26話-突然の珍客-


 あれから、空白のひと月を埋めるように、慌ただしい日々を過ごしていた。


 隕石化け物が現れて以来、メテオリットの欠片が活発化し始めたらしい。僕は、昼夜問わず、何度も教会からの要請で、駆り出されていた。


 フェルとはそれなりに上手くやっている……と言いたいところだけど、正直、関係は良好とは言えない。現実はそんなに甘くなくて、魂を貸し出すことになれば、嫌々ながらもアシストしてくれるけど、その度、「協力したガウから、金寄越せガウ!」とか言ってセクトを無心してくる。


 本当は、ちゃんと仲を深めたいんだけど……。タイミングがほんと悪すぎる。僕の欠点が露見しちゃって、仲を深める時間がない……。


 魂を遣う者シシャに魂を遣われるたび、一時的な昏睡状態に陥ってしまうっていう欠点がね……。


 魂を遣われた瞬間、心臓を掴まれるような激しい痛みに襲われ、気づいたら家のベッドで寝てたいた……。なんてこともしばしば。


 そのほとんどが、連続使用だったり乱暴に扱われたりで起こるんだけど、中には触れられただけで意識を失ったこともある。


 まあ、カルマンに魂を貸した時のように、ひと月ほど生死の狭間を彷徨うなんてことはなかったから、それだけは幸いだけど……。


 この欠点が、以前カルマンの言っていた『魂の脆さ』から来るものなのか、それとも体力面の問題なのか判らない。でも、命の危険を幾度となく経験した、そんなある日のこと──。


 コンコンッ。

 

 とても心地良い朝の日差しの中、僕の家に意外な人物が訪れた。


「はい、どちら様……?」


 時刻は午前八時半頃。母さんは玄関の扉を開け、来客に対応をする。


 その声で僕も目を覚まし、着替えを済ませたあと、柱の陰から来客の様子を窺う。


 玄関の前にはフードを深々と被った、いかにも怪し気な人物が立っている。


 その姿にどこか見覚えが……。だけど寝起きでまだ頭はぼんやりとしていて考えが追いつかない。誰だっけ? 僕はいぶしげに首を傾げた。


 そんな僕とは対照的に、母さんは驚きつつも、落ち着いて来客に対応する。


 微かに聴こえてくる会話から、どうやら怪しげな人物は、教会関係者らしい。


 母さんは慎重に手帳型の身分証を確認し、躊躇いながらもその人物を家に招き入れた。


「訪問をすることを事前に伝え忘れていた」


 家の中に入るや否や、怪しげな人物は、深々と被っていたフードを脱ぎ払う。


 そしてどこか偉そうな態度で、自身のことをカルマン・ブレッヒェンと名乗る。その容姿や振る舞いは、間違いなく僕が知っているカルマンだ。


 なんでこの人、僕の家に来たの? そんな疑問が沸き上がるけど、それ以上に母さんの態度が気になる。


「その節は、リーウィンを助けてくださりありがとうございました。生きているうちに、こうして何度も魂を遣う者シシャ様に会えるなんて、とても光栄です〜!」


 普段となんら変わらぬ態度で母さんは、カルマンの対応を続ける。


 だけどカルマンを見た瞬間、一瞬だけ母さんの顔が強ばったのを僕は見逃さなかった。


 その表情にどんな感情が隠れているのか、僕には理解できない。だけど、きっとそれは、カルマンが魂を遣う者シシャだから。


 それが答えなんだと思う。


 ちなみに何度か要請を受け、魂の使命こん願者ドナーの仕事をしたと言ったけど、母さんにはそのことを秘密にしている。


「一ヶ月もの間、生死の狭間さまよっていたんだから、こんな危険な仕事は辞めるべき」そう遠回しに何度も言われていた。


 そんな母さんに、僕も「そうだね〜」なんて適当に返事しちゃって……。そのせいで、魂の使命こん願者ドナーを続けていることを言えずにいる。


 多分、母さんは僕がまだ、魂の使命こん願者ドナーを続けているなんて、全く考えていなかったと思う。


 だけど今回の訪問で、母さんにバレた気がする。


 あの人、ほんと、なにしてくれるんだ! 僕の努力が水の泡になっちゃったじゃないか! そんな激しい苛立ちを覚えつつ、僕はグッと堪えて、様子を窺い続けた。


「少し、チビ──。あっ、いや、リーウィンと話をしたいのだが、大丈夫だろうか?」


 カルマンは僕のことをさりげなく〔チビ〕と言いかけ、訂正しながらも要件をざっくりと伝える。


 カルマンよりチビなのは事実だけど、神経を逆撫さかなしてくるのはどうしてなのか? ほんと、腹が立つ!


「あっ、えぇ……。リーウィンになんのご用事でしょうか? あ、差し支えなければ教えて欲しい。というくらいの好奇心ですので〜!」


 母さんは、カルマンの訪問理由が僕だと知り、少し驚いた表情を隠し、愛想笑いを浮かべて要件を探ろうとする。


「話したいことがある。ついでに体調の方も問題ないか確認したい」


 カルマンは多分、母さんに聞かれたくない話をするつもりなんだと思う。


 だけど、ついでに僕の体調も〜。って、ついでって要る? 要らないよね? ほんと、カルマンあの人は、人をムカムカさせる才能でもあるんじゃないの!? そんな不満を募らせつつも、僕はその場を見守った。


「話したいこと……とは?」


 母さんは不安気な態度を隠し、平然を装いつつ尋ねるけど、カルマンはそれ以降、なにも答えることはなかった。


 カルマンを見上げる母さんの横顔には、一瞬、複雑な表情が浮かぶ。だけど自分の気持ちを押し込むように、ニコリと愛想笑いを浮かべ、「リーウィンちゃん、ちょっと買い物に出かけてくるわね」と一声、家をあとにした。


 僕は、母さんが家を出たあと、直ぐに粗茶を出す準備を始める。どれだけ気に食わない人物だとしても、来客にお茶を出すのは基本的なマナーだ。


 僕はお茶を用意しながら、カルマンあの人はどうして上から目線なの? 誰にでもああなの? そんな疑問を脳裏に過ぎらせていた。


 母さんの方が歳上なんだから、うやまうべきでは!? そんな不満がフツフツも沸き上がると同時に、僕の中にひそむ悪魔が、とある〔嫌がらせ〕を思いついた。


 その思いつきに素直に乗っかり、僕はカップにお茶を注いだ──。


 ガチャッ


「邪魔するぞ」


 カルマンはノックもなしに僕の部屋に入り込む。


 そんなカルマンのあとを追い、僕も部屋に戻ったあと、表向きは丁寧な所作でクロムティーを差し出した。


 そのクロムティーは、悪魔が囁いた〔とても苦いお茶を出してやれ〕というもの。


 さすがに、〔とても苦いお茶〕をだすのは良心が傷んだから、少しだけ〔苦め〕に抽出するくらいで手を打ったんだけどね。


 正直、事故を装って熱々のクロムティーを打っ掛けぶっかてあげてようかとも思ったんだけど、さすがに可哀想だなって良心が傷んだから止めておいた。

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