12話-教会へ-
「赤き月がリクカルトに現れた時、モルストリアナが再びこの地で、命を取り戻すでしょう」
教会へ向かっている道中、今日はヌワトルフ神父の演説日だったらしい。白く伸びた髭を綺麗に整えた老父が、そう熱心に訴えかけていた。
モルストリアナの再来。それは、古い文献に記された一説だ。
確か──。
〔悪魔に魅入られ
そう記されていた気が……? だけど赤き月なんて誰も見たことがない。だからなのかな? みんなあまり気にしてないみたい。ヌワトルフ神父の話を真剣に聞いてるのは、彼を信じてる信者さんたちだけだね!
まぁそういう僕も、あんまり関係ないかな〜って思ってるんだけど、たまに政策関連の重要なことを言っているらしいから、聞き逃すとちょっと大変なことになるんだけど……。
でもね、リクカルトは宗教国家だからヌワトルフ神父の演説ってほとんどが宗教関連なんだよね。
神々の存在はリクカルトにとって、とても大切なものなんだけど、正直、神父の話ってどこか胡散臭くて僕の心にはあまり響かないんだよね。
まっ、なかなかお目にかかれない人らしいから、見れたのはラッキーだったかもっ!?
教会が開いてない! なのになぜか長蛇の列!? えっ、どうして? そう訝しげていると、
ヒヒーンッ! パカラッパカラッ──
僕の存在が見えていなかったのかな? 急いだ様子の馬車が僕の前で急ブレーキをかけ、鹿毛馬が驚いたように立ち上がる。
そんな馬を宥めながらも
「ここは馬道だ! 次、馬道に突っ立ってたら轢き殺すからなクソガキ!」
そんな罵倒を浴びせたあと、馬に鞭を入れ再び走り去る。
「ひゃっ──。馬道とか知らないし! なら馬道って判る様な立て札でも掲げといてよ!」
そんな文句を言っていると、僕を見ていた卵売りのおばさんが、
「あんた、ナダイムには初めてきたのかい?」
困惑した表情で僕に声をかけてきた。
「えっと……幼い頃に何度か……」
「見た感じ、十三歳から十五歳くらいかい? もうすぐ成人になるんだろ? ここは馬車が良く往来するんだから、あの看板をちゃんと覚えておくんだよ」
おばさんは僕が今日、成人になったとは毛頭思わなかったんだと思う。かなり失礼なことを口にしながらも、消えかかった馬の様なイラストが描かれた看板を指さし、僕に注意を促す。
「あっ、えっと……すみませんでした……」
僕は十六だよ! そう言いたい気持ちはあっても、そんな勇気は持ち合わせていない。僕はモヤモヤを募らせながらも無難に謝罪し、おばさんから逃げるように離れ、再度、長蛇の列に目を向ける。
はぁ──。そういえば、フォルトゥナ教会は、他の教会と違って、朝の十時から夕方の十八時までしか一般開放されないんだっけ? なんかそんなことを母さんが言ってた気が……。
その理由は確か……。メテオリットっていう謎の生命体が関わってるからって説明された気が……。だけど、その『メテオリット』のことは、誰も知らないんだよね。
知られているのは、『人間が生まれるずっと昔から存在し、世界を
姿形も判っていないし、その正体がなんなのかも未だに解明されていない。なんというか都市伝説に近いモノなんだと思う。
あっ! でも、それに似た存在で知られているモノはいるんだよ? メテオリットの
でも、メテオリットと欠片は別物って話もあるし……。
そんなことを考えながらも、僕は教会の屋根近くの大時計をチラリ。秒針は九時四十五分を指していた。
まだ十五分もあるのか〜、暇だな〜。そんな不満を内に漏らしながら、僕は列に並び街の様子をぼんやりと観察する。
「今日はなにしにこちらへ?」
「今日はひと月に一度、クトロケシス様へ祈りを捧げる日なのです。あなたは?」
「私は妹が子供を授かるので、その申請に──」
ボーッと往来する人々や、露店の客引きを眺めていると、そんな会話が耳に入ってきた。そういえば、公的業務も教会が担ってるとか言ってたっけ。
だけど、誰もそんな僕に共感してくれる人なんていなくて。ナダイムの住人たちは、長蛇の列に驚く素振りも見せず、馬車や人力車が忙しなく往来し、道端に並ぶ露店の客引きなんかで活気を増し続ける。
きっと
ゴーンッ──。ゴーンッ──。
そんなことを考えながらぼんやりと街の様子を観察していると、十時を報せる鐘の音が鳴り響く。それを合図に教会の門が開き、瞬く間に人々が濁流のように中へと押し寄せていく。
「わっ! わっ!」と焦りながらも、僕はその流れに巻き込まれ、あっという間にもみくちゃにされながら中へ──。
「はぁ──、はぁ──。死ぬかと思った……」
死にものぐるいでそんな人の波から抜け出し、壁に手をつきながら必死に息を整え辺りを見渡していると、教会内は人、人、人で埋め尽くされている。うわぁ、こんなに人が……。圧倒されて、少し気持ち悪い……。そんなことを思っていると、
「貴様! 怪しい動きをしているな!」
突然、ケルヴィムと思われる
「えっ!? ちょ、ちょっと待ってください! 僕はただ……
視線が定まらないまま、なんとか事情を説明しようとする僕だけど、ケルヴィムの鋭い視線に完全に飲まれちゃって……。どうして僕がこんな目に!? そう困惑を覚えながら必死に説明する。
「ほう? そんなちんちくりんな容姿をしておいて、成人だと? 笑わせるな! ここは遊び場じゃないんだぞ! 本当に成人だと言うなら、証拠を見せてみろ!」
だけどケルヴィムは、僕の言葉を信じるつもりなんてないみたい。余計に詰め寄り問答無用でどこかへ連れて行こうとする。
多分ケルヴィムの目には、僕は完全に子供か不審者にしか見えてないんだと思う。
いやいや、ちょっと待って!? 本当に僕、悪いことしてないから! なんでこんなに疑われてるんだろう……。僕は混乱や焦り、怒りを覚えながらも震える手でカバンを開け、
「僕はれっきとした大人です! ほら、これが証拠です!」
語気を強め、勢いよく成人の証をケルヴィムに突き出した。
そんな僕を見たケルヴィムは、一瞬、目をぱちくりとさせながらも成人の証を受け取り、まるで偽物だと疑ってかかるようにじっくりと確認し始める。
なんなんだこの
まあ、当たり前のように直ぐには解放して貰えなくて……。なんとか疑いを晴らし終えた僕は、別のケルヴィムに導かれながら
ケルヴィムは、登録の部屋に着くや否や、
「こちらが
なんて要件だけを冷たく言い放ち、謝罪もないまま背を向けて去って行く。
「えっ、あっ、ありがとうございます……」
僕はそんなケルヴィムに、思わずお礼を口にしてしまったけど、その背中に向けて抱いたのは不快感のみ。
だけどこの場で文句を言ったりすれば、さらに厄介なことになる! 僕はそう判断し、静かに不満を飲み込んだあと、扉を潜り、
「こんにちは、
眉尻を下げて困惑を覚えてしまった。
だって部屋に入った瞬間、僕の目に飛び込んできたのは、まるでやる気のない
えぇ……この人、本当に
そんな苦言を思わず心の中で呟いてしまう。
だけど、正式な手続きのはず! いや、そうじゃなかったらほんと、来た意味なくなるからね!? そう信じて僕は腹を括った。
「えっ、なに?」
「えっと、
「えっ、
「あっ、えっとはい、まぁ……そうですね?」
まるで寝ぼけているようなやりとりが続く中、セラフィムと思われる
「はぁ──、面倒くさ」
そんな小言を投げ捨てるように呟いたかと思うと、指を揃え前後に動かしながら、
「ん」
と一言、なにかを要求するような態度を見せる。
ん? この人はなにを言いたいんだろ? えっ、もしかして
「えっ?
そんな疑問を口にした。
だけど、そんな僕の疑問に満ちた質問に、セラフィムはさらにイライラした表情を浮かべ、
「は? 成人の証。早く見せて」
まるで僕がなにも解っていない愚か者であるかのような冷ややかな態度で、そう要求を口にする。
「あっ……」
僕はようやく理解し、苛立ちを覚えつつも言われた通りに成人の証を差し出した。
「あ〜、枠はまだ空いてるみたいだね。えーっと──」
セラフィムは、形式的なチェックを済ませると、気だるそうに立ち上がり、なにかを探し始める。
その態度は、仕事すること自体が苦痛であるかのように……。
「はい、これ書いて。で、書けたら持ってきて」
セラフィムは一枚の記入用紙とペンを投げるようにして僕に渡す。その無愛想な態度に僕は、もうヤダ! なんなのこの人! そんな泣き言を心の中で叫びながらも仕方なく用紙を確認し、
「あっ、えっと……魂の色ってなんですか?」
聞き馴染みのない
そんな僕の質問を聞くや否や、セラフィムはまるで呆れたように大きな溜め息をつき、
「はぁ──。
そう言い、まるで指示するのも億劫だとでも言いたげに顎で方向を示し、
「そこの角を曲がったところにフォビラスがいるから、聞いてきて」
面倒臭さを吐き出すような口調で僕に指示を出した。
そのあまりにも不親切な態度に、僕はモヤモヤとした不快感を覚えながらも、反論することはせず、黙って『魂の色』以外の項目を記入し、不満を抱えつつもフォビラスがいると教わった場所へと向かった──。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます