第25話 平常心ではいられない

 朝はできるだけ遅くまで寝ていたい。

 だけど最近の私は、前より少しだけ早起きになってる。


 だってそうしないと、朝ご飯までに髪を整えたり着替えたりできないじゃない。

 今までそれらは朝ご飯の後にやっていたけど、それじゃあ遅すぎる。

 だ、だって伊織くんに、ボサボサの頭やパジャマ姿を、見られちゃうんだもん!


 ここ数日で私の伊織くんに対する気持ちは、信じられないくらい大きくなっていってる。

 ゴールデンウィークに再会した後、香織ちゃん共々ずっと私のことが好きだったって知ってビックリしたしドキドキもしたけど、あの時より今の方が、ずっと伊織くんのことを意識してるよ!


 自分の気持ちに気づいたとたん、伊織くんがすごくキラキラして見えて、もう今まで通りじゃいられない。

 そしてどう接して良いかわからなくなって、声をかけられたらドキンと心臓が跳ね上がるし、見つめられると身体中がカーッて熱くなって、頭が沸騰しそうになっちゃう。


 伊織くんがうちに来てからというもの、平気でパジャマ姿で彼の前に出ていたけど、今はそれも恥ずかしい。

 よく今までそんなだらしない格好をしてたって、泣きたくなるよ。

 最初の頃、伊織くんが注意してくれてたじゃない。

 なのに聞く耳もってなかったなんて、私のバカー!


 だから最近は家で身だしなみに気を使うようになったし、何をするにも伊織くんの事を意識して緊張しっぱなし。


 今日も夜になってお風呂に入った後、パジャマじゃなくてちょっぴりお洒落を意識した部屋着を着てる。

 出掛ける時だけじゃなく、家にいる時までお洒落に気を使うなんて大変。


 そんな気持ちを抱きながら、夕飯後に一人でリビングにいると……。


「華恋、ちょっといいか?」


 名前を呼ばれた瞬間、胸の奥がドキーンと鳴った。

 声をかけてきたのは伊織くん。

 彼も既に入浴を済ませていて、紺のルームウェアを格好よく着こなしている。

 きっと私が同じ服を着てもパッとしないだろうけど、伊織くんはイケメンだから。何を着ても似合うんだよね。

 どうしよう。目を合わせようとすると、ドキドキしちゃう……。


「華恋? 華恋、聞いてるか?」

「はっ! ご、ごめん。なんだっけ?」

「聞いて良いのか分からないんだけど……最近俺のこと、避けてないか?」

「えっ?」


 避けてるって、私が伊織くんを?

 ないない、避けてなんかいないよ。

 脅迫状に振り回されてた時は、確かに距離を置こうとしてたけど、解決してからは全然……。


「そんなことないってば。どうしてそう思うの?」

「そうか……だったらどうして、目を合わせてくれないんだ? 今だって反らしてるじゃないか」


 伊織くんはグイっと顔を近づけてきたけど……。

 うわああああっ! 近い近い、近いよーっ!


 目なんて合わせられるわけないじゃない。

 ちょっと前までは何の気なしに話せてたのに、意識したとたんこんなになっちゃうなんて、自分でもビックリ。

 最近は近くにいるだけでも心臓がバクバク言っちゃうから、できるだけ離れるようにしてるんだけど……あれ、ちょっと待って。

 も、もしかして避けてるって思われたのって、そのせい? うそー!?


 マ、マズイ。早く誤解を解かなきゃ、伊織くんを不安にさちゃう。

 でもそのためには、私の抱いている気持ちを言わなきゃいけないわけで……。

 む、無理。心の準備ができてないよー!


「もしも知らないうちに華恋に嫌われるような事をしてたなら、ちゃんと知りたいし謝りたい。だから、教えてくれ」


 懇願してくる伊織くんは、今にも泣きそう。

 こんな不安そうな伊織くん見たことなくて、胸がギュッて締め付けられる。

 わ、私はどうすれば……。


 ──ガチャ。


「あれ、二人とも何やってるの?」


 頭の中が真っ白になったその時、リビングのドアが開いて、タンクトップに短パン姿の香織ちゃんが入ってきた。


「ひょっとして伊織、華恋をいじめてたんじゃないでしょうね?」

「は? 誰がいじめるか」

「ふーん。それじゃあ華恋が、すっごく困った顔してるのはどうして? 華恋、こっちに来なさい」


 私の肩を掴んで、守るように背中に隠す。

 けど別に、いじめられてたわけじゃないんだけどなあ。


「ち、違うの。むしろ悪いのは私の方で……」

「まさか。華恋が悪いなんて、ありえないでしょ。悪いのは伊織だって」


 そんな、わけも聞かずに決めつけなくても。

 香織ちゃん、ちょっと私に甘すぎないかなあ?

 すると伊織くんは、バツの悪そうな顔になる。


「ああ、そうだな……ごめん。華恋、さっきの話、その気になったら話してくれると嬉しい。それまで俺も、気を付けるから」


 それだけ言うと、伊織くんは部屋を出て行っちゃった。

 けどあれは絶対、自分が悪いって勘違いしてるよー!

 早く追いかけて説明しないと……でもどうやって!?


 するとパニックになる私の肩に、香織ちゃんがポンと手を置いてきた。


「それで、いったい何があったの?」

「香織ちゃん……え、えーと、その……私が、伊織くんの事を避けてるって勘違いしてるみたいで……」


 詳しく説明することができなくて、これが精一杯。

 すると香織ちゃんは。


「へえ、勘違いなの? 私も伊織のことを、避けてるように見えてたけど」

「ええっ!?」

「まあ正確には避けてると言うか……いったいどういう心境の変化?」

「それは……」


 答えにくい質問をされて、言葉につまる。

 香織ちゃんはある意味伊織くん以上に、事情を話しにくい。

 だって香織ちゃんは、私のことを……。


 すると香織ちゃんはフウッと息をついて、口を開く。


「私もいいかげん、覚悟を決めた方がいいか……ねえ華恋」

「な、なに?」

「今度の日曜空いてる? 1日私に、時間をくれないかな。デートしよう」

「へ? デ、デデデ……デートォォォォッ!?」

「そう、デート。いつもやってるお家デートじゃなくて、二人でお出かけするやつね♡」


 顔を真っ赤にする私を面白がるように、ニコッと笑う香織ちゃん。

 というか、私はいつも家で過ごしてるのはお家デートになるんだ。


 けど、重要なのはそこじゃない。

 伊織くんのことだけでもいっぱいいっぱいなのに、デートって。


 私は驚きのあまり、口をパクパク動かすことしかできなかった。

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