21話-クトロケシスとの邂逅-
意識が戻ると、僕の目の前に白で彩られた空間が広がっていた。
記憶のどこかで見たことがあるような……、だけど絶対に知っているとも言えない不思議な空間。
ここ、どこだろう……? どこか懐かしい香りが僕の鼻をくすぐる。
そんな香りを無視しつつ、本当に死んじゃったとか……? いや、多分、死んじゃったんだ……ごめんね母さん……。親孝行のひとつもできなかったや……。僕の最期は本当に味気なかったな……。化け物に襲われ、嫌味な人に魂を貸して死ぬなんて、たまに祈りを忘れちゃった僕への罰かな? そんな、なんとも言えない虚しさや後悔を抱えながら僕は、真っ白でなにもない空間をぼんやりと歩き始めた。
だけど、いくら歩いても景色は変わらない。それでもなぜか、歩き続けなければいけない気がして、僕は足を動かし続ける。
シャラシャラ──
どれほど歩いたか判らない。それに景色も変わらない。だけど、ちゃんと移動していたらしい。微かに花の香りや川のせせらぎが耳に届く。
僕は死んだんだし、そこが行くべき場所なんだろうな〜。そう思うと同時に、引き寄せられるように、足が勝手に動き始める。
「そちらに行ってはいけません」
突然、脳内に女性のような柔らかい声が響き、僕の行動が制止される。
「えっと……誰……?」
キョロキョロと辺りを見渡しても、誰もいない。なんだったんだろ? そんな不思議な感覚を覚えながらも視線を戻す。
「なんだろう……これ……?」
視線を戻すと、どこから現れたのか判らないけど、白く光る球体が僕の目の前に浮かんでいた。
それが安全かどうかも判らない。普段なら絶対に触れようなんて考えなかったと思う。でも、この時の僕は、誰かに意思を操られるように、その球体に手を伸ばしていた。
球体に触れても特に実態があるようには感じない。でも触れた瞬間、球体は小さく分裂し、僕の指にまとわりついたあと、眩い光を放ち始めた。
「えっ!? なにっ!? えっ」
僕は軽くパニックを覚え、声にならない声で慌てふためく。
だけど、化け物の時と同じで、体と脳が噛み合わない。僕はそんな光が怖くて逃げようとしたんだけど、盛大に転んじゃって──。
「いてててっ──ひぃぃっ!」
その間に、光は人の形へと変化していたらしい。
いつの間にか僕の目の前には、質素で飾り気のない白いワンピースを身にまとった女性が立っていた。
その姿を見た瞬間、僕の脳内に警鐘が鳴り響く。
〔自身と生き写しのような人物に会うと、死ぬ〕と。
見れば見るほど、僕に似た女性。限りなく白に近い銀髪が腰でなびき、青い瞳で静かに
逃げなきゃ! そう思うのに、体はそれを拒絶しているように動いてくれない。
そんな体の反応に僕は──。
死にたくない、死にたくない、死にたくない!
そんな思考が脳を埋めつくし、目元がじんわりと熱くなり、視界がボヤけていく。
逃げなきゃ! 逃げなきゃ行けないのに、どうして体は動いてくれないの!? そんな怒りが込上げる中、そんな僕に構うことなく、
「私はクトロケシス。あなたの中に宿るモノです。今、あなたが
そう告げ、カテーシーをするような動きを見せた。
「えっ、は? いや、あの、死にたくないです!」
だけど、パニックに陥っていた僕は、女性の言葉なんてなに一つ聞いていない。無我夢中でよく解らない願いをひたすら口にし、この国を守る神へ祈り続けた。
「えっと──、私の話を聞いてくれませんか?」
「いやです、僕まだ死ぬ勇気とかないんで! 僕を殺してもなにも良いことないですよ!? ねっ? だから──」
「──えっと……。安心してください。あなたはまだ、死んでいません。それに、私はあなたの姿を借りているだけ。私が居るからといって、あなたが死ぬことはありません。私はただ、運命について、伝えたいだけなのです」
「だーかーら──! って、え? 運命? なにそれ……?」
困惑の色を浮かべる女性に、僕はパニックのまま、わけの解らないことを口走りかける。
だけど、なんか話が噛み合っていない気が……。そう感じ、ハッとする。
運命? どうしてか解らないけど、その言葉を聞いた瞬間、既視感が過ぎる。以前もどこかで──。
一瞬だけそんな疑問を抱き、冷静さを取り戻しかけた僕だけど、すぐにそれどころじゃないことを思い出す。ここにいれば僕は死んじゃう! そう思い、必死に
「リーウィン、落ち着いてください。あなたは死にませんし、殺すつもりもありません。ですので、一度深呼吸をしてください」
「ほんと!? 僕、死なない!?」
僕は目に溜まる熱いナニカを瞳から零し必死に問い続けた。
「はい。あなたは死んでもいませんし、今はその時でもないので、死にません。なので深呼吸を……確かこの世界では、ヒッヒッフーとするのでしたか?」
そう言って、呆れた様子で僕に深呼吸を促す。
僕はそんな言葉を信じきれず、「本当に?」なんてしつこいと思われるほど聞き続けた。
でも女性は、そんな僕の行動に嫌な顔一つせず、落ち着くまで優しく見守ってくれた。(と思う)
「えっと……さっきは取り乱してごめんなさい」
僕は女性が教えてくれた深呼吸方法を試しながら、目の下を赤く染めて謝罪する。
「いえ。人の子というのは感情があってこそ。死への恐怖が薄くなれば、それは人とは呼べない別の存在に墜ちている証拠です」
「えっと……言っていることはよく解りませんけど、今はさっきより、だいぶ落ち着いたと思います。ところであなたは誰ですか?」
そう困り顔をしていると、女性は安堵の溜め息を零し、あっ、そこから? そう言いたげに、困惑の表情へと変え、
「私はクトロケシス。あなたの様子を見に来たついでに、運命と使命がある。という事実を話しておこうかと思いまして──」
そう言いクトロケシスと名乗る女性は、唯一無二と言えるほど、奇麗なカテーシーを僕に披露し、再び理解し難い言葉を口にした。
そういえば、最初の方もそんなことを言っていたっけ? そう思いながらキョトンとしていると、
「あなたには重大な役目があるのです。それはこの世界を揺るがすほど重大なもの」
そう続けた。
「重大な役目……ですか? それは一体……?」
「今は詳しく話すことは出来ません。ですが、その使命は、遥か昔から引き継いだものです」
運命や使命と言われても、理解するのは難しい。
僕は、現実味がない話に困惑しつつ、さっきまでパニックに陥っていたとは思えないほど、冷静さを取り戻していた。
そして、この
「はぁ──」
間の抜けた息を一つ、吐き出す。
「あなた自身、今はなにを言っているのか理解出来ないでしょう。ですが、時が来れば自ずと、自身の運命がなにか、使命とはなにかを理解できると思います」
「えっと……」
運命や使命があることを教えに来たけど、今は教えられない。というのは解った。
じゃあなんで、僕の目の前に現れたの? 僕の様子を見に来たのが一番の目的ってことだよね……? うん、多分そう。
なんか解んないことばっか言ってるな〜。そんなことを考えていると、そういえば、〔クトロケシス〕って、どこかで聞き覚えがあるような……。そんな思考に切り替わり、全く関係のないことを考え始める。
クトロケシス、クトロケシス、クトロケシス──。
クトロケシスと言う名前を、何度か繰り返していると、ふと一人の女神を思いだす。
まあ、あまりにも身近すぎて、その存在を同一視できなくなってしまうアレと同じ! ゲシュタルト……? いやなんか違う……うーん、なんだっけ? まぁいいや、そんな感じ!
せっかく思い出したことを忘れないように、僕は思い出したと同時に、
「あー──っ!もしかしてあなたは、リクカルトを守護する女神、クトロケシス様だったりしますか?」
そう声を大にして、勝手に一人でスッキリする。
そんな僕の態度にクトロケシスは、困り顔のような苦笑にも近い表情を浮かべ、
「あっ、はい。そう、みたいですね」
そう一言、呆気に取られたような態度を見せる。
そんなクトロケシス神の態度なんて気にせず、僕は、
「すみません。最高神、エレアデウスの次に力を持つ神。そう称えられ、崇められているあなたがなぜ? 僕に宿っているのでしょうか?」
気になることをズバッと聞いた。
「……。それは先にも話した通り、遥、昔から引き継いだ運命が要因ですね。ある人間を媒体に、私自らが、あなたに力を授けました。それにより、本来生まれるはずのない私とあなたの間に、
「はぁ──?」
クトロケシス神が、必死に説明しようとしてくれるけど、僕自身、さっぱり理解できない。
縁だの遥、昔から引き継いだ運命だのと言われても、理解できる人なんてこれっぽっちも、いないんじゃないかな? それにだよ? いくらクトロケシス神が僕の中にいる。なんて言ったところで、自分の住む国を守護する神に護られていた。なんて誰が想像できる? 僕は未だにモヤモヤした気持ちのまま、間の抜けた声を吐き出すしかなかった。
「今回は、あなたが偶然この世界に来てしまったため、会いに来ただけです。本来ならば、もう少し先の未来で、あなたに運命の話をする予定でした。ですので、その時は驚いて逃げようとしないでくださいね」
なんて、クトロケシス神は苦笑する。
あ、これアレだ。大丈夫だよって言っときながら内心かなり傷ついてたパターンの奴だ! まあ、悪いことしたなって思ってるよ? でも、驚かせる方も悪いと思う! 僕はそう思いながらも
「解りました」
なんて、無難に返事しておいた
でもさ、深く考えてみると、もしかして僕はこの世界に来る予定じゃなかったってこと? ということは……今回の出来ごとって、神ですら予測できなかった異例の事態ってこと!?
えっ、もしかして、僕、魂を貸さなくても良かったとか? なんでこの世界に来たの? そんな不満がフツフツと湧き上がり始める。
そんな僕の心情を読み取るように、
「この世界は様々な平行世界で成り立っています。ですので、あなたの行動は、どの世界線でも異なり、神である私も全ては予測できないのです」
なんてクトロケシス神は脈絡のない話をし始める。
「平行世界──? なんですかそれ?」
「それはですね──」
クトロケシス神は、平行世界について教えようとしてくれたんだと思う。だけどその瞬間、微かにノイズが走るように小さく揺れ始めた。
そして、
「申し訳ないですが、今回はここまでのようですね。もう少しすると、あなたが居るべき元の世界へ帰る時間が来ます。私の説明では、納得も理解もできないと思います。それに、不安もあると思いますが、どうか運命に背を向けないでください」
クトロケシス神はそう言いながら、寂しげにほほ笑む。
「もう帰る時間……? それはどういう意味でしょうか……?」
「あなたは先にも説明した通り、まだ死んでいません。
そう言いクトロケシス神は、激しく揺らめき、僕が声を発する前に、
「申し訳ありません。時間のようです……。あなたは、来た道をずっと、まっすぐに戻りなさい。そうすれば、元の……せ……へ……ど……れ……」
そんな言葉を最後に、スッと姿を消してしまった。
残ったのは僕と白い空間だけ──
「えっと……僕これからどうすれば良いの?」
なんか勝手に現れて、勝手に消えたけど? それに、元きた道を戻れって言っていたけど、どこから来たかなんて覚えていない。
僕はしゃく然としない気持ちを抱えながらも、しばらく立ちすくんでいた。
でも、ここにいても意味がないというわけで……。よく解んないけどこっちに行〜こぉ! そんな楽観的な態度で適当な道を歩き始める。
何分経ったのか、はたまた何十分、何時間過ぎたのかも判らない。
だけど、歩いても歩いても、なかなかクトロケシス神が言っていた〔本来いるべき場所〕、元いた場所には辿り着かない。
そもそも、こんなにだだっ広くて白一色の世界の道なんて覚えれるわけないじゃん!? 道も一本しかないように見えて、見たことのない道あるし……。も〜少し、帰り道を解りやすくしてくれても良かったんじゃ……!? そんな不満を抱えながらも僕は、クトロケシス神の言いつけ通り、ひたすらに歩き続けた。
それから何十分、何時間かは判らないけど、突然、辺りが黒い空間に覆われ始め、吸い込まれるような感覚が僕を支配する。
なんかこんな感覚、つい最近もどこかで──。そう思いながら僕は、ソッと目を閉じ、身を委ね意識を手放した──。
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