第7話 私のために争わないで!
香織ちゃんと伊織くんが転校してきて、もしも分からなかったり困ったりすることがあったら力になろうって思っていたけど。
もしかしたら今日は、私の方が疲れたかも。
体育の授業の後もクラスの子達の質問攻めは続いて、もうくたくた。
そして放課後になると、香織ちゃんが再び私達の教室にやって来た。
「華恋ー、一緒に帰ろー!」
帰りのホームルームが終わったと同時に教室に入ってきて、私の所までやってくる香織ちゃん。
昼休みも思ったけど、クラスどころか学年だって違うのに、遠慮なしに入ってくるなあ。
普通は入りにくいものだと思うけど、もしかしたら向こうでは違ったのかな?
「まあまあ香織お姉様、わざわざ迎えにくるなんて、なんとお優しい。ほら桜井さん、早く帰る準備して。お姉様を待たせたら失礼でしょう」
「う、うん」
すっかり香織ちゃんの虜になっちゃってる大場さんに急かされながら、教科書やノートをカバンに入れていたけど。
先に帰り支度を済ませた伊織くんも、近くにやってくる。
「香織、迎えに来るのはいいけど、あんまりベッタリしてたら華恋が迷惑だろ」
「むう、なに言ってるかなアンタは? 華恋、私って迷惑?」
「ふえ? そ、そんなことないよ」
香織ちゃんは勝ち誇った顔で「ほれ見なさい」って言ってるけど、伊織くんは不満げな様子で。
気のせいか二人の間には、バチバチ火花が散ってるように見える。
「ふふーん。華恋は私と一緒に帰るんだから。伊織は後で、一人でゆっくり帰ってきたら?」
「冗談じゃない。華恋と香織を二人きりになんて、そんな危険なことできるわけ無いだろ」
「ふ、二人ともケンカしないで。そ、そうだ。帰るなら、真奈ちゃんも一緒にどう?」
真奈ちゃんとは、途中まで一緒に帰ることも少なくない。
私一人二人の間に挟まれたんじゃ耐えられるか分からないから、助け船を求めたんだけど……。
「ゴメン。両手に美男美女を抱えて下校っていう美味しいシチュエーションを邪魔するなんて、野暮なことできないわ」
真奈ちゃーん!?
すると最後の頼みの綱にあっさり見放された私の右腕を香織ちゃんがガッシリと掴んでくる。
「それじゃあ、帰ろうか」
「うん……けど香織ちゃん、そんなにくっつかなくても」
「香織はスキンシップが過剰すぎ。ここは日本なんだから、少しは自重しろよな」
伊織くんが香織ちゃんをベリッと引き剥がす。
助かったけど、相変わらず二人はバチバチと火花を散らしていて、もうハラハラだよ。
「華恋ー、また明日ねー」
「香織お姉様ー、ごきげんよーう!」
真奈ちゃんと大場さんの声を受けて、三人で教室を出る。
今日の午前中は伊織くんと香織ちゃん、二人の転校生の話題で持ちきりだったけど、午後はそこに私の名前が加わったとかで、廊下を歩いている間も視線を感じまくった。
ゴールデンウィークの前までは地味で目立たなかったはずなのに、どうやら二人といると否応なしに目立っちゃうみたい。
さ、さすが伊織くんと香織ちゃん。
逃げるように学校を出て、通学路を歩いて行くけど、二人は町中でも目立つんだろうね。
こっちを見てる人は、やっぱりちらほらいるよ。
「ん、どうしたの華恋。キョロキョロして?」
「ちょっとね。香織ちゃんも伊織くんもすごいんだなーって、改めて思って」
「あはは、何それ。それにしても、日本の学校って面白いね。転校生のことを、『お姉様』なんて呼ぶ風習があるなんて知らなかったよ。クラスの子達にいきなり言われた時は、ビックリしたなあ」
笑いながら話す香織ちゃんだけど、そんな事になっていたんだね。
大場さんもそう呼んでいたけど、普通はそうはならないから。
香織ちゃん限定だから!
それから家に帰ってきたけど、お父さんもお母さんも仕事に出掛けているから、三人だけ。
制服姿のまま、リビングに集まった。
「香織ちゃんは、学校には馴染めそう?」
「うん。みんないい子達ばかりだったよ。これで華恋と同じクラスだったら、言うことなかったんだけど」
「学年が違うんだから、仕方ないだろ。そういうこと言って、華恋を困らせるなって」
「むう、ちょっと言ってみただけだって。伊織はいいよねー。ちゃっかり同じクラスになってるんだもの」
香織ちゃんは拗ねたように言って、それを見た私はハラハラ。
なんだろう。ひょっとして二人、仲悪くなってない?
今までは6年も経ったんだから、少しは変わるくらいの気持ちでいたけど、よくよく考えると二人が口ケンカする時って、決まって私が関わっているかも?
もしかして私のせいで、仲が悪くなっちゃったってこと?
「華恋、どうしたの?」
二人を見比べる私に、伊織くんが不思議そうに見る。
「ねえ、二人がケンカするのって、私のせい? 私がいるから、仲悪くなっちゃったの?」
「は? ちょ、ちょっと待て」
「誤解だよ誤解!」
途端に慌て出す伊織くんと香織ちゃん。
私はまた昔みたいに、三人で仲良くできたらいいなって思っていたのに、二人はそうじゃなかったのかな?
その原因が私にあるって思うと、泣きそうになる。
「だってこっちに来てから、二人あんまり喋ってないし」
「それは、伊織よりも華恋と話したいからってだけで……」
「話したと思ったら、すぐケンカするし」
「ケンカというかこれは、香織が変なことばかりするからで……」
「こら伊織! 私だけ悪いみたいに言うな!」
ほらまた。
二人がケンカするようになったのは、昔私が言った『結婚』のせい?
残念だけどそう考えたら、つじつまが合っちゃう。
私を取り合っているから、仲悪くなっちゃったってこと?
すごく自惚れた考えな気もするけど、あの話をしていた時の伊織くんと香織ちゃんの目は真剣だった。
深く考えずに言ったあの発言が、二人の仲を壊しちゃったの?
だったら……。
「二人が仲良くしてくれないなら……け、結婚の約束は無しにするから!」
「えっ?」
「……は?」
伊織くんと香織ちゃんが、時が止まったみたいに固まる。
けど、私はまだ止まらない。
「だって私、ケンカしてほしくて言ったんじゃないもん! 仲良くしてくれないなら、婚約解消だよ!」
はき出した声が、リビングに響く。
今日の今日まで忘れちゃってたくせに、解消もなにもないけど。
いつまでも仲良くいたいって思って言ったのに、逆に姉弟仲を悪くしちゃうなんて。
だったら約束なんて無し! 解消! 破談だから!
香織ちゃんと伊織くんはしばらく呆然としていて、リビングは水を打ったみたいに静まり返ってたけど、やがてハッとしたみたいに口を開く。
「ま、待った待った待った! ゴメン華恋! もうケンカなんてしないから、それだけは……」
「そ、そうだよ。私達仲良しだから! ねー伊織ー!」
肩を組んで、仲良しアピールをしだす香織ちゃんと伊織くん。
その仕草はわざとらしくて、とても鵜呑みにはできないんだけど……。
「お願い許して。私たち別に、仲悪いってわけじゃないから」
「ああ。それに困らせたいわけじゃない。華恋が悲しまないよう、気を付けるよ」
うーん、信じていいのかなあ?
けど形だけでも仲良くしてくれるなら、まだいいかも。
香織ちゃんも伊織くんも、私にはすっごく優しいのに。
三人で仲良くするのが、どうして難しいのかなあ?
「まあ、二人がそう言うなら……」
「ふう、よかった。それはそうとさ……私と伊織、どっちを選ぶかって話なんだけど」
「え、えっと。それは……」
さっきと違って、今度は私がドキッとする番。
婚約解消を盾にしちゃった以上、二人が形だけでも仲直りしてくれたのなら、ちゃんとそれにも答えなきゃいけないって事だよね。
で、でもいきなり選べなんて言われても困っちゃうよ。
だけど伊織くんが、申し訳なさそうに言ってくる。
「その事だけど……今は気にしなくていいから。華恋は約束のこと、忘れてたんだろ。なのに急にこんなこと言われても、困るよな」
「そうそう。私達なにも、華恋を悩ませたいわけじゃないんだから。今すぐ答えてくれなくてもいいよ」
「えっ?」
意外。
今の話の後だもの。ケンカしないから、早くどっちか選んでって、言われるかと思ってた。
「悪い。ケンカの事もそうだけど、俺達焦ってた。華恋には華恋のペースがあるよな」
「だね。ゆっくり考えてくれたらいいよ。時間はたっぷりあるんだしね」
さっきまでバチバチしてたのが嘘みたいに、頷き合う二人。
こういう所は、やっぱり姉弟だなあ。
案外似た者同士なのかも。
「あ、でも私達が華恋のこと好きだっていうのは、ちゃんと覚えておいてね。答を急かしはしないけど、振り向いてもらえるようガンガンいくから、覚悟しておいて」
「え、ええーっ!?」
「それには同感。華恋は鈍いというか、ズレた所あるから、積極的にいかなきゃダメっぽいし。俺も遠慮はしない」
「い、伊織くんまで!?」
再会した伊織くんはクールで物静かなイメージだったけど、こんな大胆発言をするなんて。
どうやら彼に対する認識は、間違っていたみたい。
でも伊織くん、それに香織ちゃんも、すごく真剣。
すぐに答える必要はないかもしれないけど、二人が本気なら私も、ちゃんと向き合わなきゃいけないよね。
「わ、分かった。時間かかるかもしれないけど、二人のことちゃんと考えるから」
「ありがと。答が出るまでは今まで通り、友達でいいよ」
香織ちゃんがそう言ってくれて、ちょっと安心する。
だって答えを出すには、二人のことをもっと知っていかなくちゃいけないんだもん。
昔じゃなくて今の香織ちゃんのこと、それに伊織くんのことをちゃんと見て、付き合っていく。
きっとそれが今の私にできる、唯一の事なんだ。
まずは友達として。
それに一緒に暮らしていく家族として、仲良くやっていかなくちゃだね。
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