不穏な噂

「よう、デイジー! どうだい、調子は?」

 軍人たちでごったがえす基幹ステーションの第3食堂で、食事中のデイジーに陽気な話し口で声を掛けたのはヒックス准尉、あたしらが軍に入隊してから親しくなった連中の一人だ。


「ヒックス……、何度も言ってるが、デイジーはお前より上官なんだぞ? デイジー、お前も少しは言ってやれって……。今日は一人か? クリスとジョアンは?」

 ヒックス准尉をたしなめたのは、彼の所属する部隊ユニット隊長リーダー、ゲイリー中尉だ。あたしらは、彼らの部隊ユニットと食事の時間帯が重なることが多く、自然と親しくなった。


 あたしらが軍に入隊してから、そろそろ1年が過ぎようとしている。あたしらは食堂で食事をする時を含め、大抵3人一緒に行動していたが、あたしらに積極的に声を掛けてくる軍人は少なかった。遠巻きに見てくる連中は多かったのだが。

 大抵の軍人は訓練学校の出身だったから、変わりダネのあたしらに対してどう接してよいかわからなかったのかもしれない。


 あたしらもそれまでほとんど接することのなかった軍人たちとどう接してよいかわからないでいたところに、積極的に声を掛けてくれたのがゲイリー部隊ユニットの連中だった。彼らは結局、他の軍人たちに対するのと同じように、あたしらに声を掛けてくれたんだ。


「んー? だって僕……いえ、自分はまだまだ新参者ですし、ヒックス准尉は自分の良き先輩でありますから、准尉を邪険に扱うことなど自分にはできかねます、中尉殿!」

 デイジーもすっかり彼らと仲良くなったみたいだ。


「ううーん、ほんとにかわいいなぁ、デイジーは……。もう俺んとこに嫁に来ちゃえよ?」

 ヒックス准尉が鼻の下を伸ばす。どこまで本気なんだろうか……。ヒックス准尉は、ゴツイ見た目に似合わずとても気さくな奴で、最初にあたしらに声を掛けてくれたのも准尉だった。


「私のいない時を狙って、うちの大事なデイジーにちょっかいをかけるとは、よい度胸をお持ちですね、ヒックス准尉?」

 遅れて食堂に入ってきたクリスが、にやりと笑ってヒックス准尉に釘を刺した。


 そんなクリスにすかさず駆け寄ってきたのは、同じくゲイリー部隊ユニットのパットことパトリシア少尉。

「申し訳ありません、クリス大尉! うちのダメ准尉がご迷惑をおかけして……、ところで大尉はこれからお食事ですか? よろしかったら是非二人きりでご一緒に……」

 そこへ割って入ってきたのは同じくゲイリー部隊ユニットのエリック少尉。

「何言ってんだお前、出しゃばってんじゃねぇって! クリス大尉? メシなら俺と一緒に食べた方がうまいですよ、絶対!」

 どうもうちの隊長は、男にも女にもモテモテらしい……。


 その後に食堂に入ってきたあたしは、にやりと笑ってクリスに声を掛けた。

「モッテモテだねぇ、クリスティーナ隊長?」

「よう、ジョアン! 遅かったな! ジョアンこそスタンリー中尉にモッテモテなんじゃないの?」

 ヒックス准尉が、あたしを茶化して言ったので、あたしも准尉に言い返した。

「あたしが頼んで補習してもらってただけだよ。あたしはデキの悪い生徒だからね」


「あんたがデキの悪い生徒だってんなら、俺なんか万年落ちこぼれだな。あんまり無理をしてっと潰れちまうぞ?」

 エリック少尉がウィンクして言った。パット少尉がその後に続けて聞いてくる。

「何か気になることでもあるの? ジョアン? あんたのことだから、何か理由があるんでしょ?」


 パット少尉は、中々鋭いところがあるんだ。あたしは答えて言った。

「あたしらはまだまだ新参だからさ。任務でちゃんと実績をあげられるまでは、訓練でできるだけのことをしておきたいだけだよ」


 その頃、あたしらは、スタンリー中尉から体術の攻防と弾丸の軌道を読むことの複合訓練を受けていた。つまり、スタンリー中尉が次々と繰り出してくる素手と銃での攻撃を躱しながら、スタンリー中尉に攻撃を当てるっていう訓練だ。


 ……言うは易しとはこのことだ。スタンリー中尉が素手と銃の両方で攻撃してくるということは、近中遠あらゆる距離からスタンリー中尉が攻撃してくると言うことだ。この訓練は……、少なくともあたしに言わせれば、苛烈を極めた。とにかくスタンリー中尉の攻撃が多彩で鋭いのだ。


「もしかして……、ダグラス中尉の部隊ユニットのことを気にしてるの?」

 少し心配そうな顔をしてパット少尉が聞く。


 ダグラス中尉の部隊ユニットとは、もう一つのイマジナリーズ独立部隊のことだ。一度顔合わせこそしたが、彼らとは勤務時間帯がずれているので、中々話す機会がない。他意はないつもりだが、正直、少しほっとしていた。彼らとデイジーが顔を会わせることについて、あたしとクリスは少し躊躇してたんだ。


 パット少尉があたしを慰めるように言う。

「確かにダグラス部隊ユニットの実績はすごいけど、焦ることはないと思うよ? 入隊後の成果ってことで言えば、クリス部隊ユニットだって負けてないんだから……。あのスタンリー中尉から一本を取れたのは、ミネルバ大佐以外には、誰もいなかったんだよ?」


 あたしは、ため息をついて言った。

「ありがとう、パット。そう言ってくれるのはうれしいけど、スタンリー中尉から一本取ったのはクリスだし、あたしはクリス部隊ユニットで一番動けなきゃいけない立場だからね。せめてスタンリー中尉と互角にやり合えるくらいでないといけないのさ。それはそうと、ミネルバ大佐ってそんなに強いのかい?」


 結局、デイジーを中心にヒックス准尉、ゲイリー中尉、クリス、パット少尉、エリック少尉、あたしがみんなひとところに集まって食事をすることになった。パットが言う。

「あんた知らないの? ミネルバ大佐って言ったら、星間宇宙軍最強って言われてるんだから……、かつて全銀河最強の名を欲しいままにした、血塗れの嵐ブラッディ・ストーム・ジルを除けばね」


 やっぱりミネルバ大佐は、只者ではなかったらしい。……っていうか、母さんは星間宇宙軍をすっとばして、全銀河最強なんて言われてたのか……。誇らしいような、いたたまれないような、妙な気持ちだ。ちなみに血塗れの嵐ブラッディ・ストームが、あたしの母さんだってことは皆に言っていない。その必要もないだろうと思ってね。変な誤解をされたくなかったし……。


 パットが、あたしの方に身を乗り出して小声で話し出した。

「ここだけの話だよ……。ミネルバ大佐はスタンリー中尉とは同じ星系の別の星の出身らしいんだけど、中尉と同じように武術の名家の出身で、なんと武門宗家のご令嬢なんだって……。スタンリー中尉の故郷の星とは距離があったらしいけど、家同士の付き合いがあって、知り合いだったスタンリー中尉がそっちの武門宗家の分家の末弟だったもんでくすぶってたところを、ミネルバ大佐が軍に呼んだんだって」


 なるほど……、この宇宙には、まだまだ強い奴らがたくさんいるらしいってことがよくわかった。そして、パットがこういう噂話に詳しいんだってこともだ。あたしは、パットに聞いてみた。

「ところでパット? 今、軍が一番頭を抱えていそうな案件って、何か心当たりあるかい?」


 パットは、肩をすくめて言った。

「軍はいつだって数百、数千の難しい案件に頭を抱えてるらしいよ? まあ直近の大きなところだと、スクルテオ星系のイスバルで始まった後継者争いの件かな。隊長? それよりおっきな案件ってありましたっけ?」


 ゲイリー中尉が骨付き肉にかぶりつきながら答える。

「ああ? まあ大きい小さいで言えば、グロシアン星系アビスフルコの独裁政権で起こったクーデターの方が大きいかも知れんが、厄介って点で言えば、イスバルの方がずっと厄介だな。何しろ関係している勢力の規模が違うからな」


 あたしはゲイリー中尉の言ったことが気になって聞いた。

「勢力の規模って?」

 ゲイリー中尉は、骨付き肉をコンソメスープで胃に流し込みながら説明してくれた。

「気になるのか? まあ確かに今の時期にイマジナリーズ部隊ユニットに声がかかるとすれば、その案件になる可能性は高いな。ジョアンはイスバルって星のことをどれだけ知ってる?」


 あたしは正直に答えた。

「イスバルって星の名前自体、初めて聞いたよ」

 ゲイリー中尉は、クスリと笑って言った。

「なんだお前、ハイスクールで習わなかったのか? 大きな発電所の発電機や、軍の宇宙船ふね駆動装置エンジンとか、多少のコストより大出力を優先したいような場合、ほとんど同じ物質を燃料として動いてる。その物質、つまりフォースニウムは、フォース鉱石を精製して抽出されるんだが、そのフォース鉱石の莫大な埋蔵量を誇るのがイスバルだ」


 ああ……、聞いたことはある。ジャンヌ・ダルク号の主駆動装置メインエンジンは、そもそも駆動装置エンジンの構造が一般的な宇宙船ふねとは大きく違っているらしいが、補助駆動装置サブエンジンの方は、基本的には一般的な宇宙船ふねと同じ構造だそうなので、ジャンヌ・ダルク号にもその燃料、フォースニウムは貯蔵プールされている……はずだ。


 あたしはもう少し詳しい話が聞きたかったので、続けてゲイリー中尉に聞いた。

「後継者争いってことは、イスバルを統治している連中に代替わりがあるってことかい?」

 ゲイリー中尉は、二本目の骨付き肉にかぶりつきながら言った。

「そうだ」


 ゲイリー中尉は、コンソメスープの残りを片付けながら続ける。

「イスバルは、今どき珍しい専制君主制国家だが、国家運営そのものはうまくいってた。6つの領地を収める領主たちとも良い関係を保っていたし、国王一族に優秀な人材を外部、時には民間からでも招き入れることで、一族の存続や国家運営に新しい考えを取り入れることなんかに成功していたんだ。そして国王は、常に国民から指示される後継者を指名してきた。おかげで共和民主制にありがちな政治腐敗に陥ることもなく、フォース鉱石の潤沢な供給も手伝って、国民は安定した生活を享受できていたってわけだ。ところが……」


 ゲイリー中尉は、皿に残っていた生野菜を口に放り込みながら続ける。

「絶妙のタイミングで国王と第二王妃が事故で亡くなった。後継者候補は2人、亡くなった国王が即位したばかりの頃に王妃になった第一王妃の一人息子と、その後に民間から入ってきた第二王妃の一人娘だ。普通に考えれば第一王妃の子である王子でいいじゃねぇかって話になるんだが、よくある話でこいつがあんまり政治向きの性格をしていなくてな……わかりやすく言えば欲まみれの俗物だ。一方で、第二王妃の子である王女の方は、無欲で勤勉な上に国民好きときてる。こっちの方が国民に人気があるんだよ」


 あたしは不思議に思ってゲイリー中尉に聞いた。

「国民に人気があるんなら、第二王妃の娘で決まりじゃないのか? イスバルはそうやって王制を続けて来たんだろう?」


「それは、そうなんだが……」

 ゲイリー中尉は、残っていた生野菜を平らげて、空になった皿を脇によけながら話を続ける。エリックが気を利かせて食べ終わった自分の皿と一緒にゲイリー中尉の皿を片付けると、パットが自分の紅茶を持ってくるときに一緒に持ってきた紅茶を中尉の前に置いた。

「ありがとうよ、パット。……でもどっちかっつーと、コーヒーの方がよかったな」

 ゲイリー中尉のそんな言葉にパットが言い返す。

「文句があるなら、ご自分で取りに行ってください」


 ゲイリー中尉は、苦笑いをしながら話を続ける。

「余計なことを言っちまったな、忘れてくれ。で、後継者の話だが、ここからが面倒な話になる。問題なのは、国王が後継者を指名する前に事故で亡くなっているっていう点だ。そこで持ち上がってくるのが王子と王女のそれぞれの後ろ盾、つまり第一王妃派と第二王妃派なんだが、第一王妃派の後援としてラスタマラ家が名乗りをあげちまったために、イスバル国内の領主たちが真っ二つに割れちまってな……、各領主は星系内にそれぞれの影響力を持つ星政府との付き合いがある。結果的にスクルテオ星系内の各星政府まで巻き込まれて真っ二つってわけだ」


 あたしは、驚いて言った。

「ラスタマラ家?! なんでそこでラスタマラ家が出てくるんだい? 関係ないだろ?!」

 ゲイリー中尉は、微妙な表情で紅茶を啜りながら答えた。

「お前、あんまり報道情報紙を読んでないだろう? 今や全銀河のどこを探したって、ラスタマラ家が関係してない分野なんて存在しないんだよ。ましてやフォース鉱石に関することは、政治や経済だけでなく、軍事にも影響する最重要事項だ。ラスタマラ家が首を突っ込まない方がおかしいんだよ。それよりな」

 ゲイリー中尉は、少し真剣な顔になって言った。

「そもそもの後継者争いのきっかけになった国王と第二王妃の死亡事故、これをラスタマラ家が仕掛けたって噂がある」


 あたしは、報道情報紙についての突込みには言葉もなかったが、ラスタマラ家がイスバル国王の死亡事故を仕掛けたという噂に驚いて言った。

「その噂が本当だとして……、なんでまたラスタマラ家がそんなことをする必要があるんだい?」


 ゲイリー中尉は、ため息をついて言った。

「いつの世でも、手前勝手な欲望のために他人の命を犠牲にしようって連中はいるもんだよ。ラスタマラ家は、イスバルの第一王妃と王子を傀儡にして、自分たちがイスバルの実権を握ろうとしてるってのが、大方の見方だ。そうなったらえらいことだぞ。全銀河に対するラスタマラ家の影響力は跳ね上がって、星間宇宙軍もラスタマラ家の意向を無視できなくなるかもしれん」


 ずっと黙ってゲイリー中尉の話を聞いていたクリスが口を挟んだ。

「星間宇宙軍が、イスバル王家の後継者争いに対してどのようにするべきか、ゲイリー中尉のご意見は?」


 ゲイリー中尉は、肩をすくめて答えた。

「考えるまでもないですよ。結局のところ、イスバルのことはイスバルの連中が決めるべきだ。軍が介入するんなら、他からの干渉が入らないように、軍ができることで協力するってことです。他の似たような案件でも、ずっと軍はその方針でやってきたはずですよ」

 クリスは、にっこりと笑ってゲイリー中尉に礼を言った。

「ありがとう、ゲイリー中尉。私も同感ですわ」


 その日の夜、あたしは自室でベティにもイスバルのことを聞いてみた。

「ベティ? イスバルの後継者争いの件って知ってる?」

 ベティがくすくす笑いながら答える。

「ジョアンも政治に興味が出てきたのか聞きたいところですけれど、今その質問がでるということは、あまり報道情報紙のピックアップ記事には目を通していないみたいですね」


 図星だ……。ベティに、報道情報紙のピックアップ記事をあたしの端末に送ってもらうようにしてたんだが、毎日目を通すってことについては、さぼりがちになってたんだ……。

「うう、ごめんよベティ……。ベティが折角ピックアップしてくれた記事なんだけど、目を通しているとどうしても眠くなってきちまって……。どうもあたしには向いてないみたいなんだ」


 ベティは、優しく言ってくれた。

「気にしないでください、ジョアン。向いていないというより、慣れてないってだけだと思いますよ。その時その時に宇宙で何が起こっているのかということに関心を向けることは悪い事ではないと思いますので、気が向いた時にでも、目を通してくれればよいと思います。ところで、イスバルの件ですね」


 あたしは、頼りがいがあって優しい妹分に今更ながら感謝した。

「ありがとう、ベティ。そう言ってもらえると助かるよ。イスバルの王様が、ラスタマラ家の仕掛けた事故で亡くなったって噂は、本当だと思う?」


 ベティは、しばらく黙っていたが、やっと答えて言った。

「そうですね……、その噂と噂が本当らしいというお話は知っています。理由は、事故の起きたタイミングが良すぎることです。イスバル国王がご自身の後継者を指名する前で、心配性の王女が他の星へ親善訪問中、いつもお一人でフォース鉱石の採掘現場を視察なさっていた国王が、たまたま第二王妃を伴って視察をなさっていた時に、落石事故が起きたのだそうです。これだけ条件が揃っていたら、誰でも何かしらの陰謀があったと考えるでしょう。後継者争いが始まる前のイスバルは、とても平和なところでしたから」


 あたしは、続けてベティに聞いた。

「今のイスバルは、平和じゃなくなっちまったのかい?」

 ベティは、教えてくれた。

「そうと言うと多少大袈裟かもしれませんが、イスバルの首都ハトマでは、第一王妃の暗殺未遂事件があったために、住民が王族のイベントがある度にテロの危険に怯えるようになってしまったのです」


「暗殺未遂事件?!」

 あたしが聞くと、ベティが答えて言う。

「王宮に安置されていた国王と第二王妃のご遺体を、墓地へ移送する式典があったのですが、その際に第一王妃を狙ったらしい銃撃があったのです。銃弾は第一王妃の背後にあった彫像を破壊しましたが、第一王妃はお怪我もなかったそうです」


「そうか、第一王妃に怪我がなかったのはよかったね」

 あたしが言うと、ベティは言いにくそうに答えた。

「普通に考えるとそうなのですが、これを第一王妃派の自作自演行為であるという見方もあります。国王と第二王妃の事故がラスタマラ家の仕掛けたものであるという噂から目を逸らすためのものだと……」


 あたしは、こんがらがってきた……。

「だめだ、政治絡みの話ってのは、やっぱり苦手だよ。もっとシンプルにいかないもんかねぇ」

 ベティは、くすりと笑って答えた。

「うふふ、そうですね。何事もシンプルにできたら、素敵ですね」


 それから1か月ほどたった頃、ようやくあたしらは、スタンリー中尉との訓練、つまり体術による攻防と弾道を読むことの複合訓練で、ある程度の成果を出せるようになっていた。……まだ攻撃を当てられるところまではできていなかったが。


 クリスは、翼の発動速度を上げ、中尉の攻撃を躱して瞬時に多角的な攻撃ができるようになっていた。デイジーは、中尉の攻撃を躱しながら攻撃を繰り出しても体勢を崩さないようになっていた。あたしは、中尉の攻撃を躱しながら連続して攻撃を繰り出しても中尉の反撃を食らわなくなっていた。……が、それでも中尉には攻撃が当たらないんだ。


 中尉が素手だけで相手をしてくれてた時には、まだ当てるくらいはできてたのに……。銃を持っただけで全く別の化け物を相手にしているようだったのだ。あたしは、まるで頂上の見えない山の登山に挑んでいるような気分だった。


「皆さん、よく頑張られましたね。攻撃を躱すことについても、攻撃をすることについても、それぞれとてもよい動きができるようになってきました。ここまでできれば、任務に出てもそう簡単には敵に後れを取ることはないでしょう」


 あたしは、息を整えながらスタンリー中尉に聞いた。

「スタンリー中尉から一本取れるまでは、お墨付きは貰えないものと思っていましたが……」

 スタンリー中尉は、相変わらず息を乱さずに答えた。

「勿論、私から一本取れれば文句なしではありましたが、私自身、皆さんに追いつかれないように日々訓練を重ねておりますので、その合格ラインでは少々厳しいでしょう」


 真剣マジか……、いつまでたっても攻撃が当たらないわけだ……とも思ったが、それでも中尉の攻撃を躱すことはできるようになってるんだ。そう考えるとあたしらの頑張りも捨てたもんじゃないんじゃないかと思った。

「勿論です。それこそ、数か月前の私相手であれば、攻撃を当てられていたかも知れません。皆さんは、皆さんの頑張りを誇ってよいと思いますよ」

 相変わらず感情の込もっていない話し口ではあったが、スタンリー中尉にそんな風に言ってもらえるのは、正直嬉しかった。


 ちょうどその時、ミネルバ大佐があたしらの訓練スペースに入ってきて言った。

「おめでとう、諸君! ついにスタンリー中尉からお墨付きをもらえたようだな。スタンリー中尉が付きっきりで訓練することもあまりないのだが、それでもおおよそ1年でお墨付きをもらえるとは、かなり早いペースだと思うぞ」


 クリスがミネルバ大佐に答えて言う。

「ありがとうございます、大佐。……随分よいタイミングでお見えになりましたね」

 ミネルバ大佐は、肩をすくめて言った。

「何、スタンリー中尉からそろそろだと聞いていたのでね。まあ、中尉の訓練に付き合って、私も少々なまっていた体をほぐすことができた。これも諸君らの訓練効果と言えるかもしれんな」


 なるほど……、スタンリー中尉の『日々の訓練』とは、ミネルバ大佐との訓練だったわけだ。ミネルバ大佐は、続けて言った。

「それでは諸君、早速ではあるが、諸君らの初任務の話がしたい。会議室まで来てくれたまえ」


 そして、あたしらは初めてミネルバ大佐と会った会議室で、その時と同じようにミネルバ大佐とテーブルを挟んで座った。全員が席に着いたところで、ミネルバ大佐が話し出した。

「以前、諸君らから聞いたクリス大尉の叔父上のことは、軍の調査機関に調査を依頼しているが、まだ具体的な報告は上がってきていない。何分ラスタマラ家と軍は折り合いが悪くてな、どうしても調査も思うようにはいかんのだ」


 クリスが答えて言う。

「ありがとうございます、大佐。軍の組織力で調査をしてもわからないことは、私たちが調べても同じだと思います」


 ミネルバ大佐が肩をすくめて言う。

「せめてクリス大尉の叔父上がどこまで本気で古代のエンシェントイマジナリーズの力なるものを得ようとしているのか、その辺りだけでも掴んでおきたいところなのだがな。いずれにせよ、本気でそんなことを考えているのなら、その内何かしらの情報は入ってくるだろう」


 クリスは、眉をひそめてミネルバ大佐の話を聞いていた。どうしてもクリスの故郷を襲撃されたことを思い出してしまうようだ。ミネルバ大佐が話を続ける。

「ともかく、諸君らは、そちらの件は一旦軍の調査機関に任せて、別の任務にあたってもらいたい。既に諸君らの耳にも入っているかもしれんが、スクルテオ星系イスバルの後継者争いの一件だ」


 あたしは口を挟んで言った。

「あのラスタマラ家が絡んでいるっていう……」

 ミネルバ大佐は、ため息をついて言った。

「そうだな、諸君らは、よくよくラスタマラ家と縁があるらしい。情勢は極めて微妙だ。まずはイスバルの首都、ハトマにある王宮へ行って、第二王妃の子である王女と接触してもらいたい。こちらから王女側には事前に話をつけてある」


 あたしは、クリスやデイジーと顔を見合わせて頷いた。いよいよ初任務ってわけだ。



to be continued...

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