第11話 【伊織side 】好きな子からの応援
【伊織side 】
午後になって、体育祭の競技も後は男女混合リレーを残すのみ。
これには俺も選手として出場するけど、それよりもさっきあった借り物競争のワンシーンが、頭から離れなかった。
「香織のやつ、お姫様抱っこってなんだよ」
呟きながら、グラウンドへと歩いて行く。
勝つために最善の手を使ったと言われたらそれまでだけど、放送部にカップル報道までされていたのには、かなりへこんだ。
こんなことなら、俺も借り物競争に出れば良かった。
そしたら俺も華恋をお姫様抱っこして、ゴールしてやったのに。
きっと華恋も、さっきの香織を見て格好いいって思ったんだろうなあ。
自分よりはるかに運動神経のいい姉がいるというのは、必ずしも良いことばかりじゃない。
走ってもバスケをやっても、決して香織には敵わないって、小さい頃から何度も痛感させられているんだから。
だと言うのに……。
「なんだ伊織、アンタも第6走者なんだ」
混合リレーに参加する生徒の中にいたのは、目の上のたんこぶである香織。
しかもよりによって同じ第6走者かよ。
「なんで同じ順番になるかなあ?」
「しょーがないでしょ。チームで吟味した結果なんだから。言っとくけど、手加減しないからね」
「分かってるよ」
香織は弟が相手だからといって手を抜いたりしないって、よーく知ってるから。
そうしているうちに、リレーが開始される。
全部で3チーム。一斉に走り出すしたけど、第1走者のスピードはほぼ互角……いや、僅かにうちのチームが勝っているか?
その後バトンは第2走者、第3走者に渡っていったけど、うちのチームが後続を大分引き離して1位だ。
一方香織のチームは最下位。かなり差をつけられている。
ただ、これで香織が焦っているかというと。
「最下位か……ふふ、逆転し甲斐があるじゃない」
口角を上げて、不適な笑みを浮かべている。
だよなー。
香織は逆境になればなるほど、燃える奴だ。
きっと頭の中では既に、前方にいる走者を抜いてトップに躍り出るイメージができているだろう。
そしてそれを実現させるだけの力が、香織にはある。
相変わらずスゲーよこの姉は。
やがて自分達の順番が近づいてきて、俺も香織もコースに立つ。
ランナーの差は縮まっていなくて、俺のチームが1位。
そしてトップを維持したまま、俺はやってきたランナーからバトンを受け取った。
「草薙、頼む!」
「ああ!」
手にしたバトンをしっかり握りしめて、全力で走り出す。
調子は悪くない。
前の走者達がだいぶリードしてくれていたし、これならそう簡単に抜かれないか?
前のみんながせっかく頑張って走ってくれたんだ。
いくら香織が相手とはいえ、俺のところで首位転落は避けてーもんな。
けど……考えが甘かった。
『あーっと、草薙香織選手にバトンが渡った! 凄い早さで、差を縮めていく!』
放送部の実況を聞いたとたん、背中に冷たいものを感じた。
後ろを振り返りはしないけど、確かに感じる。
香織が、迫ってきてるって……。
『あっという間に2位に躍り出たー! 前方にいるのは、弟の草薙伊織選手、これは宿命のキョウダイ対決だー!』
後ろのやつ、もう抜かれちまったのか!?
つーか宿命のキョウダイ対決って。そういうのはもっと、力が拮抗してるからこそ盛り上がるんだろーが。
悔しいけど、俺と香織の実力差は……。
『弟の伊織選手の背中に、姉の香織選手が迫る! このまま抜き去るか!?』
──っ! もうすぐ後ろまで来やがった。
一瞬背後に目をやったけど、さっきまでのリードは何だったのか。
本当にもう近くまで来ていて、このままじゃ追い越されるのは時間の問題だ。
けど……仕方ないか。
諦めが、頭の中をよぎる。
しょうがないよな。香織に勝てないことくらい、俺が一番よく知ってるんだから……。
「……リくーん……伊織くーん!」
え、華恋!?
諦めかけたその時、聞こえてきたのは天使のような声。
華恋が、俺の名前を呼んでるのか?
驚いて控え席に目をやると……いた!
華恋は立ち上がって俺の方を見ながら、手でメガホンを作って叫んでいる。
「伊織くーん! 頑張ってー!」
──っ! 華恋!
瞬間、諦めかけていた心に火が灯った。
何をやってるんだ俺は!
いくら香織が相手だろうと……華恋に格好悪い所なんて見せられるか!
『香織選手追い抜……けない!? 伊織選手、ここに来てスピードが上がってる!』
放送部が驚いた声を上げてるけど、当たり前だ。
好きな女の子に応援されて、熱くならない男がいるかー!
今までは、香織には勝てなくても仕方がないって思ってたけど、今回だけは負けられない。
差はだいぶ縮められたけど、それでも最後まで追い越されることなく、手にしたバトンを次のランナーである3年の先輩へと伸ばした。
「先輩、お願いします!」
「おう!」
バトンを受け取った先輩が走り出す。
すると直後、同じように香織からバトンを受け取った選手が、後を追っていった。
危なかった。
かなりギリギリまで迫られていたけど、それでも抜かれずにすんだのは華恋の応援があったから。
俺はもう一度控え席を見ると、笑っている華恋に向けて手を振った。
「伊織くーん、かっこ良かったよー!」
ぐはっ!
い、今のセリフ、誰か録音してないか?
いや、録音してなかったとしても、俺はぜってー忘れねー!
諦めないで良かった。
おかげで、こんな嬉しいご褒美をもらえたんだから。
まあ、そんなわけで俺は良かったんだけど……。
「華恋……伊織の応援ばっかり。私のことは応援してくれなかった……」
隣を見ると……ああ、やっぱこうなったか。
香織が拗ねたように、頬を膨らませている。
「しょうがないだろ。華恋と俺は、同じチームなんだから」
「むう、私も華恋と同じチームになりたかったー! 伊織ばっかりズルいー!」
んなこと言われてもなあ。
香織のやつ、学校ではお姉様なんて言われてるけど、俺に言わせれば面倒くさい拗ね方をする、子供っぽい姉だ。
世間のイメージなんて、当てにならねーな。
まあそれはたぶん、俺も似たようなものなんだろうけど。
とにかく、これはなだめるのに苦労しそうだ。
そしてその予想はやはり当たっていた。
リレーではその後香織のチームが逆転して総合優勝も持っていったものの、ヘソを曲げた香織の機嫌は回復せず。
家に帰った後、焦った華恋が「香織ちゃんもかっと良かったよ」ってフォローするのだった。
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