第12話 プリンス姉弟

 体育祭が終わってからというもの、伊織くんと香織ちゃんは学校でますます有名になった。


 香織ちゃんはたくさんの競技で大活躍したんだもの、当然だよね。

 それに伊織くんも、あのリレーでの姉弟対決の効果で、香織ちゃん共々知名度が爆上がり。

 中にはプリンス姉弟なんて言う人もいて、二人のことを知らない人なんて、もううちの学校にはいないんじゃないかなってくらいの、有名人になっちゃってる。


 まあそんなわけで、二人が有名になったのは分かるんだけど……。


「ねえ、あの子ってたしか」

「ああ、あの草薙姉弟の婚約者の」

「もう既に二人と同棲してるっていう、一年生の桜井華恋?」


 昼休み真奈ちゃんと一緒に廊下を歩いていると視線を感じる。

 見れば先輩の女子生徒が二人、こっちを見ながら、ヒソヒソ話をしていた。


 こ、婚約者かあ。

 確かに昔約束はしたけど、そんな大層なものじゃないから。


 最近、この手の会話をあちこちで聞く。

 香織ちゃんや伊織くんと一緒に、私まで有名になっちゃったんだよね。

 体育祭の借り物競争で香織ちゃんが私を、お姫様抱っこをしてゴールしたのが効いたみたい。

 それからどこをどう話が広まったのか、私は香織ちゃんと伊織くんの婚約者ってことになっちゃってるみたいなんだけど。

 こんな風に噂されるのは、なかなか慣れないなあ。

 人目を避けるため、真奈ちゃんの後ろに隠れた。


「もう、華恋ってば。別に悪いことしてるわけじゃないんだから、もっと堂々としてなよ」

「だ、だって恥ずかしいんだもん。香織ちゃんも伊織くんもうちにホームステイしてるだけなのに、いつの間にか話大きくなってるし」

「うん、ホームステイじゃなくて『同棲』ってみんな言ってるけどね。この前誰かが、親公認の許嫁で、18歳になったら即婚姻届を出す予定になっているって話してるのを聞いたよ。もちろん香織先輩と伊織くんの両方と」


 違うから!

 だいたい、両方と結婚するなんて時点で、みんなおかしいって思わないのかなあ!?


 あ、だけどよく考えたら、両方と結婚って、元々は昔私が言い出したんだ。

 まさかそれが時を越えて、こんな形で返ってくるなんて。


「この前他のクラスの子から、華恋の結婚の話は本当なのかって聞かれたけど、『そうだよー』って答えておいた」

「真奈ちゃん!? もうー、本当は全然違うのにー!」

「えー、案外当たってるじゃん。少なくとも香織先輩はその気だし、伊織くんだってそうなんじゃないの? 普段は物静かだけど、華恋の事になると案外熱くなるし。あれはクールキャラの仮面を被った溺愛系ヒーローって、私は見てるよ」


 溺愛系ヒーローって、そんな漫画じゃあるまいし。

 あ、でも実はクールキャラじゃないってのは、当たってるかも。

 再会した直後は口数も少なくて、私もそうなのかなって思っていたけど、最近は違うって分かってるし。


 案外表情豊かな男の子だもんね。

 家でミステリーもののドラマを観てる時なんかも、楽しそうにしてるし。


 昨夜も刑事もののドラマを観てた時、真剣な顔をしてたっけ。

 けど、そんなことを思い出していると……。


「草薙姉弟の婚約者かあ。けどあの子、そんなに可愛くなくない? 香織さんも伊織くんも、どうしてあんなのがいいんだろう?」


 トゲのある言葉が飛んできて、一瞬足が止まった。

 見ると廊下の先には数人の女子の先輩がいて、こっちを見ながらヒソヒソ話をしている。


 ああ、まただ。

 香織ちゃんや伊織くんに引っ張られる形で有名になっちゃったけど、度々こんな事を言われているの。


 けど、そう言いたくなる気持ちが、分からないわけじゃない。

 香織ちゃんや伊織くんと違って、私には華が無いって、自分でもわかるもん。

 だからデマとはいえ二人の婚約者ってことになってる私がこんなのだって知って、驚く人も多いの。

 他のクラスの人が『桜井華恋ってどの子?』って言って教室に訪ねてきて、私を見た途端『え、あの子が?』って驚かれるのだって、一度や二度じゃないもの。

 みんな陰で、伊織くんや香織ちゃんとは釣り合わないって言ってるのだって知ってる。


 確かにその通りなんだけどね。

 けどそんな風に言われるのは、やっぱりちょっと凹むなあ。

 けど聞こえてることに気づいているのかいないのか、先輩達は話を続ける。


「アレと比べたら、あれなら私達の方がまだ可愛いじゃん」

「待って。ということはもしかしたら私らにも、ワンチャンあるってことじゃないの?」

「あ、そうかも! 私、伊織くんにアタックしてみようかなー」


 好き勝手言ってるけど……こんな風に言われるの、いやだな。

 私のことを言うだけならいいよ。

 けど今の言い方だと、伊織くんまで軽く見られてる気がして、胸の奥にいやな気持ちが渦巻いていく。

 すると隣にいた真奈ちゃんも、不機嫌そうに眉間にシワを寄せてる。


「何なのあの人達? あんな事言ってる時点で、脈なんて無いって分からないかなあ。華恋はアンタらよりよっぽど可愛いし、いい子だっての」


 真奈ちゃんの声は大きく、向こうにも聞こえたんじゃないかって思ってドキッとしたけど、彼女達は絡んでくることなくそのままどこかに行っちゃった。

 良かった。

 けどもし何か言われたら言われたで、その時は私も一言言ってやりたかったかも。


 そして真奈ちゃんが、私のために怒ってくれたことが嬉しい。


「真奈ちゃん、ありがとう」

「いいって。それにしても、伊織くんも香織先輩も華恋にゾッコンだって、分からないかなあ。告白されても必ず、好きな人がいるからって言って断ってるってのに」


 その話は、私の耳にも入ってきてる。

 転校してきて以来、男女問わず香織ちゃんや伊織くんに告白する人は後を絶たないみたいだけど、そんな時二人はさっき真奈ちゃんが言ったように、必ず「好きな人がいるから」って言って断ってるみたいなの。

 その好きな人っていうのはやっぱり、私なんだよね。


 恐れ多いやら恥ずかしいやら、だけどやっぱり嬉しい気持ちもあって、変な気分だよ。


「それにしてもさっきの先輩達、華恋の悪口を言うなんて命知らずな。もしもさっきの会話を香織先輩が聞いてたら、首根っこ掴まえて説教してたかも……あ、噂をすれば」


 そう言った真奈ちゃんの視線の先にいたのは、廊下の端で何やら話をしている香織ちゃんと……大場さん?


 学年が違う二人だけど、そんなに珍しい組み合わせじゃない。

 大場さん、香織ちゃんの大ファンだから、よく会いに行って話をしているの。

 すると向こうもこっちに気づいて、香織ちゃんが寄ってくる。


「華恋ー、充電させてー!」

「わわっ!? 香織ちゃん、充電ってなんの?」

「華恋成分の充電だよ。午後の授業頑張れなーい。次の国語なんて、絶対寝ちゃうもん」


 言いながら、ムギューって抱き締めてくる。

 けど、授業中に寝ちゃダメだってば。


「桜井さん、お姉様が充電したいって言ってるんだから、大人しく身を差し出したら?」

「お、大場さん」

「流実ちゃんありがとー。それじゃあ、お言葉に甘えて……」


 調子に乗った香織ちゃんは、更に抱きしめる力を強くする。

 はわわ。家でのスキンシップにはもう慣れたけど、人目のある学校だとやっぱりまだちょっと恥ずかしいなあ。


 すると真奈ちゃんがそんな私達をニマニマと見てから、大場さんに声を掛ける。


「そういえばさ、大場さんはいいの? 愛しの香織先輩が、華恋と仲良くしても」

「まあ……。最初同棲してるとか婚約者だとか聞いた時はビックリしたけど、お姉様がそれを望んでいるのなら、応援するのがファンの務めだから」

「大場さん、なんか変わったねえ……恋は人を変える、か。大場さんの愛は本物だよ」


 うん、それは私も思う。

 大場さん、最近は私にも良くしてくれるようになったもん。

 変わった大場さんが凄いのか、それとも大場さんを変えた香織ちゃんが凄いのか分からないけど。

 ほんと香織ちゃんや伊織くんが来てから、私の周りは大きく変わったなあ。


「そういや、華恋が香織先輩と伊織くんのどっちとくっつくか賭けをやってるんだけど、大場さんはやっぱり香織先輩派?」

「当然。お姉様一択に決まってるじゃない」

「ま、大場さんならそうするよね。ちなみに一番多いのは、卒業までどっちともくっつかない。二人ともハイスペすぎるか簡単には選べないし、何より華恋は奥手だから、性格上なかなか決められないって意見が多いかな」

「確かに……ああ、もう! さっさと決めてほしいけど、お姉様がゆっくりで良いって言ってるなら、文句言えないじゃない!」


 なんだかご立腹の大場さん。

 というか真奈ちゃんは、私がどっちとくっつくかで、賭けをやってたんだ。

 困るわけじゃないから別にいいけど、ビックリだなあ。


 本当に最近色んな事が変わってきてて、中にはさっき悪口言われたみたいに良くない変化もあるけど、香織ちゃんや伊織くんと一緒にいられるんだもの。 前よりずっと楽しいし、素敵だよね。


 ……って、この時は思っていたんだけど、私は気づいていなかった。

 私はただ二人と仲良く、穏やかに過ごしたいだけなのに。

 それを面白くない、壊したいって思っている人がいることに。


 起こった変化は何も良いものばかりじゃないって、分かっていたはずなのに。

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