第10話 ドキドキすぎる借り物競争
香織ちゃんの差し出したカードを見て、首をかしげる。
『可愛いもの』ってお題なのに、どうして私が必要なんだろう?
「ちょっと待って。借りなきゃいけないのは、『可愛いもの』なんだよね? 私だとカテエラになるんじゃ?」
「何言ってるの、華恋は世界一可愛いじゃない。もしも違うなんて言うやつがいたら、私が黙らせる」
不満げに頬を膨らませる。
相変わらず、私に対するひいき目が過ぎないかなあ?
「まあ俺でもそのお題なら、迷わず華恋を連れていくな」
「うんうん。いいじゃん、行ってきなよ」
伊織くんに真奈ちゃんまで。
だけどふと伊織くんが、気づいたように言う。
「あ、ちょっと待て。香織は、俺達とは別チームだろ。華恋がついて行ったら、点差開くことにならないか?」
「むう、余計なことに気づいてくれるねえ」
そういえば。
チームが勝つことを考えたら、ここは心を鬼にして断るべきなのかも。
断ったところで私より可愛い子なんて、いくらでもいるんだから、そんなに困らないよね。
けど、そんな私達に近づいてくる一団がいた。
「ちょっと桜井さん。まさかとは思うけど、せっかく香織お姉様が選んでくれたのに、断るわけじゃないよね?」
「お、大場さん?」
やって来たのは、大場さんをはじめとする、香織ちゃんのファンクラブの人達。
みんなはジトッとした目で、私を見てくる。
「本当にいいの? 向こうのチームに点入っちゃうけど」
「何言ってるの。チームの勝ち負けよりも、お姉様の頼みを断る方が大問題じゃない」
「香織さん、どうぞ遠慮なく連れて行ってください」
まあ、みんながそう言うなら……。
伊織くんもこれには諦めたみたいで、「しょうがないか」って言って肩をすくめる。
だけどその時、競技を実況している放送部のアナウンスが流れた。
『おお、3年1組の山本くん、どうやら借り物を見つけられた模様。全速力でゴールに向かっている!』
え、もう見つけた人いるの?
見れば3年生の男子の先輩が、パイプ椅子を抱えてグラウンドを走っている。
いけない、行くなら早くしないと。
「行こう、香織ちゃん!」
「来てくれるんだね、ありがとう!」
香織ちゃんに手を引かれて、グラウンドに出て行く。
まさかこんな形で、競技に参加することになるなんて。
『2年3組、草薙香織さん、1年生の女の子を連れてレーンに戻って参りました! はたして追い付けるか!?』
放送部がそんなことを言ってるけど、向こうはパイプ椅子を持っていて走りにくそうにしてるし、香織ちゃんの足なら……。
けど私は、大事なことを忘れていた。
香織ちゃんなら、普通に走ったら追いつけると思う。
だけどこれは借り物競争。
鈍足の私も、一緒に走らなくちゃいけないんだよ!
香織ちゃんは遅い私に合わせて走らなくちゃいけないから、当然スピードが出せない。
前を走る先輩との差が、全然縮まらないよ!
「ちょっと桜井さん、何やってるの!」
「もっと早く走って!」
控え席から声が飛ぶけど、ごめんなさい。
これが私の全速力でーす!
どうしよう。
香織ちゃんだけなら追いつけるのに、私が足を引っ張っちゃうなんて。
「ごめん香織ちゃん。私が遅いせいで、勝てないかも」
あまりに申し訳なくて謝ったけど……香織ちゃんはそんな私を見て、フッと笑った。
そして……。
「何言ってるの。華恋のせいで負けるなんて、そんなはずないじゃない……ちょっと失礼」
「わわっ! な、何を……」
香織ちゃんは背中と足に手を回してきたかと思うと、そのまま私をひょいって抱え上げた。
いわゆる、お姫様抱っこと呼ばれる状態。
ちょ、ちょっと待って! 何やってるのー!?
「か、香織ちゃん?」
「華恋のせいで負けるなんてあり得ない。華恋はいつだって、私の勝利の女神なんだから!」
「きゃあっ!?」
戸惑う私を抱えたまま、全速力で走り出す。
何これ何これ何これー!?
待って。お姫様抱っこされて走るなんて、恥ずかしすぎるんだけど!
すると頭を沸騰させる私をよそに、放送部の実況が飛ぶ。
『おおー、まさかのお姫様抱っこ! さながら、お姫様を抱えたナイトのよう。まさにカップル! ものすごいスピードで、ぐんぐん追い上げて行く!』
放送部の言うように、香織ちゃんは人一人を抱えているとは思えない速さで、前を走る先輩との距離をみるみるうちに縮めていってる。
「キャー、香織先輩ステキー!」
「お姫様抱っこしたまま、なんであんなに速く走れるんだ? あの人は超人かよ?」
驚きの声が上がっていて、それは私も思う。
今の香織ちゃん、さらっと人間超えちゃってない?
けどそれよりも、自分の置かれている状況の方が気になって仕方がなかった。
選手の控え席からは声援とも悲鳴とも取れる叫びが響いていて、たぶん今日一番の盛り上がりを見せている。
つまりお姫様抱っこされている私を、全校生徒が見ているってこと。
は、恥ずかしすぎるー!
対して香織ちゃんは気にも止めない様子でどんどん走って、ゴールテープ直前、ついに先輩を追い抜いた。
そして……。
『ゴール! 1位は大逆転、草薙香織さんカップル! 大変いいものを見させていただきましたー!』
大興奮の実況が、勝利を伝える。
か、勝ったんだ。良かったー。
けどなんか、カップルって言われてた気がするんだけど。
応援席からは歓声と一緒に悲鳴が上がってるし……あ、あっちは見ないことにしよう。
すると香織ちゃんは私を抱えたまま、さっきと同じ笑顔を向けてくる。
「言ったでしょ、華恋は私の勝利の女神なんだって。華恋がいてくれたら、絶対に負けないんだから」
「う、うん……」
清々しく言う香織ちゃんはとても凛々しくて格好よくて。
頭の中で何かが爆発したみたいにボンッてなって、もうクラクラだよ。
その後応援席に戻った私は大歓声の中出迎えられたけど。
その中でなぜか伊織くんは苦虫を噛み潰したみたいな、すっごく嫌そうな顔をしていた。
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