28話-たぬきじゃないから!-



「たぬきはどうしているんだ?」


 テーブルの上で休息を取っていた僕に、突然カルマンが声をかけてきた。


 ハッ! さっきカルマンがトイレに行った時が追い出すチャンスだったじゃん!? 僕、なにしてんだろ……。そんな後悔が胸に広がるけど、もう遅い。


「はぁ……。フェルのこと、たぬきって呼ぶの辞めない?」


 僕は溜め息混じりに、カルマンを睨みつけ、自分の要領の悪さに呆れ返る。


 だけどカルマン当の本人は、そんな僕の心情なんてお構いなし。僕がいくらフェルだと言っても、訂正することなくたぬきと呼び続ける。


 どうしてそんなに、たぬき呼びに拘っているのか知らないけど、気にするだけ無駄か。


「はぁ──フェルだよね? フェルは我儘でごう慢で。つい最近も、カジノに行って散財してくるわ、自分が気に入らないと思えば、癇癪かんしゃくを起こして、とても臭いナニカを投げてきたりしてるよ」


 僕は、淡々とした態度で嫌味を混じえつつ、フェルのことを話した。


「他にはないのか?」


 どうやらカルマンが知りたい部分はそこじゃないっぽい。僕には、カルマンがなにを知りたいのかさっぱり解らない。


「キミが、なにを知りたいのか解らないんだけど?」


 僕がそう答えると、カルマンは興味なさげに「そうだな」と一言呟き、足を組み直し、なにかを考えるように、片手を唇へと持っていった。


 聞いたのはカルマンなのに、興味ない態度って……。はぁ──、ほんと意味解んないや。


 そんな小言を吐き連ねていると、ふと思い出す。


 そういえば、カルマンって魂を遣う者シシャだったんだ!


 まぁ、今更!? だよね、うん。だけど、魂を遣う者シシャって、教会が保持する兵器そのもの。それが、カルマンの立ち位置。国民から、崇め称あがめたたえられはしても、僕のように、タメ口を叩く人なんていない。


 本来なら、敬語や丁寧語を使うべきところなんだけど……。すっかり忘れて、対等な立場で話していた。


 あ、これって結構まずいんじゃ……? そのことに気づいた瞬間、緊張が全身に走り、心臓がドッドッと鼓動を速め始める。


 カルマンが魂を遣う者シシャだとしても、出会いが最悪だったでしょ? だからどうしても、尊敬すべき人間とは思えないじゃん! それにカルマンって、細かいこと気にするようなタイプでもないでしょ? そう自分に言い聞かせ落ち着こうと努力する。


 そんな努力をしている最中、カルマンとパチリと目が合い、そして──


「──おまえのたぬきはポンコツなのか?」


 なに百面相しているんだ? とでも言いたげに、キョトンとしたあと、鼻を鳴らした。


「そうなんじゃない?」


 一瞬、はぁ──!? と怒りを露わにしかけたけど、相手はカルマンだ。通用しない。


 この短時間でそれは十分理解できた。


 フェルがポンコツなのは確かだよ? でも、他人の魂を守護するモノツカイマに、平然とポンコツって言うのは、人としてどうなの? そんな感情がフツフツと湧き上がる。


 そんな態度に、さっきまで走っていた緊張感は嘘のように消失し、代わりに怒りの感情が。それをグッと堪え、僕は大人の対応をみせた。


 そんな僕の大人な対応を知ってか知らずかカルマンは、


「おまえの血は、ポンコツ製造機なのか? 初めてで、ここまでのポンコツを創り上げるのは、一種の才だな」


 なんて鼻で笑い、バカにするように言い放った。


 なんなのこの人!? 本当、口を開けば嫌味しか言わない! はぁ────本当に疲れる、嫌い!


 そんなカルマンに心底腹を立て、なにか言わずにはいられなくて、


「そんなの、僕が解るわけないでしょ!? それよりずっと気になってたんだけど、キミ、フェルのことでなにか隠してない?」


 なんて、思わず脈絡のない質問をぶつけた。


 別に、本気で隠しごとをしているなんて思っていない。ただ、言われっぱなしがムカつく! それだけ!


「いや、俺は知らん。それに、俺とたぬきが似ているわけがないだろ? おまえの目は節穴か?」


 カルマンの態度は相変わらず偉そうに見えるけど、なんか行動が怪しい。あれ? えっ、本当に隠しごとしてたの? そう思わざるを得ないほど目を不自然に逸らし、僕とは一切、合わせようとしない。それに、手が迷子のように口元や耳たぶを行ったり来たりしている。


 僕はそんな予想外な行動をするカルマンに、目を点にしながら、


「本当に?」


 そう疑うようにジト目を向けた。


 カルマンは僕の態度に反応し、図星を突かれたようにムッとした表情で、


「おまえはバカなのか? 逆に、どういった部分が似ていると思うんだ? 具体的に話せ」


 なんて子供が怒られて不貞腐れるように、わざと僕を怒らせるような態度を取り始めた。


 なにこの人!? 僕がフェルのことを聞いた時から怪しいと思ったけど、これもう完全に黒でしょ!? ていうか! そういうのもフェルに似てる気がする! どーして怒られて、テーブルの上に足を置き始めるかな!? もう二十は超えてるであろう、僕よりも立派な大人がやる行動じゃない気がする! 絶対フェルだ、第二のフェルに違いない──。


 僕はそんなことを胸中で、滝のように巡らせながらも、その行動を見過ごすわけにはいかない。


「ちょっと! 退けて!」


 机の上に置かれた脚を勢いよくはたき落とし、怒気を強めた。


「なにするんだ、このバカ!」


「バカはキミだよ! 人の家で好き勝手にしないでくれる? ほらサッサッと足を退けて! 邪魔! はい、退ける!」


「は? おまえ、喧嘩でも売ってるのか?」


 カルマンは再び不貞腐れた態度で、机に足を起き、威圧するような目で睨みつける。


「そんな目をして威圧しても、ダメなものはダメなの! そもそもあからさますぎるんだけど!? そんなことして、フェルの件から目を背けても無駄だからね!?」


 僕はそう叱責しながら、「なんでもいいから、良い子にしてよ!」なんて声を張り上げ続けた。


 そんな僕にカルマンは、


「はぁ!? おまえ、俺のことをなんだと思ってるんだ!?」


 なんて八つ当たりするように怒鳴り返され、それに負けじと僕も、


「キミが小さな子みたいに意味の解らない行動するのが悪いんでしょ!?」


 なんて声を荒らげ続けた──。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る