5話-気の強いストーカー-

 えっ、なに? そう思いキョトンとしていたけど、カルマンはかなり警戒している。


 この人はなにを警戒しているんだろ? そう思っていると教会内だというに、遠目から土煙が勢いよくこちらに向かってきていることが判った。


「ねぇ、どう──フゴッ」


 僕はどうして室内で土煙が? そう聞こうとしただけなのに、カルマンはうるさい。そう言いたげに、僕を窒息死させる勢いで口を塞ぐ。


 その視線は僕なんて眼中にない。そう言いたげで、土煙を訝しげるような態度で睨みつけていた。


「ご主人様〜! ようやく見つけました!」


 その土煙を人間が発していると認識できた頃。可愛らしい声と共に、ピンクの長髪をツインテールにした、オッドアイの童女? が姿を現す。


「ゲッ」


 その童女を認識した瞬間、カルマンは眉間に皺を寄せる。


 そして、えっ、なに? と、現状を理解できていない僕と目が合った瞬間、一瞬これだ。そう閃いた様子で、


「すまん。この礼はまたしてやる」


 そう一言、僕の襟ぐらを掴む手にこれでもかと力を込め、そして投擲とうてきのように童女へと投げ飛ばす。


「えっ? え、ちょ、ちょっと待って〜!?」


 なにが? そう思った時には体が重力を無視するように、ふわりと浮かび、かなりの勢いで童女の元へ。


 こんな勢いのまま童女にぶつかれば、相手が怪我をする! 僕はとっさに威力を殺そうとした。


 だけどなんの戦闘訓練もしていない僕には到底、無理な話だった。


 ダメ、ぶつかる! そう思いギュッと目を瞑った瞬間、パチーンッと僕の頬にヒリついた痛みが走った。


 その痛みと同時に顔も自然と横を向く。そして勢いは殺され、僕は童女にぶつかる。という最悪の事態を回避した。


 だけど、床に思いっきり胸部きょうぶを強打する羽目に……。


「いてててっ──」


 どうやら僕は平手打ちされたらしい。かなりの威力で叩かれたから、多分、赤く染った手形が、痛々しげに残っていると思う。


「なにすんのよ、この変態!」


 僕が片目を開けながら、ヒリついた痛みを残す頬と、強打した胸部をさすっていると、童女はカルマンに怒るのではなく、なぜか被害者の僕に怒気を強めた。


「えっと……」


 どうして僕、怒られているの? そう思いながら思考を停止していると、


「あーーっ! あんたのせいで、ようやく見つけたご主人様に逃げられたじゃない!」


 キョロキョロと辺りを見渡し、誰かの存在が消えたことを理解した童女は、凄い剣幕で僕に詰め寄る。


「いや、えっと──。話が見えてこないんだけど、ご主人様って誰?」


「ご主人様はご主人様よ! あんたのせいで、ご主人様から逃げられたんだけど、どう落とし前つけてくれんの?」


 童女は可愛らしい見た目とは裏腹に、かなり気が強いらしい。可愛らしい顔が台なしになるくらい、眉間に皺を寄せ、威圧的な態度で僕の胸ぐらを掴んだ。


「いや、どう落とし前つけるのかって言われても……僕も被害者だし……えっと……」


 僕は苦笑しながらも、童女を刺激しないように努めた。


「なに被害者面してんの? これはあんたの責任なのよ!?」


 だけど童女は、僕の話にちっとも耳を傾けてくれず……全く理解していない僕を一方的に責め立て続けた。


「はぁ……一先ず、そのご主人様? を探すのに協力するよ」


 数分後、童女の怒りは収まることを知らず……。


 僕は溜め息混じりに、服なんかに付いた塵や、埃を払い落とし立ち上がる。


「当たり前よ!」


 だけど童女は逆に、そのまま逃げるつもりだったの? そう言いたげに、問答無用で僕を連れ回した。


 まず初めに、不自然に開いた窓の外を確認した。


 だけど、ふわりと黒い花弁かべんが舞い込んできたぐらいで、人の姿は確認できなかった。


 が、直ぐに諦めてくれる訳もなく。僕は、童女が諦めるまで付き合うほかなさそうだ、なんて腹を括る。


 そんな童女に言われるがまま、あちらこちらと連れ回されて実感したんだけど、教会内は本当に広くて、ナダイムの街を落とし込んだように活気づいていた。


 神託を授かりに来る人や、祈りを捧げている人々。産まれたばかりの赤ちゃんを胸に抱き、報告している人や、賛美歌を習いに来た人。本当に沢山、沢山の人で溢れかえっていた。


 そんな人々を横目に、僕たちが最後に訪れたのは教会の屋根上。


「こんなところに来ていいの?」


 屋根上に続く梯子はしごを二人一緒に。なんてそんな広さはない。


 童女の代わりに僕が梯子をのぼり、人一人が抜け出せるくらいの小窓から、顔を覗かせる。


 心地よい風が僕の顔を撫でる。


 そんな風に癒されながらも、僕はここに来た理由を思い出し、辺りを見渡した。


 だけど人影なんてどこにもなく、死角になりそうな場所も特にない。


「バレなきゃ問題ないわ!」


 そんな僕の質問に童女は、かなり間を開けたあと、バレれば怒られる。そう言いたげな声色で返してきた。


「いや、バレたらどうするのさ! 僕、一般人だよっ!?」


「そんなの、アリエルが知ったこっちゃないわ!」


「えぇ……」


「で、ご主人様は?」


「あっ、えっと……誰もいないかな? もう教会内には居ないんじゃ……? それに僕、魂の使命こん願者ドナー登録しなきゃだから、もう今日は勘弁してくれないかな?」


 僕は諦めも肝心だよ。そう促し、自身が教会へ訪れた理由を告げる。


「あっそ。仕方ないから今日は見逃してあげる。でも、これは貸しだから!」


 童女はそんな僕に感謝をするどころか、この貸しは絶対に返せ。そう文句を垂れ、梯子から降りる僕を他所に背を向ける。


「あっ! ちょっと待って!」


 だけどそこで気づいた。僕は、魂の使命こん願者ドナー登録の部屋までどうやって行くか知らない。


「えっと……。魂の使命こん願者ドナー登録の部屋に連れて行ってくれないかな……?」


 きっと無理だと理解しながらも僕は、貼り付けた笑みで童女に頼んでみた。


「はぁ〜!? どうしてアリエルが!?」


 僕の予想通り童女──改めてアリエルは、目を大きく見開きながら、絶対に嫌! そう言いた気に、剣幕な顔つきへと変えていく。


「あっ、ほら! またきみの言うご主人様を見つけたら、報告するから! ね?」


 僕は無理やり押し出したような笑みを浮かべ、童女に頼み込み続けた。


「はぁ──。仕っ方ないわね! 今回だけよ? あと、今日中に! ご主人様を見つけて絶対! みつけたらアリエルに教えて!」


 そんなやり取りを数度、行っていると、アリエルは根負けしたように大きく息を吐き、僕を魂の使命こん願者ドナー登録の部屋まで案内してくれた。


「ねぇ、ところでアリエルちゃん? が言う、ご主人様って誰のことなの?」


 その道中、僕はアリエルの言うご主人様が誰なのかを確認した。


 確認しないことには、ご主人様と呼ばれる特定の誰かを見つけることなんて不可能だし。


「はぁ? あんた間抜け? ずっと楽しそうに話してたじゃない!」


「えっと……カルマンのこと?」


 楽しそうに話をしていた? 今日、僕が話をしたのは、アリエルを除き、ケルヴィムにセラフィム。それから……カルマンくらいだよね? でも楽しそうに話はしていない。誰のこと? 一瞬そう思ったけど、カルマンの嫌そうな表情を思い出し、ピンと来た。


 というか、今まで気づかなかった僕もどうかしていると思う、うん。


「はぁ〜!? あんた、なに様のつもりなわけ? どーしてご主人様のことを呼び捨てにしてるのよ!」


 だけど、カルマンのことを呼び捨てにするのはダメだったらしい。アリエルはかなり不満をはらんだ声色で


「次、ご主人様を呼び捨てにすれば殺すから」


 なんて、物騒なことを言い始める。


 そんなアリエルに墓穴を掘るのが怖すぎて、僕は一言も喋らずに、登録の部屋へと戻った。


「ありがとう」


「べっつに! これは取引! ご主人様を見つけたら、絶対アリエルを呼んでよね!」


 アリエルは僕のお礼に対し、かなり冷めた態度を貫き、取引を忘れるなと釘を刺す。そのあとは、一度も振り返ることなくどこかへ行ってしまった。


「記入が終わりました」


 僕は、魂の色を記入欄に書いたあと、気だるげなセラフィムに書類を渡した。


「じゃあ、そこでちょっとまってて。えっと──」


 セラフィムはなにかを探しながら、四人掛けの波形に近いソファーで、座って待つように。と顎で指示を出す。


 なんだかな〜。思っちゃダメなことだと思うけど、やっぱりこの人、ハズレなんじゃ? なんて、そのセラフィムに不快感を抱きながら、ソファーに腰掛けた。

 

 だけど静寂な空間にいるせいか、待ち時間がとても長く感じる……。


 やることないな〜。なんて考えていると、ふとカルマンが言ったの魂が、本当に存在するのか? そんな疑問が浮かび上がってきた。


 魂は確か──。カラフルな単色が多くて、白や黒、複数の色が混ざった色は無に等しいが存在する。と聞いたことがある。だけど、無色透明の魂なんて、一度も聞いたことがない。そもそも透明ってことは、他の色を重ねてしまうと、消えちゃうわけだし……。うーん。


『おまえの魂はもろい』

 

 そんな思考の滑車をグルグル回していると、カルマンの放った言葉が脳内で再生される。


 そういえばカルマンあのひと変な人だったよね。いや変な人っていうか……ムカつくような感じだった。


 カルマンのことを思い出したと同時に、〔無色透明の魂〕なんて、急にどうでも良くなりはじめた。


 どうして僕は、初対面のカルマンに魂が脆いだとか、モルモットにされる。だとか言われたんだろ? もしかして、初対面じゃないとか……? いや……。あんな冷めた目の人に、一度でも会ったことがあれば、早々に忘れるわけがないよね? うーん……。


 だけど考えれば考えるほど、ふつふつと怒りが湧き上がってくる。どうして僕は、あんな人のことを考えているんだろう? そんな疑問が出てきたと同時に、急にズキッと頭を刺すような痛みが僕を襲い始めた。


 こんな時に頭痛だなんて……。風邪でも引いたのかな? そう思いながらつき詰めることを辞めようとした。


 だけど、もう会うことはない。そう思っても、また会う。そんな予感がばく然と、僕の脳裏に浮かび、治まらない頭痛と共に波紋を描き続けた。


「リーウィン・ヴァンデルング。魂の使命こん願者ドナーの、書類登録が終わったから取りに来て。次にすることだけど、三階に魂を守護するモノツカイマの間があるから、そこで契約してきて」


 頭痛に苦しんでいると、セラフィムが無愛想に僕の名前を呼ぶ。


 このセラフィムは最後まで、気だるそうな態度を貫いていたな。そんな呆れは関心へと変わっていく。


 まぁ、もう関わることもないだろうし。僕はそう考えながら、魂の使命こん願者ドナー仮登録カードと要請ブック、魂を守護するモノツカイマと契約するために必要な書類を受け取った。


 そのあと、もう用事はないから。そう思い、部屋をあとにしようとした。


「あっ、そうそう。魂を守護するモノツカイマを創るには、血が必要らしいから」


 魂を導く者セイトは思い出した様にそう言ったあと、シッシッと僕のことを邪険にする。


 そして大きな欠伸をしながら、椅子の背もたれにドデーンと全体重を預け、だらけ始めた。


 はぁ──。ほんとこの魂を導く者セイトはなんというか……。ぐうたら? うーん、なんか違う……なんだろう。ぽんこつ……。あっー、聖職者もどき! そうだ! 聖職者もどきだ! なんであんな人が、魂を導く者セイトになったんだろう? そんな疑問を持ったけど、まぁ気にするだけ無意味か──。


 そう気を取り直し僕は、魂の使命こん願者登録の部屋この場をあとにした。

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