嫉妬と妬みの黒い影
第13話 差出人不明の手紙
その日は何の変哲もない、いつも通りの朝だった。
香織ちゃんや伊織くんと一緒に登校して、香織ちゃんが自分の教室に行く前に「充電~」って言って抱きついてきたのを伊織くんがベリッて剥がすという、普段の光景。
その後も、授業が滞りなく進んで行ったけど……ソレがあったのは、昼休みが終わってすぐ。
体育の授業でグランドに出ようと、昇降口にやってきた時。
靴を取り出そうと下駄箱を開けたら、中に何かが入っていたの。
あれ、これ何だろう
靴の上に乗っかっていたのは、白くて四角い、小さな封筒。
もちろんこんなの置いた覚えなんて無いけど、これってひょっとして手紙?
って、まさか……。
思い出したのは何度か漫画で見た、下駄箱に入れられたラブレター。
そんな恋愛漫画のワンシーンを思い出して、みるみる顔が熱くなっていく。
いやいや待って、そうとは限らないよね。
だいたい今時、そんな古風なことやる人なんているの?
それに……私だよ。
私にラブレターを送る人なんて、いるわけないよね。
現在香織ちゃんと伊織くんに想いを寄せられてはいるけど、あれは例外中の例外だもの。
というかきっとあれで、一生分のモテ運を使い果たしちゃってるはずだから、ラブレターとか絶対に無いと思うんだけど……。
キョロキョロと辺りを見回すと、クラスの女子達が次々と上履きから靴に履き替えて、外に出て行ってる。
私はそんな彼女達にバレないよう、こっそり封筒を取り出すと、人目を避けながら封を開けた。
ラブレターじゃないにしても、誰かからの手紙なのだとしたら、人に見せない方が良いかもだしね。
そうして開かれた封筒の中には、一枚の紙が入っていたんだけど……。
「えっ……」
熱せられていた頭が、一気に冷める。
入っていたのは思った通り手紙だったけど、ラブレターなんかじゃなくて。
そこには短い文章で、こう書かれていた。
【香織さんと伊織くんに近づくな。家から出て行け】
綴られた文字から、目を離すことができない。
な、何これ? 近づくなとか家から出て行けとか、どういうこと?
わけが分からずに呆然としていると、封筒から何かがヒラリと落ちた。
どうやら手紙以外にも何か入っていたみたいで、慌てて屈んで落ちたソレを拾ったけど、その瞬間血の気が引いた。
落ちたのは、いったいいつ撮られたのか。
学校の廊下を歩いている私の写真だった。
正面から撮られたものではなくて、斜め後ろから撮られた、隠し撮りされたとしか思えないものだったけど、重要なのはそこじゃない。
その写真にはまるで画ビョウで開けたような小さな穴が、いくつも空いていたの。
穴が空いている部分は顔だったり体だったり、とにかくたくさん。
こ、これってもしかして、伊織くんが観ている刑事ドラマで出てくる、脅迫状ってやつなんじゃ?
手紙に書いてあった通りにしないとただじゃおかないっていう意味で、この穴だらけの写真を同封してきたのかも。
いったいどこの誰がこんな事をしたのかは分からないけど、言い様の無い気持ち悪さが込み上げてくる。
私と香織ちゃんや伊織くんが仲良くするのを、面白くないって思ってる人がいるってこと?
だからって、こんな物を送ってくるなんて。
信じられない出来事に血の気が引いて、心臓が縮みあがる。
でも、そうして立ち尽くしていると……。
「華恋ー、どうしたのー? グラウンド行かないのー?
「ひゃあっ!?」
不意に後ろから肩を叩かれて、大きな悲鳴を上げる。
慌てて振り向くと、そこには驚いたように目を丸くする真奈ちゃんの姿が。
な、なんだ真奈ちゃんか。
安心してホッと息をついたけど、真奈ちゃんは私の悲鳴に驚いたみたい。
「ビックリしたー。いったいどうしたの? なんか顔色悪くない?」
「な、何でもないよ。大丈夫だから」
返事をしながら、手紙と写真を背中に隠す。
こ、これは真奈ちゃんに見られるわけにはいかない。
余計な心配を、かけたくないもの。
「だったらいいけど、本当にキツかったら言いなよ。体育の授業中に倒れたら、洒落にならないから」
「へ、平気だって。それより、早く行こう」
私はこっそり手紙を下駄箱に戻すと、真奈ちゃんの背中を押しながら外へと出て行く。
だけど体育の授業が始まっても、頭の中はさっきの脅迫状の事でいっぱいだった。
何あれ何あれ何あれ!?
私が香織ちゃんや伊織くんと仲良くするのをよく思ってない人がいるのは知ってたけど、まさか脅迫状を送ってくるなんて。
で、でも大丈夫だよね。
別に何かされたわけじゃないし。
隠し撮りをされてたり、撮った写真に穴を空けられてただけでも十分に気持ち悪いけど、我慢できないこと無いし。
あんなの気にせず、放っておくのが一番だよね。
そう思ったものの……。
頭では分かっていても、心はそう簡単に割り切れない。
この日の授業はサッカーで、2チームに分かれてゲームをしたんだけど。
さっきの事が気になってボーッとしていた私は終盤、ボールを受け損ねて足を捻っちゃった。
今はコートから出て足を擦る私に、真奈ちゃんが付き添ってくれている。
「ちょっと、華恋大丈夫? やっぱり、調子悪かったんじゃ?」
「ううん。これくらい、大したこと無いよ」
心配してくる真奈ちゃんに笑顔を作って見せたけど、捻った足がズキリと痛む。
するとそのタイミングでチャイムが鳴って授業が終わったけど、これは教室に戻るよりも先に保健室に行った方が良いかも?
そう思ったその時。
「華恋、何かあったみたいだけど平気?」
「い、伊織くん?」
やって来たのは伊織くん。
男子も隣のコートでサッカーをしていたんだけど、私の様子が変だって、気づいたみたい。
「伊織くん。華恋ってば足捻っちゃって」
「え、大丈夫なのか?」
「平気だって。保健室で診てもらったらすぐに治るよ」
そう言って歩き出そうとしたけど、またしても痛みが走って、足を止める。
ううっ、歩けないことはないけど、やっぱりちょっと痛いなー。
すると伊織くん。何を思ったのか、そっと背中と足に手を伸ばしてきて、そのまま器用に私を抱え上げた。
って、ちょっと待って。
これって、お姫様抱っこー!?
「ちょっ、伊織くん。何を?」
「足捻ってるんだろ。だったらこうやって運んだ方がいい」
「いやいや、大袈裟だよ。わざわざ抱っこしてくれなくてもいいって言うか……」
「前に香織もやってもらってただろ。香織はよくて、俺はダメなの?」
急に捨てられた子犬みたいな目をされて、足以上に胸がズキンと痛んだ。
そ、それって、体育の借り物競争の時の話だよね。ひょっとして伊織くん、対抗心を燃やしてる?
もしかしたらこのお姫様抱っこには、香織ちゃんに負けないって意味もあるのかもしれない。
だけど普通、同級生が足を捻ったからって、お姫様抱っこなんてしない。
全校生徒の前でやった体育祭の時ほどじゃなくても、やっぱり注目を集めないはずがなくて……。
「あー、華恋がまた、またお姫様抱っこされてるー!」
「香織お姉様に続いて、今度は伊織くん!? 桜井さん、相変わらず羨ましい」
「まあやるよな。伊織だもの」
歓声があがったけど、どこか妙に納得してる声もある。
最初は香織ちゃんのスキンシップや伊織くんの過保護ぶりに驚いていたクラスのみんなも、今はだいぶ慣れちゃってるみたい。
むしろ慣れてないのは、私の方かも。
こんな風に抱えられて、至近距離で顔を覗き込まれてたら、ドキドキが止まらないよ。
心臓だけじゃなくて、まるで体中がドクンドクンと鼓動を刻んでいるみたい。
「伊織くん、本当にいいから。というかちょっと、くっつきすぎじゃないかなあ? は、恥ずかしいよ……」
「……華恋がそれを言う? 華恋だって相当、距離感バグってるけど。家では無防備に、近づいてくるくせに」
「ふえ? 私そんなことしてたっけ?」
「無自覚かよ……。まあいいや、普段は俺がやられてるんだから、今回くらいは好きにやらせてもらうよ」
「ええっ!? ちょ、ちょっと!」
伊織くんが何を言っているのか分からず、そのまま有無を言わさず保健室まで連れて行かれる。
こういう時の付き添いって、普通は保健委員がするもんじゃないのかなあ?
結果、足はただの軽い捻挫だったけど、むしろ熱の方が出てきそうだよ。
けど、本当に気にしなきゃいけないのは、そんなことじゃなかった。
下駄箱に入っていた、『香織さんと伊織くんに近づくな』って手紙。
その忠告を破ってしまったことを後悔する事になるなんて、この時は思わなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます