11話-母さんの反対-


「天より愛されし全ての動植物に最大の敬意を。リクカルトを見守る、クトロケシス様に感謝と愛を」


 食前の祈りを終え、いざ食事だ! 目の前の料理に僕は目を輝かせ、躊躇うことなくカリッシュの腸詰を口に運ぶ。


 うん! やっぱりカリッシュの腸詰めって最高だよね! 口の中でパリッとした皮が割れると同時に、ジュワ〜と旨味成分が凝縮された肉汁が溢れ、自然と笑顔が零れてしまう。


 そんな僕とは裏腹に、母さんは目の前の料理に手をつけず、下を向いたままなにか言いたげに黙り込んでいる。


 どうしたんだろ? そんな心配をしながらも僕は、二本目の腸詰めを口に含む。


 すると、意を決した様子で母さんは、


「リーウィンちゃん。最後の確認になるのだけど……」


 そう、躊躇いがちに不安げな声をポツリと零した。


 そんな母さんの態度に、僕はなにを言いたいのか? 多分、『魂の使命こん願者ドナー』の件か……。そう理解した。


 だけど、聞きたくないな……。そんな不安な気持ちから、あえて首を斜めに解らないフリをし、


「どーひたの?」


 そう聞いたあと、口に残っていた腸詰めを丸呑みにした。


「あんまりこういった話は良くないって解っているのだけど……。やっぱり、魂の使命こん願者ドナーになりたいの?」


 母さんは慎重に言葉を選ぶように、声を震わせながら拳をギュッと握り、目を伏せる。


「どうして……?」


 そこには僕の気持ちを尊重したいという考えと、母親として辞めさせたい。という葛藤があるように思えた。


 だけどまだまだ未熟な僕は、そんな母さんの気持ちを察しながらも、あえて解らないフリを続ける。


「だって、魂の使命こん願者ドナーは危険だって言うじゃない?」


 母さんの言いたいとすることも、心配する気持ち良く解る。僕だってそのリスクを解った上で、魂の使命こん願者ドナーになりたいと思ってる。


 そりゃあ、魂の使命こん願者ドナーになってなにをしたいのか? とか、どうしてなりたいの? って聞かれても、残念ながらその理由までは覚えていない。


 薄らと僕の中にある記憶では、誰かに『おまえは魂の使命こん願者ドナーになれ』そう言われたことくらいで……。


 いつからか、ばく然と魂の使命こん願者ドナーへの憧れを持ち、夢見るようになっていた。


 だから、『絶対』になる! ならなきゃいけないんだ! という使命感は特にない。ただ、魂の使命こん願者ドナーにならなきゃなにも始まらない。そんな予感めいた気持ちがずっと僕の中にあるだけ。


 僕はどう答えるべきか判らず、口をモゴモゴさせながら黙っていると、


魂の使命こん願者ドナーになって、もし成れの果てになってしまったら……?」


 母さんはそんな僕に呆れを覚えたのか、現実を突きつけるように、魂の使命こん願者ドナーのリスクを話し始めた。


「母さんが心配する気持ち、解るよ……。魂の使命こん願者ドナーになって起こり得るリスクだって理解しているつもり。でも……」


 ちゃんと自分の気持ちを打ち明けなきゃ、ずっと追求してくる。そう理解してもまだ、僕は腹を決めきれず、言葉を濁す。


 僕が住むリクカルトという国には、魂の使命こん願者ドナーという独自の制度がある。


 ソレは『魂を遣う者シシャ』という、教会関係者に魂を貸し出すというモノ。


 まぁリスクもあるよね。どんな仕事にだって付きものなんだし、魂の使命こん願者ドナーだけはありません! なんて、そんな虫のいい話があるわけない。


 普通、人間の魂は、生きているだけで気枯けがれが溜まって行く。その気枯れは、神に祈りを捧げたり、教会でみそぎを行わないと癒すことができないと言われている。


 だけど、魂の使命こん願者ドナーは見ず知らずの第三者に魂を貸し出すから、通常より気枯れの進行が速いとされている。浄化したところで限界があって、限界値に達すると不治の病や、成れの果て・・・・という存在に堕ちるとされている。


 諸説あるけど、成れの果てになると自我を失い、生きた・・・人間を襲う人ならざるモノ説が一般的かな? そして皮肉なことに、成れの果てになってしまった人は、魂を遣う者シシャに討伐されることになるらしい・・・


 ほかにも、魂の使命こん願者ドナーになりたいなんて口にする家族がいれば、半殺しにしてでも止める。なんて反対する家庭もあったとか……。


 まぁそんなリスクを伴う制度だからか、魂を使用された・されなかった関係なく、毎月三十万セクトという大金があてがわれるんだけど……。


 だけど母さんは、そんな大金に目を眩ませるほど最低な人間じゃない。だからこそ、僕自身、どうして魂の使命こん願者ドナーになりたいのか、ちゃんと説明する必要がある。


 でも、これだ! っていう理由がない。だからどう頑張っても母さんを納得させるなんて無理な話。


 僕は顔を伏せ、口をギュッと閉ざし逃げるという一番、最悪な選択をした。


 そんな態度を見せても母さんは、


「でも……?」


 不安げな声で僕の言葉を待ち続けてくれた。


「どう答えるのが正解か判らない。それに僕の答えは間違っていると思う。だけど、魂の使命こん願者ドナーになりたい! そんなばく然とした憧れだけじゃ……ダメかな?」


 僕は一度、大きく息を吸い吐き出したあと、震える両手を必死に抑え、不安を抱えながら母さんに聞いた。


 だけど、そんな僕の答えを聞いた母さんは、ちゃんとした理由がないなら、ならなくて良いじゃない!? そう言いたげに目を大きく見開き、


「どうして!? どうして解ってくれないの!?」


 怒声に近い声を発しながら勢いよく椅子から立ちあがる。


 その目は、自身の気持ちが伝わらない苛立ち、それから僕が危険な道を選ぼうとすることへの恐怖や不安を抱えているように思えた。


「えっと……ごめんなさい」


 そんな母さんの怒りに、僕は言葉を詰まらせながらも謝罪した。


 だけどそんな僕の謝罪に、母さんは感情を抑えきれなくなったんだとおもう。


 今にも泣きそうな目でキッと僕を睨みつけ、手を振り上げる。


 あっ、これ叩かれる奴だ。僕はそう直感しとっさに目をギュッと瞑り、痛みが訪れるのを待った。


 だけど、時計の秒針がチッチッと刻を刻む音が聴こえるだけで、一向に痛みは訪れない。あれ……? そう思いながらも恐る恐る片目を薄らと開け、僕は母さんを確認した。


 母さんは、今にも泣きそうな表情で唇を噛みながら、必死に理性を保とうと堪えているように思えた。


 そしてそんな僕と目が合うと、


「ごめんなさい……。ついカッとなっちゃって……。ダメな母親ね」


 母さんはそうボソリと零し、振り上げた手を下ろしたあと、気持ちを落ち着かせるためか深呼吸を繰り返す。


 そしてその間、自身の気持ちを整理しているみたいに、時々、首を横に振ったりしてなにかを必死に考えているようだった──。


 そんな時間が延々と続き、ようやく決意したのか母さんは、再度、深呼吸をして一息。


「……フォルトゥナ教会まではそんなに時間は掛からないと思うけど……。十八時までには帰ってくるのよ?  お願いだから、寄り道しちゃダメよ? 母さん、リーウィンちゃんがいないと寂しくて死んじゃうかも〜!」


 なにかを飲み込むような間を開けたあと、普段の様な態度で冗談を交じえ、完ぺきな笑顔を取りつくろう。


「母さん、ありがとう……」


 多分、母さんは納得も理解もできていないと思う。本当は、どうにかして止めたかったはず。だけど自分の気持ちを押さえ、僕の意志を尊重してくれたんだと思う。


 そんな気持ちが、完璧に取り繕った笑顔に見え隠れしている気がして、僕はそう言うほかなかった──。


 ※※ ※ ※※ ※ ※※ ※ ※※ ※ ※※ ※ ※


 そのあと、母さんの努力の甲斐なく、お互い沈黙の中で朝食を再開した。


 本当は、美味しいね! とか普段通りの態度で接すれば、この沈黙から逃げれることを理解していた。だけど母さんへの罪悪感から僕は、その一言さえ発する勇気が持てなかった。


 でもね、いつだってそんな空気を壊してくれるのは母さんで……。


 僕が黙々とご飯を食べながら、ファーストフラッシュを飲んでいた時、なんの脈絡もなく、


「リーウィンちゃん? 全然、喋ってくれないけど、もしかして反抗期かしら? それとも……生理でも来ちゃったのかしら?」


 そんな問題発言を口にした。


「ブホッ──! ゲホッ、ゲホッ……ちょっと待って!? どうして急にそうなるの!? 僕一応、男だよ!? 生理なんて来ないよ!?」


 僕は目を白黒させながらも全力で首を横に振り、変なこと言わないでよ! と語気を強める。


 だけどそんな僕とは裏腹に、母さんは


「あら〜、ごめんなさいね。リーウィンちゃんが全〜然っ、喋ってくれないからそうなのかな? って思っちゃったわ〜」


 なんて、にこやかな笑みを浮かべながらそんな冗談を口にした。


 はぁ──、本当に油断してた。まさかそんな手で来るとは思わなかった。それに、一週間くらい口を利いてもらえない覚悟をしてたんだけど……。まぁでも、母さんのおかげで場の雰囲気が和らいだんだし、これはこれで良いのかな? 僕はそんな複雑な心境を抱えながらも、心の中で母さんに『ありがとう』なんて感謝を呟いたあと、時計に目を向ける。


 母さんとの話し合いなんかで、いつの間にか時刻は八時四十八分を指していた。


 そろそろ、教会に向かわなきゃ。


 あ〜、プレゼントの方は……帰ってきてから開ければ問題ないよね! それよりも……。そんなことを考えながら僕は、教会で必要なモノを再確認する。


 そんな僕を見て、多分、母さんはプレゼントを今、開けないことに気づいてしまったんだと思う。

 

「行く前にプレゼントの中身、確認しないの?」


 そう、開けてほしそうなウルウルとした瞳で母さんは、僕に情で訴えかけてきた。


 だけど残念ながら、そんな時間はない。


「帰ってきたら開けるね!」

 

 僕はそんな母さんを適当にあしらったあと、玄関へ急ぎ足で向かった。


「母さん、行ってきます! あっ、兄さんも行ってくるね!」


 僕はリビングからチラリと顔を覗かせ、


「リーウィンちゃんのいけず……」


 なんて不貞腐れている母さんと、三歳の頃に行方が解らなくなった兄、シルプの写真に向かって挨拶をしたあと、靴を履こうと手を伸ばす。


 その瞬間──


 カタッ


 棚に飾っていた写真立てが、なんの前触れもなく突然、床へ落下した。


「えっ!? あっ、母さんごめん!  もしかすると、写真立てにヒビが入ったかも!?」


 僕は慌てて写真立てを拾い、確認もせず棚に戻したあと、玄関のドアを勢いよく開け外へ飛び出した──。


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