第8話 【伊織side 】無防備すぎるアイツ

【伊織side 】


『二人が仲良くしてくれないなら……け、結婚の約束は無しにするから!』


 俺は自分達の部屋の前で立ちながら、さっき華恋が言った台詞を頭の中でリピートされる。


 危うく心臓が止まるかと思った。

 好きな女の子からあんなことを言われたら、誰だってこうなるだろう。


 けどこれは全面的に俺が……俺達が悪い。

 そうだよなあ。俺にとって香織は姉であると同時に最大の敵だけど、華恋にとっては大切な友達なんだから。

 なのに気持ちを考えずに目の前で牽制しあってたら、華恋が心を痛めるのも無理はない。


 くそ、失敗した。決して華恋を、悲しませたいわけじゃなかったのに。


 そんな事を考えていると部屋のドアがガチャリと開いて、制服から部屋着へと着替えた香織が出てくる。


「終わったよ。アンタもさっさと着替えなよ」

「ああ」


 返事をして、入れ替わる形で部屋に入る。

 こういう時、男女の姉弟で一部屋を使っていると不便だ。

 着替えの際、いちいち外に出で待ってなきゃいけないからな。

 とはいえ元々香織と相部屋を希望したのは俺だから、文句は言えねーんだよな。


 本当は部屋を決める時、俺が一部屋を使って、女子は女子同士ってことで香織が華恋の部屋を半分使うって案もあったんだ。

 けど俺はそれに反対した。

 部屋の半分を取ったら迷惑だろって言って香織を説得したけど、本当の理由は別にある。


 だってさあ、華恋と香織が同じ部屋を使うんだぞ。

 それは学校から帰った後や、休みの日に華恋と香織が同じ部屋で過ごして、毎日一緒に寝るってことだ。

 これがただの女友達だったら別に良かったんだけど、問題は香織も華恋のことを好きだってこと。


 友達として好きとか、妹みたいに可愛がってるとかじゃなく、アイツは俺と同じでガチ恋している。

 そんな香織が華恋と同室になってみろ。

 隙あらば落としに掛かるに決まっている。


 ただでさえ同性の距離の近さを活かしてスキンシップを取ろうとしてるんだ。

 その上部屋まで同じになったら、俺が不利すぎるだろ。


 相手が女子なら恋愛対象外だなんて、甘い考えは持っちゃいない。

 香織はアメリカに行ってからずっと、華恋にふさわしい女になるとか言って、自分磨きをしまくっていたからなあ。

 そしてそれはしっかり成果として現れていたのだろう。

 香織に惚れ、ガチ恋する女子を俺は何人も見てきた。


 だからこそ言える。

 俺の最大のライバルは、間違いなく香織だって。


 で、向こうも俺の気持ちに気づいているから、華恋の事になるとお互いムキになっちまう。

 決して姉のことが、嫌いなわけじゃないんだけどな。

 ただこれだけはどうしても譲れないって部分が、お互い同じなだけだ。


 華恋には約束のことを思い出してもらったものの、やっぱりすぐに答えは出せないか。

 まあこれは仕方がない。

 簡単に決められるものでもないからな。

 けどこれで、少しは俺の事も意識してくれるだろう。

 今はそれで十分だ。


 ……って、思っていたんだけど。


 夕食を取った後、俺はリビングでソファーに腰掛けながらテレビを観ていた。

 テレビに映っているのは、ミステリードラマ。

 絶海の孤島で次々と殺人事件が起こるというテンプレストーリーで、ホラーの要素も入ったドラマだった。

 こういった日本のミステリードラマは向こうでもネット配信で観ていたけど、やっぱり日本の方が観やすい。


 最初はおじさんも一緒に見ていたけど、途中で電話が掛かってきて席を立って、今は俺一人。

 華恋や香織も部屋に引っ込んでるし、他所様の家でテレビを独占してるのはちょっと気が引けるけど、一度見始めた以上、途中リタイアはしたくない。


 そんなわけで、一人でテレビ画面を見つめていたんだけど。

 不意に誰かが、リビングに入ってきた。


「伊織くん、何観てるの?」


 目をやると、そこには可愛らしい華恋の姿が。

 いや、可愛いのはいつもの事なんだけどさ。

 さっきまで風呂に入っていたのだろう。

 血色のいいホクホクした顔に、淡いピンク色のパジャマ姿は、昼間とは違う可愛さがある。

 香織なんてこっちに来た初日に、「可愛い!」って言って抱きついてたっけ。

 そうしたい気持ちはよーく分かる。分かるんだけどさ……。


「あ、このドラマ今日放送だったんだ。私も一緒に観ていい?」

「別に俺の許可取る必要ないだろ。観たいなら、観なよ」

「うん、ありがと」


 だからお礼なんていいってのに。

 華恋はそう言うと、俺のすぐ横に腰を下ろす……って、オイ!


 華恋が座ったのは、俺のすぐ隣。

 少し動けば腕が当たりそうな至近距離だ。

 シャンプーの香りがして、テレビでなく華恋の方に目が行ってしまう。


 前にも言ったけど、風呂上がりで薄着なんだから、もう少し警戒心持っても良いのに、相変わらず無防備すぎだろ。

 確かに一緒に観て良いとは言ったけどさ、距離近すぎないか?


 だけど、わざわざ隣に座った理由はすぐに分かった。

 テレビには、正体不明の犯人から必死になって逃げる女性が映っている。

 その顔は恐怖におののいていて、ここだけ見るとミステリーというよりホラー映画のよう。

 すると華恋が、俺の腕をギュッと掴んできた。


「華恋?」


 思わず名前を呼んだけど、その声はテレビの中の女性の、「キャー」という声によってかき消される。

 犯人に襲われて断末魔の悲鳴を上げたのだが、悲鳴はこれだけでは終わらなかった。

 観ていた華恋も「キャーッ!」と可愛い悲鳴を上げて、俺にしがみついてきたんだ。


「ひぃぃぃぃ、頭から血がー!」

「ちょ、華恋。落ち着けって」

「だ、だってー」


 潤んだ目でしがみついたまま、上目遣いで俺を見上げる。

 ──っ! 何だよこの可愛すぎる生き物は!


 ハラハラ展開に華恋の心臓はドキドキしてるだろうけど、俺の心臓だっていい勝負だ。


 そんなに怖いなら、観なければいいのに。

 だけどきっと、怖いけど続きが気になってつい観てしまうタイプなのだろう。

 それからも華恋は俺にしがみつきながら悲鳴を上げたけど……なんなんだよこの拷問。 


 華恋、ちゃんと俺が好きだって、理解してくれてるよな?

 なのに薄着でくっついてくるなんて、無防備にも程があるだろ。 

 お願いだから、もう少し警戒心持ってくれ!


 その後もドラマは進んでいったけど、内容なんてほとんど頭に入ってこない。

 その後ドラマの中では二人ほど殺されたけど……そろそろ俺も限界だ。

 おもむろにソファーから立ち上がる。


「あれ、伊織くんどこ行くの?」

「風呂。そろそろ香織が上がる頃だろうから」

「でも、まだドラマ途中だよ」

「いいよ。犯人も目星ついたし」


 途中からドラマの中身なんて全然追えてなかったから、これは全くのデタラメなんだけど、華恋は「凄い」って言って目を輝かせている。


 ……そんな目で見ないでくれ。

 華恋にくっつかれるのに耐えられなくなっただけの、腰抜けなんだから。


「それで、犯人は誰なの?」

「えーと……今画面に映っている男。もう少ししたら香織が来るだろうから、後は香織と見てくれ」


 それだけ言うと、逃げるようにリビングを出る。

 香織ならきっと怖がる華恋を抱き締めて「大丈夫、怖くないよ」くらい言うんだろうなあ。

 くそ、俺の意気地なし……。


 好きだって言っておきながら無防備な態度にドギマギして、耐えられない自分のヘタレさが嫌になる。


 もっと、華恋にふさわしい男にならないとダメだ。

 少なくとも、香織に負けないくらいの男に……。

 一人ため息をつきながら、自分達の部屋へと向かった。




 ちなみにそれから少ししてから、華恋が部屋にやってきて……。


「凄い、伊織くんが言ってた犯人、当たってたよ」


 って、目を輝かせながら言ってきて。

 格好悪い事にならなくてすんでよかったと、心底ホッとした。



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