3章 - 戦争をしている星たち
訓練
「私があなたに勝てた一番の要因は、私があなたの戦闘の癖を見抜いたからです」
スタンリー中尉があたしに言った。感情を込めない話し口なのは相変わらずだ。
「戦闘の癖?」
あたしは聞き返した。自分の癖は、自分では中々わからないものだ。
「あなたは、右から打ち込んだ時は左側に、左から打ち込んだ時は右側に、能力解除後、足をつく癖があるのです」
なるほど……、それでその足を払われてあたしは転倒し、スタンリー中尉に敗れたってわけだ。注意していたつもりではいても、自分ではわからないこともあるということか。 クリスが驚いたように言う。
「ジョアンとは一緒にトレーニングをしていたはずなのに、私では気づけませんでしたわ」
スタンリー中尉は、今度はクリスに向かって言う。
「クリスティーナ殿の銃撃は、弾道が素直すぎます。あれでは、訓練を積んだ兵士が相手では、全て避けられてしまうでしょう。まずは、弾道を読む訓練が必要ですね。そうすれば、どういう弾道が撃ち込まれる側にとって嫌なものか、理解できるようになるでしょう」
あたしらは軍に入隊後、クリスをリーダーとした二つ目のイマジナリーズ独立部隊として登録され、常駐するためのスペースをもらった。ミネルバ大佐があたしらの直接の上官になるため、それらのスペースは大佐が責任者をしている基幹ステーション内にあるのだが、クリス、デイジー、あたしのそれぞれに個室が与えられただけではなく、専用の訓練スペースまであった。港の方には、ジャンヌ・ダルク号のスペースまで割り当てられたんだ。星間宇宙軍の他の兵士達と比べれば、破格の扱いと言えると思う。
今日は、その訓練スペースでスタンリー中尉が訓練教官をしてくれているってわけだ。ミネルバ大佐が苦笑して言う。
「諸君らの待遇が特別なのは、軍がどれだけ『イマジナリーズ』というものに期待しているかということではあるが、成果が伴わないでいるといつまでも特別待遇が続くとは限らんから、注意は必要かもしれんな」
成果ねぇ……。あたしらは、別に個室や専用の訓練スペースが欲しかったわけではないのだが、デイジーを守るためには独立部隊としての待遇は必要だ。いずれにせよ、この独立部隊としての待遇がミネルバ大佐の助力あってのものだと考えると、早いところその成果ってやつを出して大佐の好意に報いたいものだ。
ミネルバ大佐がにやりと笑って言う。
「まあ、焦ることはないさ。見たところ、諸君らには訓練が必要だろう。いくらイマジナリーズ能力を持っているとは言っても、その能力に頼り切りでは限界があるものだ。初任務の前に、まずはスタンリー中尉からお墨付きをもらいたまえ」
そういうわけで、その日からスンタンリー中尉を教官とするあたしらの訓練が始まった。
「私としては、デイジー少尉が何ができるかについても知っておきたいところなのですがね」
スタンリー中尉が言った。階級は、クリスが大尉、あたしが中尉、デイジーが少尉ということになった。クリスが大尉というのには驚いたが、スタンリー中尉から一本取ったということが、上層部から評価されたのだそうだ。
デイジーが少々緊張した面持ちで答える。
「はい! よろしくお願いします、中尉!」
まあ、12歳の少年がいきなり少尉というのも破格ではあるんだろう。スタンリー中尉としては、階級に見合った仕事ができるのかは気になるところではあるだろうと思う。どういう事情があるにせよ、だ。
デイジーは、あたしらと違って
「このスーツ、すっごく軽くて動きやすいですね」
デイジーが屈伸をしながら言う。髪は後ろに纏めてあった。
「何か使える武器はありますか?」
スタンリー中尉の問いに、デイジーが答えて言う。
「体術の訓練で
「よろしい、それでは少尉は訓練用のロッドを持ってください。私は無手でお相手いたします」
相変わらず感情を込めずに話すスタンリー中尉に不安を感じたのか、クリスが口を挟む。
「あの……、中尉、お手柔らかに願います」
スタンリー中尉は、感情を込めない口調のままで言った。
「クリスティーナ大尉、差し出がましいようですが、もし大尉がデイジー少尉を本当にご心配なさるのであれば、訓練で手を抜くことはなさらないことです。いかに大尉やジョアン中尉が有能で、常に彼を守ろうとしたとしても、戦場でデイジー少尉が孤立しうる状況というのは、いくらでもあることですよ」
スタンリー中尉の言うことは正論だ。あたしらがどんな任務を仰せつかることになるかはわからないが、デイジーが一人で危機に陥った時、一番頼りになるのは訓練で培った身体能力だろう。クリスもそれはわかっているはずだ。クリスはため息をついて言った。
「失礼しましたわ、スタンリー中尉。私の言ったことは忘れてください」
「それでは……、デイジー少尉は訓練用ロッドを持って中央まで来てください」
スタンリー中尉は、訓練スペース中央に立って言った。デイジーもロッドを持って中尉の前に立つ。
「私がデイジー少尉に向かって打ち込んでいきますから、少尉は受けるなり、躱すなりしてください。私の隙を見てロッドを私に当てられたら少尉の勝ちです」
淡々と話すスタンリー中尉にデイジーも答えて言う。
「わかりました、中尉!」
「行きますよ」
スタンリー中尉はそう言った途端、音もなくデイジーに駆け寄ってデイジーに手を伸ばした。
「いい?!」
デイジーが焦ったような顔でそれを躱す。スタンリー中尉は、その手を躱したデイジーに向かって振り下ろした。
「うわ?!」
デイジーは、身をひるがえしてこれも躱した後、飛びのいてスタンリー中尉から距離を取る。
「中々良い動きですね。これは期待できそうです」
あまり期待しているように聞こえない口調ではあったが、そう言いながらスタンリー中尉は再びデイジーの方に無音で駆け寄り、手を伸ばした。
「よっと!」
デイジーは屈んでこれを躱す。すかさずスタンリー中尉がデイジーの足を払おうとする。
「うひゃあ?!」
デイジーはこれをスタンリー中尉の足を跳び越す様に躱したあと、今度は身をひるがえしてロッドを水平に打ち込んで中尉の背中に当てようと試みた。
スタンリー中尉は、これを前方に飛びのいて躱す。中尉が初めて見せる大きな動きだ。一旦距離を取った中尉が、すかさず距離を詰めてデイジーに腕を振り下ろす。
「あぶな?!」
これもデイジーは身をのけぞらせてギリギリ躱す。しかし、今度ばかりは体勢が崩れてしまっている。スタンリー中尉はこれを見逃さず、続けて伸ばした手をデイジーの頭の上に置いた。スタンリー中尉が言う。
「これまでですね」
デイジーは、息を切らせながら答えて言った。
「はあ、はあ……、ありがとうございました」
「素晴らしい、中々よい動きでした。攻撃を躱す動きは及第点と言えますが、攻撃した後の隙が大きすぎるようです。これは鍛えがいがありそうですね」
スタンリー中尉は、姿勢を正して立ってから言った。息も乱れていない。わかっていたつもりではあるが、やっぱり化け物だな……。
そうしてあたしらは、スタンリー中尉からしごかれる日々が続いた。
「軍のお食事はいかがです?」
訓練の後、あたしの個室に戻った時に、ベティと話すために置いたスピーカからベティの声がした。星間宇宙軍に入隊してからは、あたしらはみんな基幹ステーション内の常駐スペースに寝泊まりしていたから、ベティと話す機会がめっきり減ってしまっていたのだ。非番の時だけは、ジャンヌ・ダルク号に戻ってベティの作ってくれるご飯を食べた。
「軍の食堂で出る食事は、思ったより悪くないよ。でもやっぱりベティの作ってくれるご飯が一番だな。あまり話せなくてごめんよ。ここんとこ、ベティは何をしてたんだい?」
あたしは、ベティに寂しい思いをさせているだろうと思って心を痛めていたんだ。でもこればっかりはどうしようもない。
ベティは答えて言った。
「どうぞお気になさらず。みんなが元気にしているのが一番なんですから。私は、今回のことで収入面での運用に見直しが必要だと思っていたので、この機会に企業投資を複数の企業を経由する運用方法に構築しなおしていたんです。このやり方なら、多少立場が危なくなっても安定して収入を確保することができますから。時間があったので、資本規模が小さい企業の買収などを含めて、全て合法のやり方でできているんですよ」
さすがはベティ……。あたしは、久しぶりに少し冷や汗をかいたが、思ったよりベティにやることがあったようなので、ちょっとだけ安心した。このことでベティの孤独が癒せていたのかは、わからなかったが……。あたしは、改めてベティに聞いた。
「ベティの意見が聞きたいんだ。あたしらの初任務は、どんな感じになると思う?」
ベティは、少し考えてから言った。
「そうですね……、昔も今も、星間宇宙軍が最も頭を痛めているのは、
戦争か……。これまでも、依頼された先の星が戦争状態だったことは何度かあった。しかし、あたしは無関係だったので、それを単なる障害としてそれを避け、依頼をこなすだけだった。あたしは言った。
「イマジナリーズの任務は、他の部隊の支援が主だったものだって、有理江さんは言ってたけど、どういう形であれ、戦争状態にある星政府間への介入案件絡みになりそうだってことか……」
ベティは、苦笑して言った。
「勿論、詳しいところまでは予想しかねますが、クリスやジョアンが有能と評価されているのであれば、難しい案件にあたらされることは充分に考えられるということです。前線に出るわけではないと思いますが、備えておくに越したことはありません。そう考えると私やジャンヌ・ダルク号がクリスの
ベティの意見が的外れだったことはない。ということは、スタンリー中尉も言っていたが、デイジーも戦場に出る可能性が高いってことだ。ミネルバ大佐だけではなく、スタンリー中尉にも充分に感謝をするべきだ。スタンリー中尉がデイジーをしごいてくれる分、あたしやクリスの心配が少なくなるんだ。あたしは、スタンリー中尉をとても頼りになる男だと思った。……もっとも、クリスもあたしも、勿論デイジーも、とてもそれどころでもなかったのだが……。
「クリスティーナ大尉、もっとよく見るんです。相手が構えた銃の角度、視線、呼吸、仕草などの全ての
クリスは、スタンリー中尉にそう言われながら、スタンリー中尉が次々に撃ち出す弾丸の軌道を読むのに追われていたが、何発か読みそこなってはその身に弾丸を受けることになった。ゴム弾頭の弾丸ではあったが、当たるとかなり痛いそうだ……。
「ぐっ……、うっつ……、これしきの痛み……」
クリスの体からは、しばらくアザが絶えることがなかったそうだ。
「ジョアン中尉、何度言ったら理解できるんですか。動きのパターンが単調すぎるんですよ。そんな動きでは折角の能力を生かせていないではないですか。考えて動くのではないのです。反射で動きのパターンを多層化するんですよ」
あたしは、そう言いながら次々に繰り出されるスタンリー中尉の攻撃を躱しながらカマイタチを中尉に当てようとするのだが、かすりもしないのだ。無理に当てようとして体勢を崩すと、すかさずその隙を突いた中尉の一撃を食らって吹っ飛ばされた。
「痛ってぇぇぇぇえええええ!!」
あたしはあたしで、スタンリー中尉から食らった一撃でアザが体中にできていた。
「デイジー少尉……、ほらほら逃げていてばかりいては、結局追い詰められてお終いですよ。相手の攻撃を躱しながら、攻撃する
スタンリー少尉は、そう言いながらデイジーに連続攻撃を浴びせていたが、デイジーの方は攻撃を躱すのが精いっぱいで、とても中尉に反撃することができないでいた。無理に反撃しようとしては、中尉から撥ねつけられて手痛い一撃を食らう。
「痛ったぁぁぁぁあああああ!!」
デイジーもあたしらと同じように体中がアザだらけだった。以前ファナの
そうして3か月ほど、みっちりスタンリー中尉からしごかれたあたしらは、ようやくそれぞれの成果を見せられるようになった。クリスはスタンリー中尉の弾丸を全て躱せるようになったし、あたしは中尉の攻撃を躱しながら、3本に1本は攻撃を当てられるようになった。デイジーも同様だ。
「皆さん、よく頑張られました。差し当たり、それぞれのテーマにおいて及第点と言えるところまでは成果が出て参りましたね」
ミネルバ大佐も、あたしらの訓練スペースに顔を出して言った。
「おお! 素晴らしいな諸君! 言っておくが、スタンリー中尉の実家は武芸の名家でな。中尉は、物心つくかつかないかくらいの頃から武芸のシュギョウ……訓練を積んでいるんだ。その中尉に対して、こんな短期間で成果を出せるとは、大したものだよ」
やっぱりか……、スタンリー中尉は、軍人というより武術家なのだ。とにかく、あたしはこれ以上アザを増やさないで済みそうだったので、ほっと息をついて言った。
「スタンリー中尉からお墨付きをもらったら、初任務っていうお話でしたね」
ミネルバ大佐は、きょとんとした顔で言った。
「ん? いつ諸君らが中尉からのお墨付きをもらったと言ったね?」
え? まさか……。
「これまでは、クリスティーナ大尉が弾道を読む訓練、ジョアン中尉とデイジー少尉が体術における攻防の訓練をしておりましたが、それぞれ成果を出せるまでになりましたので、今度は大尉が体術における攻防の訓練、中尉と少尉が弾道を読む訓練をしていただきます」
スタンリー中尉は、相変わらず淡々と言った。
クリスとあたし、デイジーは、お互いに顔を見合わせて大きなため息をついた。スタンリー中尉……、本当に頼りになる男だ……。
to be continued...
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