本棚の傍らで読んでいたのだから……。そう思いながらも、急に声をかけられ僕は驚きながら振り返る。


 そこには、僕より十数センチほど身長が低い、ブロンズの髪を三つ編みに束ね、緑色の瞳をした、人形の様な愛らしい少女が居た。


「ごめんなさい」


 見た目と裏腹に、とても気が強そうなその少女に謝罪しつつ、この子もここの本が気になるのかな? そう思いチラリと本棚に視線を向ける。


 だけどいつの間にか、ここには元々本棚などなかった。そう言いたげに本棚が消えていた。


 もしかすると、考えている最中、無意識に歩いていたのかもしれない。実際手元には先程まで読んでいた本があるのだから。


 不思議だな。そう考えながらも僕は、少女の邪魔にならないようにその場を離れようと背を向ける。


「ちょっと待ちなさい!」

 

「えっ……?」


 邪魔と言ったり、待てと言ったり。この少女はなんなのか? 少しムカッときたけど、僕は問題行動に発展しないためにも、少女の言う通り足を止めた。


「あなた、名前は?」


 少女は、管理者に言いつけてやるんだから! なんて僕を脅しながら、名前を聞いてくる。


「えっと……リーウィンです、けど……」


 特に、問題行動を起こしたつもりはなかったけど、出禁になるのかな。なんて不安を覚えながら、僕は小さな声で答えた。


「えっ? もう一度、名前を伺っても?」


「はっ? えっと……。リーウィン・ヴァンデルングですけど?」


 なぜ僕は名前を二回も聞かれたのか? 僕の名前を勝手に使って悪さをした人でもいるのかな……? いや、フォルトゥナ十戒に反するし……それはないか。ならどうして僕は名前を二度も聞かれたのか? そんな疑問を抱きながらも、少女をまじまじと見つめた。


「……リーウィン……リーウィン……。どこかで聞き覚えが………………。あっ! もしかしてだけど、リーウィン・ヴァンデルングかしら?」


 少女は、僕の名前を聞き、顎に手を添え少し間を開け考えたあと、二度目に名乗ったフルネームをオウム返しのように聞いてきた。


 なんだろ。所作とかは綺麗なのにまるでそれを感じさせない威圧感は……。この子は本当に女の子? 僕の中で目の前にいる少女はもしかすると女ではないかもしれない。という疑念に変わりつつ、なぜ名乗った名前を復唱して聞いてきたのか? 疑問が疑問を呼ぶ形になってしまった。


「えっと……そうですけど……?」


 まぁ、名乗ったのだから僕の反応は可笑しくないはず。僕はキョトリと不可解なことを口にする少女へ焦点を集中させる。


「本当に!? 私、ヘレナ! 私のこと、覚えていないかしら?」


 ヘレナと名乗る少女は、僕の顔に釘を打つように凝視したあと、僕の名前が〔リーウィン・ヴァンデルング〕と知るや否や、とても嬉しそうな顔で自分の名前を口にする。


「えっと……ごめんなさい……」


 この少女は確か、以前どこかで……。でもあの時くらいだよね? それ以外の記憶はないんだけど……。もしかして、同姓同名がいて間違われている? なんてキョトリとしていると、


「はぁ──。 リーウィン。あなた、記憶力が低くないかしら? 昔、よく遊んでいたのに──っ!」


 昔……? そんなことを思いながら、僕はこの少女が誰なのか。を考えた。


 心当たりがあるといえば、昔よく遊んでいた〔ヘレナ・スローウィン〕が浮かぶ。


 ヘレナは、僕が今では本当に存在していたかも怪しい兄さんを、探している最中に出会った女の子。


 僕がやんちゃそうな男の子たちに絡まれているところを、正義のヒーローの如く救い出してくれた。あの頃は本当に、感謝してもしきれないと思っていたほど、僕にとっては強い味方だった。


 だけどある日、遊ぶ約束をしていたのに、夕方まで待っても彼女は現れなくて、それ以降、彼女と会うことは二度となかった。そんな、甘い想い出の女の子。


 もしこの子が、あのヘレナだとすれば、かなり、おしとやかになりすぎている気がする……。いや……気は強いけど……なんというか……。あの時は、かなりガサツというか……うん……。こんなに、上品なオーラをまとい、所作もとても綺麗な少女をヘレナと仮定していいものだろうか? 否。それは流石に申し訳ない。僕は、そんな疑問を持ち結論を出した。


「えっと……、すみません。考えてみましたが、やっぱり心当たりがないですね……。あるとすれば、前回の討伐戦の時くらいですかね……?」

 

 困惑した表情を見せる僕とは裏腹に、ヘレナは少しムッとする。


「はぁ……私の名前はヘレナ・スローウィン! 私のこと、本当に覚えていないかしら?」


 少女は、自己紹介したあと、近くの本棚にもたれかかり、腕組みをする。


「ええっ!? えっ?」


 あのヘレナ? 嘘でしょ? そう言いかけ、グッと飲み込む。


 だって有り得ないから。あっちゃダメだよ!? ヘレナはガサツなんだよ!? 僕は驚きのあまり目を点にして、でかかった言葉をグッと飲み込む。


 危ない、危ない。もう少しでほんと言っちゃいそうだったよ。よく耐えた僕の口。そう自賛しながらもう一度よくヘレナを見てみよう。そう思いマジマジト見つめていると、


「なにかしら? その反応。私はヘレナ・スローウィン。あなたがよ〜く知っているヘレナよ? 思い出せない?」


 ヘレナは腕組みを解き、かなり偉そうな態度で後ろ髪を片手なびかせそういう。


 いや……だって……あのヘレナが? そう思うと同時に


「嘘でしょ?」


 なんて無意識に、ポツリと呟いていた。


 ハッと口に手を当ててももう遅い。


「嘘とはなによ!? 昔っから私は美少女よ!? ほんと、リーウィンは昔っから変わらず、女の子の扱い方が下手なんだから!」


 ヘレナは声のボリュームを下げ、プンスカと怒ったような、拗ねたように唇を曲げる。


 でも美少女云々は知らない。人形の様に可愛らしい容姿をしているけど、自分で言うあたりこの子はフェルと同族なのかもしれない。


「いやだって……! 僕の知っているヘレナは、とてもわんぱくで、こんなにも上品じゃなかったもん!」


 僕はもう口にしてしまった以上、遠慮する必要もないと考え、そのまま思ったことを口にする。


「あなた失礼よ! 私のこと、なんだと思ってるのかしら!?」


「えっと……。僕が知っているヘレナのことならば、男も泣かせる鬼のヘレナ様……?」


「レディに向かってそのイメージは、あまりにも酷すぎじゃないかしら? ほっんと最低ね!」


「いや、だって……」


「なにを言いたいのかは判らないけど、あなたが、虐められて泣きべそかいていたから、私がしょうがなく追い返してあげただけじゃない!」


 ……。どうやらこの少女は僕の想定するヘレナで間違いないようだ。人って成長するんだな。そんなことをかんがえながらも、


「いやでも……〔普通〕の女の子は、そんなことしないと思うけど……?」


 と事実を口にしてみた。


「失礼すぎるわ! 私が普通じゃない。って言うのかしら?」


 そんな怒っているヘレナをマジマジと見つめていると、とても綺麗な女性へと変わったんだな。なんてとても驚く僕がいる。


 まぁ昔も可愛いとか奇麗だったのかもしれないけど、僕の記憶のヘレナは……うん。ただのわんぱく少女で、近所の公園のボス的存在だったことしか記憶にない。


 だから容姿のことなんてなにひとつ覚えていない。


 少し、強気なところは変わってなさそうだけど、以前よりかなりおしとやかになってるけどなにがあったのかな? そう思いながらも過去に何度、ヘレナに泣かされたことか。と思い出しながら、次は感心する。


 そんなたわいもない昔話に花を咲かせていると、なにかを思い出したようにヘレナは目を伏せ、口をもごもごとさせ始める。


 なにか言いたいことでもあるのかな? まぁ、時間はあるし待ってみるか……。僕はそう思いながら持っていた本を一時的に棚の上に置き、別の本を取ろうと腕を伸ばす。


「あの時は……その、ごめんなさいね……」


 ここの図書館の本棚は長すぎるせいか、僕は必死に背伸びをしながら取れないな〜。なんて悪戦苦闘していると、ヘレナは、覚悟を決めたように小さく息を吐き、身に覚えのない謝罪をしてきた。


「あてっ──あの時……?」


 それと同時に僕の指が本を掠め、本が盛大に頭上に落ちてくる。


 僕は間抜けな声をあげながらも頭をさすり、本を拾いながらポカンとする。


「──っ! 遊ぶ約束をしたのに、すっぽかしちゃったことよ!」


 一瞬、言わなくても判りなさいよ! そう幻聴として聴こえてきそうなほど、目を吊り上げさせ、ムスりと頬を膨らませながらもそう説明してくれた。


「──あ〜! 大丈夫だよ! 当日になって、やっぱり泣き虫な僕と遊ぶのは嫌になっちゃったのかな? なんて、少し考えちゃった時期もあるけど……。 どうしても、外せない用事があったんだろうな。って今では思ってるから!」


「あなたと遊ぶのが、嫌になったことなんて、一度もないわ! 約束の日の前日、急遽お父様の仕事に着いて行くことになったのよ!」


 ヘレナは風邪を引いても行くつもりだったと怒ったように後悔を口にする。


 後悔するか、怒るかどちらかにして欲しい。なんて言えば、きっともっと怒らせてしまうんだろうな。そう思いながらも


「ははは……。風邪の場合は、悪化する恐れもあるし、安静にしてた方がいいよ! それに、そういう事情なら仕方ないと思うよ? まぁでも、またヘレナに会えてよかったよ!」


 なんて困惑交じりの愛想笑いで乗り切ろうとする。


「私もよ!」


 そんな僕の愛想笑いに気づく様子もなくヘレナは、目をキラキラと輝かせながらも、自分も僕に再会出来て良かったと口にした。


 そんな会話をしていると、ふと疑問が浮び上がる。


「ところで……。どうしてヘレナは魂の使命こん願者ドナーになったの?」


 ここにヘレナがいるということは、魂の使命こん願者ドナーなのは間違いない。


 だけど僕が知る限り、ヘレナの親御さんは、お金に困る様な生活はしていなかったと思う。それに僕と違い、魂の使命こん願者ドナーになりたいという夢もなかったはず……。もしかして無作為に選ばれたのかな? そんなことを考えていると


「聞きたい?」


 ヘレナは勿体ぶりながら、ニマッ。と、なにかを企むような笑みを浮かべる。


「まぁ……。そりゃ聞きたくないと言えば嘘になるけど、嫌なら答えなくても──」


「説得するのはとても大変だったわ!」


 そういいヘレナは、親御さんにどうやって、魂の使命こん願者ドナーになることを認めさせたのか? 自伝を話てくれた。


 何日も、家に帰らなかったり魂の使命こん願者ドナーになれなかったら死ぬ! と騒ぎ立てて家を半壊させかけたり……。あ、うん。ここは別に聞かせなくて良かったと思う。


 本当にこの子は女の子なのだろか? そんな疑問と同時に、多分だけど、以前より手がつけれなくなったニューヘレナ様へと、変貌を遂げていると思うと、嫌な悪寒が背筋をスっと通り抜けていく。


「ははは──。親御さんを説得して魂の使命こん願者ドナーになったのは解ったけど、どうして魂の使命こん願者ドナーになろうと思ったの?」


 僕は苦笑を浮かべ、親御さんはかなり不憫な思いをしたんだろうな。なんて同情してしまった。

 

「それはね! あなたがずっと、魂の使命こん願者ドナーになりたい。そう言ってたから! って言いたいんだけど……。夢を話してくれた日の夜、私夢を見たの。よく解らないけど、おまえも魂の使命こん願者ドナーになれって。なんでも、運命の導きがあるから……と」


「……。どんな人だったの?」


 少し沈黙を迎えヘレナの所にも、クトロケシス神が? そう考える。


「うーん──。知っている人の様な気がしたのだけど。よく覚えてないわ! その時の夢は、赤い霧で覆われていた気がするわね」


 クトロケシス神は、この世の全ての生き物に、姿を変えることが出来るとされている。


 まぁ僕と会った時は僕の写鏡みたいになってたけど……。


 だから、誰かに成りすますことは可能だろう。


 だけど、ヘレナが魂の使命こん願者ドナーになった件に、クトロケシス神が関わっている様には思えなかった。


 特に、赤い霧という部分。僕の時は真っ白い空間で出会ったから、もしヘレナもクトロケシス神に会っていれば、僕と同じ空間になるはず。


 僕は悩んだ末、


魂の使命こん願者ドナーになることを言ったのは、一体だれなんだろうね?」


 と無難な返しをしておいた。


 そんな話をしていると、あっという間に時間は流れ、退館時間が迫っていた。


「もうこんな時間なのね……。あっという間ね……」


 楽しい時間はなんとやら。本当にその通りで、ヘレナは寂しそうにほほ笑む。


「本当、時間が経つ速さにびっくりしちゃうよ!」


「またこうして、一緒にお話したいわ!」


「ヘレナが嫌じゃなければ、また話そう!」


 そんな会話をし、僕はヘレナと一緒に大図書館を出あとにして、別れる──はずだった。

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