私たちの選ぶ道
第24話 【伊織side】挙動不審、再び
【伊織side】
朝起きて、顔を洗って歯を磨いた後、一旦部屋に戻って学校の制服に袖を通す。
脅迫事件も昨日で無事解決。今日からはまた、今まで通りの毎日が戻ってくると思うとホッとする。
昨日のあれで長戸が反省したかは分からないけど、あれだけガツンと言ってやったんだ。
少しは大人しくしてるって思いたい。
俺達のためとかいいながら、華恋に嫌がらせをするなんて、どうかしてる。
ああいうのを、ヤンデレって言うんだろうな。好かれた方はたまったもんじゃねーよ。
そんなことを考えながらリビングに行くと、未だ寝巻き姿の香織が既に自分の席に座っている。
香織とは同じ部屋を使ってる都合上、着替えるタイミングをズラす必要があるから、朝食前に俺が、その後香織が着替えるのが、いつの間にか習慣化してるんだ。
そして華恋もいつも朝食の後なんだけど……あれ、姿が見えないな。
ひょっとして、まだ寝てるのかもしれない。昨日あんな事があって、疲れたのかもしれないからなあ。
起こしに行った方がいいかな……。
「お、おはよう。香織ちゃん、伊織くん」
あ、起きてきた。
だけどその姿を見て、ちょっと驚いた。
だって普段は寝巻きのまま朝食を取ってるのに、今日に限って制服を着ていたのだから。
髪にもクシを通してるみたいだし、出かける準備は万端。
別にいいんだけど、何でまた? すると同じことを思ったのか、香織も尋ねる。
「あれ、今日はもう着替えてるんだ。早いね」
「う、うん。ちょっとね」
なんだか照れたように言いながら、自分の席に座る華恋。
ずっと悩んでいたものがなくなったから、もしかしたら張り切ってるのかも。
なんて、この時は思っていたんだけど……。
華恋の様子がおかしい。
そう思ったのは朝食を済ませて、三人で登校した時だった。
「ふふ、久しぶりに笑顔の華恋と一緒に登校できて嬉しいよ」
「もう、香織ちゃんってば大袈裟だよ。だいたい、今までも登校は一緒にしてたじゃない」
「違う違う。笑顔の華恋と、だよ。最近の華恋ってば、いつもどこかオドオドしてたもんね」
「えっ? そんな風に見えてたんだ」
顔を赤くして縮こまったけど、その様子もまた可愛い。
あと、香織の言うことには同感だな。
あんな脅迫を受けていたんだ。誰かが見張ってるんじゃないかって、怖くなっても不思議じゃないもの。
けど香織、それはそうとだな。
「華恋にくっつきすぎだ。少し離れろよ」
この姉ときたら、ところ構わずスキンシップを取ろうとするんだもんな。
こういう時は、女子同士であることが羨ましい。
俺じゃあこんな気軽にくっつくなんてできねーもん。
まあもし仮に……本当に仮にだけど、俺が同じようにくっついたとしても、華恋は気にしないような気もするけど。
華恋はそういう事に無防備と言うか、俺を男として意識してるかも怪しいからな。
けど香織だけがベタベタしてるのを見るのも癪だから、華恋の肩を掴んでベリッと引き剥がす。
けどその瞬間──
「ひゃああっ!?」
なんだ?
急に大声で叫ばれて、思わず手を放す。
「悪い、痛かったか?」
「う、ううん。ちょっとビックリしちゃっただけだから」
「ビックリって、こんなの今まで何度も……」
肩を掴むくらい、数えきれないほどやってきたって言うのに。
と言うかそれを言い出したら、さっきまでもっとべったりくっついていた香織はどうなる。
「いや、その、今日はちょっと……とにかく何でもないから、気にしないで」
「ああ……」
華恋は笑ってくれたけど、なんかぎこちない。
一方香織は、ジトーッとした目で俺達を見てくる。
「本当に何でもないの? どさくさに紛れて、伊織が変なとこ触ったんじゃないの?」
「バカ言え。香織じゃあるまいし、そんなことするか」
「失礼な。私は触る時は、もっと堂々と触るよ!」
香織は胸を張って言ったけど、それもどうなんだ?
って、今は香織よりも華恋だ。
本人はさっきの事なんて気にしてないとでも言いたげに、「行こう」って言ってるけど、心なしか動きがぎこちない気がするし、顔がほんのり赤い気がする。
ひょっとして風邪か?
「華恋。もしかして、調子悪いってことないか?」
「あはは、何言ってるの。全然元気だよ」
「ならいいけど……」
三人で再び歩き出したけど……どこか引っ掛かるんだよな。
何が気になってるんだって言われても答えられないけど、何となく。
それとも、少し前までギクシャクした日々が続いていたせいで忘れてしまってるだけで、前からこんなもんだったっけ?
何にせよ、本人が何でもないと言ってる以上、深くは聞けない。
脅迫状の件もあるから、時には突っ込んで聞いた方がいいこともあるけど、今回は俺の勘違いかもしれないしな。
だけどまたしても考えが甘かった事を、俺は思い知らされる事になる。
それから数日が経ったけど、あの日から華恋の態度が、どこか素っ気ないんだ。
向こうから声をかけてくることがほとんどなくなったし、しかも俺が話してても何故か目を反らされる。
返事も「うん」とか「そうだね」といった簡素なものばかり。
もしかしてまた、誰かに脅されたんじゃ?
いや、もしそうなら今度は最初から、相談してくると思う。華恋はそういう奴だ。
それに……非常に認めたくないんだけどさ。華恋のやつ、香織に対しては今まで通りなんだよな。
学校では水無瀬とも、普通に話してるし。ひょっとして、態度が変なのは俺に対してだけ?
もしかして知らないうちに、嫌われるようなことをしてしまってたんじゃ。
考え出したら、とたんに不安になってくる。
こういう時、誰かに相談できればいいんだけど……香織はダメだな。
アイツは最大の恋敵だからな。できれば頼りたくは無い。
そうなるとあと、頼れそうなのは……。
「なるほど。それで私に相談しにきたってわけかぁ」
「ああ……頼む、こんな事話せるの、水無瀬しかいないんだ」
休み時間。学校の廊下で頭を下げる俺を、水無瀬が見つめている。
悩んだ末、頼ったのは華恋の親友の水無瀬だった。
本当は、相談するのはちょっと抵抗があったんだよな。
華恋以外の女子と話すのは、あまり得意じゃない。
いつ頃からか俺の周囲では女子達が、俺に近づくなとか馴れ馴れしいとか言ってケンカする事が多くなって、何度も大変な目に遭ったからなあ。
この前の長戸だってそうだけど、俺の意見も聞かずに勝手に騒ぐ女子は苦手だよ。
けど水無瀬ならその辺は信頼できるし、何より華恋のことをよく分かってる。
相談するなら水無瀬しかないって思ってこうして悩みを打ち明けたんだけど。
水無瀬は腕を組んで考えるような仕草を取る。
「うんうん。伊織くんの言いたいことはよくわかったよ。実を言うと私も、華恋の態度は変だなーって思ってたの。長戸さんの件が片付いたってのに、伊織くんとはまだよそよそしいしさ」
「やっぱり、水無瀬から見てもそう思うか? けど香織に対してはそんな風には見てないし。やっぱり俺、華恋に嫌われるような事でもしてたのか?」
「何、そんな心当たりあるの? うっかりお風呂を覗いたとか、華恋の寝ている部屋に入ったとか」
「するか! もしそんなことをしたら、その場で腹を切ってるよ。まあ、逆ならあったけど……」
俺が風呂に入ろうとしてた時、ノックを忘れて華恋が入ってきた事があったし、朝寝ているところを起こしに来たこともあった。
無防備に寝間着でうろつくなんてしょっちゅうだし、俺が華恋のこと好きだって、分かっているのか?
意識してないにも程があるんだけど……って、笑うな水無瀬!
こっちは真剣なんだからな!
「ごめんごめん。何だか華恋っぽいなーって思って。それで、華恋のことで最近、何か気になる事とか、変わった事とかなかった?」
「そう言われてもなあ……そういえば、朝寝間着から制服に着替えるのが早くなったか?」
華恋のやつ、少し前までは朝食は寝間着のまま取っていたんだけど、最近は朝顔を合わせた時にはもう、着替えて身だしなみを整えているんだよな。
それに家にいる時、ラフな格好でいることが少なくなった気がする。
もっともこんな情報、役に立つとは思えないけど。話を聞いた水無瀬は何やら考え込む。
「それってさあ、見た目を気にし始めたってことじゃないの? 香織先輩はまだしも、同じ家に男の子の伊織くんもいるわけだし。無防備な格好でいるのが、恥ずかしくなったとか」
「そうなのか? けど、何で急に?」
「いや、何でってそりゃあ……」
水無瀬は言いかけたけど、ハッと何かに気づいたみたいに口を閉じた。
「ごめん、これ以上は言えないわ。喋って良いことなのか、分かんないもの。伊織くんの味方はしたいけど、その前に私は華恋の味方だから」
そんな、ようやく何か分かると思ったのに。
けど、そんな風に言われちゃ仕方がない。
もし水無瀬が言うように、華恋にとって知られたくない事だとしたら、無理に聞き出すわけにはいかないもんな。
俺の味方である前に華恋の味方。残念だけど、そんな水無瀬だから相談できたんだ。
「分かったよ。悪かったな、手間かけさせて」
「ううん、私も華恋のことは気になってたからね。けど一つだけアドバイス。確かに華恋の態度は変わったけど、もしかしたら悪いものじゃないかもしれないよ」
「避けられてるのにか?」
「女の子には色々あるの。その辺をちゃんと勉強しないと、香織先輩に華恋のこと、取られちゃうよ」
う、それを言われるとぐうの音も出ない。
女心とか、全然分かんねーもんな。この辺は、香織にも大きくリードされてる。
すると水無瀬は、そんな俺を見ながらニマニマと笑う。
「まあ頑張りなよ。これくらいでへこたれてたら、華恋のこと任せられないんだから」
「ああ。言われなくてもそうするよ」
結局様子が変な原因は分からなかったけど、華恋はずっと好きだった女の子なんだ。
原因を突き止めて、元の関係に戻らないとな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます