第26話 香織ちゃんとのデート
今日は約束の日曜日。
私は自分の部屋でいつもより少しお洒落な服に着替えた自分の姿を、鏡で見ている。
暑くなるって言ってたから、薄手のコーデ。
香織ちゃんは、どんな格好で来るのかな?
実は香織ちゃんはもう家を出ていて、駅前で待ち合わせをしているの。
同じ家に住んでいるんだから、わざわざ待ち合わせしなくてもいいのに、こういうのは気分の問題なんだって。
香織ちゃん、本当にデートのつもりなんだ。
だけどどうしてこのタイミングで? 私は香織ちゃんとどう向き合えば良いのか、分かってないのに……。
だけどそれでも、断る気にはなれなかったんだよね。
さあ、もう時間だ。
部屋を出て玄関に向かったけど……途中廊下で、伊織くんとバッタリ会っちゃった。
「どこかに出掛けるのか?」
「う、うん……友達と待ち合わせしてて」
「そっか。気を付けて行けよ」
簡単な会話をすると、伊織くんは引っ込んでいく。
この前の一件以来、本格的にギクシャクしてるんだよね。
そして香織ちゃんとデートだってことは、ナイショにしてる。
もし知ったら、いったいどんな顔をするだろう?
けど、今は香織ちゃんだ。
家を出て向かった駅前にはたくさんの人で溢れていたけど、香織ちゃんはすぐに見つかった。
だってパンツスタイルでバッチリキメてる香織ちゃんは、まるでモデルさんみたいにスラッとしてて華があるんだもの。
遠くからでも分かったよ。
あ、なんだか男の人に声をかけられてる。
けどちょっと何か話したかと思うと、相手は残念そうな顔で去っていってしまう。
ひょっとして、ナンパってやつ? 声をかけられるのも、あんな風に簡単に断れるのも凄いよね。
すると香織ちゃんもこっちに気づいて、手を振ってきた。
「華恋ー!」
「ごめん香織ちゃん、待った?」
「ううん、今来たとこ」
まるで漫画で読んだような定番の会話。
すると香織ちゃんは、私を眺めながら笑みを浮かべる。
「ふふ、今日は可愛いね。もちろん可愛いのはいつもの事だけど、今日は特に」
言いながら手を伸ばして、頬を撫でてきたけど。触れられた途端、その頬がカーッと熱くなる。
合わさった目は反らすことができなくて、まるで魔法にでもかけられたみたい。
そんな私の心中を知ってか知らずか、今度は手を取って、指を絡めてくる。
「それじゃあ、行こうか」
「え、手を繋いで?」
「うん、だってデートなんだから。それとも、華恋はイヤ?」
「そ、そんなこと無いよ!」
もちろん、決して嫌なわけじゃないんだけど……手汗、かかないかな?
香織ちゃんのスキンシップには慣れてるはずなのに、デートなんて言うもんだから変に緊張しちゃう。
だけど結局手は繋いだまま。
香織ちゃんは、「今日は私がエスコートするね」なんて言って、そのまま駅の中へと連れて行かれる。
聞いてもどこに行くのか教えてくれなかったけど、電車に乗って向かった先は、水族館だった。
「ここ覚えてる? 子供の頃、来たことあったでしょ」
「うん。香織ちゃんのお母さんに、連れてきてもらったんだよね」
あの時は伊織くんもいて、3人でイルカショーを観てはしゃいでたっけ。
今日は香織ちゃんと二人。手を引かれながら館内に入って行ったけど、お魚さんたちかわいいー!
キレイな色をしたカクレクマノミや、細長いチンアナゴを見て、ワクワクした気持ちが広がっていく。
前来た時はいなかった、モコモコしたカワウソちゃん。お昼寝中だったけど、ゴロンと横になって呼吸をする度に膨らんだりしぼんだりするお腹や、キュートな寝顔を見ていると、メロメロになっちゃう!
「か、かわいい~」
「ふふっ。華恋は相変わらず、動物好きだよね」
うん。
お母さんがアレルギーだから飼うことはできないんだけど、犬も猫もお魚だって好きで、動画をよく観てる。
そして次に訪れたのは、ペンギンへの餌やり体験。
私も香織ちゃんも餌を買って、ペンギンたちにあげたんだけど……。
「……香織ちゃんにばっかり寄っていってズルい」
「そんなこと言われても……うーん、困ったなあ」
たくさんのペンギンを周りに集め、困った顔をしてる香織ちゃんを見ながら、頬を膨らませる。
私だって同じようにご飯をあげてるのに、なぜかペンギンたちは香織ちゃんの方に集まって、私の所には全然よってこないの。
やっぱり人柄なのかな?
人間だけでなく、香織ちゃんには動物まで引き寄せる力があるのかも?
「ひょっとしたら華恋、緊張しすぎてるのかも。変に身構えてたら、ペンギンたちにも伝わっちゃうよ。ほら、もっとリラックスして」
「ひゃわっ!?」
緊張をほぐそうとしてくれたのかな。
いきなり両肩を掴まれたけど、急だったか思わず変な声が出ちゃった。
だけどそれだけじゃ終わらない。
香織ちゃんは、後ろからまるで包み込むように腕を回してくると、自分の手と私の手を重ねる。
「ほら、もっと力を抜いて。昔おやつを、あーんし合って食べさせ合ってたじゃないか。そんな感じですあげるんだよ」
「あ、あーんって」
確かに小さい頃ふざけてそんなことやってたけど、思い出したら顔を覆いたくなるくらい恥ずかしくなる。
それ完全に逆効果だからー!
案の定、ペンギンは余計によってこない。
「ううっ、香織ちゃんのイジワル~」
「あれ、おかしいなあ? 仕方がない。気を取り直して、私達もお昼を食べよう」
むくれる私を宥めながら、館内にあるレストランに連れていく香織ちゃん。
……やっぱり、香織ちゃんは優しい。
だけど私が好きになったのは伊織くん。
なのにこんな風によくしてもらって、良いのかなあ?
楽しいはずの時間が、気にした途端に申し訳なく思えてくる。
だけどそんな私の頬を、香織ちゃんがムニュッと押さえてきた。
「か、香織ちゃん?」
「浮かない顔になってどうしたの? さては余計なことを考えてるでしょ。そういうのいいから、今は楽しんでくれたら嬉しいな」
優しく微笑む香織ちゃんは、まるで全てを見透かしているみたい。
完全に割り切れたわけじゃないけど、香織ちゃんがそう言うのなら……。
今はこの時間を、楽しまないとだね。
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