9話-マリアン・セラフィムという幼女-

 そして数分後──。


「しゃ血の準備が出来たのだわね。早く片腕を出せなのだわね」


 幼女はかなり高圧的な態度で指示を出し、上肢台を僕の近くに置く。


「どっちの腕が良いのかな?」


「どっちでも良いのだわね。自分が普段、使わない腕を出せばいいのだわね! おまえなら──左腕の方が良さそうだわね!」

 

 幼女は、この手の質問に慣れているのか、答えた時には、僕の左腕を台に乗せ、駆血帯を付け始めていた。


「グサッといくのだわね」


 そう言いなんのためらいもなく、少し太めのチューブが付いた針を本当に、グサッと刺す。


「……っ!」


「痛かったのだわね?」


 幼女は僕の腕からチューブを通し流れていく血を見ながら、貧弱な。と言いたげな目で蔑む。


「ははは。大丈夫です」


 そんな幼女に諦めを覚え、愛想笑いで返す僕。


 そんな僕にはお構いなしな様子で、幼女は僕の血を抜いている時、アレから一度も言葉を発することはなく、僕の血を無言で愛らしそうに眺め、時々舌なめずりをしていた。


 うん。多分、教会にはまともな人がいないんだと思う。え!? この幼女めっちゃ不気味なんだけど!? いつ終わるの!? もう一時間は抜いてない!? そう内心焦る僕。


「あの〜……。そう言えば……」


 それを隠す様に、幼女に声を掛ける。


「どうしたのだわね?」


 そんな僕に、面倒くさそうな態度で返す幼女。


 なんというか……、終始そんな態度でいられると、やりにくいというか……。そんな率直な感想が浮かぶ。

 

「そう言えば、君の名前を聞いていなかったなと思って……。血を抜いてもらってる間、少し暇だし……話し相手になってくれないかな? と思って……」


 僕は不安げな態度で、幼女にお願いしてみた。


「はぁ──。そんなに時間も経っていないのに、待ても出来ない実験動物モルモットなのだわね! 我も暇じゃないけど、そもそも目上の人間には、敬意を示すものなのだわね!」


 はぁ──? えっ、ちょっと待って? えっ、どういうこと?


 幼女はどう見ても、僕より年齢が若くみえるんだけど……? 年上なの……? ていうか、さっきはなんも反応しなかったじゃん!


「ははは……すみません」


 そう思うけどここは謝罪が無難。そう思い、謝罪したあと、どう見ても幼女じゃん……。とボソリと呟いてしまった。


 この独り言は幼女には聞こえていなかったらしく、不幸中の幸いではあるけど、どうみたって、見た目が幼女なのに僕より年上とかあり!? そんな気持ちしか湧いてこない。


「我の名はマリアン・セラフィム。セラフィムとついているけど、この教会での役職はセラフィムじゃないのだわね」


 幼女は僕の謝罪に、及第点と言いたげに頷いたあと、マリアンと名乗り、セラフィムではないことを僕に教えてくれた。


 まぁ、魂を守護するモノツカイマの間の主である人物が、セラフィムだったらそりゃ可笑しいよね。なんて思う僕もいるけど、それを口にするのは無粋というもの。


 僕はそう考え、あえてその部分には触れず


「セラフィムじゃないのに、セラフィムと付いているのは、なんだか複雑ですね」


 と答えておいた。


「最初は我も戸惑ったのだわね。だけど、言われるうちに、もう慣れたのだわね」


 マリアンさんは溜め息混じりに、諦めた様子で言う。


 そんな様子を見ていると、慣れや諦めで片付けてしまうのは、なんだか複雑だな……。なんて気持ちと、慣れって怖いなという気持ちが浮かび上がってくる。


「慣れって大切なことかもしれませんけど、別に慣れる必要もないのに、周りが暗黙の了解というのか……そんな雰囲気を出しちゃうので、無理やりそう思わなきゃいけないみたいで嫌じゃないですか? あ、あと僕の名前はリーウィン・ヴァンデルングです! なので、モルモット君──は、辞めてもらって良いですか?」


 僕は、自分の意見を伝えたあと、ついでに名前を認知されていない気がしたから、名乗っておいた。


「はぁ……。おまえは十六にもなって、まだまだ考えがお子様なのだわね。それに面倒臭い。我は面倒臭いガキが一番、嫌いなのだわね!」


 マリアンさんはそう言うなり、僕を睨みつける。


 まだまだ子供な考えをしているのは僕も理解しているけど、真正面から面と向かって言われると、さすがに凹んでしまう。


 そのあともマリアンさんは


「我のモルモットには変わりないのだから、我からすれば、おまえの名前なんてこれっぽっちも興味がないのだわね!」


 なんて不満気たっぷりに追い討ちをかけてくる。


 そんなマリアンさんの発言に、しょんぼりとしていると、さすがに言いすぎたと思ったのか、フォローするように


「でも可哀想だから、おまえのことを名前で呼んであげても良いのだわね!」


 なんて、これがいわゆるツンデレ? というものなのか解らないけど、マリアンさんは渋々。という感じで、僕の名前を〔モルモット〕ではなく、リーウィンと呼んでくれると、かなり上からな態度で言ったあと、感謝しろと続けた。


 そんなたわいもない会話? をしていると、あっという間に時間は過ぎ、いつの間にか血が抜き終わっていて、危うく逆流しかけたのはうん……まぁ……驚いた。というより恐怖すぎたよね……。


 感覚的には無言の間が一時間以上あり、そこから数分、会話をした気がする。


 だけど、十数分程度しか経っていなかったから、時間も判らない中で、静観した環境は、拷問かなにかに近いのかもしれない。と僕は思った。


「この血を三日三晩、特殊な水につけ、血に混じる、魂力を高める儀式をする必要があるのだわね。

 だから、やむを得ない事情がない限り、四日後。

 絶対に引取りに来いなのだわね! やむを得ない事情があれば、仕方ないけど、面倒臭い手続きをして、おまえの元に送り届けてあげるのだわね」


 マリアンさんは、自分で取りに来いという強い圧をだしながら、魂を守護するモノツカイマの説明を軽くしてくれた。


 そのあとは、今日やることはもうないからと、特殊な水とは? なんかの質問をする前に、魂を守護するモノツカイマ間から強制的に追い出されてしまった。


 僕は急に追い出されて、困惑していたけど、閉まる扉を無理やり押さえ、マリアンさんに


「最短で引取りに行きます!」


 と笑顔で伝えた。


 するとマリアンさんは、


「当たり前なのだわね!」


 と、ぶっきらぼうに答え、僕の手を扉から剥がし、中へ消えていく。


 ようやく今日の用事が終わった! 朝から教会に来ていたはずなのに、色んなことがあったからか、空はすっかり夕暮れに変わっている。


「早く帰らなきゃ」


 僕は、母さんから今朝言われた言葉を思い出し呟いたあと、教会をあとにした。

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