第20話 【伊織side】華恋の望み
【伊織side】
華恋が脅迫状を送りつけられ、嫌がらせを受けていると知ったのが昨日。
最初話を聞いた時、俺は怒りと同時に自分の不甲斐なさを呪った。
くそ、様子が変だってのは気づいていたのに、どうして俺は無理にでも聞こうとしなかったんだ。
香織は嫌われるのを覚悟で、問い詰めていたってのに。
悔しいけど、今回は完全に香織の方が正しかったよな。
もしも聞かないまま何が起きていたか知るのが遅れて、華恋がもっと嫌な目にあっていたらと思うとゾッとするぞ。
けど過ぎちまったものはどうしようもない。
せめて今からでも、できる事はやらないと。
というわけで、俺は学校から帰るとすぐに部屋にこもって、今日集めたプロフ帳から指紋の採取をはじめていた。
俺も香織も相当もらってきたから、数は膨大。これら全部から指紋を取ってたらきりがないから、いくらか選別はする。
脅迫状の字と見比べて、明らかに筆跡が違うやつは除外して、怪しいものから順番に調べていく。
時間は掛かるけど、地道にやっていくしかないな。
ちなみに、繊細な作業になるから香織は部屋から出ていってもらってる。
本人は手伝う気満々でいたけど、香織はこういう細かな作業が苦手なんだよなあ。
手伝うどころか足を引っ張られかねない。
本人も自覚があるから、指摘したら渋々引っ込んでいって、後は俺一人での孤独な作業。
だけどプロフ帳を選別してる途中、ふと手を止めて上を見上げた。
「……結局俺は、香織には叶わねえんだよなあ」
天井を見ながら、声を漏らす。
作業をしている間も、華恋を助けるのが遅れたことが、やっぱどうしても気になる。
過ぎた事は仕方がないって、思うことにしたはずなのにな。
考えてみりゃ、昔からそうだった。
いつも三人一緒だった幼稚園時代。あの頃は日本語が上手く喋れない俺達のことをからかってくる奴等がいて、そんな俺達を庇おうとする華恋までちょっかい出されてたっけ。
けどそんな時、からかってくる奴等をいつも香織がやっつけていた。
相手が男子でも歳上でも決して負けずに、俺達や華恋のことを守ってくれてたっけ。
でも実は、俺はそれが悔しかった。
俺だって華恋のことを守りたいのに、それができないのが情けなくて。
あれから何年も経って、今は体も大きくなったけど、出遅れてちゃどうしようもない。
腕っぷしが強くなっただけじゃダメだ。
好きな女の子を守れるようになるには、どうしたらいいかもっとちゃんと考えないと。
そんな事を思いながら、体をほぐそうと背伸びをしていると……。
──コンコン。
「 華恋か?」
部屋のドアをノックする音を聞いて、反射的に答える。
ドアの向こうに誰がいるかは当然見えていないけど、おじさんやおばさんはまだ帰ってきてないし、香織だったらノックなんかしないで入ってくるからな。
だから消去法で、華恋しかありえねー。
「どうぞ」と言うとドアが開いて、案の定華恋が入ってきた。
「伊織くん、作業進んでる?」
「ああ……けど悪い。調べ終わるまで、まだ時間が掛かるんだ」
少し手を止めてはいたけど、早いとこ調べて犯人を見つけたい。
でないと華恋が、不安だろうからな。
けど、華恋はそんな素振りなんて一切見せずに、俺に言ってくる。
「あのさ。私にも何か、手伝わさせてくれないかな?」
「手伝い? けどこれは、俺の仕事だから。華恋が気にする事は……」
華恋のことだ。大方俺だけに任せちゃ申し訳ないなんて思っているんだろう。
けどそれを言ったけど、華恋は首を横に振った。
「違うの。申し訳ないんじゃなくて、ただやりたいってだけだから。私だって、少しは何かしたいよ」
「けど、一番大変だったのは華恋なんだから、ゆっくり休んで……」
いや待て。本人がやりたいって言ってるのに、無下にするのも違うか。
一連の出来事で堪えているだろうから休んでほしいって気持ちはやっぱりあるけど、過保護になっていた事に気がついて、慌てて口を閉じる。
人任せにばかりしてないで、自分でもできる事はないかって思う気持ちは、分かるもんな。
幼い頃、香織に守られていた頃の自分と、今の華恋が重なる。
「それじゃあ、少し手伝ってくれるか?」
「うん!」
指示を出して、簡単な作業を任せる。
華恋は香織みたいに不器用じゃないから、大丈夫だろう。
「焦らずゆっくりでいいからな」
「うん、やってみる。……それにしても。私って昔から、香織ちゃんや伊織くんに助けられてばかりだなあ」
「別に気にすることないだろ。つーか大変な時はちゃんと頼ってくれた方が、俺としては嬉しいんだけど」
「ありがとう……だけど守られてるばかりって、嫌じゃない。まあ今回も結局、頼っちゃったんだけど。伊織くんだって昔、そんな事言ってなかった? 香織ちゃんに守ってもらうんじゃなくて、一人でいじめっ子をやっつけられるようになりたいって」
「あ、ああ……」
確かに言ったような気がするけど、そんな昔のこと、まだ覚えていたのかよ。
結婚の約束は忘れてたくせに、そういう恥ずかしい事は覚えてるんだよな。
だけど同時に思う。
俺は華恋のことを、守りたいって思ってたけど、華恋はそれを望んでいるのかな?
俺が守ってもらわなくてもいいよう、強くなりたいって思っていたのと同じで、もしかしたら華恋も……。
「なあ華恋」
「なあに?」
「華恋は、香織から守ってもらえて嬉しかったか? 昔のことだけじゃなくて、例えば今も」
「え? うーん、それは……」
華恋は少し考えたみたいだったけど、すぐにまた口を開く。
「助けてくれるのは、ありがとうって思う。だけどできれば香織ちゃん……それに伊織くんに甘えずに、困ったことがあっても自分で何とかできるようになりたいかな。守られてるばかりじゃ、嫌だもん」
「……そっか」
「ああ、でも今だって結局、香織ちゃんや伊織くんに頼ってばっかりだよね。なのにゴメンね、偉そうなこと言って」
「そんなことねーって。華恋は、十分強いよ。苦しくても、一人で耐えてきたんだから」
ポンポンと頭を撫でたけど……今ので確信した。
やっぱり華恋は、守られることなんて望んじゃいない。
あー、くそ。だとしたら俺、相当空回りしてたのかも。
もちろん今回みたいな一人ではどうしようもない時や、苦しんでいる時は頼ってほしいけど、よく考えたら守ってやりたいなんてだいぶ偉そうなことだよな。
俺が華恋の立場だったら、そんなこと望まないか……。
「あれ? どうしたの、頭押さえて?」
「いや……自分の不甲斐なさに、改めてうちひしがれているだけだ。悪い、今度から華恋の気持ち、ちゃんと考えるようにするから」
「う、うん。よく分からないけど、分かった」
キョトンとした様子で、可愛く首をかしげる華恋。
今回だって言うべきなのは「俺に任せろ」じゃなくて、「一緒に何とかしよう」、だったんだろうな。
けど過ぎたことを悩んでも仕方がない。
大事なのはこれからだ。
「それじゃあ、作業に戻るか。華恋もよろしく頼む」
「うん!」
二人して調べるプロフ帳を厳選して、次々指紋を取っていく。
結局この後、華恋と二人で作業してたのは香織にバレて、案の定不満そうだったけど、悪い。
今回は抜け駆けさせてもらったぞ。
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