14話-気の強いストーカー-

 えっ、なに? そんな不安を抱え、キョトンとする僕とは対照的に、カルマンはかなり警戒しているみたい。


 カルマンこの人はなにを警戒しているんだろ? そう思っていると教会内だというに、遠目から土煙が勢いよくこちらに向かってきている。


「ねぇ、どう──フゴッ」


 僕はどうして室内で土煙が? そう聞こうとしただけなのに、カルマンはうるさい。そう言いたげに、僕を窒息死させる勢いで口を塞ぐ。


 その視線は僕なんて眼中にない。そう言いたげで、土煙を訝しげるような態度で睨みつけていた。


「ご主人様〜! ようやく見つけました!」


 その土煙を人間が発していると認識できた頃。可愛らしい声と共に、ピンクの長髪をツインテールにした、オッドアイの童女? が姿を現す。


「ゲッ」


 その童女を認識した瞬間、カルマンは眉間に皺を寄せる。


 そして、えっ、なに? と、現状を理解できていない僕と目が合った瞬間、これだ。そう閃いた様子で、


「すまん。この礼はまたしてやる」


 そう一言、僕の襟ぐらを掴む手にこれでもかと力を込め、そして投擲とうてきのように童女へと投げ飛ばす。


「えっ? え、ちょ、ちょっと待って〜!?」


 なにが? そう思った時には、体が重力を無視するようにふわりと浮かび、かなりの勢いで童女の元へ。


 こんな勢いのまま童女にぶつかれば、怪我させちゃう! 僕はとっさに威力を殺そうとした。


 だけどなんの戦闘訓練もしていない僕には到底、無理な話。考えれば直ぐに判るよね。


 ダメ、ぶつかる! そう思いギュッと目を瞑った瞬間、パチーンッと僕の頬にヒリついた痛みが走る。


 その痛みと同時に顔も自然と横へ。そして勢いは殺され、僕は童女にぶつかる。という最悪の事態を回避した。


 だけど、床に思いっきり胸部きょうぶを強打する羽目に……。


「いてててっ──」


 どうやら僕は平手打ちされたらしい。かなりの威力で叩かれたから、多分、赤く染った手形が、痛々しげに残っていると思う。


「なにすんのよ、この変態!」


 僕が片目を開けながら、ヒリついた痛みを残す頬と、強打した胸部をさすっていると、童女はカルマンに怒るんじゃなく、なぜか被害者の僕に怒気を強めた。


「えっと……」


 どうして僕、怒られているの? そう思いながら思考を停止していると、


「あーーっ! あんたのせいで、ようやく見つけたご主人様に逃げられたじゃない!」


 キョロキョロと辺りを見渡し、誰かの存在が消えたことを理解した童女は、凄い剣幕で僕に詰め寄る。


「いや、えっと──。話が見えてこないんだけど、ご主人様って誰?」


「ご主人様はご主人様よ! あんたのせいで、ご主人様から逃げられたんだけど、どう落とし前つけてくれんの?」


 童女は可愛らしい見た目とは裏腹に、かなり気が強いらしい。可愛らしい顔が台なしになるくらい、眉間に皺を寄せ、威圧的な態度で僕の胸ぐらを掴む。


「いや、どう落とし前つけるのかって言われても……僕も被害者だし……えっと──」


 なんか怒ってるけど僕、被害者だよ? そんなことを考えながらも僕は、童女を刺激しないように苦笑いを浮かべ、視線をあちらこちらに飛ばしていると、


「なに被害者面してんの? これはあんたの責任なのよ!?」


 童女は、僕の話に耳を傾ける気なんてさらさらないらしく……。全く理解していない僕を一方的に責め立て続けた。


「はぁ……一先ず、そのご主人様? を探すのに協力するよ」


 数分後、童女の怒りは収まらず、僕は溜め息混じりに、服なんかに付いた塵や、埃を払い落とし立ち上がる。


 そんな僕の提案に童女は、そのまま逃げるつもりだったの? そう瞳で訴えかけ、


「当たり前よ!」


 なんて言いながら、問答無用で僕を連れ回した。


 まず初めに、不自然に開いた窓の外を確認する。


 窓からの景色はそこそこ良くて、教会からナダイムの街を一望できる造りになっているらしい。


 だけど肝心のご主人様とやらは見当たらない。せいぜい、ふわりと黒い花弁かべんが舞い込んできたぐらいで、人っ子一人存在しなかった。


 が、直ぐに諦めてくれる訳もなく。僕は、童女が諦めるまで付き合うほかなさそうだ、なんて腹を括る。


 そんな童女に言われるがまま、あちらこちらへと連れ回されて実感したんだけど、教会内は本当に広くて、ナダイムの街を落とし込んだように活気づいていた。


 神託を授かりに来る人や、祈りを捧げている人々。産まれたばかりの赤ちゃんを胸に抱き、報告している人や、賛美歌を習いに来た人。本当に沢山、沢山の人で溢れかえっていた。


 そんな人々を横目に、僕たちが最後に訪れたのは教会の屋根上。


「こんなところに来ていいの?」


 屋根上に続く梯子はしごを二人一緒に。なんてそんな広さはない。


 童女の代わりに僕が梯子にのぼり、人一人が抜け出せるくらいの小窓から、顔を覗かせる。


 心地よい風が僕の顔を撫でる。


 そんな風に癒されながらも、僕はここに来た理由を思い出し、辺りを見渡した。


 だけど人影なんてどこにもなく、死角になりそうな場所も特にない。


「バレなきゃ問題ないわ!」


 そんな僕の質問に童女は、かなり間を開けたあと、バレれば怒られる。そう言いたげな声色で返してきた。


「いや、バレたらどうするのさ! 僕、一般人だよっ!?」


「そんなの、アリエルが知ったこっちゃないわ!」


「えぇ……」


「で、ご主人様は?」


「あっ、えっと……誰もいないかな? もう教会内には居ないんじゃ……? それに僕、魂の使命こん願者ドナー登録しなきゃだから、もう今日は勘弁してくれないかな?」


 僕は諦めも肝心だよ。そう促し、自身が教会へ訪れた理由を告げる。


「あっそ。仕方ないから今日は見逃してあげる。でも、これは貸しだから!」


 童女はそんな僕に感謝をするどころか、この貸しは絶対に返せ。そう文句を垂れ、梯子から降りる僕を他所に背を向ける。


「あっ! ちょっと待って!」


 だけどそこで気づいた。僕は、魂の使命こん願者ドナー登録の部屋までどうやって行くか知らない。


「えっと……。魂の使命こん願者ドナー登録の部屋に連れて行ってくれないかな……?」


 きっと無理だと理解しながらも僕は、貼り付けた笑みで童女に頼んでみた。


「はぁ〜!? どうしてアリエルが!?」


 だけど僕の予想通り童女──、改めアリエルは、目を大きく見開きながら、絶対に嫌! そう言いた気に、剣幕な顔つきへと変えていく。


「あっ、ほら! またきみの言うご主人様を見つけたら、報告するから! ね?」


 僕は、無理に押し出したような笑みを浮かべ、童女に頼み込み続けた。


「はぁ──。仕っ方ないわね! 今回だけよ? あと、今日中に! ご主人様を見つけて絶対! みつけたらアリエルに教えて!」


 そんなやり取りを数度、繰り返し、アリエルは根負けしたように大きく息を吐く。そして、かなり不満気な態度を見せながらも、僕を魂の使命こん願者ドナー登録の部屋まで案内してくれた。


「ねぇ、ところでアリエルちゃん? が言う、ご主人様って誰のことなの?」


 その道中、僕はアリエルの言うご主人様が誰なのかを確認した。


 確認しないことには、ご主人様と呼ばれる特定の誰かを見つけることなんて不可能だし!


「はぁ? あんた間抜け? ずっと楽しそうに話してたじゃない!」


「えっと……カルマンのこと?」


 楽しそうに話をしていた? 今日、僕が話をしたのは、アリエルを除き、ケルヴィムにセラフィム。それから……カルマンくらいだよね? でも楽しそうに話はしていない。誰のこと? 一瞬そう思ったけど、カルマンの嫌そうな表情を思い出し、ピンと来た。


 というか、今まで気づかなかった僕もどうかしていると思う、うん。


「はぁ〜!? あんた、なに様のつもりなわけ? どーしてご主人様のことを呼び捨てにしてるのよ!」


 だけど、カルマンのことを呼び捨てにするのはダメだったらしい。アリエルはかなり不満をはらんだ声色で


「次、ご主人様を呼び捨てにすれば殺すから」


 なんて、物騒なことを言い始める。


 そんなアリエルに墓穴を掘るのが怖すぎて、僕は一言も喋らずに、登録の部屋へと戻った。


「ありがとう」


「べっつに! これは取引! ご主人様を見つけたら、絶対アリエルを呼んでよね!」


 アリエルは僕のお礼に対し、かなり冷めた態度を貫き、取引を忘れるなと釘を刺す。そのあとは、一度も振り返ることなくどこかへ行ってしまった。


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