王女ファティマ

「やっぱり、ジャンヌ・ダルク号で航海に出てると落ち着くねぇ」

 あたしは、少し浮かれていた。ほぼ1年ぶりに基幹ステーションから出て他の星へ移動することが嬉しかったんだ。けして訓練が嫌だったわけではないのだが、一つ所に長いこと留まっているのは、どうも性に合わないと感じていたところだったのだ。クリスが苦笑して言う。

「同感ではありますけれど、あまり浮かれていられても困りますわ、仕事ですのよ」


 あたしらは星間宇宙軍に入隊後、ほぼ1年を訓練に次ぐ訓練で過ごした。そしてその訓練を終え、ようやく初任務を与えられたのだ。目的地は、今全銀河で最も注目されていると言っても過言ではない、スクルテオ星系のイスバルという星だ。


 専制君主制国家イスバルで国王と第二王妃が事故で亡くなったのだが、国王が次期後継者を指名する前であったために、後継者争いが起こってしまった。そこへラスタマラ家が後継者候補の片方であるイスバルの王子へ肩入れしたために、それに対抗するため、もう片方の後継者候補であるイスバルの王女が星間宇宙軍へ協力を要請したのだ。


「あたしにはよくわからないんだけど、いくら全銀河に影響力を持つラスタマラ家だとは言っても、いきなり後継者争いに加担できるものなのかい?」

 あたしは、ジャンヌ・ダルク号のブリッジでクリスやデイジーと状況を整理していた時に、ふと気になった疑問を口にしたんだ。


 ベティが説明してくれる。

「それが……、イスバルの記録を調べてみたのですが、ラスタマラ家がイスバル国王の一族に接触しだしたのは、第一王妃が王子を出産した直後くらいから……、つまり今から20年以上前かららしいんです。ラスタマラ家のエージェントは、フォースニウムを使用した新技術の発電施設の建設についてイスバル王家に提案を持ちかけるという建前で国王一族に取り入り、少しずつ信用されるようになったそうです」


 あたしは、驚いてベティに聞いた。

「第一王妃が王子を出産した直後だって? なんだそりゃ……。そういや王子と王女は、今それぞれいくつくらいなんだい?」


 ベティは、説明してくれた。

「王子が23歳、王女は15歳になったばかりです。ラスタマラ家のエージェントは、第一王妃や王子に高価な品々を大量に送り続けてご機嫌を取っていたそうですが、今にして思えば、そうして彼らを堕落させ、ラスタマラ家の意向を王家に反映させる機会を伺っていたのかも知れません。そうだとすれば、綿密に練られた長期に渡る計画である可能性が高いですが……、さすがにこの辺りはラスタマラ家の業務回線を探っても情報が出てきません。どうも最重要機密として、ごく限られた環境で完結しているローカルネットワーク内で情報を管理しているようです」


「王妃様と王子様はともかく、王女様ってどういう人なの?」

 デイジーが、膝の上に乗せたキィの頭を撫でながら聞いた。キィも久しぶりにたっぷりデイジーに甘えられてご満悦のようだ。


 ベティが答えて言う。

「王女に近しい人の言によれば、『よわい15にして、既に君主としての風格を備える』、だそうです。勤勉で、より良い政治を行うことに熱心で、心配性とも評されますが、国政に慎重であることは、けして欠点ではありません。何をおいても国民の生活をよくすることに情熱を傾ける、理想的な君主と言えるでしょう。……あまりプライベートな情報が表に出てこないので、それ以上のことはわかりませんが」


 デイジーが関心したように言う。

「僕と2つしか年が違わないのに、すごいんだね。王様の一族って、みんなそうなのかな」

 ベティが苦笑して言う。

「ラスタマラ家のエージェントにそう仕向けられたとはいえ、第一王妃とその子である王子の方は、すっかり骨抜きにされてしまっているそうですから、やはり王女は特別なのではないでしょうか。民間人だったという第二王妃も、王族に招き入れられる以前から才女として評判の女性だったそうです」


 クリスは何か考え込んでいるようだ。あたしはクリスに聞いた。

「何か気になることでも?」

 クリスが答える。

「考えていたのですけれど……、なぜラスタマラ家のエージェントに骨抜きにされたのが、第一王妃とその子だけだったのかしら」


 ベティがクリスの言葉を受けて続ける。

「実は、私も同じことを考えていたんです。もしかしたら、イスバルの国王は今のような状況になることを、ある程度予想されていたのかもしれません」

 あたしは、話についていけなくなってきそうだったので口を挟んだ。

「ちょっと待ってくれ……、あたしにもわかるように話してくれないか?」


 ベティが説明してくれる。

「はい。普通に考えれば、イスバル王家に取り入りたいラスタマラ家のエージェントは、一族の有力者から始まって、徐々に国王により近い人間に取り入って、最終的には国王を懐柔しようとするはずです」


 あたしは、不思議に思ってベティに聞いた。

「いきなり王様の方には、いかないもんなのかい?」

 ベティは、丁寧に答えてくれる。

「はい。いきなり国王に取り入ろうとして失敗してしまうと、それまでになってしまいますから。その前に国王の周りの人たちに信用されるようになっていれば、その人たちから国王に自分のことを良く言ってもらえるし、国王との接触で多少失敗しても助けてもらえるかもしれません」


 うお! 確かにそう聞くとその方がいいって気がしてくる。ベティは続けて説明してくれた。

「イスバル王家は長い歴史を持つ一族ですが、フォース鉱石による外貨で潤うようになったのは、ここ数十年といったところです。袖の下を使うような人をあしらうことに慣れているはずの人達も、ラスタマラ家の計画が国王を直接の標的ターゲットとせず、第一王妃とその子のみを狙うことだったとすれば、それを見抜くことは難しかったのではないでしょうか。後継者のことを考えなければ、王妃に政治的な力はありませんから」


 なんと……、初めから王家の次の世代を狙った計画だったということか。腹が立つくらいに気が長くて、怖気おぞけが走るくらい抜け目のない計画だ。ベティが話を続ける。

「しかし……、恐らく国王は気が付かれたのです。確信があったかまではわかりませんが、ラスタマラ家のエージェントが何を目的として動いているかということに……。それでラスタマラ家のエージェントに気付かれないように民間から優秀な人材を募り、第二王妃を迎えて優秀な後継者候補を得ようとされたのではないでしょうか」


 そうか……、それで王子とは8つも年の離れた妹の王女が誕生したというわけだ。あたしは、ベティに聞いた。

「王様も苦労してたんだな……。でも、それならなんでさっさと王女を後継者として指名しなかったんだろうね?」

 ベティは答えて言った。

「イスバルでは、16歳になったら成人として認められるんです。恐らく、王女が16歳になるのを待って後継者として指名するつもりだったのではないでしょうか」


 あたしはベティに聞いた。

「それがゲイリー中尉の言うところの『絶妙なタイミング』ってことかい?」

 ベティが答えて言う。

「それだけではありません。恐らくラスタマラ家のエージェントは、スクルテオ星系内の各星政府へ根回しをしていたと考えられますが、王女も各星政府への支持基盤固めを始めていました。王女が直接動き始めてしまえば、いかにラスタマラ家とはいえ、企業のエージェントでは相手になりません。ラスタマラ家は、急いで事を起こす必要があったでしょう」


 クリスが、あたしとデイジーに向かって言う。

「イスバル王家も、今は第一王妃派と第二王妃派で割れています。私たちの来訪も、第一王妃派からは歓迎されないでしょう。挑発行為などもあるかも知れませんが、けして軽率な行動をとってはいけません。悪くすれば、スクルテオ星系内で星間戦争が勃発することにもなりかねないのです。イスバルでは、全員充分注意して行動するようにしましょう」


 そうして数日後、あたしらはスクルテオ星系までやってきた。あたしは言った。

「あれがイスバルか……、随分大きい星なんだな」

 ベティが教えてくれる。

「はい。イスバルは、スクルテオ星系最大の星です。現在スクルテオ星系で統一政府を持つ星は200を越えますが、いずれもイスバル内、6つの領地のいずれかとの関係を持ちます。星系内のどの星にもフォース鉱石鉱山がありますが、星系内全ての星のフォース鉱石埋蔵量を合わせても、イスバルのフォース鉱石埋蔵量の100万分の1にも達しません。イスバルのフォース鉱石埋蔵量は、イスバルの奇跡とも言われています。……そろそろ入国です、皆さんお席に着いてください」


 そうしてあたしらがそれぞれの席に着いた頃、ジャンヌ・ダルク号が、イスバルのベイステーションに接舷した。ベイステーションからアームが伸びてきてジャンヌ・ダルク号を固定すると、イスバルの入出国管理コンピュータから通信が入った。

「ようこそいらしゃいました。こちらは、イスバルの入出国管理コンピュータです。貴船の登録船名と船体識別番号をお願いいたします」


 あたしらは、イスバルへ入国した後、まっすぐ首都ハトマの王宮へ向かう予定だ。ベティがイスバルの入出国管理コンピュータに答えて言う。

「こちらは登録船名、ジャンヌ・ダルク号。船体識別番号は、"N-GC3115-UGCA199"」

 イスバルの入出国管理コンピュータが入国に必要な情報の提示を求めてくる。

「ようこそ、ジャンヌ・ダルク号。貴船の乗員と入国目的、船体質量などのデータを送ってください。また、申告が必要な物品などがあれば、申告をお願いいたします」


 あたしのトレジャー・ハントの依頼人の中には、小さな国の王族の人もいた。そういう人たちは、自分たちを『特別な人間』だと思っているような、独特の雰囲気があったが、悪い人ばかりではなかった。……悪い人もいたってことではあるが。


 ベティが入出国管理コンピュータにイスバル入国に必要な情報を伝える。

「当船の乗員は、クリスティーナ、ジョアン、デイジーの三名、いずれも星間宇宙軍に所属しています。三人の軍認証データをお送りします。入国目的は軍の任務です。その件については、イスバル王室にお問い合わせください。船体質量と積載物品のデータを送信します」


 あたしらは軍の任務で入国するので、個人の識別番号ではなく、軍人になったときに割り当てられた個人認証データで入国するんだ。入出国管理コンピュータは、その認証データを軍に問い合わせて照合し、その個人が軍の任務で入国することを確認するんだ。

「ジャンヌ・ダルク号乗員の方の認証情報照合が完了しました。王室に入国目的についての確認も取れています。入国の手続きはこれで完了です。王室の宇宙港へご案内いたします」


 どうやらイスバル王室は、一般に使用されるものとは別の宇宙港を持っているらしい。ベティは、入出国管理コンピュータが送ってきたデータの通りにジャンヌ・ダルク号をイスバルへ降下させた。ベティが説明してくれる。

「王室の宇宙港というのは、一般の宇宙港より、ずっと首都ハトマに近いところにあるようです。規模は小さいですが、美しい港ですね」


 ジャンヌ・ダルク号は、ゆっくりと王室の宇宙港に入港していった。宇宙港は、ベティの言った通り、けして大きくなかったが美しいデザインの建築様式で、建物には白と金を基調にした精緻な装飾が施されていた。ベティが言う。

「港に王族の使いの方がいらしているようです。皆さんご準備を」


 10分後、あたしらは軍から支給された制服を着てジャンヌ・ダルク号の下にいた。辺りを見回していると、奥から人が現れた。若い女性が一人、護衛らしい体格のいい男性が二人の三人組だ。その女性はイスバルの伝統的な様式の服を着ていて、あたしらの前で有理江さんやミネルバ大佐を思わせる美しい笑顔を見せて言った。

「星間宇宙軍の方々ですね? ようこそイスバルへ! 私は王女の側近を務めております、キアラと申します」

 あたしは、キアラと名乗ったその女性ついての印象がよくなった。


 クリスが、その女性に負けないような笑顔で答えて言う。

「お迎えいただきまして恐縮です、キアラ様。私は、この部隊ユニット隊長リーダを務めております、クリスティーナと申します。こちらは、ジョアンとデイジー、私の部下です。私のことは、よろしければクリスとお呼びください」


 キアラ女史が、改めてあたしら三人それぞれに向かってにっこり笑って言う。

「初めまして、クリス様、ジョアン様、デイジー様。王宮の宮殿にご案内します。こちらへどうぞ」

 キアラ女史は、あたしら三人ともに同じように話しかけてから、あたしらを宇宙港の外に案内した。キアラ女史に付いていた二人の護衛は、一団の前後を歩くようにしていた。


 宇宙港の外には、何だか前後に長く伸びた高級車が止めてあった。まさかこの車は……。キアラ女史は、あたしらをその長く伸びた車の後部座席(なんと後部座席は向かい合った二列になってるんだ!)に乗る様に促して言った。

「王室のリムジンです。この車で宮殿までお連れいたしますので、どうぞお乗りください」


 これがリムジンって奴かー! 初めて乗ったぜ……。あたしはちょっと感動していた。こんな高そうな車に乗れるとは思っていなかったらからだ。キアラ女史の二人の護衛はリムジンの前部座席に座り、キアラ女史はあたしらと一緒にリムジンの後部座席に座った。

「王宮はすぐそこですが、移動には王室のリムジンを使います。用心のためです。この車は王室の要人用に完全防弾仕様ですから」


 リムジンはゆっくりと走り出し、宇宙港の敷地を出て王宮へ向かった。あたしはリムジンの車内を見回してきょろきょろしていたが、クリスは何か考え事をしているような感じだったし、デイジーは外の景色を眺めていた。二人ともリムジンには何の思い入れもないようだ。あたしもよく知らないけど、すっごく高い車なんだぞ! ……多分。


 リムジンは、王宮に近づいて行った。王宮を囲う外塀には、宇宙港と同様の白と金を基調にした装飾が施され、美しかった。王宮は周囲を木々の緑に囲まれていたが、白と金を基調にした建造物と美しい調和を見せていた。


 やがてリムジンが大きな門をくぐると、中庭とその中央に噴水のある池が見えてきた。キアラ女史が解説してくれる。

「王宮は宮殿や宮廷、外塀、中庭を含めて、王室の宇宙港と同じく約200年前に建造されました。建造を任されたのは、ハトマで伝説の建築設計士と言われていた女性、ディヴィア女史です」


 リムジンは、中庭を通って宮殿の正面玄関の前に止まった。キアラ女史は、あたしらより先にリムジンから降りて言った。

「どうぞ、皆さん。王女がお待ちです」


 あたしらは、キアラ女史の後について宮殿の中を進んで行った。護衛の人は、あたしらの前後を歩くようにしていた。宮殿内も外観と同じ意匠で、白と金を基調にした装飾が宮殿内全体に統一感を持たせていた。きらびやかというのではないんだ。控えめの装飾で、穏やかに統一されていることで美しさを感じさせるような意匠だった。


 キアラ女史が説明してくれる。

「王女は、現在執務室です。執務室へご案内いたします」

 そこへ、通路の向こう側からイスバルの伝統的な様式の衣服、しかしキアラよりも豪著な衣服をまとった中年の女性と若い男の二人組がやってくるのが見えた。その中年の女性は、あたしらの近くまで来るとキアラ女史に声を掛けた。

「あら、キアラ? そちらの方々は?」


 キアラ女史が腰をかがめつつ、その女性に答えて言う。

「おはようございます、親愛なるシーマ王妃様。こちらは星間宇宙軍の方々です。ファティマ王女様のお客様です」

 この女性が第一王妃か……。クリスが、あたしとデイジーに手で合図をする。つまり、『腰をかがめて、かしづけ』だ。クリスとあたしとデイジーは、ほぼ同じタイミングで腰をかがめてうつむいた。


 若い男の方がキアラ女史に文句を言う。

「星間宇宙軍だって? 聞いてないぞ? ファティマは、なんでそんな奴らを宮殿に呼んだんだ?」

 キアラ女史がその若い男に向かって、王妃に対するのと同じように腰をかがめながら答える。

「おはようございます、偉大なるアトル王子様。大変恐れ多いことではございますが、ファティマ王女様のお考えは、わたくしめごときに考え及ぶところではございません」


 第一王妃があたしらに向かって言う。

「星間宇宙軍のものとやら、口を開くことを許します。挨拶なさい」

 キアラ女史があたしらの方に振り向いて小さく頷いたので、クリスが第一王妃と王子に向かって、うやうやしくお辞儀をしてから口を開いた。

「親愛なる王妃様、偉大なる王子様。卑しい私がお許しをいただいて、ご挨拶を申し上げます。私は星間宇宙軍所属のクリスティーナと申します。この者たちは、ジョアンにデイジー、私の部下です。親愛なる王妃様、偉大なる王子様におかれましては、何卒お見知りおきいただきたく、伏してお願い申し上げます」


 第一王妃は、ふんと鼻を鳴らして言った。

「少しは礼儀を心得ているようですね。お前たちが宮殿にいることを許しましょう。行きますよ、アトル。ロバート氏をお待たせしてはいけません」


 第一王妃と王子の姿が見えなくなるまで、キアラ女史を含めて、あたしらはかしづいた姿勢を崩さなかった。二人の姿が見えなくなってから、あたしは大きく息をついた。

「ふぅ……、あれが第一王妃様と王子様か、あたしゃ苦手だね、ああいう人達」

「しっ! ジョアン? 王宮内では気を抜かないで」

 クリスがあたしをたしなめて言った。デイジーもおずおずと口を挟む。

「僕もすごく緊張した……。王妃様ってすごい威圧感だったね、ちょっとびっくりしちゃった……」

 クリスがデイジーに向かって唇に人差し指を当てて見せると、キアラ女史がクスクス笑って言う。

「まだ大臣諸侯もご出勤前の時間帯ですから、あのお二方さえいらっしゃらなければ大抵のことは大丈夫ですよ。さあ、執務室へ参りましょう」


 そうして、またしばらく王宮内を歩いたあたしらは、ひと際立派な扉の前に着いた。キアラ女史が説明する。

「こちらが執務室です。現在は、ほぼ王女様専用のお仕事部屋です」

 キアラ女史は、扉をノックして部屋の中へ声を掛ける。

「ファティマ様? 星間宇宙軍の方々をお連れしました」

「入っていただいて」

 部屋の中から、凛とした女性の声が返ってきた。キアラ女史が扉を開いて、あたしらを部屋の中へ入る様に促した。

「どうぞお入りください」


 あたしらは、一度お互いに顔を見合わせて頷いた後、執務室に入った。キアラ女史がその後に続く。護衛の二人は部屋の外に残っていた。


 執務室は、それほど広い部屋ではなかったが、高い天井や立派なデスク、重厚な本棚、美しいソファーなどが、王宮内の一室であることを物語っていた。そのデスクの向こうで書類にペンを走らせていたプラチナブロンドの年若い女性が、執務室に入ってきたあたしらを見てその手を止め、立ち上がって言った。

「ようこそいらっしゃいました、星間宇宙軍の皆様。私はファティマ、イスバル王国王女です。招請しょうせいに応じていただいて感謝しております。どうぞこのイスバルの未来のために、そのお力をお貸しください」


 ファティマ王女は、そう言ってあたしらに頭を下げた。見た目は確かに15歳の少女だが、受ける印象は、まごうことなき王族のそれだった。これが王族という人種なのだろうか……。あたしは息をのんだ。そして……、気がついたら目から涙が溢れていた。


 王女が驚いてあたしに声を掛ける。

「どうかなさいましたか? そちらの方?」


 あたしは、慌てて声を上げた。

「すみません、こんな……。でも、でもなんで……。同世代の女の子たちとのお喋りを何よりの楽しみにしているくらいの年頃なのに、この宇宙に存在するあらゆる重圧を一身に背負ったような眼をしてる……、たまらないよ……」

 クリスがあたしを制して鋭く声を掛ける。

「ジョアン……、ファティマ王女に失礼です、落ち着きなさい!」


 クリスが続けてファティマ王女に頭を下げて言う。

「偉大なるファティマ王女様、何卒、この者の無礼をお許しくださいますよう、ひらにお願い申し上げます」

 ファティマ王女は、くすりと笑ってクリスとあたしに声を掛けた。

「構いません、どうか気にしないで。きっとその方はお優しい方なのね。ありがとう、そちらの方。そんな風に言っていただいたけれど、自分で選んだ道なのですよ」

 クリスが深々と頭を下げて言う。

「そのお慈悲に感謝をいたします、偉大なるファティマ王女様」


 ファティマ王女は、苦笑して言った。

「『偉大なる』……ね。今この国でそう言ってくれるのは、キアラ姉弟きょうだいとあなただけです。しかも公の場では、『親愛なる』という敬称を使って欲しいとお願いをしなくてはいけません。少なくとも、当分の間は、です。そちらの自己紹介をまだ伺っていませんでした。お願いできますか?」


 クリスがにっこりと笑って言う。

「勿論承知しております、ファティマ王女様、どうぞご心配なさいませんよう。卑しい私がお許しをいただいて、自己紹介をさせていただきます。私はクリスティーナ、この部隊ユニット隊長リーダを務めております。彼女はジョアン、彼はデイジー。そして……、お聞き及びかも知れませんが、我々はイマジナリーズです」


 ファティマ王女もにっこり笑って答えた。

「はい。伺っておりますよ、クリスティーナ殿。星間宇宙軍が、この国の未来に深い関心を寄せてくださっていることに感謝しています。まだ時間も早いですから、今日のところはハトマの街を見て回ってください。あなた方にこの街のことを知っておいていただきたいのです」


 ファティマ王女は、キアラ女史の方に向き直って言葉を続ける。

「キアラ? 今日はもういいから、クリスティーナ殿御一行を街に案内して差し上げて。くれぐれも目立たないようにね」

「承知いたしました、ファティマ様。何かございましたら、シャムにお申し付けください。それでは、失礼いたします」

 キアラ女史は、そう言って王女に深々と頭を下げてから、あたしらと一緒に執務室を後にした。


 キアラ女史は、執務室を出てからあたしらに言った。

「お疲れさまでした、皆さん。皆さんがお休みになるお部屋へご案内します。1時間後にハトマの街中をご案内いたしますので、ご用意いただくようにお願いいたします」

 そうしてキアラ女史は、宮殿の2階にある来客用の部屋に案内してくれた。

「こちらの三つのお部屋をお使いください。後ほどお迎えに参ります」


 あたしはキアラ女史に言った。

「さっきはごめんよ、余計なことを言っちまって……」

 さっきのこととは、勿論ファティマ王女にあたしが言ったことだ。あたしの本音ではあったが、言ってよい事かどうか考える前に口から出ちまった。こいつも母さんが言うところの『あんたはいっつもどっか抜けてる』って奴だと思って反省してたんだ。


 キアラ女史は、首を振って言った。

「……いいえ、どうぞ謝らないでください。私と弟のシャムは、ファティマ王女様が7歳の頃からお仕えしておりますが、先程ジョアン様が仰ったことは、私たち姉弟きょうだいがずっと思っていても口にできなかったことなのです」


 あたしは一人になってから、王族というものについて思いを巡らせた。望むと望まざるとに関わらず、国に暮らす人たちの生活に対して責任を持ち、自身の持つ能力の全てをそれに捧げるが、時にそれは命がけのものとなる。国王と第二王妃のように。


 ファティマ王女は、自分でそれを選択したと言った。自分の運命に立ち向かおうとしているのだ、それも恐らく命がけで。まだ15歳の少女が、だ。

 あたしは、ラスタマラ家の奴らからあの王女を守るためなら、どんなことでもすると思った。



to be continued...

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