女王様な彼女の気まぐれは、良く分からない
「う、うえっぷ……もう、無理……」
僕はそう弱々しく言ってから、握り締めていたスプーンを手放して、顔を横に向けた状態で机の上に突っ伏した。
目の前には巨大なパフェ……いや、元巨大なパフェと言うべきかな。容器の中は既に空っぽの状態で、僕はあの山の様な量のパフェを、何とか気力を振り絞って食べ切る事が出来たのだった。
「お、お腹いっぱいで、動けない……もう、パフェなんて見たくない……」
「ホント、馬鹿ね。自業自得じゃない」
そして、そんな僕とは対照的に、僕の向かい側に座っている一条さんは余裕綽々といった感じだ。そりゃそうだ。だって、一条さんはケーキ1個とコーヒーしか口にしていないんだから。
「ほら、ちょっとこっち向きなさい」
「へ、へ? 何でですか……?」
「いいから、こっち向く! 早くしなさい!」
「は、はい!」
僕は一条さんのその強い口調に思わず反射的に返事をして、慌てて彼女の方を向いた。すると、彼女は僕の両頬を手で挟む様に押さえてきた。そしてそのままジッと僕の目を見つめてくる。
「な、何でしょうか?」
「全く、だらしないんだから」
「え?」
「口元、クリームが付いてる」
一条さんはそう言うと、僕の唇を親指で拭ってそれをそのまま自分の口に持っていって、それを舐め取った。僕はそんな突然の出来事に反応出来ず、ただ呆然とするしか出来なかった。
「ア、アノ……イチジョウ、サン?」
「何よ。というか、何でカタコトなのよ?」
「えっと、それは、その……」
僕は思考回路がマッハゴーゴーゴーでショート寸前になりながらも、どうにか言葉を紡ごうとした。しかし、上手く言葉が出てこず……結局、何も言えなかった。
いや、だって……あれだよ? そんな不意打ち的に、あんな事されたら、誰でも気が狂ってしまうんですが。何? 何なの? 一条さんは僕をどうしたいの?
……待てよ。そうじゃない。これはそう、諸葛亮―――じゃなくて、一条さんの罠……そうに違いない。僕の心の中の司馬懿がそう告げている。
きっと、そうだ。一条さんは僕の目の前で破廉恥な行いをする事で、僕の『デート中にうっかり口元に付いたクリームを取ってあげて食べる童貞』を奪い取ったのだ。何たる卑劣! 許せるっ! あっ、違った。許せんっ!
『あら~、残念だったわね、ポチ♡ 悪いけど、あんたの童貞……また貰っちゃった♡ ねぇねぇ、今どんな気持ち? どんな気持ちなのかしら?』
……そう、そして。心の中ではこんな感じで言っているに違いない! くそっ! 何という事だ! 純情な僕の心を弄ぶなんて!!
「ねぇ」
「はい!」
一条さんが少し呆れたような表情で話しかけてきたので、僕は思わず反射的に返事をした。すると、彼女はジト目で僕を見てから言った。
「あんた、また変な事を考えているでしょう?」
「え? あ、いえ……ソンナコト、ナイデスヨ?」
「嘘ね。だって、またカタコトだし、思いっきり目が泳いでるし…」
「き、気のせい、では……?」
僕は一条さんから目を逸らしながら、そんな言葉を口にする。くっ! 僕の心の中を読めるなんて、一条さんはニュータイプか!?
そして、そんな彼女はというと……何故か少しムッとした表情を浮かべていた。あれ? 僕、何か変な事を口走ったかな……? 僕、弁明しかしてないよ?
「ふーん?」
一条さんはそう言うと、再びジト目で僕を見つめてから口を開いた。
「ま、いいわ。それよりも……食べ終えたのなら、もう帰るわよ」
「へ?」
「いつまでも居座っている訳にはいかないでしょ。ほら、行くわよ」
一条さんはそう言うと、自分の荷物を持って立ち上がった。それから早くしろと目で訴えてきていた。けど、僕は立ち上がる事が出来なかった。何故なら……今動いたら、さっきのパフェをリバースすると思うから。
「……何してんのよ。早くしなさい」
そして遂に口に出して、彼女は迫ってきた。少しイライラとした様子で、僕を見下ろしている。
「い、いや……そのぉ……」
僕は何とかして言葉を紡ごうとしたけども、上手く言葉に出来ないでいた。すると、一条さんは僕の腕を掴んできた。
「ほら、さっさと立つ!」
「あ、はい!」
一条さんの有無を言わせない迫力に圧されて、僕は思わずそう返事をしてしまった後、彼女に引っ張られるがまま立ち上がってしまった。そしてそのまま腕を引っ張られて、レジの前まで連れていかれる。
「あ、あまり激しくされると、中身が、も、漏れ出ちゃいます……」
「うっさい、我慢しなさい」
「は、はい……」
そして一条さんはレジで僕の分の代金も払い終えると、再び僕を引っ張って店を出た。店を出た後、彼女は振り返って僕の事を見てくる。
「じゃあ、あたしはこっちだから。ここでお別れね」
「あっ。結局、解散なんですね」
「は? 何か文句でもあるの?」
「い、いえ! 滅相もありません!」
僕は一条さんの冷たい眼差しを受けて、咄嗟に背筋を伸ばして敬礼のポーズをとった。すると、彼女はジト目で僕を見てから自分の髪先を指で弄り出した。
「……それとも何? ポチのくせして、その……あ、あたしともうちょっと一緒にいたいだとか、そんな事でも考えている訳?」
「えっ!?」
何か一条さんがそんな事を言ってきたので、僕は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
「そんな馬鹿な事、一切考えてません! サー!」
僕は咄嗟に敬礼のポーズをとり、そう答えた。そしてチラッと一条さんの方を見ると、彼女は……うん、めっちゃ不満そうな表情を浮かべていた。
「……あっそ」
一条さんはそれだけ言うと、そのまま踵を返して歩いて行ってしまった。そんな彼女の後姿を見送りながら、僕はホッと安堵の息を吐く。
「ふぅー……」
良かったぁ。何とか解放されたみたいだ。と、僕が心の中でひっそりと喜んでいると、帰ろうとしていたはずの一条さんが、少し歩いたところで突然立ち止まったかと思えば、振り返ってこっちを見てきた。そして踵を返して戻ってきたではないか。
「ど、どうしたんですか?」
「……忘れ物」
僕がそう尋ねると、一条さんはそう言いながら僕の方にやってきた。そして鞄の中から何かを取り出すと、それを僕に向かって差し出してきた。
「え?」
僕はその差し出された物を見て戸惑った。だって、それは……綺麗な包装紙で包まれた、小さな箱だったからだ。
「えっと……これは?」
僕は思わずそう尋ねた。すると、彼女は僕から目を逸らしながらも、小さな声で呟いた。
「……今日が何の日か、知ってる?」
「へ? あ、いえ……」
突然そんな事を訊かれたので、僕は少し戸惑いつつ答えた。しかし、そんな僕の返答に一条さんは呆れた表情をしていた。そして大きくため息を吐くと言った。
「やっぱりね」
「あ、あはは……」
そんな一条さんの言葉に苦笑いをするしかなかった僕だったけれど、そこでふと疑問が生まれたので素直に訊いてみた。
「あのぉ……それでこれと今日の事って何か関係が……?」
僕が恐る恐る尋ねると、一条さんの表情が更に険しくなったのが分かったけども……でも、訊かない訳にもいかないので思い切って尋ねてみる事にしたのだ。だって気になるもん。
「全く、ホント……あんたの馬鹿っぷりには呆れるばかりよ」
「うぐっ……」
そんな辛辣な言葉に対して、僕は思わず声が漏れてしまう。すると、一条さんは小さくまたため息を吐いた後に言った。
「……誕生日、プレゼント」
「へ?」
「二度も言わせんな、馬鹿。そういう事だから、じゃあね」
一条さんはそう言うと、そのまま踵を返して歩いていってしまった。僕はそんな彼女の背中を呆然と見送ったまま立ち尽くしていた。
「誕生日……プレゼント?」
そう呟いた後、僕は渡された箱をジッと見つめる。そして、ゆっくりと包装紙を剥がしていった。そして箱を開け、中身を確認する。
すると、中に入っていたのは……時計だった。しかも、それはとても高そうな物で……けど、高校生が持っていても、そこまで目立つものじゃなくて……というか、あれ? 何でこんな物を、プレゼントされたのだろうか?
「……どゆこと?」
僕はそう呟いて、一条さんが去っていった方を見る。しかし、そこには既に彼女の姿はなくて……僕はただ呆然とするしかなかった。
……まあ、いいや。多分、一条さんの事だから、何かの気まぐれだろう。そして、貰っていいなら貰ってしまえ。タダで貰えるなら、こんなに最高な事は無い! タダ、最高!
そして……うん、もう考えるのはよそう。だって、僕みたいな馬鹿がいくら考えたって、答えなんて出る訳ないからね! そして僕は颯爽と歩き出し、そしてそのまま家路につくのだった。
――――――――――――――――――
Q. 相手に時計をプレゼントする意味って何?
A. 渡した相手とずっと一緒にいたい、という意味。
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続々続・一条さんには逆らえない~クラスの女王様な彼女に絶対服従な奴隷の僕。だけど、いつか絶対にわからせてやる~ 八木崎 @yagisaki717
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