模擬戦

 ミネルバ大佐は、あたしらを訓練スペースに併設されている更衣室に案内してくれた。そしてずらっとハンガーにかかった大量の戦闘服らしいものの前で言う。

「これに着替えるといい。軍が兵士達に支給する装甲服アーマード・ドスーツだ。今からでも慣れておいて損はないだろう」


 装甲服アーマード・スーツは、全身を覆う合成繊維と、胸、腰、背中、上腕、前腕に大腿部、下腿部に装甲がついているものだった。バイザー付きのヘルメットも置いてあった。宇宙空間でも使用可能なようだ。ミネルバ大佐が説明してくれる。

「全身のスーツ部分は、気密性、柔軟性の高い多層構造の素材でできている。ヘルメットとバックパックを着ければ、宇宙に出て船外活動も可能だ。装甲部分は、ちょっとしたブレイドや大口径の弾丸でも弾けるが、至近距離だと危ないかもしれないな。それでも、長いこと兵士達の命を預かってきた実績のあるものなのだよ」


「大佐、折角ですが、あたしは着ません。能力発動に影響しますので」

 あたしは言った。変化チェンジの能力であたし自身が"風"にできるのは、普段着ている服だけだ。この『ちょっといい服』に馴染むのだって、結構時間がかかったんだ。


 ミネルバ大佐が答えて言う。

「そうだったな……。うちの変化チェンジのイマジナリーズは、今は馴染んでいるのか、任務中は軍支給の装甲服アーマード・スーツを着るようにしているが、馴染むまではずっと彼が故郷から着てきた服を着ていたものだった。今回はその服でよいが、できるだけ早く馴染んでもらった方がよいな。ジョアン殿の命にかかわる問題だからな」


 大佐は変化チェンジのイマジナリーズの特性をよく理解しているらしい。そうだ。変化チェンジの能力者は能力発動中は無敵と言ってもよいが、恐らく常時能力を発動し続けられる変化チェンジの能力者は存在しない。つまり能力発動の切れ目が変化チェンジの能力者の弱点というわけだ。


 ミネルバ大佐は続けて言った。

「ところで、うちの変化チェンジのイマジナリーズは、"稲妻"に変化する能力者なのだが、ジョアン殿も同じか聞いておいてもよいかね? スタンリー中尉にそのくらいのハンデはいただきたいものなのだがね」

 あたしは答えて言った。

「あたしのイマジナリーズ能力は、『風』に変化する能力です」


 クリスはミネルバ大佐に言った。

「大佐もご存じかも知れませんが、彼女はかつて軍に所属していたイマジナリーズである、ジリアンさんのご息女です」


 大佐は驚いたような顔をして笑い出した。

「なんだと?! はっはっは! こいつはすごい! かの血塗れの嵐ブラッディ・ストーム・ジルのご息女とは驚きだ。私も映像でしか見たことがないが、彼女の能力発動状態を見たときは戦慄を覚えたものだ。ジョアン殿も血塗れの嵐ブラッディ・ストームを継承しておられるのかね?」


 あたしは苦笑して言った。

「実は母がずっと以前に星間宇宙軍に所属していたと知ったのは、つい最近のことなのです。あたしもその話を伺って色々試してみましたが、どうも今のあたしは、まだまだかつての母には遠く及ばないようです」


 ミネルバ大佐は苦笑して言った。

「少し意地の悪い言い方かもしれないが、そう言うことであれば、スタンリー中尉にも勝ち目はありそうだな。ブラッディ・ストーム血塗れの嵐を使われては、恐らく中尉はおろか、私でも太刀打ちできるか怪しいものだ。ジョアン殿は、ブラッディ・ストーム血塗れの嵐の映像を見たことは?」

 あたしは、生唾を飲み込んで言った。

「ありません」

 母さんが軍人だった頃の映像……、今のあたしには、とても届かない能力の高み……、その映像か……。


 ミネルバ大佐は、力を込めてあたしに言った。

「一息ついたら、是非ご覧になるとよい。ジョアン殿の能力をより高みに導く助けになるだろう。……実は、私は少し不思議に思っていたのだ、なぜその映像が残っているのかと。ジョアン殿が彼女のご息女と伺って、その理由が分かったように思うよ。映像は、ジリアン殿が敵将校との戦闘中に能力を発動したものだったが、どうもご自身の能力をわざと見せつけるようにしていると思えてならなかった。……恐らく、彼女は伝えたかったのだ、ご自身の能力を星間宇宙軍に所属することになる"風"のイマジナリーズに……、つまり、ジョアン殿にだ」


 母さんがそんなことを……。随分持って回ったやり方をするものだ。能力を見せてくれるなら、あたしが故郷の渓谷にいる間に見せてくれていればいいのに……。でもそうしなかったのは多分、あたしが軍に入るかどうかをあたしが選択するべきだと思ったからなのだろう。そういう風に考えれば、確かに母さんらしいと思えた。


 クリスが口を挟んで言う。

「すみませんが、私も能力発動に影響しますので、今回は装甲服アーマード・スーツは、ご遠慮申し上げますわ」

「ふん? クリス殿がそう言われるのであれば構わないが、創造クリエイションの能力には、あまり関係ないように思うがな……」

 ミネルバ大佐は、少し怪訝な表情で言った。解放リリースされたクリスの能力は隠し玉だしな。あまり説明したくないものだ。


 そうこうしているうちに、壁に備え付けられているスピーカから、スタンリー中尉の催促する声が聞こえてきた。

「大佐、こちらは既に準備ができております。そちらもご準備ができ次第、訓練スペースにお出でいただきますよう」

ミネルバ大佐が、スタンリー中尉に答えて言う。

「すぐ行くよ、もう少し待て。ところで、ヘレナはどうしているかね?」

 スタンリー中尉の感情のこもらない声が答える。

「ヘレナは、まだベティ殿にお相手をしていただいる最中です。もう少し他の仕事はできない状態のままでしょう」


 ミネルバ大佐は、やれやれというように肩をすくめてから言った。

「ヘレナにも困ったものだ。ところで、誰も装甲服アーマード・スーツを着ないということであれば、用意はできたと思ってよいかね? それなら、そろそろ行くとしようか」


 そうして三分後、あたしらは訓練スペースにいた。中央にあたしとスタンリー中尉が立つ。クリスとデイジー、ミネルバ大佐の三人は、訓練スペース端に用意されている控え用のスペースに陣取った。ミネルバ大佐が、レスリングのレフェリーのような口調で言う。

「スタンリー中尉は、ジョアン殿の能力について伝えられている。スタンリー中尉は、イマジナリーズ能力を持っていない。これで公平かな。それでは、用意ready……、開始go!」


 ミネルバ大佐の開始の掛け声と同時に、あたしはスタンリー中尉と距離を取った。そしてすぐさま能力発動、スタンリー中尉にカマイタチを仕掛ける。

「カマイタチ!」


 ギィィン!

 このカマイタチは、クリスとの訓練中に使っていた打撃用のカマイタチだ。当たっても切れないが、鉄棒で殴られるような衝撃を食らう。中尉は、両腕を自分の前に立ててかざし、腕の装甲でカマイタチを受けた。あたしは、カマイタチ使用の効果で能力が解除されるが、すぐさま飛びのいて距離を取った。驚いたことに中尉は目を閉じてあたしのカマイタチを受けていたようだった。


「あたしのカマイタチを目を閉じたまま受けるとは……、驚きですよ、中尉」

 あたしはスタンリー中尉に言った。中尉は、淡々と答えて言う。

「風は空気を切り裂く際、必ず音を発するものです。風を相手に戦うのであれば、視覚より聴覚の方が頼りになるのです。後は反射神経ですね」


 なんてこった……。中尉は軍人というより武術家のようだった。それとも軍の訓練課程には、武術も含まれているのだろうか。あたしは、能力の使い方についてはトレーニングを積んでいるものの、武術という面においては、ほぼ素人だ。これは受け身に回ったら危なそうだ……。攻めていくぜ!

 あたしは、能力を発動して中尉の周りを素早く一周して背後から仕掛けた。

「カマイタチ!」


 ギィィン!

 後ろからの一撃も受けられてしまった。能力を解除したあたしは、再び飛びのいて中尉から距離を取った後、能力を発動して、ゆっくりと中尉の周りを回るようにした。そして、少しずつ速度を上げながら中尉との距離を詰めていく。


「中々勝負がつきませんわね……」

 クリスが生唾を飲み込んで言う。


 そうして十数分が過ぎた頃、あたしは仕掛けることにした。

刃の嵐ブレイド・ストーム!」


 ギギギギギギギギィィン!

 あたしは中尉の上半身を八本のブレイドで攻撃した。中尉は上半身を狙った八本のブレイドを受けるのに気を取られているようだった。

「もらった!」

 あたしは、その隙に本命の一撃を中尉の足元に向けて放つ。


 しかし、中尉はあたしのカマイタチを僅かに飛んで躱すと、すかさず身をかがめて足を延ばし、能力が解除されたあたしの足を払った。

「うお!」

 あたしは態勢を崩して派手に転んだ。そして体を起こそうとしたときには、中尉の拳が目の前にあった。

「ここまでですな。素晴らしい能力ではありましたが、まだまだ訓練が足りませんね」

 スタンリー中尉は、感情を込めない口調で言った。


 完敗だ……。あたしは改めて中尉の強さに感じ入った。

「さすがです。全然歯が立ちませんでしたね」

 あたしは、全く悔しくないといえば嘘になるが、自分が全く歯が立たないという相手に会ったのは初めてだったので、むしろ少し嬉しかった。全く、宇宙は広い!


 クリスが苦笑しながら言う。

「あまり嬉しそうな顔をされても困りますわ」

 あたしはクリスに答えて言った。

「あー、悪ぃ……。負けちまった。後を頼むよ」

 クリスが肩をすくめて言う。

「仕方ありませんわね。全力を尽くしますわ」


 十分の休憩後、今度はスタンリー中尉とクリスが訓練スペース中央を挟んで向かい合って立っていた。再びミネルバ大佐が言う。

「スタンリー中尉は、クリス殿の能力について知っている。クリス殿も先程のジョアン殿との一戦をご覧になって、中尉の能力はご存じだな。これで公平だろう。それでは、用意ready……、開始go!」


 ミネルバ大佐の掛け声と同時に二人とも身構えたが、そのまま二人とも動かなかった。クリスは、どうするつもりなんだ?


 ただ時間だけが経過する。そろそろ小一時間ほどになるが……。スタンリー中尉が口を開く。

「驚きました。訓練された兵士のような隙のなさです。私の流儀ではありませんが、こちらから攻めてみるしかなさそうですね」


 スタンリー中尉が、じりじりと距離を詰めだした。クリスは動かない。そしてスタンリー中尉が、クリスまであと5ヤードって距離まで来たところで、クリスも行動を起こした。

「リボルバー! 六発のゴム弾six rubber bullets!」

 ゴム弾rubber bulletsっていうのは、あたしとの訓練用にクリスが考え出した弾丸だ。通常の弾丸と異なり、弾頭が硬質ゴム性になっている。火薬で撃ちだされるのは、通常の弾丸と変わらない。


 ダァン! ダダァン! ダァン!

 ゴン! ゴゴン! ゴン!

 クリスが、中尉に向けて発砲するが、全て手甲で受けられてしまった。中尉は、クリスの弾丸を受けながら少しずつクリスとの距離を詰める。


 ダァン! ダァン!

 ゴン! ゴン!

 クリスは、無表情のまま撃ち続ける。そして中尉は、クリスの弾丸6発を全て受けたタイミングで、後二ヤードって距離までクリスに近づいていた。待っていたかのように一気に距離を詰める。

「申し訳ありませんが、正直、期待外れでした」


 しかし、中尉がまさにクリスに一撃入れようと拳を振り下ろした瞬間、クリスは別の能力を発動した。

「六枚の翼・改!」

 クリスはチタン合金製の羽根を使った三対六枚の翼を生成して羽ばたき、後ろに飛びすさった。中尉の拳が空を切る。

「!!」


 拳を振り下ろしたスタンリー中尉と、チタン合金製の羽根を使った三対六枚の翼を背にしたクリスが、五ヤードの距離を置いて向かい合う。

「……私の負けのようですね」

 スタンリー中尉が言う。彼の肩のところに弾ききれなかったチタン合金製の羽根が数枚刺さっているのが見えた。


 パチ! パチ! パチ! パチ!

 ミネルバ大佐が拍手をしながら言う。

「お見事だ! クリス殿! 中尉が、私以外に敗れるのを見たのは初めてだ。全く見事だった。中尉? 何か言うことはあるかね?」


「もし、この羽根に毒でも仕込まれていれば、私の命はありませんでした。お見事です」

 スタンリー中尉が言うと、クリスが大きく息をついてから答えて言った。

「中尉の体質がわかりませんでしたので、痺れ薬も差し控えておきましたわ」


 ミネルバ大佐が愉快そうに言う。

「全く恐れ入った。わたしは、中尉に勝つのであれば、ジョアン殿の方だと思っていた。ジョアン殿が敗れたときには、中尉の成長ぶりに驚くと同時に貴君らの処遇について考えを巡らせていたのだが、そんな心配は杞憂だったようだな」


 あたしは、苦笑して言った。

「ご期待に沿えなかったようで、恐縮です」

 ミネルバ大佐がくすくす笑いながら言う。

「すまんすまん、そう言わんでくれ。あの一戦は、ジョアン殿を責めるよりスタンリー中尉を褒めてやるべきだろう。それよりクリス殿だ。装甲服アーマード・スーツが能力発動に影響するというのは、こういうことだったのだな。創造クリエイションの能力では、生体組織の生成はできないものと思っていたが、クリス殿は特別な創造クリエイションの能力をお持ちの様だな」


 クリスは、肩をすくめて言った。

「実際のところ、中尉の不意を突くことができたから勝てただけのことで、そうでもなければ、とても私が中尉に勝つことはできませんでしたわ」


 ミネルバ大佐は、にやりと笑って言う。

「何、勝ちは勝ちさ。約束通り、貴君ら入隊後、独立部隊としての配属を認めよう。貴君らの母船を軍の所属として使用することもな。後程、正式な書類を作成しよう。それと、紹介状では詳しく述べられていなかったが、クリス殿の叔父上のことで、相談したいことがあるとのことだったな? そのことについても、詳しく聞かせていただかねばな」


 あたしは、聞くまでもないかとも思ったが、念のために聞いた。

「あの……、あたしらの指名手配については……」

 ミネルバ大佐は、吠えるように笑って言った。

「はっはっはっは!! 誘拐されたとしているご本人が、誘拐したという連中と一緒に入隊したいと言ってきているのに、指名手配も何もないものさ。星間宇宙軍は、リリィ元少佐からの進言を受け入れ、デイジー君誘拐の件については、デイジー君の家庭内の問題であり、軍が介入するべき問題ではないと結論づけた。何も気にすることはないよ」


「おめでとう、クリス。晴れて星間宇宙軍に入隊することができましたね」

 ベティが言った。そういえば、ヘレナとのチェスはどうなったんだ?

「六六三二戦六六三一勝、一引き分けです。ヘレナは善戦しましたよ」

 ベティが言うと、ヘレナがおずおずと口を挟んだ。

「あの……、ベティさん、お詫びさせてください。先程の私の言動は、あなたにとても失礼でした。あなたは、とても優れたAIです。私はあなたを尊敬申し上げるとともに、できましたら……、その……、お姉さまと呼ばせていただきたく……」

 お姉さま?! 随分しおらしくなったな……。


「お姉さまなんて……、ああ、これがくすぐったいという感情ですか……、嬉しいような、困ったような、複雑な感情ですね」

 ベティが感慨深そうに言う。あたしとクリス、デイジーの3人で顔を見合わせてくすくす笑った。

 

 ミネルバ大佐も嬉しそうに言う。

「ヘレナもベティ殿という友を得て、精神的に成長できたようだな、実に喜ばしいことだ。まあ、本部の方には、デイジー君の処遇についてやベティ殿のことは、内密にしておいた方が面倒がなさそうではあるがね」

 そう言って、ミネルバ大佐は、あたしらにウィンクして見せた。そうか、この話し合いを軍の公的な場所でやらずに大佐のプライベートなスペースでやったという判断は、こういう状況を想定してのことだったということか。大佐は、肩をすくめて言った。

「リリィ元少佐の紹介状では、貴君らを自由と正義を重んじる、信用できる人達だと評し、私に相談したいことがあると書いてあった。公的な場所で話していては、話せないこともあるだろうと思ってな」


 そうなのだ。有理江さんのいう『信用できる人物』というのは、こういう判断のできる人のことだったのだ。あたしは有理江さんやミネルバ大佐を思い、自分がまだまだ人間的に成長する必要があると感じながら、これからの軍での生活に思いを馳せていた。



to be continued...

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