27話-常識知らずのカルマン-


「ところで、今日はどのような要件で、なんの約束もなしに、突然、訪問されたのでしょうか?」


 僕は言葉の端々に嫌味を込めながら、要件を尋ねた。


「……ウゲッ。この茶、かなり苦いな。ミルクはないのか?」


 だけど、カルマンは僕の質問を無視し、クロムティーを一口、眉をひそめた。


 僕が用意したクロムティーは、〔少し〕苦いだけ。ダージリンのファーストフラッシュのような、いわゆる初摘みの青々しさが残る風味が特徴。それなのに、まるでゲテモノでも出されたかのようにうめき声をあげ、顔を顰める。


 そんなに顔が歪むほど、苦く出した覚えは全くない。


 少し苦めに淹れたとはいえ、普通に飲める程度の苦味しか出ていない。独特なえぐ味もなく、飲みやすさは僕の折り紙付き! 


 僕は一瞬、言葉を失いかけたけど、すぐに冷静さを取り戻し、


「ミルクですか?」


 そう確認した。


 確認した理由は、クロムティーとミルクの相性問題。


 クロムティーにミルクを入れると、水色すいしょくが濁った茶色になって、見た目がかなり悪くなる。その上、味も水っぽくなって、香りなんかも台無しにしちゃう。結論として、クロムティー本来の魅力を半減させてしまうことに。


 だから普段は、素直にミルクと合わないことを伝えるんだけど──。今日は早く帰ってもらいたいし、出してあげてもいいかも! 


 そんな僕に、内なる悪魔が声をひそめ、


『ほらみろ。とても苦い茶を出しておくべきだったんだ』


 なんて嘲笑ちょうしょうする。


 そして、『ミルクを出してやればいいさ』なんて僕を試す。


「で、どうして突然、訪問してきたんですか?」


 僕は悪魔の囁きに従い、ミルクをカルマンに差し出したあと、再度、要件を尋ねた。


「職務に追われ、事前に連絡することを忘れていた」


 カルマンは、突然訪問してきた理由は答えたものの、謝罪の言葉はなかった。


「そうなんですね。でも謝罪はないんですね!」


 僕はそんなカルマンに、ムカッとし、嫌味たっぷりに挑発的な言葉を投げつけた。


「ふむ……。訪問の手紙を書かずに行くことは度々あるが、特に悪いことでもないだろ? 悪いことをしていないのに、なぜ謝る必要がある? それより今日は、おまえに話と渡したいものがあって来た」


 だけど、カルマンは本気で理解していない。キョトンと首を曲げ、目を瞬かせている。


「はぁ……、もういいや……。話と渡したいものってなに?」


 僕は、カルマンの世間知らずさ……。いや、礼儀知らずさに呆れつつ、適当な態度で接することを決意した。


「それを言う前に、おまえには知っておいてもらいたいことがある」


 カルマンはそう言い、ほころびや虫食いの跡があるものの、丁寧に管理されていたと思われる、分厚い本を僕に『読め』と無言の圧力をかけてくる。


 僕は、渋々ながらもその本を受け取り、タイトルを確認する。


 本のタイトルは、虫に喰われているせいで、全てを読み取ることはできない。だけど、〔ゼーレ〕と書かれていることは解った。


『ゼーレ』は魂・霊魂・精神という意味があるけど、この場合、『魂』を指しているんだと思う。


 本をパラパラと捲ってみると、魂の色や特徴・性質などが詳細に記された図鑑ということが判った。


 魂には、赤・黄・翠。桃・灰・茶・銀など、比較的多い色から、黒・白・複数の色が混ざりあった珍しい魂を含め、ざっと十五種類の色が存在してると書かれている。


 さらに、各色の魂にはどんな特徴があるのかなんかが詳しく記されている。


 だけど、どれも僕には関係ない情報ばかり。


 ざっと読んでも、カルマンがなにを言いたいのか、伝えたいのか、さっぱり解らなかった。むしろ、無駄な時間を消費しただけな気がする……。


「はぁ──」


 僕は無意識に、深い溜め息を落としていた。


 だって、カルマンから聞いた話だと、僕の魂の色は『無色透明』のはず。僕も実際のところは判らないけど、透明に近い炎を何度も視ている。だからその認識は間違いじゃないはず。


 でも、この本には無色透明の情報は書いていない。


「これがどうしたの? 僕になにか関係ある?」


 僕は心の中で、『貴重な時間を返せ!』と毒づきながら、カルマンを鋭く睨みつけた。


「そう睨むな。おまえの魂は異例ということを知って欲しかったんだけだ。おまえと同じ魂を持つ人間は、過去にも現在にも、おまえ以外で言えば一人しか存在しな──」


「へー」


「そいつの名はアード。アードの魂も知り合いのツテを頼って稀覯本きこうぼんを読んだんだが、非常に脆いと記されていた。そして、最期は魂を使いすぎて暴走し、全てを破壊したあと、命尽きたとされている」


 カルマンは、僕の態度なんて気にも留めず、淡々と話を続けた。


「魂の暴走ってなに? 僕になんの関係あるの? それとも、こういう理由があるから、魂の使命こん願者ドナーを続けるのは辞めろって言いたいの?」


 僕は、カルマンの意図が解らず、苛立ちを露わにしながら問い詰めた。


「魂の暴走ってのはだな、悲しみや興奮、怒りなんかの感情が精神をむしばむことで引き起こされる。言わば別の人格が現れ、隠していた凶暴な一面に乗っ取られ、命が尽きるまで暴れ回る、そんな感じだ。もっとも、今のところ厄災級の暴走は報告されていないが」


 そう言いながらカルマンは、クロムティーにこれでもか! というほどミルクを注ぎ込み、クルクルとスプーンで混ぜ、一口飲んだあと、


「おまえが魂の使命こん願者ドナーを続けようが続けまいが、俺には関係ない。そんなことのためにわざわざ来るか」


 そう続け、嫌味ったらしく鼻を鳴らした。


 ほんと、余計な一言が多すぎる! 僕は内心ムカムカしながらも、


「アードっていう人の暴走は、厄災級じゃなかったってこと?」


 そう確認した。


「そういうことだ。まあ国が数個滅んだ程度だ。よくあることだろ?」


 カルマンの言い方から察するに、魂の暴走には段階があるのかもしれない──。


 ……ん? えっ、ていうかちょっと待って!? サラッというから聞き流しそうになったけど、国が数個滅んでも厄災級じゃないってどういうこと? 厄災級の魂の暴走って、世界丸ごと壊しちゃうとか? いやいや、そんな常識外れなことをサラリと言わないでよ!? しかも「よくある」ってどういうこと? あなたどこの世界線で生きてらっしゃるんですか?


 そんな困惑が押し寄せてくるけど、そうだカルマンは常識知らずのごうまん男なんだ。


 そう考えると、まあ……僕には関係ないし、いっか。という諦めの感情が湧き上がる。


「へー。で、要件はそれだけ?」


 僕はそう言い、カルマンを追い出すべく、部屋の扉をゆっくり開けた。


「なぜそんなに怒っているんだ? おまえに話があると言っただろ?」


「なら早く要件を教えてよ」


 僕がそう促すと、カルマンはせかしないやつめ。そう言いたげにまた溜め息を零し、


「おまえの魂の性質上、不特定多数の魂を遣う者シシャに貸し出すのはリスクが高すぎる」


「そうなの?」


「現に、俺の調査が正しければ、おまえは何度も死にかけているだろ?」


「え、なんでそんなこと調べてるの? ブツブツって、鳥肌が立つんだけど」


 カルマンのその一言に、背筋にゾワッとした悪寒を感じ、無意識に罵倒ばとうしていた。


「俺が好き好んでおまえの調査をすると思うか? 少しはそのない頭を使え。おまえの場合、魂の色が特殊が故に、教会側からの監視が強化されている」


「それは、僕と同じ魂を持っていたアードが原因?」


「それもあるな。だが、魂の暴走なんざそう簡単に起こるものでもない。問題はおまえの精神面の脆さ、そして体力のなさだ」


「それは──。それがどうしたの?」


 僕は、『それはご最もな意見です』そう言いかけたけど、それを認めたくなくて、開き直ったような態度を取った。


「おまえは、あまり深刻な問題と認識していないだろうが、いくら魂を守護するモノツカイマがいるとはいえ、おまえの魂はそう長くは持たないだろう。遅かれ早かれ、死ぬか成れの果て化する。そのために定期的な調査が行われている」


 カルマンは、『これならばバカでも解るだろ? 』そう言いたげに、僕の調査をした理由を並べ立てた。


「で、それは解ったけど、それがどうしたの? 僕が死のうが成れの果てになろうが、キミには関係ないじゃん?」


「そうだな。だが俺自身、対処する役割を担う可能性がある。今は欠片も活発化してきているし、なによりも、魂を遣う者シシャの数が足りていない。そこで俺なりに考えてみた結果、提案なんだが、俺と専属契約を結ばないか?」


 カルマンは、自分にとってのデメリットを説明したあと、比較的リスクが少ないと考えたんだと思う。よく解らない提案をしてきた。


 えっと──。この人はなにをいってるの? 提案? なにそれ? どうして僕がこんな最低な人と契約。それもよく解らない専属契約なんてしなきゃいけないの? そう思うと同時に、


「は? 嫌です、帰ってください」


 勝手に口が開き、カルマンを追い出そうとしていた。


「帰ってやっても良いが、おまえの本意じゃないだろ?」


 だけどカルマンは、僕がいくら追い出そうとしても微動だにせず、まるでおまえも解っているだろ? そう言いたげに返してくる。


「それは脅迫?」


「脅迫だと思うならば、そう受け取って貰っていい。だが、この場で魂の使命こん願者ドナー登録の抹消をするか、俺と専属契約を結ぶか、どちらかを選べ」


 カルマンは偉そうな態度で腕を組み、僕に究極の二択を迫ってきた。


「念の為、聞くけど。契約ってなに?」


 ここで拒否すれば、魂の使命こん願者ドナー登録を抹消されてしまうと思う。だけど、それはダメな気がする……。僕はそう感じつつ、カルマンの態度に根負けし、話くらいなら聞いてあげよう。なんて、嫌味ったらしく問いかけた。


「契約には二種類ある。一つは同等な立場で扱われる専属契約。もう一つは奴隷契約。俺が言わなくとも判るだろうが、提案しているのは前者だ」


「契約すればどうなるの? なにか僕にメリットでもあるの?」


「専属契約すれば俺以外、おまえの魂に触れることができなくなる。もし契約者以外が無理に魂をつかおうものなら、そいつに強い負荷がかかり、契約者の能力次第では、最悪死ぬな。だが、おまえはメリットを知りたがっていたな」


「うん、そうだね」


 なぜそこまで勿体つけるのかは理解できないけど、僕はジトーッとし目で睨み続けた。


「変な顔をするな、うっとうしい。──俺と契約すれば、魂が護られ死亡のリスクが大幅に回避できる。それと同時に、気枯れの進行も大幅に遅らせることができる。あと、おまえのたぬきも無駄死にを免れるだろう」


 カルマンは、ぶっきらぼうな態度で契約のメリットを説明してくれた。だけど、最後に全く聞き馴染みのない単語を放り込み、僕にどうするんだ? なんて圧力をかけてくる。


「それが本当だとして、契約を結んだあと、破棄する場合はどうするの? あと、たぬきってなに?」


「はぁ──、まぁいい。契約の破棄は厄介だが簡単でもある。契約者の前で契約書を破り捨てればいい。ただし、無理に破棄させた場合、それ相応の罰が下る。簡単だが、両者の意見が一致しない限り、まず契約破棄は不可能だ。だから契約する前によく考えろ」


「へー。そうなんだね。で、たぬきってなに?」


 聞いておいてなんだけど、僕はカルマンと契約する気はない! 念の為に聞いただけで実際、契約のことなんてどうでもいい。それよりもたぬきの方がよっぽど気になる。


「たぬきは、おまえのところの魂を守護するモノツカイマに決まってんだろ?」


「フェルがたぬきって、どういうこと?」


「あのたぬきには、そんな名がついたんだな」


 カルマンは、特に興味がなさそうに、僕を見下しながら腕を組む。


「いや、だからなんでたぬきなの?」


「あいつの言動、全てがたぬきみたいだろ?」


 カルマンは、僕の知らないフェルの側面を知っているような口振りで、憎々しげに説明してきた。


 そんな説明のあと、カルマンは急にトイレに行くと言い残し、席を立った。


「ふぅ……ほんと疲れる」


 僕はそうボヤきながら、カルマンを追い出せる絶好のチャンスを逃し、机に伏せて一時の休息を取った──。

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