第15話 抱える秘密

 香織ちゃんと伊織くんに近づくな。

 そんな脅迫状が届いてから1週間が経って、私はなるべく犯人を刺激しないよう、大人しくしてたつもりなんだけど……。


【伊織くんと話をするんじゃない。】

【香織さんにくっつくな。身の程を知れ。】

【まだ家にいるのか。さっさと出ていけ。】


 これは何かって? あの後届いた、脅迫状だよ。

 私だけならまだしも、真奈ちゃんまで危ない目に遭わせるわけにはいかないって思って、学校ではなるべく香織ちゃんや伊織くんと話さないようにしようってしてたんだけど。

 依然この手の手紙は届いているの。


 けど、犯人が納得してないのも仕方ないかも。だって……。


「華恋~、朝から元気無いみたいだけど、何かあったの?」

「調子が悪いなら、ちゃんと言えよ。俺がフォローするから」

「そうそう。クラスの子に聞いたんだけど、最近オシャレなカフェができたんだって。今度の休み、二人で行こう」

「おい香織、なに抜け駆けしてんだ! 行くなら俺も……」


 ……こんな感じで香織ちゃんも伊織くんも、構ってくるんだもの。

 私もね、脅迫状のことを忘れてるわけじゃないから、自分からは話しかけないようにしてるよ。

 それにお昼や遊びに誘われても、理由をつけて断ってる。


 香織ちゃんが教室にやってきて抱きついても、すぐに離れるようにしてるし、伊織くんが声をかけてきてもすぐに話を切り上げるようにはしていたけど。

 それでも次々と手紙が送られてくるってことは、送りつけている犯人は不満みたい。


 特に手紙に書いてあった家から出ていけっていうのは、絶対に無理だから!

 家出して野宿でもしろっていうの? 

 そんなことしたら怪しまれちゃうって分からないかなあ?


 だけど言いたいことは山ほどあるのに、いつも向こうが一方的に言ってくるだけ。

 こっちの声なんてそもそも伝える手段がないんだから、話にもならないよ。


 だけど嫌がらせは、手紙が送られてくるだけにとどまらなかった。

 下駄箱に虫の死骸が入っていたり、ノートが破られてたりといった、明らかに誰かの仕業だって分かる嫌がらせが、多くなっていたの。


 タイミングからいって脅迫状の送り主がやってるのは、間違いないと思う。

 一つ一つはそこまで大したことないし、今のところどうにか隠せているけど、何度も続いたらさすがに堪えてくるよ。


 今日も登校してきたら、前と同じように上履きに画ビョウが入っていた。

 今回は事前に気づいたから怪我はしなかったけど、朝からこれだとやっぱりまいっちゃう。

 すると、そんな気持ちが顔に出ちゃってたのかな?

 教室に入って自分の机に行くと、すぐに真奈ちゃんがやってきて聞いてきた。


「ねえ華恋、勘違いかもしれないけどさ、なんか最近変じゃない?」

「えっ? 変って、何が?」

「なんか伊織くんと、それから香織先輩によそよそしいような気がするんだけど」


 う、鋭い。

 二人を避けてることを脅迫状の送り主にアピールしなきゃいけないから、こう思われるのは当然と言えば当然なんだけど。面と向かって言われると胸が痛くなってくる。


「それにさ、私のことも避けてるでしょ?」

「そ、そんなことないよ……」


 反射的にそう答えたけど、そんなことある。

 真奈ちゃんの言う通り、私が距離を置いているのは香織ちゃんや伊織くんだけじゃない。

 真奈ちゃんとも、極力喋らないようにしてるの。


 だって送られてきた手紙には、言うことを聞かないと友達が不幸になるって書いてあったんだもの。

 私と仲良くしてたら、真奈ちゃんまで嫌な目にあうかもしれない。

 現に一度上履きに画ビョウを入れられてるんだもの、可能性はあるよね。


 幸い今の所、真奈ちゃんが何かされたって話は聞かないけど、安心なんてできないよ。

 だから距離を置いて、被害が出ないようにしてたんだけど、バレちゃってたみたい。

 心配そうな目で、じっと私を見てくる。


「華恋、本当に何も無いの? 無いなら、ちゃんとこっちを見て答えて」

「だから無いって……。ゴメン、ちょっとトイレ行ってくる」

「あ、ちょっと華恋、まだ話は……」


 引き止められたけど、返事をしないでそのまま教室を後にする。

 どうしよう。態度悪かったけど、真奈ちゃん怒ってないかなあ?

 けど怒ったなら、その方がいいのかも。

 これで私と関わらなくなったら、真奈ちゃんまで嫌がらせにあわずにすむもの。

 けど、そうだって分かっているのに……。

 

「寂しいなあ……」


 廊下の途中で足を止めて、ポツリと漏れた切ない気持ち。

 自分でこうしようって決めたはずのに、変なの。

 だけどすぐに気持ちを引き締める。

 真奈ちゃんを傷つけないためだもの。我慢しないと。


 結局その後は真奈ちゃんを避けるため、始業のチャイムが鳴るまで教室には戻らなかった。

 けどさっきの話はうやむやにできたけど、避けなきゃいけない相手は真奈ちゃんだけじゃない。


 お昼休みになって、昼食の時間。

 伊織くんは仲の良い男子達と一緒に机をくっつけながら、お昼の用意をしている。

 転校してきた当初は私と一緒に食べることが多かった伊織くんだけど、最近は男子と一緒に食べるのがほとんど。

 やっぱりこういう時は、男の子同士の方が過ごしやすいみたい。


 一方私は、最近では教室を抜け出して一人でこっそり食べることが多い。

 だって誰かと一緒に食べたら、その子が嫌がらせのターゲットにされちゃうかもしれないじゃない。


 だけど、今日は授業のノートを取るのに時間が掛かっちゃったせいで、出遅れちゃった。

 そしてモタモタしていると、香織ちゃんがわざわざ2年生の教室からわざわざやってきたの。


「あ、華恋いたー! 今日こそは一緒にお昼食べよう!」


 香織ちゃんはお弁当の包みを持って教室に入ってくると、私の席までやってくる。

 香織ちゃんもクラスの人達と一緒に食べることが多くなってるけど、それでもこうして時々、お昼に誘いに来るんだよね。

 だけど……。


「えっと……ゴメン。今日は他の友達と約束してて。香織ちゃんは、クラスの人達と食べて」

「むう、そんなこと言って、華恋ってば最近昼休みになると、いっつもいなくなるじゃない。いったいどこで誰と食べてるの?」

「それは……」


 ……言えない。

 校舎の奥にある空き教室で一人で食べてるなんて知られたら、きっと不信がられちゃうもの。


「それに最近、家でもよそよそしいしさ。ひょっとして、何かあったの?」


 マズイ。

 やっぱり同じ家で生活してるんだもの。

 おかしいって気づくよね。

 すると、私達の様子を見ていた真奈ちゃんもやってくる。


「それ私も思いました! 華恋、白状しなよ」


 真奈ちゃんまで一緒になって、問い詰めてくる。

 けど、本当のことを言うわけにはいかない。

 それどころか、こうして教室で話をしているのだってよくないもの。


 もし今話しているのを、あの手紙の送り主が見ていたら、また香織ちゃんに近づくなって怒るかもしれない。

 真奈ちゃんに嫌がらせをするかもしれない。

 そんなの、絶対にダメ……。


「ねえ華恋。何があったのか、ちょっとで良いから話してみてよ」


 私の顔を覗き込むようにしながら、心配そうに聞いてくる香織ちゃん。

 だけど……だけど私は……。


「放っておいて……」

「え?」

「もう放っておいてよ! いいから私に関わらないで!」


 今まで言ったことの無い拒絶の言葉を香織ちゃん、それに真奈ちゃんに向かってぶつける。

 たけど自分が何を言ったかすぐに気づいて、ハッとする。


 いけない。二人は私の事を心配してくれてたのに、こんなこと言っちゃうなんて。


 だけど気づいた時にはもう遅く、香織ちゃんも真奈ちゃんも信じられないものを見るような目を、私に向けている。


 ──っ!

 やっちゃった!


 心臓がキューっと縮み上がって、一気に血の気が引く。

 だんだんと後悔の念が湧き上がってきたけど、一度言ってしまった言葉を取り消すなんてできない。

 そして、さっきの発言を聞いていたのは、香織ちゃんと真奈ちゃんだけじゃなかった。

 自分で思ってたよりずっと大きな声が出ちゃってたみたいで、教室中の目が私に向いていた。


 何が起きたのか、みんなが正しく把握しているかは分からないけど、驚いた様子で私を見ていて。

 その中には、伊織くんの姿もある。


 どうしよう、早く二人に謝らなきゃ。

 けどそうしたら、手紙の送り主を怒らせちゃうかもしれないし……。

 結局頭の中がぐちゃぐちゃのまま、ガタンと椅子を揺らして立ち上がった。


「ごめん……私行くね」

「ちょっと華恋……って、香織先輩! ひょっとして、立ったまま気絶してませんか!? 香織先輩ー!」


 歩き出す後ろでは真奈ちゃんが「先輩、しっかりしてください!」って騒いでいるけど、私は振り返ることなく教室を出ていく。


 けどそういえば、お弁当を持ってくるのを忘れてた。

 でも……いらないや。

 あったところで、とても喉を通るとは思えないもの。


 教室を出る前にらっと振り返ったけど、香織ちゃんは目を見開いてて、顔面蒼白って感じ。

 こんな香織ちゃん見たことないや。

 けど、そんな風にさせちゃったのは私なんだよね。

 そう思うと、気持ちの悪い何かが肺の奥から込み上げてきて、今にも倒れそう。


 とにかく今は、一人になれる所に行かないと……。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る