第17話 予期せぬバッタリ

 濡れた制服からジャージに着替えた後、私はそのまま帰宅した。

 まだ委員会の仕事は残っていたけど、先生に事情を話すと、もう帰って良いって言ってくれたから、素直に甘える事にしたの。

 大場さんとの話は途中で中断しちゃったけど、再開させる気にならなかったのか、大場さんもすぐに下校。

 ただ去り際に、「これ以上お姉様に迷惑かけないでよね!」って言われちゃった。

 大場さん、本当に香織ちゃんのこと好きなんだなあ。

 それに比べて私は、何をやっているんだろう?


 とぼとぼと帰って、家の玄関まで着いたはいいけど、中に入るのが怖い。

 香織ちゃんも伊織くんももう帰ってるはずだけど、昼間あんな事があったのに、どんな顔で会えばいいか。

 だけど、いつまでもここで立ち尽くしているわけにもいかない。

 意を決して、玄関のドアを開ける……。


「た、ただい……」

「華恋!」


『ただいま』を言い終わらないうちに、手を引かれて家の中に引っ張られた私は、そのままムギュ~っと抱き締められる。


 わわっ、この熱烈な抱きしめ。香織ちゃんだ!

 たぶんドアの前で、私が帰ってくるのをずっと待っていたのだろう。

 いったいいつからスタンバイしてたの?

 香織ちゃんは、私を抱きしめたまま声を上げる。


「華恋、ゴメン! 私華恋の気持ちも考えずに、無神経な事言ってた! 華恋にだって、事情があるよね」

「か、香織ちゃん……ううん、悪いのは私だから。それと……く、苦しい……」


 あんまり強く抱きしめられたら、息ができないよ。

 すると香織ちゃんは、ハッとしたように手を放す。


「ゴメン、苦しかった? って、あれ? なんでジャージなんて着てるの?」


 私の格好を見て、目をパチクリさせてる。

 いけない。怪しまれないよう部屋に行って着替えるつもりだったのに、まさか玄関で待ってるなんて思わなかった。


「何かあったの? 髪も濡れてるみたいだけど」

「これは、その……帰りに夕立にあっちゃって」

「外晴れてるけど。だいたい、夕立にあったのならどこで着替えたのさ?」


 うう、やっぱり下手な嘘じゃ誤魔化せないよね。

 髪もタオルで拭いただけで、乾ききってないのもまずかった。

 さっきは謝ってきた香織ちゃんだったけど、昼間と同じように、怪しむような目に変わる。


「ねえ華恋。やっぱり何か隠してるでしょ?」

「そんな、別に隠してなんか……」

「そう? だったらちゃんと、私の目を見て答えて」


 伸ばした手で両頬を掴まれて、前を向かせられる。

 後ろめたさでいっぱいで目を反らしたくなるけど、そうはさせてくれない。

 香織ちゃんは責めてるわけじゃないけど、ただじっと私が答えるのを待っていて、申し訳ない気持ちでいっぱいになっていく。


「何があったのかは知らないけど、華恋が望んでやってるならいいよ。けどもしも苦しんでいるなら、私は黙ってないから。例え華恋に嫌われてもね」

「香織ちゃん……」


 香織ちゃんの目はとても切なくて、だけど強い覚悟を感じる。

 今まで何度も大好きって言ってくれたけど、嫌われてもいいなんて言われたのは初めて。


 だけど香織ちゃんが本気で私の事を好きでいてくれてるのはよく知ってるのに、こんな事を言わせるなんて。

 自分が情けない。


「香織ちゃん……ゴメン……」


 気づけば、涙が滲んでいた。

 きっと本当に泣きたいのは、香織ちゃんなのに。


 そんな私を見て動揺したのかな。

 頬を抑えている香織ちゃんの手の力が緩んで、私はその隙に離れた。


「ゴメン……私、髪乾かしてくるね」

「あ、ちょっと華恋!」


 呼び止められたけど、構わず香織ちゃんの脇をすり抜けていく。

 本当は髪なんてどうでもいいし、こんなの問題を先伸ばしにするだけだけど、どうすればいいかなんて分からないもの。


 とりあえず、言った通りちゃんと髪を乾かしながら、考えてみよう。

 そう思いながら廊下を進んで、お風呂場と一緒になっている洗面所までやってきて、ドアを開ける。

 だけどそこには……。


「え、華恋?」

「い、伊織くん!?」


 そこには先客の、伊織くんがいた。

 ……上半身裸の、伊織くんが。


「──っ! んん!?」


 普段は服の下に隠れている引き締まった体を目の当たりにして、頭がボンッて爆発した。

 う、うわああああああっ! や、やっちゃったよー!


 伊織くんと香織ちゃんがうちに来てからはこういう事故を防ぐために、洗面所に入る時はノックをするのがルールになっていたのに。

 さっきのことで頭の中がいっぱいで、忘れちゃってた。

 たぶん早めのお風呂に入ろうとしてたのかな。

 ズボンははいているけど、上は一切何も身につけていない伊織くんを見てつい固まってしまったけど、すぐにハッと我にかえる。


「ご、ごごごご、ゴメン伊織くん! すぐ出て行くから!」


 もう既にやらかしちゃっているけど、せめて1秒でも早く出ていかなきゃ。

 だけど慌てて踵を返す私の手を、伊織くんが掴んだ。


「待てよ。華恋、なんで泣いてたんだ?」

「えっ……ええーっ!?」


 い、今それを聞くー!?

 ビックリしすぎてもう涙なんて引っ込んじゃったけど、ドアを開けた瞬間の泣き顔を、伊織くんは見逃してなかったみたい。

 答えてくれるまで放さないって言わんばかりに手を掴んでいるけど、伊織くん服着てないし。

 目のやり場に困るよー!


 だけどさらに厄介なことに、廊下の方からバタバタと足音が聞こえてきた。

 

「華恋、逃がさないよ! 話はまだ終わってないんだから!」


 やって来たのは、やっぱり香織ちゃん。

 さっきの話の続きをしに来たんだろうけど、途端に伊織くんが顔をしかめる。


「香織? まさか香織が、華恋を泣かせたのか?」

「いや、泣かせたって言うか……ああ、もう! いいから華恋と話をさせて!」

「そうはいくか。まずは納得のいく説明をしてくれ!」


 そう言って伊織くんは私を抱き寄せたけど、そうなると当然、露出した伊織くんの胸板に体が押し付けられるわけで……。

 ま、まままま、待って。待ってってば!


「華恋は話してる途中で泣き出しちゃったけど、私が泣かせたわけじゃない!」

「香織が泣かせたも同然じゃないか! だいたい、何話してたらそうなるんだよ」

「最近華恋の様子が変だってことだよ! アンタだって気づいてるでしょ。なのにそっちこそ、なんで何も聞かないの!?」

「無神経に聞いて良い事なのか、分からないだろれ」

「そうやって、何もしないつもり?」

「そうは言ってない! けど華恋を信じて話してくれるのを待とうって、思わないのかよ!」


 口ゲンカはだんだんとヒートアップしていく。

 そして私の頭も、沸騰寸前。

 半裸の男の子にくっつかれて平常心でいられるほど、私は冷静沈着じゃないの!


 だけど逃れようにも、伊織くんはガッシリ掴んで放してくれないし。

 も、もう限界……。


「ス、ストーップ!」

「「華恋?」」

「ごめん、二人とも。話す、全部話すから……」


 香織ちゃんは何がなんでも聞き出そうとしてるし、何よりこのままじゃ私のせいで、伊織くんとケンカになっちゃう。

 これ以上黙っていることなんて、できないよ。

 だけど、だけどその前に……。


「伊織くん……まずは服を着てぇぇぇぇっ!」


 最初にこれをどうにかしておかないと、話をするどころじゃない。

 顔を真っ赤にしながら、ありったけの声で叫んだ。


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