第19話 名探偵の伊織くん

 時間は少し戻って、朝のこと。


 学校に来た私は、すぐ真奈ちゃんにもこれまで起きてたことを打ち明けた。

 真奈ちゃんは凄くビックリしていて、私は勝手に避けていた事を謝ったんだけど、怒ることなく許してくれた。

 その代わり怒りが向いたのは……。


「華恋にそんな事したやつ、絶対に許さない! 見つけ出してコテンパンにしてやる!」


 昨日の伊織くんや香織ちゃんと同じように、犯人に対する怒りの炎をメラメラとたぎらせていた。

 不謹慎かもしれないけど、こういう時に怒ってくれる友達がいるのって幸せだと思う。


 そしてもう一人。伊織くんの提案で、大場さんにも声をかけたの。

 その理由は、脅迫状を送った犯人を見つけるべく、協力者になってもらうため。


 犯人を探すには協力者がほしいけど、誰が犯人か分からない以上、迂闊に事情は話せない。

 だけど昨日私が水を掛けられた時、巻き添えをくらった大場さんが犯人ってことはないだろうってなって、事情を話すことにしたの。

 香織ちゃんも、「あの子は犯人じゃないよ。見てたら分かるもの」って言ってくれたしね。


 そして事情を聞いた大場さんはやっぱり驚いていたけど、「お姉様のお役に立てるのなら」って、二つ返事で引き受けてくれたの。

 そして私達は秘密裏に集まって、伊織くんが作戦を説明してくれた。


「犯人を見つけるために、できるだけたくさんの人にコレを書いてもらいたい。だから水無瀬さんや大場さんには、その手伝いをしてもらいたいんだ」

「これって、プロフ帳?」


 伊織くんが差し出したプロフ帳を見て、真奈ちゃんが首をかしげる。

 私もプロフ帳が犯人探しにどう繋がるか分からなかったけど、伊織くんはさらに続ける。


「こういった手書きの品は、手掛かりの宝庫なんだ。送られてきた脅迫状と似た筆跡が無いか調べられるし、犯人は素手で触っているだろうから指紋だって取れる。脅迫状の指紋は既に取ってあるけど、俺と香織、華恋以外に出てきた指紋は一つ。つまりそれが、犯人の指紋ってわけだ」

「ちょっと待って。指紋を取ったって、いったいどうやって?」


 伊織くん昨日あの後、調べたいことがあるって言って、脅迫状を持って部屋に閉じこもってたんだけど。

 すると、香織ちゃんが口を開く。


「伊織は刑事ドラマやミステリーが好きだからねえ。前に誕生日プレゼントで、指紋採取の道具を買ってもらった事があるんだよ」


 指紋採取の道具!? それって、個人で買えるものなの!?

 ビックリして、真奈ちゃんや大場さんと顔を見合わせる。

 伊織くんがミステリー好きだってのは知ってたけど、まさかそこまでとは。

 そしてその指紋採取の道具を、わざわざ日本まで持ってきてたんだ。


「まさかこんな形で、役に立つとは思わなかったけどな」

「なるほど読めたよ。たくさんの人にプロフ帳を書いてもらって、片っ端から指紋を取って、脅迫状の指紋と一致したらそいつが犯人ってわけね」


 頷く真奈ちゃんに、「そういうこと」と返す伊織くん。


「採取した指紋の画像をスキャンしてパソコンで照らし合わせれば、調べられるからな」

「す、凄いことするのね。けどプロフ帳って、子供っぽくない? みんな書いてくれるかなあ?」


 心配する大場さん。

 私は書いてって言われたら書くけど、小学生の時ならともかく中学ではプロフ帳はそんなに流行ってない。

 だけど……。


「だから水無瀬さんと大場さんに協力してほしいんだ。こういうのって、最初の一人が受け取ったら後は次々と受け取ってくれるものだから。それに、俺も香織も帰国子女。日本の認識にちょっとしたズレがある天然キャラってことにすれば、後は押し通せる」

「天然キャラって……」

「こんな計算された天然、見たことないわ」


 ニコリともしないで言う伊織くんに、唖然とする。

 けど、確かにこれならいけるかも。


「どう、なかなかいい作戦でしょ。伊織ってばこういう時は、頼りになるんだから」


 香織ちゃんが珍しく伊織くんのことを誉めて、まるで自分の事みたいに胸を張ってる。

 ケンカすることもあるけど、やっぱり姉弟。ちゃんと認めているし、頼りにしてるんだなあって気がして、なんだか嬉しかった。



 ◇◆◇◆



 と、そんな事があったのが今朝。

 伊織くんの立てた作戦通り、みんな次々とプロフ帳を受け取っては、「たくさん書くから」と言って張り切ってる。

 本当は犯人探しのために配ってるって思うと心苦しいけど、香織ちゃんは


『書いてもらった分はちゃんと読むよ。せっかく心を込めて書いてくれるんだもの。ちゃんと受け止めないとね』


 って言っていた。

 犯人探しもするけどそれはそれとして、書いてくれた人のことは大事にしようってしてるみたい。

 それでこそ香織ちゃんだよ。だから大場さんも、いっぱい書くって張り切ってる。


「そういえば大場さん。昨日はあの後、大丈夫だった? 体冷やしてない?」


 今朝は事情と作戦の説明で時間を取られて、すっかり聞くのが遅くなってたけど、気になっていたことを尋ねる。

 だけど大場さんは、呆れた顔をした。


「だから、人の心配をしてる場合? 昨日だって私よりも大変だったじゃない。それに狙われてるのは自分だって自覚ある? こうしてる間にも何かされるかもしれないんだから、気を抜かないでよね」

「う、うん」

「伊織くんの作戦もいいけど、アンタを狙ってノコノコやってきたところを取っ捕まえられたらそれが一番なんだから、見張らせてもらうよ。私だって巻き込まれた仕返ししたいし」


 大場さんは怒ってるけど、そんな彼女を見て真奈ちゃんはニマニマと笑う。


「素直じゃないなあ。要は犯人を捕まえるのに、まだまだ協力してくれるってことでしょ。案外いいとこあるじゃん」

「わ、私はお姉様のため仕方なくやってるだけだから! そもそも桜井さんがもっとしっかりしてたら、こんな事にはならなかったんだからね!」


 うう、耳が痛い。

 だけど、ダメ出しでもしっかり怒ってくれるのが、私には嬉しかった。


 結局その日は犯人からの嫌がらせはなかったけど、家に帰ると伊織くんも香織ちゃんもたくさんのプロフ帳を、家に持ち帰った。


「後はこれを書いた中に、犯人がいてくれればいいんだけど」

「大丈夫なんじゃないの? 犯人、元々私やアンタに興味があったからあんな手紙を書いたんだろうし。絶対に食いついてるって」

「そうでなければ困るな。華恋をたくさん傷つけた落とし前をつけないと、俺の気が収まらないもの……」

「まったくだね。絶対に復讐してやる……」


 あわわっ。

 伊織くん、それに香織ちゃんも、怖い顔になってる。

 もしかしたら脅迫状の送り主は、とんでもない姉弟を怒らせちゃったんじゃないかなあ?


 伊織くん香織ちゃんも頼りになるけど絶対に敵に回しちゃいけない人だって、今回の事でよーくわかったよ!


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