第四話「囚われのものたち」(4/6)
4.
唯斗が目を覚ましたのは、朝の十時頃であった。時計の針が指すところを見て、唯斗は少しだけ驚く。周りを見てみると、ヒメはテレビを見ており、指田はキッチンで皿洗いをしていた。
唯斗は痛む体をなんとか起こす。
「ヒメ……」
「……ユイト、おはよう」
声をかけられて気が付いたヒメが、後ろを振り返って唯斗に少しだけ微笑んだ。
「やっと起きたか、起こそうとしたんだぞ? 唯斗」
水道を止め、タオルで手を拭きながら指田が唯斗に近付いてくる。
「すみません、というか指田さんバイトは?」
「今日は休み」
そう言っている指田だが、本当のところを言えば今日は休みではない。店長に無理を言って、しばらくはバイトを休むことにしたのだ。
「そうですか……」
それを知る由もない唯斗は、安心したように立ち上がろうとする。しかし、体の節々が痛み、立ち上がることはできなかった。それどころか、指田やヒメに慌てたように止められる始末だ。
「まだ動いちゃダメだよ。流石に優菜も骨を折るようなことはしてないけど、それでも怪我はしてるから。本当なら病院に連れて行きたいんだけど……唯斗嫌がるでしょ?」
昔、唯斗は一度だけ大怪我をしたことがあった。その時は入院生活となり、数々のトラウマを植え付けられたのである。その結果、今では病院へ行くことはなくなった。行く時は最低限の必要性で留めている。
「ありがとうございます……」
そもそも病院代関係を支払う金もなく、トラウマが無くても必然的に病院へ行くことは少ない。風邪なども、ドラッグストアで買える薬などでなんとかする。医者に診てもらうことはない。
「お金なら出すんだからね? 行きたかったら言うんだよ?」
指田もそのことは知っているので、いつもそう呼びかけている。
「あはは……ありがとうございます。でも、痛みがあるだけで大丈夫です。それよりヒメ――」
唯斗が呼びかけると、ヒメは体も唯斗の方へと向ける。
「ごめんな、帰って早々こんなことになって」
「ユイトは悪くない。私こそごめんなさい。私のせいで、こんなことになった」
ヒメはしょんぼりとした顔で謝ってくるが、唯斗の方もいやいやこっちの方が――と謝罪合戦が始まる。
「はーいはい、謝罪合戦はいいから。ちょっと早めのお昼ご飯にしましょう」
指田がそう言って止めると、立ち上がって顔を傾けながら微笑む。
「実はヒメちゃんも私も、まだ朝ごはんすら食べてないんだよね」
「え、そうなんですか?」
「起きたのも意外とさっきでね、珍しくヒメちゃんの寝起きがよかったよ。珍しくと言っても、ここで寝かせるのはこれで二回目なんだけどね」
ヒメは何度か頷くと、唯斗は少しだけ笑った。
「だから、今からとびっきり美味しいものを作ります。コンビニ商品を使った、贅沢朝ごはんです」
「コンビニ飯なんだな」
「コンビニ飯です」
腕をたくし上げ、ふふんといった表情の指田に、ヒメのツッコミが合わさる。そんな様子を見て、唯斗はまた小さく笑う。
昨日のことなど忘れさせるように、二人の会話は弾んでいく。唯斗はそんな会話を眺めながら、動くわけにもいかないので、仕方なく布団の上で料理が出来上がるのを待っていることにした。
そうして出来上がったのは、様々なコンビニ食材を使った多種多様の料理であった。前回はコンビニ食材をありのまま使ったものであったが、今回はアレンジに留まらず、原型を留めてすらいない。
「じゅるり」
「ヒメ、待て待て。まだ出来上がってないだろ?」
「しかし、こんなものをテーブルに並べておいてこの欲望を止められるものか」
「おーい、ヒメちゃ〜ん。まだ食べちゃダメだぞ〜運べ〜」
「すまないサシダ、私はもう止められない」
「止まれヒメ〜!」
食らいつこうとするヒメを、唯斗はなんとか押さえようとする。体は痛いが、不思議と動いている。
「も〜何やってんのさ。ほらヒメちゃん、スクランブルエッグも追加してあげるから」
「マジで⁉︎」
どうやら釣り上げて最初に食べたたまごサンドがハマったらしく、スクランブルエッグだけでヒメは素直に動く。
「ははは……そんなに美味かったのか……」
唯斗も頭を軽く掻きながら小さく笑う。そうして続々と料理が現れ、小さなテーブルの上は多種多様な料理によって埋め尽くされていった。
皆あえて昨日のことは話したりしない。ただこの時だけでも、楽しい空間でありたかったからだ。
ヒメが海に帰るまで、今日を含めて残り三日。バイトを入れていたアクアショップには、申し訳ないがしばらく出られなくなったことを電話で伝える。
店長は残念がっていたが、仕方がないと言って、ゆっくり休めよと言葉をかけられた。
唯斗にできることは、今目の前に広がる早めの昼ごはんを沢山食べて、早く体を治すことであった。そして――そして、ヒメにしっかりと別れをする。そう考えたが、今それを考えるのは酷く寂しかったので、今はやめておくことにした。
ヒメと遊ぶためにも、指田や苗島に心配をかけないためにも、今は安静にして体を治す。唯斗がそう考えているといつの間にか昼食の準備が終わっており、三人一緒に手を合わせた。
「いただきます!」
◇◆
――苗島は家に帰った後、指田からの連絡があったことで母親に怒られることはなんとか逃れることができた。
レンジで温め直された晩御飯を食べ終わると、自分の部屋へと戻り、ある計画を考え始めた。それは、前に考えていた海水浴のことであった。
ぼんやりと考えながら、一度布団に入り天井を見上げる。その後、体を横にすると――苗島は考えるのを明日の自分に任せて眠りについた。
――翌朝、朝食を食べた苗島は計画の続きを考え始めた。今すぐそれを実行することは難しいが、唯斗の体が治ったらまずは海水浴に誘ってみようと考えついた。
最初はヒメのことを調べるためにしようとしていたことだが、今は少し違う。その気持ちもありはするが、今はそれよりも唯斗のメンタルケアを考えてのことであった。
「あれだけのことがあったのだ、さぞ唯斗も落ち込んでいるであろう。そこで救世主苗島が、海水浴へと誘う。ビーチへ行くと、そこには美女が水着姿でキャッキャうふふとしている。それを見た唯斗はこう思うであろう! ありがとう苗島、君のおかげで心も息子も元気になった! と――」
メンタルケアではなく、自分の欲望のためであった。
しかし考えていることは唯斗のためでもあり、ふざけた考えではあったが、苗島は本気で計画を進めようとしていた。
そのための布石として、ある兄弟をターゲットにしていた。それは、唯斗とヒメを海水浴へ連れて行くために必要な口実であった。
窓の外を見た苗島は、近くの道路を歩く二人に目をつける。
「ふっふっふっ――」
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