第二話「夏休みの過ごし方計画」(5/5)
5.
――苗島はあの電話の後、唯斗の行動について予測していた。そして辿り着く結論は、やはりヒメを一度海に帰すというものであった。
「それもどうかと思うなぁ」
人気のないところで合流をすればそれは叶うだろうが、生憎とこの町は漁業が盛んである。運が悪ければ港からは見えなくとも、海の上の船からはその姿を目撃されかねない。
唯斗の家であれば匿うことはできるかもしれないが、生活費に難がある。苗島も協力をするつもりではいたが、流石に小遣いやバイト代の範囲になる。それだけで二人の生活を保証ができるかと言えば、それはどう考えてもノーである。苗島には苗島の生活もあるが故に、できるサポートは最低限のものだ。
ならば何ができるだろうか、苗島はできる限りの脳を回転させる。時計の針は午後十時を指そうとしている。
静かな暗い部屋の中で、足を組んで悩み続ける苗島。親友を思う気持ちは、昼の態度とは真反対にも思える。
「そういえば人魚姫伝説って、ここの寺が詳しかったような?」
生活の面も心配だが、人魚姫については調べる価値がある。それは金でもなんでもなく、ただただ夏休みを謳歌するための遊びに近い。
苗島は部屋を出ると、一階の縁側に向かう。両親は寝室で眠っており、この時間はいつも祖父の兵吉じいさんが縁側でゆっくりしていることを苗島は知っていた。
「じっちゃん」
「真司か」
兵吉じいさんの横に来て、苗島は楽な姿勢で座り始める。兵吉じいさんは苗島を見ることもなく、雑木林を見つめている。
兵吉じいさんが漁をやめたのは六〇代の頃で、その日も船の準備をしていた。しかし、そこで事故が起きたことで足に大怪我を負った。後遺症が残り、漁を続けることは難しいと医者に言われてしまったのだ。
それからは兵吉じいさんの息子である、苗島の父に船は託された。それからは縁側で、こうして変わり映えのない外を眺めるだけになってしまった。
歩くことはできるが、昔ほどは歩けない。だからこうして、孫や息子、近所の子どもたちと話すのが彼の密かな楽しみになっていた。
「あそこの寺って、確か人魚姫伝説についての伝承が残ってたよな」
苗島の言う寺とは、海から見て奥の真ん中の山にあるお寺のことであった。そこは古くから人魚を祀っており、この町では夏祭りが開催されるほど有名な場所であった。
「何かあったんか?」
「いや、なんか唐突に気になってさ」
適当に誤魔化しつつ、苗島は情報を聞き出そうとする。しかし兵吉じいさんも何かを察しているようで、タバコを取り出して昼の時のように一本口に咥え、ライターで火をつけた。
「人魚姫伝説なら、そこの寺の住職に聞いたら教えてくれるわ」
「それなら、明日聞きに――」
「今は体調不良で代理しかおらん。どうせもうすぐしたら夏祭りやろ、そん時には戻ってきとる。そない急がんでもええ」
兵吉じいさんの言葉に、苗島は残念そうな表情を浮かべた。タバコの煙が勢いよく出てくると、兵吉じいさんはなんにでもないことのように話し始める。
「人魚姫は魚やない」
「え?」
「なんでもない。ただの独り言や」
兵吉じいさんはそう言うと、立ち上がって部屋の中へと入っていってしまう。
「真司のやりたいようにしたらええ」
苗島が唯斗に言った言葉を、兵吉じいさんは苗島に投げて襖を閉めてしまった。
「……ありがとう、じっちゃん」
そうして誰も居なくなった縁側から離れ、苗島は自身の部屋へと戻っていく。兵吉じいさんから得た情報で、今あそこに行っても意味がないことがわかった。となれば次にできることは……となる。
「……隣町にビーチあったよな」
隣町とは、海から見て苗島の家がある左側の山の雑木林を抜けると、歩いても行ける距離に存在している。苗島たちの住む町では港があるため、流石に海水浴をここで行うことはできない。海水浴を楽しむには、近場である隣町へ行く必要があった。
海に行きたい理由は単純で、人魚姫のことを更に深く知るためだ。つまりは、苗島にとっては夏休みの自由研究のようなものであった。
流石にこれを書くことはできないが、夏休みを謳歌するには十分すぎるものでもある。地上を楽しむのも一つだが、せっかくの人魚姫なのだ。
「楽しまなきゃ損だよなぁ」
先ほどまで悩んでいたのとは打って変わり、イメージができたのか意気揚々な表情で布団へと潜り込む。
苗島の部屋も和室であり、同じ時を過ごす唯斗も畳の上に敷いた布団の上で眠っていた。正確には布団と畳の間ではあるが、離れたところであっても通ずるものはある。それがたまたまであっても、運命のようなものは存在するのであろう。
これからのことにワクワクが抑え切れないまま、なんとかして眠気を誘おうとする。苗島にとって想像のつかないことが見つかると、それがどんなものなのか確かめてみたい探究心がその体を突き動かす。
そうしてやっと眠りにつけたのは、一時間が経過した後であった。
――翌朝、目を覚ました苗島はスマホに入っていた通知を見た。午前十時になっており、通知は唯斗からのメールであった。
「ヒメと、俺の働いてるアクアショップで働くことになりました」
一瞬何を書いているのか、苗島には理解ができなかった。しかし目を擦ってみると、これが現実であることがわかる。
「えぇ……」
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